第17話 睦月母 登場

「あなた達、仲がいいのは良いことだけど、母親にメリークリスマスもないわけ? 」


 前に葉月の写メールで見た女性が、上品にたたずんでいた。後ろには十人くらいの秘書を引き連れている。


 睦月の母親は、写メールより若々しく見えた。葉月が長男と言っていたから、五十中頃から下手したら六十近いはずなのに、四十台でも通用しそうだ。

 睦月の目付きは母親似みたいで、クールビューティーとでも言うのか、いるだけで迫力があった。


「お義母様、お久しぶりでございます」

「桐子さん、相変わらずゴージャスね。お仕事は忙しいの? 」

「まあ、そこそこに」

「あまり無理はダメよ。少しはゆったりしないと( 授かるものも授からないから )ね」

「そうですね( 大きなお世話です )」


 何か、言外の会話が聞こえてきそうだった。


 臆することなく会話をする桐子も、なかなかである。


「睦月さん、そちらのお嬢さんは? 」


 睦月の母親は、チラッと夏希に視線を向ける。さっきより、少しきつい感じを受けるのは、気のせいではないかもしれない。


「夏希だ。一緒に住んでる」


 夏希は、慌てて頭を下げる。


「如月夏希と申します」

「あなた、つい最近婚約破棄したんじゃなかったかしら? 」

「ああ、次の日から付き合った」

「そ……う。まあ、いいわ。それで、夏希さんのお仕事は? 」

「うちの家事をやってもらってる。元は、家事代行サービスに勤めていたんだが、あまりに完璧だったから、専属に引き抜いたんだ」

「つまり、今は睦月さんのお世話だけをしているってことかしら? 」


 もしかしたら、睦月に寄生しているだけの女だと思われたんじゃないかと、夏希はきちんと仕事として雇われていることを説明しようとした。

 夏希が口を開こうとした途端、睦月の母親は夏希の手をしっかりと握った。


「まあ、素敵! 専業主婦みたいなものね。あなた、いくつ? 」


 さっきまでの厳しい視線が和らいでいる。


「二十四です」

「若くていいわ。睦月さんと四つ差になるのかしら? ちょうどいいわね。やはり、子供を産むには、早いほうがいいもの。私が葉月さんを産んだのも、ちょうどそれくらいだったわ」

「はあ……」


 これは、歓迎されているんだろうか?


「うちは、全然、できちゃった婚とかもありですからね。大歓迎よ。睦月さん、あなた夏希さんのおうちには挨拶したの? 」

「いや、まだ。でも、そのうちに考えてる」


 夏希は、びっくりして睦月を見上げる。


 親に挨拶にくるということは、そういうこと? だよね。


「そういうことは早くなさい。お父様には紹介したの? ……いえ、結婚してからのほうがいいかしら? 手を出されたらやっかいですものね」

「父さんに紹介して、何人女の子とられたことか。母さん、メリークリスマス」

「メリークリスマス、皐月さん。あなたの魅力が、お父様に及ばないだけよ」

「酷いな……」

「誰も、親父の魅力にはかなわないだろう。あの人、天然だから」


 睦月もうなづいている。


「お義父様って、上条グループの一番偉い人なんでしょ? 」


 話しに入っていいかわからなかったが、興味があったから聞いてみる。


「いや、上条グループは母が会長をしてる」

「あの人が経営したら、一週間で破産するわ。」

「そうだな。経営手腕は全くないな。寄付しまくって、破綻するだろう」


 決して親子仲、夫婦仲が悪いようには見えなかった。

 十一人、外に子供を作るような夫で、彼女を寝とるような父親のはずなのだが、口調には愛情を感じる。一般の人間には理解できない夫婦関係、親子関係なんだろう。


 夏希は、ふと自分の父親を思い出した。

 母親に働かせ、浮気し放題だった父親。浮気相手に子供ができて、母や自分を捨てて出て行った父親。

 睦月達のように、愛情を持って話すことは絶対にできないと思った。


「じゃあ、みなさん、パーティーを楽しんでね。睦月さん、新年の挨拶には夏希さんも連れていらっしゃい」

「わかった。俺達は、そろそろ帰るから」

「あら、M&K株式会社の社長が中座はまずいんじゃない? 」


 睦月の母親は眉をひそめる。


「大丈夫だ。副社長を残していくから」


 睦月は、皐月の肩を叩く。


「僕? 僕も女の子達とパーティーの約束が……」

「そうね、せっかくのクリスマスですものね。夏希さんと過ごしたいわよね( クリスマスベビーもありかしらね )。皐月さん、会長命令です。最後まで残りなさい。じゃあ、みなさん、よいお年を」


 睦月の母親は、秘書を数人従えて他に挨拶するために歩いていった。

 夏希は、睦月の母親が去ったのと同時に、身体の力が抜けたのを感じる。知らない間に、緊張していたようだ。


「やっぱり、お義母様の圧は凄いわね。いるだけで、プレッシャーが凄いわ。夏希ちゃん、大丈夫? 」

「はい、凄いお若いお義母様ですね」

「うん、あれで五十八なんだから、化け物みたいよね。それにしても、あなたのおかげで、孫プレッシャーが分散しそうで良かったわ」


 孫って、まだ付き合って一ヶ月ちょいだし、何よりも子供ができる行為にも至っていないわけで、気が早いにも程があるような……。


「じゃあ、皐月。あとは頼んだからな」

「睦月兄さん、酷いよ! 」

「これも仕事だ。頑張れ副社長! 」


 睦月は、笑いながら夏希の肩を抱き、会場から早々に退出した。

 ロビーで預けていたコートを受け取り、ホテルを出る。


「疲れたろ? 」


 睦月は、優しく夏希の肩を抱きながら囁いた。


「大丈夫。まさか、お義母様にお会いするって思っていなかったから、びっくりしたけど」

「気に入られたみたいで良かった。葉月兄貴も皐月も夏希のこと気に入ったみたいだし、あとは末っ子の美月みつきだけだな。親父は、女の子なら誰でも気に入るだろうから」


 会ってみたいような、会ってみたくないような、睦月の父親とはどんな人なんだろう?


 タクシーを捕まえようとしたとき、睦月のスマホが鳴った。


「はい、上条です。ああ、はい、わかりました。伺います」


 これから一度家に帰り、着替えてからクリスマスデートのはずだった。

 仕事が入ってしまったんだろうか? と、夏希は心配そうな表情で睦月を見た。


「少し、寄り道だ」


 睦月は、そんな夏希に笑いかけると、タクシーに乗り込み行き先を告げる。

 タクシーは、ネオンがきらきら輝く道を走り、銀座の店の前で停まった。


「すぐくるから、待っててくれ」


 睦月は、タクシーを待たせて夏希を連れて店に入る。


「上条様、お待たせいたしまして申し訳ございません」


 店主がお辞儀をして睦月を迎えると、店の奥に睦月達を案内した。


「ご注文の品、なんとか間に合いました」

「無理言ってすまなかった」


 ここは銀座のジュエリーショップ。睦月は、通常なら二~三ヵ月かかるフルオーダーの指輪の注文を、二週間前に頼んでいた。


「上条様ですので、多少の無理は問題ありません。ただ、今回は石の取り寄せなどもありましたので、ギリギリの仕上がりになり、申し訳ございませんでした」

「いや、間に合うとは思ってなかったからありがたい」


 店主は、鍵のかかった金庫から、商品を一つだしてきた。

 睦月はそれを受けとると、夏希の手をとって、左手の薬指にはめた。


「メリークリスマスだ」


 凄い綺麗なダイヤモンドの指輪

 だった。

 真ん中にはハート型にカットされた大粒のダイヤがはめ込まれ、指輪全体にダイヤが散りばめられている。


「こちら、三カラットのダイヤになります。グレードDの完全無色で、クラリティはFLで、ほぼ無傷の物になります。カットはブリリアントカットです」


 夏希は何を言われているかさっぱりわからなかったが、ずいぶん綺麗で大きなダイヤモンドだということはわかった。

 値段は……、知らないほうが夏希のためかもしれない。


「こんな立派なの……。サイズよくわかったね」

「そりゃ、毎日触ってるからな。パーティーに間に合えば良かったんだが」

「高い……よね? 大丈夫? 」

「もし破産したら、売ってくれ。それまで、大事に持ってろよ」


 睦月なりの冗談だったようだ。


「うん、大事にする」


 睦月は支払いにサインして店を出た。

 待たせていたタクシーに乗り込み、家に向かう。


 家につくと、夏希はドレスを脱ぎ、借りたアクセサリーをしまい、以前睦月がくれたネックレスをつける。指輪は悩んだが、なくすと困るから大切にしまった。

 洋服は、暖かいかっこうをしろと言われたが、さすがにジーンズでクリスマスデートも……と思い、弥生が選んでくれた洋服の中でも、カシミヤのVネックセーターと革のミニスカートを選んだ。厚手のタイツを履いて、防寒対策をする。


 これにファーのコートとロングブーツを履けば、お洒落に見えるだろうか?


 元からお洒落に気を使うタイプではないので、コーディネートに悩んでしまう。


 夏希の部屋がノックされ、返事をする前にドアが開く。


「着替えてたらどうするの? 」

「残念、着替え終わってるのか」

「もう! 」

「指輪はつけないの? 」

「だって、なくしたら嫌だから。大切な時につけます」

「そっか、じゃあ次は普段使いのやつにしよう」


 睦月は、後ろから夏希を抱きしめると、髪の毛がアップになってあらわになった首筋にキスをした。


「あ、また。キスマークは嫌よ。見えちゃうから」

「見えないとこならいい? 」

「いや、まあ、見えないなら……って、ちょっと……」


 睦月は、夏希のセーターをめくると、背中に唇をあてた。強く吸われた感触があり、夏希は息を深く吐く。


「……ついた」


 睦月は、夏希の向きをくるっと変えると、強くハグをした。自分の理性が爆発しそうで、思わず背中のホックを外しそうになり、睦月はそれを押さえ込むのに必死だった。しばらく強く抱いていると、夏希がモゾモゾと動き出す。


「どうした? 」

「……いえ、ちょっと息が……」


 睦月の大柄な身体に抱きしめられると、夏希の身体はすっぽり睦月の中に入り込んでしまい、息が苦しくなってしまったのだ。


「悪い」


 睦月は、クックッと喉を鳴らすように笑うと、夏希を抱きしめていた腕の力を抜いた。


「出かけるんさじゃないの? 」

「出かけるけど……、もう少し」


 見上げてくる夏希が可愛くて、睦月はその唇に吸い寄せられるようにキスをした。

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