第11話 キスはマストで!

 昼飯を食べ終え、散歩したいと言う夏希の要望から、昭和記念公園にやってきた。


「この公園、入場料がいるの? 」


 入り口にある発券機を見て、夏希は驚いたように言った。


「国営だからな」


 そういえば、新宿御苑も料金がいるし、国営の公園はそんな物なのかと、なんとなく納得する。


 睦月が夏希の手を握ったまま、券売機でチケットを買い、公園の中に入った。


 すでに紅葉の時期は終わりを迎えていたが、まだ残っている葉が、チラチラと散っている。犬も入っていいらしく、散歩している人達もいた。


「寒くないか? 」


 睦月は、夏希の腰を抱き寄せるようにして言った。


 いつもジーンズばかりの夏希のミニスカート姿は、睦月的には思わず手が伸びてしまうくらい、ガッツポーズ物なんだが、公園デートには寒々しく見える。


「大丈夫。皮下脂肪ついてるから」

「そうか? もっとついててもいいと思うがな」


 ウエストをつねってみる。

 夏希はくすぐったさに身をよじった。


「何気についてるの! それは普通に嫌! 」


 睦月は大きな口を開けて笑う。


 今までの女達は、どこに行くか聞くと、三つ星のレストランや銀座の寿司屋に連れていってとねだられたり、買い物がしたいとデパートに連れて行かれたりと、ただ金ばかりとんでいった。夏希みたいに、食事はファストフード、デートは散歩でいいなんて女は初めてだった。

 デート中に、仕事の取引先の社長に会ったりしたら……と思い、洋服やら何やら買わせたが、こんなデートなら、逆にいつもの夏希のかっこうの方がいいのかもと思い始めていた。


「ここにくるなら、お弁当持ってきて、ここでお昼でもよかったね」


 レジャーシートを敷いて、お弁当を食べている家族を見ながら、夏希は目を細める。


 夏希にとって、家族揃ってピクニックをしているような家族は眩しかった。幸せな家庭の絵を見ているようで、羨ましくもあった。


「次はそうしよう。防寒はしっかりしてな」


 ベンチに並んで座ると、睦月はコートを脱いで夏希の足にかけた。


「大丈夫だって。睦月さんが寒いでしょ? 」

「俺は夏希に温めてもらうから大丈夫だ」


 睦月は夏希の肩を抱き、自分の方へ引き寄せるようにした。

 夏希も、睦月の腰に腕を回す。


「うん、温めてあげる」


 睦月は、夏希の進歩を感じていた。


 これは、キスしてもいい場面だろうか!


 睦月は、夏希の頭にキスをした。

 夏希が顔を上げる。

 睦月は素早くライトキスをする。

「もう! だから人がいるってば……」


 夏希は、口で言うほど嫌がってはいないように見えた。


「人がいなければいいのか? 」

「そりゃ、まあ、付き合ってるんだから、キスくらいは……」


 夏希の声は小さい。


「聞いたからな」


 睦月は、再度夏希の頭にキスをすると、夏希はくすぐったそうに首をすくめる。


 これからはキスもマストだ! ハグ&キスで送り出してもらおう。

 楽しく仕事に行けそうだし、バリバリ仕事をして、帰る楽しみもある。なんか、毎日楽しいかも!


 夏希のいない生活など、考えられないくらい、夏希が日常になっていた。つい一週間前には、暗い部屋に帰り、ただいまも行ってきますも言わない生活をしていたなんて、考えられなかった。


 同じようなことを、夏希も考えていた。一週間前に彼氏に一方的に別れを言われて、やけ酒を飲んだのが嘘みたいだ。

 たった一週間なのに、すでに前彼のことは遥か昔のことみたいに思えるし、まさかもう好きになれる人が現れるなんて、想像もしていなかった。


 ただ、まるっきりお花畑な睦月の頭の中と違って、夏希の中ではただ幸せ! とひたれない部分がある。


 弥生の存在が引っ掛かっていた。


「あの……」

「なんだ? 」


 睦月は夏希の頭に頬擦りしながら、夏希の匂いを満喫していた。

「弥生さんと……お付き合いしたことある? 」

「はあ? 」

「いやさ、ほら、睦月さんの好みの下着を知り尽くしてるって。関係があったのかな……って」


 うつむきがちに言う夏希を、睦月はまじまじと見た。


 やきもちか?


「そりゃ、あんなに綺麗な人だし、何かあってもしょうがないのかなって思うけど……」


 睦月は、夏希をギュッと抱きしめた。


「やきもちか? 」

「……かな?ずっと、気になってて」


 夏希は認めた。たぶん、この嫌な気分はやきもちだ……と。


「関口は、あれでも子持ちだぞ」

「えっ? 」

「若く見えるが、三十過ぎだし、子供二人の母親だ」


 弥生と関係があるか? と聞かれたら、答えはノーだ。弥生意外の秘書と関係は? と聞かれたら、それは答えられないだろうが。

 睦月に気に入られたら、社長夫人である。色仕掛けをしてくる秘書もおり、睦月はくる者拒まずな面もあったからだ。

 また、そんな秘書達は、自分は他の秘書達と違うとばかりに、睦月とのことを公言したし、どんな下着に睦月が興奮したかなど、自慢気に話したりもした。

 弥生は、そんな秘書達を何人も見てきたし、話しは嫌でも秘書課中に広がるから、弥生は誰よりも睦月の趣味に詳しくなってしまったというわけだ。


 夏希は、急に恥ずかしくなってきた。


「あれか? さっき車で機嫌が悪かったのも、それが原因だった? 」


 夏希はどんどん赤くなっていく。自分がゲスな勘ぐりをして、勝手にやきもちをやいて、不機嫌になって……。そう思うと、恥ずかしくてしょうがなかった。


「だって、弥生さん綺麗だし、睦月さんより年下に見えたし……。とても子供がいる体型には見えなかったもん」

「関口に聞かせてやろう」

「やめてよー。恥ずかしい! 」


 睦月は、ライトキスをする。


「誤解も解けたし、そろそろ帰るか。今日は、外で夕飯にしよう。食べたい物がなければ、俺の行きつけでもいいか? 」

「うん」


 睦月はポケットから包みを取り出した。


「これ、今日の服に似合うと思う。」


 睦月は包の中からネックレスを取り出して、夏希の首につけた。


「うん、似合う。」


 夏希の首筋にキスをし、夏希はくすぐったそうにした。


「こんな高そうなの、いいの? 」

「そんなに高くないさ」

「うーん、凄く嬉しいけど、あんまり私を甘やかしたらダメだよ。誕生日でもクリスマスでもないんだから。今日の買い物だって、とても私が払える額じゃないもん。やっぱり、身分相応が一番」


 小さい時から、倹約が身に付いている夏希だった。


「わかった。これは、初キスの記念ってことで」

「わかった。じゃあ、これだけね。ね、入れ物もちょうだい。しまっておくのに使うから」


 たぶん、夏希が思っているネックレスの金額と、実際の値段は、桁が違うはずだが、睦月は特に何も言わなかった。ただ、次はアクセサリーボックスを贈ろうと思っていた。

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