第15話 葉月 34歳
「ご飯……作らなきゃ」
睦月が出ていってから、夏希は電気をつけるのも忘れて、ソファーに座っていた。
もう暗くなってきているし、電気をつけて夕飯の準備をしないといけない。
続きは夜……って言ってた。
帰ってきたら……。
夏希は一人赤くなり、立ち上がるとキッチンではなく風呂場に向かう。
とにかく丹念に身体を洗ったら、睦月の感触まで消えてしまったようで、少し寂しく思えた。
夕飯を作り、睦月の帰りを待つ。
けれど、九時になっても帰ってこない。いつもなら、夏希の仕事が終わる時間までには帰ってきて、一緒に夕飯を食べていた。
夏希は、自分だけ軽くすませると、夕飯にラップをかけ、冷蔵庫にしまった。
十一時過ぎ、玄関が開く音がした。
夏希は、パッと笑顔になり、いつも通り睦月を出迎える。ハグしてキスをする。
「お帰りなさい。遅かったね。心配しちゃった」
「ただいま。メールしたんだが、見てないか? 夕方電話もしたんだが、出なかったな」
「スマホ、部屋におきっぱなしだった。ごめ……ん? 」
睦月の後ろに、スーツ姿の男性が立っているのに気がつき、夏希は真っ赤になる。
人前でキスしちゃった!
「兄貴、如月夏希だ。夏希、俺の六つ上の兄貴の
なるほど、睦月に似ている。睦月をより気難しく、ほっそりさせたような感じだった。身長も、睦月よりは十センチくらい低めだが、それでも百七十はこえているだろう。
「失礼いたしました」
夏希は慌てて睦月から離れると、スリッパを並べて用意した。
「夜分に失礼する」
「いえ、いらっしゃいませ。」
夏希は、葉月と睦月のコートを受けとると、コートかけにかけ、慌ててキッチンに向かう。
「睦月さん、お夕飯は? 」
「食べてきた。悪い」
「メール確認しなかった私が悪いんだよ。お酒は何飲む? 」
「とりあえずビール」
「わかった」
夏希はビールグラスを二人分用意し、冷えたビールを注ぐ。
「今、おつまみ用意しますね」
夏希は、夕飯をアレンジしておつまみを作る。元が出来上がっているから、数分でできあがる。
テーブルに並べると、かなり豪華なおつまみに見えた。
「凄いな。睦月、おまえいつもこんなに豪華に晩酌してんのか? 」
「だいたいね」
「そりゃ、飲みに行かなくなるわけだ。夏希さん、君もこっちに来て飲みなさい」
夏希は睦月の隣りに座ると、ビールをついでもらった。
怖そうに見えるが、笑うと睦月に似ていてイメージが変わる。
「おっ、この煮付け、いい味してるな。いやね、渡辺運輸のお嬢さんとの縁談を断って、よくわからない女と同棲始めたって聞いたから、様子を見にきたんだよ。しかも、新居まで買うとか言ってるし」
「あれは、こいつと知り合う前に終わったんだ。こいつとは無関係だ」
睦月がムスッとして言う。
そう言えば、夏希が前彼と別れた同じ日に、婚約破棄したとか言っていたような。
あのときは、何がなんだかわからず、聞き流してしまっていたが、睦月には結婚を約束するような相手がいたんだ。
夏希の心臓がギュッとなる。
結婚するくらい好きな相手……、そう思うと、胸が苦しくなる。
「時期はどうでもいい。渡辺運輸の社長から、なんとか復縁できないか、間に入ってくれって、しつこく言われてるんだぞ」
「無理だな」
即答の睦月に、葉月はため息をつきつつ、夏希に視線を向けた。
「夏希さん、そんな心配そうな顔色しなさんな。別にたいした取引先でもないしな」
逆に言えば、大口の取引先だったら、彼女がいようが関係なく縁談が進む……ということだろうか?
睦月は、そんな夏希の心配に気づいてか気づいてないのか、夏希の手を握りながら、ビールを煽る。
「こいつ、我が儘だろ? うちの兄弟の中で一番俺様で自己中なんだ」
「ひどいな、俺は夏希には優しいぞ」
「兄弟の中って、何人兄弟なんですか? 」
「本妻の子供は四人だな」
「本妻……って」
聞いたら、まずい話しのような気がする。
「ああ、親父いろんなとこで種落としてるからな。認知してないのも入れれば、一クラスくらいできるんじゃないか? 」
「睦月、それは大げさだ。私が知っているだけで十五人目がこの間生まれたらしい」
「マジか? 」
「ほら、おふくろからの写メール。おふくろ、気分はおばあちゃんだってさ。まだ本物の孫がいないから、孫はまだかって、このメール送ってきた」
葉月がスマホを出して、上品そうな初老のご婦人が赤ん坊を抱いている写真を見せた。
なんか、突っ込みどころ満載なんですけど。
浮気相手の子供を、本妻さんが笑顔で抱っこって……。
「ふーん。十五人兄弟になったわけか」
睦月は、特に何も感じないというふうに、写メールを見ると、スマホを葉月に返した。
「本妻の子供は私と睦月、あとは下に二人いるんだ。みんな男だ。会社を継いでるのは三人で、末っ子はまだ高校生だ」
「あいつ、もう高校生かよ? この間までオムツだったのに! 」
「あいつが一番親父似かもな。最近までは、睦月が一番似てると思っていたがな」
睦月は、不機嫌そうに似てねえよとつぶやいた。
それから、ワインを飲み、日本酒になり、最期は焼酎……。
夏希はさすがに酔っぱらうわけにはいかず、途中から麦茶にしたが、上条兄弟のお酒の強さといったら……。アセトアルデヒド分解酵素の活性が高い遺伝子を持っているに違いない。
かいがいしく働く夏希を見て、葉月は弟は当たりを引いたなと思った。葉月の嫁は医師なのだが、仕事のために子供は作らない、家事は人任せ、仕事だけしていたいと公言するような女だった。いい女ではあるし、葉月は彼女を愛していたが、仕事で家を空けることが多い職業のため、寂しくないと言えば嘘になる。
好きだからこそ、彼女の職業も認めるしかなかった。
夏希みたいな女が家を温めてくれていれば、家に帰りたくなるのもわかる気がした。
「葉月さん、今日はお泊まりになるでしょう? ちょっと仕度してきます」
夏希は中座して、客間に布団を敷きに行った。布団には電気毛布を入れ、温めておく。枕元には寝間着を置き、起きたときに飲めるように、ミネラルウォーターのペットボトルを置く。
リビングに戻ると、葉月はソファーにもたれてウトウトしていた。
「お布団敷いてきたよ」
「サンキュー、ほら、兄貴、布団行くぞ」
睦月が葉月を引っ張って客間へ連れて行く。
睦月はリビングに戻ってくると、夏希を抱き寄せキスをする。
「やっと、落ち着いてイチャイチャできる」
「葉月さん、うちに泊まるのおうちに連絡してるのかな? 」
「たぶん、してないかな。急にうちにくることにしたからな。兄貴は、うちのグループの不動産関係の会社をやってるから、新居の話しを相談したんだ」
「電話したほうがよくない? もう遅いけど……」
電話をしていい時間ではない気もするが、無断外泊で心配しているかもしれないと、夏希は気にかけていた。
「メールにしとくか。義姉さんは心配するようなタイプじゃないけど」
睦月がメールしている間に、夏希はお風呂の準備をした。
「睦月さん、お風呂どうぞ」
「一緒に入るか? 」
夏希の腰に手を回し、首筋のキスマークにキスをする。
「葉月さんがいるでしょ! 」
睦月は夏希をからかっただけだったらしく、笑いながら風呂場へ向かった。
「バカ……」
もっと熱心に誘ってくれればいいのに……。
それなりに覚悟をしていた夏希は、ホッとするよりも残念に思っている自分に赤面する。
後片付けをし、睦月におやすみなさいを言うために、睦月がお風呂からあがるのを待った。
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