第21話 母親にご挨拶
「この辺りか? 」
「うん、確か、その先にコインパーキングがあったはずなんだけど……」
睦月の車で、夏希の母親のアパートの近所まで来ていた。
以前あったコインパーキングには家が建っていたため、駅の反対側のコインパーキングに車を止めた。
「ここからだと、ちょっと歩くね。ごめんなさい」
「かまわないさ」
踏み切りを渡り、商店街を歩く。商店街は三十一日までやる店がほとんどらしく、活気に溢れていた。
「あれ? 夏希ちゃんじゃないか! 」
八百屋のおばちゃんが声をかけてきた。
「お久しぶりです」
小学生の時から買い物をしていたから、商店街では馴染みだった。
「ずいぶん綺麗になって! お母さん元気かい? 最近あまり買い物にこないから」
「そうなんですか? あの人、あんまり料理しないから……」
「一人だとね、しょうがないか。ほら、これ持っていきな」
ミカンを一山ビニール袋に入れてくれた。
「すみません」
「いいって。お母さんによろしくね」
「よいお年を」
それから、魚屋や肉屋の前を通る度に声をかけられ、お土産をもたされた。
「大人気だな」
夏希は苦笑する。
「地元だからね」
「なんか、持ってきた手土産より豪華になっちまったな」
睦月は、両手いっぱいの荷物になってしまった。
「量はね」
商店街を抜ける頃、後ろから呼び止められた。
「夏希? 」
振り返ると、高校の時の同級生が二人立っていた。
「
高校卒業したっきりだったから、六年ぶりだろうか。凄い仲良しではなかったが、よく話しはしていた。
「なによ、帰ってきてるんなら、連絡しなさいな」
「違うの、今日たまたまきただけで、すぐ帰るし」
「あんた、電話番号教えなさいよ。今度、クラス会やるんだから。住所は? 」
「もう、久しぶり過ぎるから! 」
二人は、バシバシと夏希の肩やら背中やらを叩く。
「住所は……、今住み込みしてて。電話番号なら」
「いいぞ、うちの住所教えても」
二人は、初めて睦月の存在に気がついたように、マジマジと睦月を見る。いや、いい男がいるとは思っていたが、夏希の連れだとは思っていなかったのだ。
「あの……」
二人とも、モジモジしてしまう。
「夏希の友達? 俺は上条睦月。夏希はうちにいるから、うちに連絡してくれればいい。これ、プライベート用の名刺」
自宅の電話番号と住所が書いてある名刺を、二人に渡す。
「夏希の彼氏ですか? 」
「ああ」
「きゃあ! 凄いじゃん、夏希! 」
「同棲? やるね! 」
二人とも、またもやバシバシ夏希を叩く。
「平日なら、ほとんどそこにいるから、連絡ちょうだい。ごめん、母親と約束してるから、またね」
夏希は、手を振って二人と別れる。
「騒がしくてごめん」
「いや、女の子の友達ならあんなもんだろ。別に、うちに友達招待してもいいんだぞ」
「でも……」
「あそこは、おまえの家でもあるんだから。同棲だしな。仕事時間以外は、恋人だろ」
夏希はうなづく。
商店街を、抜けてから五分くらい歩くと、見慣れたアパートが見えてきた。
あまりにもボロいアパートだから、急に恥ずかしくなってきた。
「あの、あそこなの」
夏希は、アパートを指差し、赤くなった。
睦月は、気にする様子もなくアパートに入っていく。
「203だから」
ギシギシなる階段を上がり、部屋の前までくると、隣りの部屋のドアが開いた。
「あっ……」
隣りのお兄ちゃんだった。確か、名前は康。そう、夏希のトラウマの元凶だ。
高校を中退して家を出ていたはずだ。おじさんとおばさんがずっといたのは知っていたが。
「夏希ちゃんか?」
康の手が伸びてきて、夏希は身体を固くする。睦月は、夏希の肩に手を回し、さりげなく前に出た。
康の手が引っ込められ、照れ笑いする。
「いや、びっくりしたよ。綺麗になったね」
「どうも」
夏希は軽く頭を下げる。
「俺、結婚してさ、子供埋まれたから、親父達に見せにきたんだ。夜中とか夜泣きするかもしれないけど、ごめんな」
「大丈夫です」
康の部屋の中から、お尻拭きは?! と叫ぶ声がし、康は頭をかく。
「ウンチしてさ、お尻拭ききらしてて」
康はじゃあ! と手を上げ、階段を走って下りる。
あのお兄ちゃんに子供が……。
「あいつか? 初恋のお兄ちゃんって」
「話した? 」
「ああ、おまえの男関係はみんな聞いたぞ。おまえが泥酔したときにな」
睦月は優しく夏希の頭を撫でる。
「あいつは高校生だったんだろ?まあ、高校生の男子なんて猿だからな。許してやれよ。小学生相手に欲情するって、ちょい変態だけどな。それに……」
睦月が夏希の耳に口をつける。
「あいつが夏希のトラウマになってくれたおかげで、俺が夏希の一番になれるんだからな」
夏希は、ボッと赤くなる。
そうか、物は考えようだ。確かに、普通に恋愛して、普通に経験していたら、今頃は圭吾の彼女のままだったかもしれない。
「そう……だよね。うん、もう大丈夫。睦月さんと知り合えて、本当に良かった」
夏希は、睦月の胸にコツンと頭をあてる。睦月は、ヨシヨシと撫でてくれた。
「あんた、何してるの? 」
家のドアが開き、母親の
「初めまして。夏希さんとお付き合いさせていただいております、上条睦月です。今日は突然お邪魔してしまい、申し訳ありません」
睦月は、夏希から離れると、お辞儀をしながら言った。
「エッ? ああ……、エエッ? 」
信子は、睦月と夏希を交互に見て、何やら驚いている。
まあ、ヤクザだと思っていた男が目の前に現れ、厳ついけどかなりなイケメンだったから……なんだろうけど、驚き過ぎだし。
「中入っていい? 」
「ああ、どうぞ」
夏希は睦月を促して部屋に入る。
「何よ、彼氏連れてくるなら言いなさいよ」
「だって……」
信子がバタバタ片付けをしながら、夏希に文句を言う。
家のことは夏希がやってきたからか、信子のアパートの部屋はお世辞にも片付いている……とは言えなかった。
夏希も手伝い、なんとか体裁を保てるくらいの部屋になった。その間、睦月は玄関上がってすぐの板間に、荷物を持ったまま待たされていた。
「すみません。私が急にご挨拶に行きたいと、夏希さんに無理を言ったんです。これ、商店街の方達から。こっちは私から」
睦月は、やっと部屋に通されると、商店街の人達から貰った荷物と、秘書に買いに行かせていた和菓子の詰め合わせを信子に渡す。
「あら、やだ、お気遣いすみません」
信子は、お茶をいれて睦月の前に置いた。
「あの……、この子、あなたの家政婦? をやっているとか。住み込みで」
「はい。まず、こちら私の名刺になります」
睦月は、仕事用の名刺を取り出すと、信子に渡した。
「M&K株式会社、代表取締役社長? 」
「はい。上条グループってご存知ですか? その中の会社の一つを任されています」
「……知ってる。何だって、そんな大きな会社の社長さんが? 」
信子は、名刺をマジマジと見ている。
「はい、最初は夏希さんが家事代行サービスから派遣されて、うちに来てくれていたんです」
「ああ……、この子、家事くらいしか才能ないから」
「いや、素晴らしい才能ですよ。彼女に、専属の家政婦になって欲しいと頼んだくらいですから。それから彼女のきめ細かいサービスに心打たれまして、お付き合いを申し込みました」
「はあ……」
信子はピンときていないようだ。
「うちにいらっしゃいませんか?実際に、彼女の生活を見てみたら、わかると思います。今日これから、一泊なさったらどうでしょう? 」
「はい?! 」
「はあ……」
夏希と信子は、同時に言った。
夏希の視線は、何を言ってくれてるんだ? と非難めいていたし、信子のは正直困惑している感じだった。
「わ……かりました。伺わせていただきます」
「エエッ? 」
信子は、そうと決まればと、泊まる用意を鞄に詰め始めた。
「だって、夕飯二人分しか用意してないし……」
「夏希なら、追加ですぐ作れるだろ? 」
「まあ、そりゃ……」
「見てもらったほうがいいよ。夏希の仕事ぶりもな」
「う……ん」
夏希は、何でこんなことに……と、唖然としながら支度をする信子をみつめていた。
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