第10話 罰則はキス

 約束の二時間が過ぎた。


 夏希はぐったりしながら、大量の買い物袋を床に置いて、座り込みたいのを踏ん張って立っていた。


 弥生はパワフルで、何軒も店をはしごし、迷うことなく買い物を進めていった。最初は値札をチェックしていた夏希も、そんな気力もなくなり、ただ弥生が持ってくる物を着たり脱いだり……。

 洋服やコートはもちろん、靴やバッグ、下着類にいたるまで、最後は化粧品を購入して終了した。中には、こんなドレス何処で着るんだ? という物や、恥ずかしすぎる下着( ちなみに、今着けている物は捨てられ、全身新品に着替えさせられている )まであった。

 今夏希が持っているのは、化粧品や下着類で、その他は睦月の家に宅配してもらうように頼んだ。とても持ちきれない量の買い物だったから。


 睦月のカイエンがやってきて、軽くクラクションを鳴らした。


「お疲れ。飯でも行くか? 」

「デートのお邪魔はいたしませんわ。下着に至るまで全て、社長の好みに合わせて購入いたしました。私も買い物したくなってしまいましたので、買い物してから帰りますわ」

「そうか、経費で落としていいぞ。じゃあ。夏希、乗れよ」


 睦月は、車から降りて荷物をトランクに入れると、夏希のために助手席のドアを開けてくれた。

 夏希は、弥生の言ったことに少し引っ掛かりを覚えながら、車に乗り込んだ。


 下着の好みまで知っている秘書って……。


 一瞬、睦月と弥生がからんでいる場面を想像して、嫌な気持ちになる。


「飯、何食べたい? 」


 睦月は、運転しながら夏希の頭を撫でる。


 この優しい手で、彼女にも触ったんだろうか?


 無言の夏希に、睦月はチラッと視線を投げる。


「疲れたのか? 」

「……少し」


 夏希の声に、不機嫌さがでてしまう。

 睦月は、ハザードランプをつけると、車を脇に停車した。

 夏希の方を見ると、夏希の顎に手をかける。


「化粧すると、ずいぶん華やかなイメージになるな。俺は、いつもの夏希も可愛くて好きだけど。スカートは、俺がいるときだけにしろよ。手を伸ばしてくる輩がいるかもしれないからな」


 睦月の手が、夏希の太腿に置かれる。

 顎に置かれていた手を外し、夏希の肩を抱き寄せる。


「嫌か? 」

「嫌……じゃないです」


 睦月の手が、それ以上上がってきたらと思うと、身体が硬くなってしまう。

 睦月のことは、すでに好きになっているし、求められたら答えたいとは思う。でも、身体が、恐怖心を覚えていた。

 目をギュッとつぶる夏希を見て、睦月は手を太腿から離し、膝に置き直した。


「契約違反だな。嫌なことは言え。我慢するな。罰則は……」


 睦月が、夏希の唇に触れるだけのライトキスをする。


「もう一回聞くけど……」

「嫌じゃないですよ! 」


 夏希は被せるように言う。

 こんなキスは初めてだった。

 だいたい、べちゃべちゃしたキスをしてきて、ことに至ろうとする奴ばかりだったから。

 軽く触れるだけのキスにドキドキした。

 と同時に、ここが車の中で、真横には人が歩いていることを思い出す。


「嫌じゃないけど、人前でするもんじゃないです! 」


 睦月は大笑いすると、真っ赤になっている夏希の頭をクシャッと撫で、車を発進させた。


 お洒落をした夏希と、マンション一軒買えてしまいそうなコーディネートの睦月が向かったのは、マクドナルドであった。

 夏希のリクエストである。


「なんだ? 注文しに行くのか? 」


 睦月は、マクドナルドに入ったことがないらしく、戸惑ったように並んでいる人の列を見た。


「ここに座っていて。私が注文してくるから。何か食べたいのあります? 」

「わからんから、適当でいい」

「待っててください」


 夏希は、睦月を席に座らせると、睦月にはグランクラブハウスのセットを、自分には照り焼きバーガーのセットを注文して持ってきた。


「自分で持ってくるのか? 」

「片付けるのもセルフですよ」


 睦月は、へえ……と感心したように店内を見回した。


「人件費削減だな」


 見るところは経営者目線らしい。


 夏希がまだ半分も食べ終わらないうちに、睦月は全部食べ終わり、辺りをキョロキョロ見ると、席を立ち上がった。


「ちょっと追加で頼んでくる」


 大丈夫だろうか? と夏希が見守る中、睦月はダブルチーズバーガーを買ってきた。


「面白いな、スマイル0円らしいぞ」


 睦月は、ご機嫌にハンバーガーにかぶりつく。


「気に入りました? 」

「ああ、うまいぞ。手軽でいい」


 口の端にケチャップをつけながら笑う睦月を見て、厳つい顔とのギャップにドキドキしてしまう。


「ほら、ケチャップ」


 夏希が指でケチャップを拭うと、睦月はその手をつかみペロッと舐めた。


「もう! 」


 慌てて手を引っ込めるが、舐められた指に、睦月の温かい舌の感触が残っている。

 夏希の知っている、べちゃべちゃした気持ちの悪い舌ではなく、温かくて、さらっとしていた。


「夏希の指が一番うまいな」


 夏希はカアッと赤くなり、ナプキンで睦月の口をごしごし拭いた。


「馬鹿! 」

「い……」

「嫌じゃない! 」


 睦月が言うか言わないかぐらいにブスッとして言う夏希に、睦月は笑いを堪えながら、肩を震わせた。

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