第20話 一緒にお・フ・ロ

「今日は何時に出るんだ? 」

「一応、一時くらいに行くつもり。夕方には帰ってくるつもりだけど、万が一遅くなったらメール入れますから」

「わかった。じゃあ、行ってくる」


 夏希は、自然と睦月の首に手を回し、少し熱烈なキスをする。


 いつまでも睦月から顔を背けていても先へは進めないと思い至った夏希は、自分からアピールする方向へスイッチした。

 と言っても、口で言うことはできないから、態度で示すことにしたのだ。今までどちらかというと受け身で、自分からするいってらっしゃいとお帰りなさいのキスも、軽く触れるだくなライトなものだったのだが、思いきって自分から唇を吸ってみた。自分から舌を入れるのは恥ずかしくまだ無理な為、唇を半開きにして、いつでもどうぞと睦月の舌がインサートしてくるのを待つ。


 こいつ、凄い進歩だな。


 夏希と舌をからめながら、睦月は会社に行きたくない気分になってくる。ついつい、腰に回した手に力が入る。


 ただ、今は朝である。

 朝である限り、出社しない訳にはいかない。社長というワンマンな立場にいるからこそ、一社員のようにズル休みもできないのだ。


「睦月さん。仕事はいかなくてもいいの? 」


 夏希は、決して嫌がっている感じではなく、少し熱のこもったような視線で睦月を見上げながら言う。一般の女なら、確実に睦月をベッドに誘っている目付きだ。


 なんだ! この反応は?


 夏希を抱き上げ、ベッドに連れて行きたい衝動にかられる。


 というか、夏希もそれを望んでないか?


 しかし、今日の打ち合わせは、どうしても出ないといけなかった。本当は打ち合わせをずらして、全休をとる気だったのだが、秘書から会社内の打ち合わせじゃないから無理だと言われてしまった。それでも無理言って、時間を早めてもらったのだ。

 なので、遅刻もできない。


「くそッ! 会社の奴らはみんな休みだってのに、何で社長の俺だけ仕事なんだよ! 来年は、二週間くらい休んでやる!! 」

「睦月さんは働き過ぎだもんね。来年は、休みがとれるといいね。いってらっしゃい」


 夏希はいってらっしゃいと言うわりには、名残惜しいのか、睦月の首に回した手を離さない。

 睦月は自分から夏希の唇にライトキスすると、夏希の手をそっと剥がした。


「行ってくる」


 睦月を送り出した夏希は、ペタンと座り込んだ。


 もっと抱きしめてほしい、キスしてほしい、それ以上も……。

 やだ、朝から何を考えてるんだろう!


 夏希は、すでに恋愛セックス恐怖症は克服していることに気づいていなかった。


 それから、ひたすら掃除をし、夕飯の下準備をし、お昼頃には全て完了した。


 後は、お風呂に入って、出かける準備をすればいい。準備と言っても、母親に会うだけだから、化粧なんて必要ない。


 約束は一時半に母親のアパートだから、まだ余裕がある。


 いつもはシャワーなのだが、今日は湯船をため、贅沢な昼風呂を楽しむことにした。

 身体を流し、湯船に浸かると、母親に会わなければならない憂鬱も、少しは晴れる気がする。


 その時、玄関が開く音がした。


 鍵、閉め忘れた?!


 夏希は、恐怖で身体が固まる。

 足音が近づいてきて、風呂場のすりガラスのドアに人影が映った。


 夏希は、声も出ない。


 風呂桶の中で身体を丸め、タオルで前を隠す。


「風呂、入ってるのか? 」

「睦月さん?! 」


 聞き慣れた声に、いっきに脱力する。


「なんで、こんな早く? 」

「午後は休みとったからな」

「何で? 」

「ついて行くからだろ? 」

「はい? 」

「だから、おまえの母親に挨拶に行くんだよ」

「エエッ?! 」

「あ、俺も風呂入ってさっぱりして行くかな」

「はい?! 」


 バサバサと脱いでいる音がして、下半身にタオルをまいた睦月が入ってきた。


「ちょっと、ちょっと!」


 睦月は、気にする様子もなく、バスチェアーに座る。

 頭を豪快に洗い、身体を洗う。いっきにシャワーで流すと、タオルを外して湯船に入ってきた。


「おい、寄っ掛かってもいいぞ。」


 夏希の後ろから、夏希を足の間に挟むようにして湯船に浸かる。


「む……無理」


 お尻に、何かユラユラとした物体が……。


 夏希は、タオルでしっかり前を押さえ、目をギュッと閉じる。

 しかし、睦月の手は夏希の腰に回されたままで、何をするでもない。


 しばらくまったり湯を楽しむと、睦月はいきなり湯船から立ち上がった。


「先に出るぞ」


 夏希は下を見て、睦月を見ないようにする。

 脱衣所から睦月が出て行くまで、夏希は湯船に浸かっていた。


「もう……のぼせちゃうよ」


 夏希が半分のぼせた状態で湯船から出ると、すでに睦月はリビングでくつろいでいた。なぜかスーツ姿で。


「そうだ、ただいま」


 睦月が夏希をハグし、キスしてきた。


「ああ、お帰りなさい」


 お風呂に一緒に入っておいて、今さらだけど……。


「ね、うちにくるって? 」

「ああ、何か問題があるか? 」

「何で? 」

「挨拶だろ。さっきも言った」

「スーツで? 」

「礼儀だろ。初めて挨拶するんだから」


 こんなにキメキメの睦月の横に、スッピンでジーンズ姿で歩くわけにもいかず、しょうがなく着替えてくることにする。


 地味な紺色のベルベット地のワンピースに、睦月から貰ったネックレスをつける。

 薄化粧をし、ベージュのコートを着ると、それなりに上品に見えた。こんな格好したことなかったから、母親が見たらびっくりするかもしれない。


「用意できたか? 」


 部屋の前で睦月がドアをノックする。


「うん。」


 夏希が部屋から出てくると、睦月は目を細めた。

 いつもの夏希も可愛いが、お洒落した夏希もまた格別だ。


「行こうか」

「うん」


 いくらなんでも、本人の前であんたヤクザでしょ……とは聞かないだろうし、もしかしたら本人がいた方がいいかもしれない。


 夏希は、少し遅れるとメールをうつと、睦月と家を出た。

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