第27話 元彼 またまた現る。

 結局一週間、美月は睦月の家に入り浸っていた。

 明日から、学校だと言っていたが、いっこうに帰る気配がない。


 最初は美月と夏希が二人きりになるのを警戒していた睦月だったが、この家にいる間は絶対夏希に触らないという念書( 拇印つき )を書かせ、少しでも触ったら強制送還と言い渡し、三日から仕事に行っていた。


 外出のときは、美月がついてきてくれるため、久しぶりに買い物にも出れ、悪いことばかりではなかったのだが、やはり問題は……。


 いまだに睦月との初Hが成立していないことだった。

 それどころか、美月がいるせいで、送迎の時のハグ&キスくらいしか、睦月と接触しておらず、お互いに欲求不満がたまっていた。


 特に、睦月の欲求不満は凄まじく……。完全に中学生状態になりつつあった。


「なっちゃん、買い物行くんなら付き合うよ」


 リビングで任天堂スイッチをやっていた美月が、夏希が買い物の準備をしだしたのを見て、声をかけてきた。


 美月は、夏希のことを最初は夏希お姉さんと呼んでいたが、夏希姉ちゃんになり、夏姉ちゃんになり、最終的にはなっちゃんと呼ぶようになっていた。

 その変化も、ほぼ一日で代わったため、朝は夏希お姉さんと呼んでいたのに、帰った時には、いきなり親しげになっちゃんと呼んでいて、睦月は何かあったんじゃないか?! と、勘繰ったほどだ。


 まあ、美月は元から人との距離が近いタイプだったから、義姉弟として、仲良くなったんだと睦月は自分に納得させていた。弟にやきもちを焼くなんて、カッコ悪いと思ったからだ。


「ちょっと、買い忘れがあっただけなんだけど、いいの? 」


 美月は、睦月から夏希が外出するときはついていくように言われていた。前彼が近所に住んでて、夏希にしつこくするから……と聞いていた為だ。


 一日家にいても暇だし、綺麗なお姉さんと散歩するのは楽しいし……と、美月は軽い気持ちでボディーガードを楽しんでいた。


「もちろん。一緒行くよ」


 美月もでかける準備をし、夏希と並んでマンションを出た。

 夏希はもちろんのこと、美月もすでにこのマンションの住人と、コンシェルジュ達は見なしていたるようで、顔パスで出入り可能になっていた。


「美月君、あなた明日から学校なんでしょ? 行かなくていいわけ? 」

「あれ? 言ってなかったっけ?僕、高三だから三学期は授業ないんだよ。みんな受験だから」


 高三?

 高一くらいだと、勝手に思ってた。


「美月君、受験は? 」

「もう、推薦で受かってるから大丈夫。じゃなきゃ、スキーなんて行かないよ」


 スキーという単語に若干引っ掛かりを覚えたが、そこはスルーすることにする。


「そう。凄いのね」

「僕なんて全然。たかが私立だし。兄さん達はそろって東大だから、肩身狭いんだ」

「東大?! 」


 睦月が東大だとは初めて聞いた。夜中に会社関係から電話がかかってきて、英語で会話していたり、たぶんフランス語だと思うが、英語以外の言語で会話していたり……。凄いなーとは思っていたのだ。

 東大と聞いて納得した。

 それと同時に、自分なんかが睦月の隣りにいていいのか? とも思う。


「どうしたの? 」


 美月が、急に黙り込んでしまった夏希を覗き込む。


「ううん、私って、睦月さんに釣り合わないよなーって、今さらなんだけどさ」


 うつむいてしまった夏希を慰めようと、美月は手を伸ばしかけてワタワタとする。触るな! と睦月から厳命されていたからだ。


「何言ってんだよ。逆、逆。睦月兄さんになっちゃんはもったいないよ。僕のお嫁さんになってもらいたいくらいだ」

「ありがとう。慰めてくれてるとしても嬉しいよ。フフッ、睦月さんたら、結婚してくださいって、プロポーズがなかったのよ。結婚するぞ! って、決定事項みたいに言われたの。だから、お嫁さんになってほしいって言われたのは、美月君が初めてね」


 もちろん、本気になんてしていないが、慰めようとしてくれたのが嬉しかった。


 弟って、こんな感じなのかな?


 夏希は、異性と意識しなくていい異性として、美月を見ていた。


「まあ、本気にとってもらっても、全然構わないんだけど……」


 美月は、ボソッとつぶやく。


 上条兄弟にとって、母親の成美のようにバリバリ働く女性にも惹かれるが、真逆なタイプ、いわゆる家を守ってくれる母性のような存在に強く魅かれた。無い物ねだりというか、憧れに近いかもしれない。


 それがまさに夏希だった。


 夏希のいる家は、凄く快適で、ついつい居着いてしまっていた美月だ。


「何か言った? 」

「いや……。僕、本屋見てきていい? 」

「じゃあ、買い物終わったら本屋行くね」

「OK! 」


 夏希の買い物するスーパーは、本屋からも見えるし大丈夫だろうと、美月と夏希はスーパーの前で別れた。


 夏希は、買い忘れていた牛乳をカゴに入れると、他に買い忘れはないか、スーパーの中をプラプラ見て回る。

 この間、睦月が美味しいと言っていたクッキーを見つけ、カゴに入れた。

 お会計をすませ、エコバッグに品物を詰めていたとき、いきなり後ろから肩を叩かれた。


 振り返ると、圭吾が立っていた。


 夏希は荷物を持って、急いでスーパーから出る。


「なあなあ、この間は悪かったよ。ちょっと、話ししようや」

「話すことないから」

「なんだよ、おまえが買い物にくるんじゃないかって、スーパー張ってたんだぜ。やっと会えたんだから、話しくらいいいだろ? 」


 そこまでする圭吾が怖かった。

 夏希が買い物にこない間も、夏希を探しにきていたと言うのだろうか?

 夏希は、美月がいる本屋に急ぐ。

 その後ろから圭吾はついてきて、夏希の腕を掴んだ。


「待てって! 」

「離してよ! 」


 周りの人が、何事かと二人を振り返って見て行く。けれど、誰も助けてはくれない。


 あと少しで本屋なのに……。


 夏希は、腕を掴まれながらも、なんとかジリジリ本屋に向かおうとする。

 すると、そんな夏希に気がついてくれた美月が、慌てて本屋から飛び出してきた。


 夏希は、ホッとして思わず涙がにじむ。


「なっちゃん! 」


 美月は、夏希を引っ張り、圭吾の手を引き離した。

 夏希の目に涙が浮かんでいるのを見て、美月は夏希を抱き寄せて圭吾を睨んだ。


「おまえ、なっちゃんの元カレだな? なっちゃんに振られてるくせにしつこいぞ! 」


 いや、最初に振られたのは私なんだけど……。


 美月の腕の中で安心したせいか、心の中で突っ込みを入れた。


「おまえなんだよ! 」


 圭吾は、睦月のときとは違い、威圧的に美月に詰め寄る。


 美月は男の子にしたら、小さめだし細いし、下手したら中学生くらいにも見えてしまうため、圭吾は明らかに格下に見ているようだ。


「義弟だよ」

「弟? バカ言うな。夏希は一人っ子だろ」

「兄嫁だから、義弟だよ」

「嫁? 夏希、結婚したのか? 」

「もうすぐするんだよ。だから、なっちゃんに近づくな! 」


 圭吾は、美月の存在を無視して、夏希の前に膝をつき、その足にすがりつく。


「俺を捨てるのか? 戻ってきてくれよ……。俺が悪かったから。わざわざ仕事辞めたんだぞ! おまえがくると思って、スーパーに一日いるために! こんなにおまえを愛している俺を捨てるのかよ! 」

「嫌! 離して! 」


 圭吾の手が、夏希の太腿を撫で回すように動き、ゾワゾワと、あの嫌な感じが夏希の背中を這い回る。

 真っ青になって硬直している夏希を引っ張り、圭吾を夏希の足から引き離した。美月は、夏希を背中に隠すように立つ。


「嫌がってんのがわからないのかよ! 」


 圭吾は、ヨロヨロと立ち上がると、美月を突き飛ばそうとした。

 美月は、そんな圭吾の腕を掴み、捻りあげる。


「いたたた……ッ! 」

「人を見た目で判断しないほうがいいよ」


 いつ誘拐されるかわからない、上条グループの子息だ。子供の頃から護身術は叩き込まれていた。それに、小さい身体のわりには、運動神経も抜群だった。


 圭吾がジタバタと暴れても、美月は肘と肩の関節を固めているため、身動きがとれない。


 そうしている間に、揉めているのに気がついたスーパーの店員が警察に連絡したらしく、警察官が二人やってきた。


 何も喋れない状態の夏希の代わりに、美月が警官に対応する。


「夏希ちゃん、大丈夫かい! 」


 スーパーのおばちゃんが出てきてくれ、夏希に話しかけて落ち着かせていた。彼女は夏希の顔見知りで、警察に電話をしてくれたのもこのおばちゃんだった。


 美月は、睦月に電話をかけて状況を説明し、上条家の顧問弁護士にも電話をかけた。


 圭吾をストーカーとして訴え、夏希の周りをうろつけないようにするためだった。前回はたまたま会って……だったのかもしれないが、今回は明らかに夏希の周辺を待ち伏せし、つきまとい、ストーカー行為に至っていた。

 上条の弁護士なら、あの男を法的に夏希から遠ざけられるだろう。できることはやり、夏希の側に戻る。


 夏希は、おばちゃんに肩を抱かれながら、真っ青になり震えている。

「ごめんな、ちゃんと側にいればよかった。ついて行けばよかった」


 夏希は、無理やり笑顔を作り、首を横に振る。


「美月君がいたから、美月君がいてくれたから……」


 美月は、夏希の手を握り、なんとか震えを止めようとした。

 夏希の手はかなり冷たく、細かい震えはおさまらない。


 そこへ、睦月が車でやってきた。仕事を放り出してきたのだろう。会社からここまでの距離を考えると、最速でやってきたに違いない。


「睦月さん……」


 睦月が、夏希を抱きしめた。


「大丈夫。大丈夫」


 夏希の背中をトントンと叩く。

 見ていても、夏希の強張った身体が脱力していくのがわかる。


 夏希にとって、睦月の存在はそれだけ大きいのだ。


 その光景を見て、美月は敵わないな……と思った。

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