第14話 消毒完了

「座ってろ」


 家に帰ると、睦月は夏希をソファーに座らせ、自分は台所へ向かった。

 カチャッとコンロをつける音がして、しばらくしたら、湯気のたったマグカップを持ってきた。


「飲め」


 砂糖の入ったホットミルクだった。

 一口飲むと、甘味が口の中に広がり、おなかの中が温まる。


「美味しい……」

「だろ? 俺ができる唯一の料理だ」


 ミルクを温めただけの物を料理というのかわからないけれど、自慢気に言う睦月が愛おしかった。


「落ち着いたか? 」


 夏希は、こっくりうなずく。

 震えも止まり、顔色も戻ってきていた。


「悪かった」


 睦月が頭を下げる。


「……? 睦月さんは何も悪くないでしょ? 」

「いや、夏希の前の家が近いとこにあるってことは、前彼とも再開する可能性があるって、考えればわかることだった」

「いや、普通の前彼なら、出会ったとしてもなんてことないよ。あいつが最低な奴だったから」

「うん、最低なのは、別れた話しを聞いた時からわかってたし、そんな奴と出会う可能性のある場所に、いつまでもおまえを住まわせていた俺が悪い」

「でも、もし住み込みじゃなくて通いにしても、通勤の時や買い物の時なんかに、やっぱり会ってたかもしれないし……」


 睦月は、夏希の隣りに座ると、夏希の頭を引き寄せて自分の胸に抱いた。


「いや、住み込み以外あり得ないから。っていうか、家政婦の契約が先だから住み込みって言い方になるけど、これは同棲。付き合ってる同士が同じ家に住んでるんだから」

「そう……なるのかな? 」

「俺はそう思ってる。じゃないと、毎日キスとハグを要求する俺は、セクハラ雇用主になっちまう」

「確かに」


 夏希は、睦月の胸に顔を埋めたまま、クスクスと笑う。


「笑い過ぎだ。それでだ、家を買おうと思う」

「えっ? 」


 びっくりして、夏希は睦月の顔を見上げた。


「前から考えてはいたんだ。どうせ夏希を抱くなら、まっさらな場所がいいって。このマンションだって賃貸だし、まっさら……ってわけにはいかないからな」

「まさかと思うけど、私とセックスするために、家を買うって聞こえたんだけど」

「そうだな。そんな意味だな」


 ショック療法と言うんだろうか? 夏希の常識とはかけ離れた話しをされ、圭吾のことが頭から抜けていた。


「今度候補をあげさせるから、一緒に捜そうな。あと、しばらくは買い物はネットスーパーにしろ。外行きたいときは電話しろ。誰か秘書を寄越すから」


 優しくハグをしながら、夏希を甘やかすことを言う睦月だった。きっと、睦月的にはかなり本気なんだろうが、普通に考えて電話なんかできるわけもないのだが。


 なるべく外出はしないようにしよう……と思う夏希だった。


 しばらくハグをしていた睦月だが、ハグしながら夏希の左腕をこすっている。


「さっきから何してるの? 」


 不思議に思った夏希が聞く。


「消毒」


 睦月は、しごく真面目な顔で言う。腕にチュッとキスする。


「これで綺麗になった。後触られたとこは? 」

「肩とか、頬とか、……胸」

「胸! クソッ、俺だって触ってないのに」


 睦月は、肩に、頬に、撫でてからキスをしていく。


「触るぞ」


 睦月は、そっと包むように夏希の胸に触り、胸に触れるか触れないかくらいのキスをする。


「よし!これで消毒完了……でいいか? 」


 睦月の触り方がイヤらしくなかったせいか、全く嫌な気がしなかった。


「……うん」


 睦月が、夏希の顔を覗き込む。


「なんかあるのか? まさか、直に触られた? 」

「……ごめん」


 ごめん……というのもおかしいのかもしれないけど、ごめんなさいとしか言いようがなかった。


 睦月の表情が険しくなり、それを隠すように夏希を抱きしめる。


「嫌な思いしたな。可哀想に」


 しばらく抱きしめられていたが、いきなり夏希の胸元がスカスカする。


「えっ? 」


 睦月が器用にブラジャーのホックを外したのだ。


「直に触るからな」


 睦月の手がシャツの中に入り、夏希の胸を直に触る。ヒンヤリとした睦月の手が、恐る恐る夏希の胸を包み込む。


 夏希はギュッと目をつぶり、またあのゾワゾワに襲われるのかと、身体を硬くした。


 睦月の手の温度が、夏希の体温と同じくらいになったとき、夏希は恐る恐る目を開けてみた。

 目の前には、心配そうな不安げな睦月の顔がある。


「気持ち悪いか? 」

「……大丈夫みたい」


 ホッとしたような睦月の顔に、夏希は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 こんなに、心配して私のことを考えてくれている相手が触るのと、どうしようもない前彼が触るのじゃ、同じな訳ないのに……。


睦月の手は一ミリも動くことなく、ただ優しく夏希の胸を覆っていた。睦月的には、どれだけの精神力を有したことか……。


 そんな状態のまま、どれくらいソファーの上で抱き合っていただろうか?


 そろそろ睦月の会議の時間が迫っていた。

 睦月がこの時間家に帰ってきたのも、会議の資料を取りに来たからで、本当ならすぐに会社に戻らないといけなかったのだ。


 睦月は苛立たしく時計を睨み、最後に夏希のシャツをめくりあげた。


「見ないで。……恥ずかしいから」


 恥じらう姿も、睦月のツボに入る。

 こんなに愛らしい生き物は見たことない! 会議なんかブッチでいいか……などと、社長にあるまじきことを考えた。


「見られるの嫌か? 」

「もう! だから聞かないでってば。……恥ずかしいだけよ」

「俺はもっと見たい。夏希の全部見て、キスしたいよ」


 そう言って、夏希の胸(限りなく首に近い)にチュッとキスをする。


「あ……ッ」


 予想外の場所にキスされ、驚きで身体がビクッと反応する。

 その恥じらいとも、喘声ともとれる声を聞いた睦月は、リミッターが外れる音が聞こえた気がした。


「我慢できないかも……」


 夏希のブラを押し上げ、まさに夏希の胸に顔を埋めようとしたその瞬間、睦月のスマホが鳴った。


 睦月はため息をつき、夏希から離れる。


「時間だ」


 夏希をソファーから起こすと、やはり器用にブラジャーのホックをとめ、シャツを元に戻す。


「すごーく残念だが、仕事に戻らないとだ。続きはまた夜な」


 睦月は夏希にキスすると、書斎に資料を取りに行く。


 夏希は、ボーッとして睦月を眺めていた。


 あれは何だろう?

 睦月に触られて……。今までの男達と明らかに違う感覚だった。今までは嫌で嫌で、吐き気さえしていた行為なのに、睦月に触られた時、あのザワザワ感は感じなかった。


 睦月が離れてしまい、急激に体温も下がっていくようで、夏希は身体を震わせる。


「大丈夫か? 」


 リビングに戻ってきた睦月は、心配そうにそんな夏希を見た。

 嫌なのを我慢し過ぎて震えていると、勘違いしたのだ。


「大丈夫。会社戻るの? 」

「ああ、会議なんだ」


 睦月は、なり続けるスマホに出た。


「今向かってる! 」


 それだけ言うと、スマホの電源をオフにした。


「ごめんね、私のせいで遅刻しちゃう」

「夏希を連れて出社したいくらいだ。……行ってくる」


 睦月がキスをすると、夏希もハグをしてキスを返した。


 いつもより密着度の高いハグにキスだった。

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