第16話 クリスマスパーティーと元婚約者
世間ではクリスマスイブ、夏希は壁の華になっていた。
というのも、睦月の会社のパーティーがあり、どうしても欠席できないと言われ、クリスマスに一人にはできないからと、無理やり連れてこられたのである。
確かに欠席できないパーティーではあったが、睦月の本当の目的は親族への夏希の紹介だった。このパーティーは、上条グループが取引先を大々的に招待して行うクリスマスパーティーで、親族はみな出席する習わしになっていたから。
夏希は、弥生の選んでくれた、どこで着るんだろう? と思っていたイブニングドレスを着て、いくらするんだ? というような宝石( 葉月の奥さんからレンタルした )をつけ、誰も知っている人間がいないパーティー会場で、ボーッと立っていた。
睦月は挨拶する人が多過ぎて、夏希を秘書の弥生に任せて、挨拶回りをしているのだが、弥生も取引先の社長に捕まり、いなくなってしまった。
「君、飲み物いかが? 」
夏希と同じくらいだろうか?若い男がカクテルを手にやってきた。
たぶんパーティー客だろうが、背が高く、スマートなイケメンだった。少しチャラい感じもするが、なぜか親しみやすい感じがして、夏希はカクテルを受けとる。
「ありがとうございます」
男は、ごく自然に夏希の隣りに立ち、話しかけてくる。
「僕は
「如月夏希です」
「夏希か、いい名前だね。ここには? 上条グループの取引会社の関係者とか? 」
「いえ。上条睦月さんに……」
「夏希さんじゃないか、この間は世話になったね」
葉月が夏希を見つけて話しかけてきた。
「葉月さん、こんばんは。このアクセサリー、お貸しいただき、ありがとうございます」
「葉月兄さん」
「なんだ、皐月。もう夏希さんに目をつけたのか? 」
兄さん?
ってことは、睦月さんの弟?
言われてみれば、鼻や口の形は似ているかもしれない。
睦月と葉月は言わなくても兄弟とわかるくらい似ていたが、皐月は目が違うだけで、ずいぶん雰囲気が違った。
睦月が厳ついイメージを与えるのは、その鋭い目つきのせいだった。いつも睨んでいるような、一重の切れ長の目で、笑うと印象がガラッと変わるのだが、ただ黙っていると、不機嫌か怒っているのかと思ってしまう。
それに比べ、皐月は二重の大きな目で、親しみやすい。
「兄さん、夏希ちゃんのこと知ってるの? 」
「ああ、この間泊めてもらったからな」
皐月に、えっ?! と驚いたようにまじまじと見られ、夏希は慌てて説明した。
「葉月さん、言葉が足りません。葉月さんが泊まったのは、睦月さんの家で、私は睦月さんの家で住み込みで家政婦しています」
「住み込み? 睦月兄さんのとこで? それは危ないんじゃないの? 獣の檻に羊ちゃん状態だよ」
「誰が獣だ! 」
睦月がやってきて、夏希の腰に手を回した。
「ほら、そんなとこだよ」
「自分の女に触って何が悪い? 」
兄弟三人揃うと華があり、若い女の子から年配の女性まで、周りの女性達が、チラチラと見ている。
「付き合ってるの? 家政婦じゃないの? 」
「おまえは質問が多過ぎ」
「夏希さんの家政婦ぶりは完璧だ。料理もうまいし、細かいことによく気がつく。あんまりに居心地がいいから、私が住みたくなったくらいだ」
「どこに住みたいって? 」
「
「初めまして。如月夏希です。アクセサリー、ありがとうございます」
「あらいいのよ、何個もつけられるものじゃないからね。使わないものは、いくらだって使ってちょうだい。ほら、海沢製薬の会長さんがいるわ。行きましょう。じゃあ夏希ちゃん、後でね」
桐子は、グラマラスな美人だった。葉月の腕に手を添えて二人並ぶと、いかにも上流階級の人間という感じである。
二人は揃って、挨拶回りに行ってしまった。
「暇だっただろ、悪いな」
「ううん、見てると面白かったよ。女の人が綺麗で」
「へえ、兄さんが気遣ってるって、かなりレアだね。ホントに付き合ってるんだ」
「アホか。ほら、飲み物持ってこい。ウィスキーのロックな」
「弟使いが荒いよな」
皐月は、文句を言いながらも、飲み物を取りに行った。
「もう少ししたら抜け出せるからな、そうしたらクリスマスデートだ」
「これもお仕事でしょ。私は大丈夫だから」
「できた彼女だ」
睦月は、夏希の頭にキスをした。
「兄さん」
皐月が、少し困った顔をしながら戻ってきた。
皐月の後ろには、禿げて太った男性と、派手に着飾った女性が一人いた。女性のほうは、夏希より少し上くらいだろうか? 胸が深く開いたイブニングドレスを着て、胸の谷間を強調するように、わざと腕で胸を挟むようにしていた。
「渡辺さん」
「やあ、睦月君。お見合いの席以来だね」
お見合いの……ということは、元婚約者ということだろうか?
皐月は、ゴメンと両手で拝むようにし、フェイドアウトしていく。
「あいつ! 」
睦月がボソッとつぶやく。
「何か、誤解があったようだから、ちょっと話しがしたいんだが」
「いえ、こちらには話すことは……」
「まあ、そう言わずに。うちの薫子は、君から一方的に婚約破棄されて、食事も満足にとれなくなってしまってね。毎晩泣いてるのを見ると、親としては切なくてね。とにかくちょっと、人のいないところで話そうか」
睦月は強引に会場の外に連れ出されてしまう。
残された夏希は、薫子の遠慮のない視線に戸惑った。
「あなた、こういうお席ではお見かけしたことないけど……あれかしら?お金で雇われたパートナーでしょ。もう、必要ないから帰っていいわよ。お疲れ様」
「彼女は、睦月兄さんの新しい彼女みたいだよ」
いつの間にか戻ってきた皐月が、夏希の横に立っていた。
「はあ?こんな貧弱な子が?そんなわけないじゃない。睦月を満足させられる訳ないわ」
「でも、彼女なんだよね? 」
「えっと……はい」
そうなんだけど、あまりふらないでほしい。
「嘘よ! 睦月は、胸とお尻が大きい女がタイプなのよ。私みたいなね」
バカ丸出しみたいな発言である。
「でも、君はもうふられてるんじゃなかった? 婚約破棄されたわけだから」
皐月の言葉に、薫子は激昂する。
「あれは、睦月の勘違いよ! 睦月は、やきもちをやいてるだけなんだから。睦月だって、つまみ食いくらいするでしょ。私だって、ちょっとつまんだだけで、本命は睦月なんだから」
「うーん、それはどうかな? うちの親父は、確かにつまみ放題だけど、おふくろは親父一筋だしね」
「今は男女平等の時代だわ」
その平等、ちょっと違う……。
「睦月さんは、つまみ食いなんかしません」
「確かにね、つまみ食いするより早く帰りたいみたいだよね。なんか、仕事持って帰ってるって、秘書課の子が言ってたし。社長が早く帰るようになったから、自分達も帰れるって喜んでたよ。よっぽど、夏希ちゃんに会いたいんだね」
皐月さん、私のフォローしてるつもりなんだろうけど、目の前の元婚約者はどんどん怒っていってるみたいだけど……。
「こんな子、睦月を満足させられるわけないわ! あなた、実家は? どこの会社よ? 」
「母は、普通にパートで働いてますけど」
「はあ? 母親がパートにでないとやっていけないくらいの貧乏会社なわけ? ってか、母親が働くってありえないでしょ」
夏希は、ムッとした。
けして母娘仲がいいほうではないが、女手一つで夏希を育ててくれたのだから、見ず知らずの女にバカにされたくない。
それでも、ここで喧嘩をしてしまっては、睦月に迷惑をかけてしまうと思い、ぐっと我慢する。
「うちは一般家庭です。会社経営してません」
「一般? 上条グループに何の役にも立たないじゃない。きっと、一般の子が珍しいだけね。すぐに飽きられるわ。それとも、その貧弱な身体でも、睦月を虜にするだけのテクニックがあるのかしら?
それくらいしか、ウリはなさそうね」
「うちは、政略結婚しなきゃいけないくらい行き詰まってないがな。夏希さんは料理が凄く上手だよ。ウリって訳じゃないだろうけどね。それに、睦月は夏希さんが大事過ぎて手が出せないって、悶々としていたな。あの睦月が、一緒に住んでいて手が出せないって、よっぽど本気なんだろう」
葉月がやってきて、夏希の後ろに立っていた。
「私、子供はいませんけど、もしできたとしても、仕事を辞めるつもりはありませんよ。あなた、仕事をしてる女性をバカにするつもり? 」
桐子も、夏希の横に立って夏希の腰に手を回す。
「いえ、そんなつもりじゃ……」
夏希には上から見下していた薫子も、上条グループの長兄夫婦の出現にワタワタしている。
「夏希ちゃん、お義母様がいらっしゃったから、一緒に挨拶に行きましょう。じゃあ、失礼」
桐子が夏希を連れ出してくれた。男性陣は、その後ろに続く。
「あんなのが義妹にならなくて、本当に良かったわ。あの子、男癖が悪いって、有名なのよ。婚約話しを聞いたとき、睦月君と縁を切ろうかと思ったくらい。ほら、睦月君って、恋愛を面倒に思ってたところがあったから、適当にお見合い相手選んで結婚を決めたでしょ? 体裁を整えるだけの結婚にしても、あれじゃ整うものも整わないわよ」
恋愛感情はなかった……と?
元婚約者を見て、睦月が好きになった相手とは、確かに思えなかった。見た目だけに騙されたんだろうか? と思ってもみたが、睦月がそんなバカな男とも思えず、不思議だったのだ。
「睦月兄さんは、あんまり結婚に執着してなかったからね。ほら、結婚してないと、周りから結婚しろとか、娘はどうかとか言われてウザイから、とりあえず結婚しとこうくらいだったからな。相手は誰でも良かったみたいだね」
「今は、夏希さんがいるから、誰でも良くはないだろう」
葉月が、夏希を気にして口を挟む。
「そうね。睦月君、ここ最近雰囲気が変わったものね」
「そうそう、すっかり牙が抜けちゃって、強面若社長が、アットホームなお父さんみたいになったよね」
「アハハ、うける! 」
「本当だよ、今までは睦月兄さんが一睨みしたら、みんな震えあがってたのに、今じゃみんなでお弁当広げてピクニック状態だもの。お弁当誉めると、超ご機嫌になるって、社長可愛いとか言われてるんだから」
皐月と桐子で、楽しそうに睦月をこきおろしていると、後ろからヌッと腕が伸びてきて、夏希を引き寄せた。
「睦月さん」
「悪い。やっと解放された。おまえら、好き勝手言ってくれてたな」
「本当のことしか言ってないわよ」
桐子は、シレッとしている。義弟だし、睦月のことは怖くはないのだろう。
「で、どうやって渡辺社長から解放されたの? 」
皐月は興味津々である。
「誰にでも股を開くような女はお断りだって言ったんだ。興信所で調べて、いろんな情報は手に入れていたからな」
「調べてたんだ」
「まあな、醜聞は困るからな。うまくやってくれてたら、見逃そうと思っていたが、あんまりにボロばかりで、さすがにあれは嫁にはむかない」
なんか、いつもの睦月からは信じられないことを言う。
夏希が、不審げに睦月を見上げると、慌てたように睦月は夏希にフォローを入れる。
「いや、昔は体裁のためだけに結婚を決めたからな。誰でも良かったんだ。契約結婚みたいなもんだ。今は、そんな結婚はクソだって思ってる。やっぱり、好きな女とだけだ。好きな女が一人、家で待っていてくれればいい」
睦月は夏希のウエストを引き寄せ、頭にキスをした。
「睦月兄さん、百八十度人格が変わったね? 」
「皐月、チャチャを入れるな! 」
睦月が皐月にげんこつすると、皐月は笑いながらそれを避ける。
仲の良い兄弟らしい。
夏希には兄弟がいないから( 腹違いはいるみたいだが )、少し羨ましかった。
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