第19話 母親からの電話
夏希は、家の掃除をしながら、ボーッとクリスマスの時のことを考えていた。
あれから、二人でヘリコプターデートをし、ホテルのラウンジで甘い時間を過ごして、家に帰ってきたのは日にちが替わる時間。
素敵な時間を過ごし、ムーディーな雰囲気に流され、てっきりその流れで同じベッドで朝を迎えるることになるのかと思いきや、ハグしてライトキスをして、仕事が残ってるからと、睦月は書斎にこもってしまった。
結局、朝まで夏希の部屋を訪れることなく、夏希は悶々と朝を迎えたのだった。
クリスマスの奇跡……セックス恐怖症だった夏希が、初めて自分からそうなることを望んだ。
夏希からしたら信じられない変化で、ただ雰囲気に流されたのか、相手が睦月だったからなのか、よくよく考えたが考えるまでもなく後者だった。最近は、触れるだけのキスももどかしく、明らかに先への進展を望んでいる自分がいた。
あれから三日、睦月を見る度にムラムラする気分を隠す為、つい顔を背けてしまう。キスをする時も、思わず自分から睦月の舌を迎え入れようと口が開きそうになるのが恥ずかしく、唇を意識して固く結んでいた。
そんな夏希を見て、睦月はより手が出しにくくなっているのだが、夏希はそんなこととは知らず、なぜ睦月が夏希と先に進もうとしないのか、焦らされているような気分になりつつあった。
たぶん、睦月なら大丈夫。
最後までできる気がするのに!
今までは、怖い! 気持ち悪い! が先にたって、セックスなんて出来る気がしなかったけど、今では睦月となら出来そう、睦月とならしてみたい……に変わっていた。
そんなことを考えながらも、手だけはしっかり動き、着々と掃除を終わらせていく。毎日しっかり掃除をしているせいか、大掃除の必要がないくらい、家はピカピカになっていた。
台所の掃除をしていたとき、エプロンに入れていたスマホがなった。
見ると……。
『はい』
『あんた、今どこにいるの?! 』
『お母さん……』
『あんた、ヤクザの情婦って本当なの?! 』
『なにそれ? 』
『あんたの彼氏の圭吾? 君、彼がうちに怒鳴り散らしながらきたのよ。あんたが、ヤクザと自分を二股にかけたとか、そのヤクザに脅されたとか、あんたのことボロクソに言ってたわ』
夏希は、頭を抱えたくなった。
『それ、嘘だから。第一、一ヶ月以上前に圭吾とは別れてるし、原因はあいつの浮気だし』
『ヤクザってのは何なのよ? それに住まいは? 家に行ったら、大家さんに引っ越したって言われたわよ』
『それは、転職して、今は住み込みの家政婦してるからで。ヤクザってのは……、たぶん新しい彼が少し強面だから。ヤクザじゃないから』
『あんた、もう新しい彼氏作ったの?』
夏希の母親は呆れた口調で言った。
『まあ。色々あって。その、彼氏で雇い主でもあって……』
『はあ? それって、同棲って言わない? 』
『いや、きちんとお給料もらって、時間決めて働いてるし』
『とにかく、一度説明にいらっしゃい。三十日から三日まで休みだから』
『いや、急には休めないよ』
『正月休みくらいあるでしょ! 』
『わかった、聞いてみる』
『くるとき連絡しなさいよ』
言うことだけ言うと、着信が切れた。
昔から、いつも上から押さえつけるように言う母親だった。一人親だからしょうがないんだけれど、いて欲しいときにはいないくせに、文句ばかり言い、話しをしようとすると、疲れてるからと聞いてくれない。自然と距離を置くようになり、高校卒業と同時に家を出た。
それからは、一年に一回電話で話すか話さないかぐらいの距離感で生きてきた。
母親に会うのは何年ぶりだろう?
夏希は憂鬱になった。
つい、手も止まってしまう。
宅配( ネットスーパー )が届き、夏希の時間が再開した。いつの間にか夕方になっており、夕飯の支度をしなければならない時間だ。
夏希は、軽く膝を叩くと、慌てて掃除の続きを始め、夕飯作りを開始した。
夜九時少し前、いつも通り睦月が帰宅した。
ハグ&キスで出迎える。
睦月は、強く夏希を抱きしめ、髪の毛の匂いを堪能する。
「お帰りなさい。お風呂沸いてますから」
睦月は夏希を解放すると、上着を脱いで渡した。
「一緒入るか? 」
「エッ? 」
ドキッとして聞き返すと、睦月は笑って夏希の頭を撫で、一人風呂場へ向かってしまった。
次は、入る! って即答しよう。
夏希は、残念に思いながら、夕飯の仕上げをするためにキッチンにむかった。
今日は鶏肉の唐揚げに三種のサラダ、カボチャのスープだ。カボチャのスープはカボチャと玉ねぎを牛乳で煮て、ミキサーにかけてからこして作った。もちろん、唐揚げは二度揚げしているし、サラダは大根の和風サラダに、オクラと豆腐のサラダ、トマトといんげん豆のサラダだ。
風呂に入り、さっぱりしてきた睦月は、ダイニングテーブルにつき、とりあえずビールを一杯飲む。
「うまそうだ。夏希の唐揚げは、まわりはパリっとしてて、肉はジューシーでうまいよな。その辺の飯屋より断然うまい」
「ありがとう。食べよっか」
二人そろっていただきますをし、揚げたての唐揚げを頬張る。
しばらく夕食を堪能し、食事が終わりかけた頃、夏希は年末に休みがとれるか聞いてみた。
「睦月さん、急で悪いんだけで、三十日くらいに、一日休みをとったらダメかな? 」
「あさってか? 何で? 」
「ちょっと、出かけなきゃいけなくなって……」
言いよどむ夏希に、睦月は箸を置いた。
「休みくらい、いくらだってとっていい。第一、年末や正月は会社だって休みだ。で、どこへ行くんだ? 」
「母親のとこ……」
睦月のことをヤクザだと勘違いしている母親に、状況を説明しに行くんだとは、なかなか言いづらい。
「ふーん。どうせなら、一日と言わず、一泊してきたらどうだ? 」
夏希はそれは嫌! と、首を横に振る。
「一日でいい! っていうか、一日もいらないし。昼過ぎに行って、夕飯くらいには戻ってくる。夕飯も作ってから行きます」
「飯は気にするな。わかった、行ってこい」
「ありがとう。急にごめんね」
母親に会いに行く理由を聞かれなくてよかったとホッとしつつ、夏希は夕食を再開した。
そんな夏希を横目で見つつ、睦月は頭の中でスケジュールを確認していた。三十日は、午前に打ち合わせが入っているだけだったから、なんとかそれを明日に詰め込めば、休みがとれるだろう。
睦月はついて行く気満々だった。
挨拶もしなければならないと思
っていたし、結婚に向けての話しもしなければと思っていた。
家族にも会わせた。指輪( 睦月的には婚約指輪 )も受け取った。後は( 結婚の )日にちを決めるだけだ……と思い込んでいたのだが、睦月は大事なプロポーズという段階を忘れていた。
なかなかセックスにまで至らないから、この際結婚という、堂々とセックスできる状況に持っていってしまえばいいんだ! と、睦月の頭の中では、早く結婚する方向に突き進んでいたのだ。
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