第12話 一ヶ月記念
「ただいま」
「おかえりなさい」
睦月は、家にあがるでもなく、夏希の行動を待っている。
嫌じゃないけど、ちょっと面倒くさい……かも。
住み込み家政婦を始めてから一ヶ月、ハグ&キスが定番になっていた。しかも、夏希からしないと、凄く機嫌が悪くなる。
すっかり、ハグもライトキスも馴れた夏希だったが、毎日朝晩だとちょっと……。
そう思いながら、夏希は睦月にハグをしてキスで出迎えた。
この一ヶ月、睦月は日々修行のような気分で過ごしていた。
女が一週間ときれたことのない睦月が、一ヶ月女を抱いていないのだ。
しかも、家に帰れば可愛い彼女のハグ&キス、けれどいまだにそれ以上の進展に進めないまま、今日に至る。会社に行けば、社長夫人を狙う秘書課の美人達が、睦月を崩落しようと、さりげなくアピールしてきて、何度手が伸びかけたことだろう。
そういう店に行ってやろうか?!
実際、車でフラフラと立ち寄りそうになったこと数回。とりあえずヌケればいいから、一時間もあれば事足りる。ちょっと残業! の時間内だろう。
でも、もし違う匂いがついたら?
夏希に気付かれたらアウトだ!
他の女を抱いたその手で、夏希に触れるという罪悪感もある。
今までの恋人がいても、そんなことを気にしたことはなかった。礼儀として、自分から手を出すことはせず、寄ってくる女には彼女がいることを告げて関係を持った。
そんな睦月が、今では夏希以外の女に触れることさえできなくなっていた。
かなり限界に近づいていた。
「睦月さん、ビールのままでいい? 」
「うーん、今日は止めとこうかな」
「具合……悪いの? 」
夏希は、心配そうに眉を寄せ、睦月の顔を覗き込んだ。
睦月はかなりウワバミで、飲まない日がない人間だ。ビールは水代わりだし、食後はワインを飲みながら仕事をするくらいで、どんなに飲んでいても、酔っぱらった姿を見たことがない。
睦月は、ボリボリと頭をかくと、どう言ったもんかな……と考える。
まさか、飲んで理性のリミットが外れたら、夏希を押し倒してしまいそうだから……なんて言えない。
「具合は悪くない。そうだな、飲むかな?夏希も付き合うか? 」
「少しだけ……ね。ワインでいい? 」
「ああ」
さて、修行が始まるな……。
夏希は、ワインに合うつまみを作りだし、リビングのテーブルを埋める。
「なんだ?今日はずいぶんつまみが多いな」
「そう? 」
夏希は、フフッと笑って睦月の隣りに座った。
「実はね、お祝いなの」
「祝い? 」
夏希の誕生日は二月だし、睦月は一月。クリスマスは来週だし、ハロウィンは終わった。
「付き合って一ヶ月記念」
夏希は、一瞬バカにされるかな? と思ったけれど、夏希にとって一ヶ月続くということは快挙なのであった。
しかも、毎日会っている相手と。一番長くつきあったのは半年だったが、月に二回会うかどうか……みたいな相手だったから、会っている日数だけ計算したら、睦月は最長と言ってよい。
「なる……ほど、それはめでたいな。なんだ、プレゼント用意すれば良かったな」
睦月は馬鹿にすることなく、夏希の頭を優しく撫で、フワッと微笑んだ。
夏希は、そんな睦月にドキドキしてしまう。
「プレゼントとかいらないから。睦月さん、この一ヶ月夕飯はほぼ帰ってくれてるじゃない? 家に仕事持ち込んでも。あれって、実はかなり無理してない? それに、日曜日のデートだって、毎回私に合わせてくれてるでしょ? 」
「そりゃ、俺が夏希の飯食いたいからだし、デートだって無理してじゃない。公園行ったり、動物園や水族館も楽しかったぞ」
「それに、ほら……セックス我慢してくれてるでしょ? 」
夏希は、赤くなりうつむく。
「まあ……な。契約だし」
「うん、それでも! そういう優しい睦月さんが好き。毎日、プレゼントもらってる気分だよ」
釘……さされちまったな。
修行だ!
睦月は、すり寄ってくる夏希の肩抱き、チュッとキスする。
よし!…今日は、キスしまってやる!!
それが、より修行を深めるとも思わず、睦月は夏希を抱く手に力を入れた。ソフトなキスしかしていない為、どこまで夏希の許容範囲なのか知りたい……ということもあった。
睦月は、ワインで乾いた喉と唇を潤すと、チュッチュッと、何度も音をたて、夏希の唇に唇を合わせる。
薄目を開けて夏希を観察した。
夏希は、幸せそうに目を閉じている。
これはいける?!
次に、軽く下唇を噛んでみた。
吸っては離し、また甘噛みする。
夏希は、少し顔を紅潮させ、睦月に身体を預けるように、いい感じに力が抜けていた。
キスをしつつ、右手を夏希の太腿に置き、左手を肩から徐々に下へ下げていく。
残念ながら、夏希はジーンズを履いていたため、以前触った柔らかい感触を楽しむことはできなかった。しかし、逆にズボンであるという安心感からか、かなり際どい部分まで手を運んでも、夏希は嫌がる素振りはなかった。
ここまでは大成功だ!
睦月は、夏希の唇の味を楽しみながら、一応確認してみる。
「嫌な気分になってないか? 」
夏希は、恥ずかしそうにうなずく。
「口、開けて……」
夏希の唇が、ほんのわずかに開く。睦月は、その間に軽く舌を押し入れた。
ここまでいけば、流れでセックスできそうなもんだが……。
唇を離し、顔中にキスをした。おでこに、目に、耳に、鼻に、頬に、顎に……。
次第に唇を下げていく。
首筋にキスしたとき、夏希の身体が強張った。
今日はここまでか……。
睦月は、最後に……と、首筋を強く吸い、自分の印を残す。
「今日はここまでだな」
睦月にしたら、非常に残念だが、ここで今までの苦労をチャラにしたくはなかった。
なによりも、睦月の理性の糸があと一ミリで切れそうだった。
睦月は、ライトキスをすると、夏希をギュッと抱き締めてから離す。
「好きだよ。」
もう一度キスをし、夏希の頭を撫でた。
「今日はもう寝ろ」
「睦月さんは? 」
「仕事したら寝る。つまみは置いといてくれ。たぶん食べるから」
「うん、おやすみなさい」
夏希から、ギュッと抱きついてきて離れる。
「おやすみ」
修行だあーッ!
睦月の心の叫びが、溢れだしそうだった……。
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