第9話 秘書の関口弥生
今日はデート……のはずだけど、昨日睦月の言っていたような洋服は買えなかったし、行きたい場所も思い付かない。
なるだけ睦月を寝かせておこうと、夏希は部屋の拭き掃除だけしていた。
朝食は、パンに焼いたベーコンをのせて、卵焼きとサラダ。下準備まではしておいた。
日曜日は休みだから、今夏希をが家事をしているのは、彼女としてである。
昨日明け方まで飲んでいたし、きっと起きるのは昼過ぎだろう。そう思いながらトイレ掃除をしていると、後ろからお尻をつつかれた。
「ヒエッ! 」
「なんで仕事してんだ? 」
「いや、これは仕事じゃなく、習慣っていうか……」
「トイレ」
「はい、どうぞ」
夏希がトイレから出るか出ないかくらいで、睦月は小便をし始めた。
夏希は、慌ててドアを閉めてキッチンに行った。
トイレに起きただけだろうか?
あれだけ飲んだのだから、喉が渇いているだろうと、水を用意しておく。
トイレから戻ってくると、ソファーにドカッと座ったため、夏希は用意した水を持っていった。
「お水どうぞ」
睦月は、水をいっき飲みすると、夏希を引っ張り抱きしめ、背中をポンポンと叩いた。
「おはよ。うー、目、覚めた! 」
「休みだし、もう少し寝たら? 」
まだ朝の九時だ。
「デートだろ。起きる」
無理してないかな?
ほぼ一週間、睦月の生活を見てきた夏希だ。
昨日以外は、なるべく夏希の仕事時間内に帰ってきて、一緒に夕飯を食べていたが、夕食後は書斎で遅くまで仕事をしているようだった。
なるべく起きて、お茶とかを運んだりしていたが、睦月に寝ろ! と言われ、睦月よりいつも先に寝ていた。それでも、だいたい夜中の一時を過ぎていたから、睦月は何時に寝ているのか……。
「朝御飯作っていい? 睦月さん、もう少し寝てるかなって思ったから、私は先に食べちゃった」
「仕事、休みだろ? 」
「これは仕事じゃないよ。今は睦月さんの彼女だからね、ご飯くらい作るでしょ」
「まじか! 」
今まで、そんなことをしてくれた彼女はいなかったな……と、睦月は料理を始めた夏希をボンヤリ眺める。
だいたいの女は、付き合ってしまうと、睦月になにかしてやろうというより、あれして! これして! と、要求ばかり多かった。女ってのは、足を開くかわりに、高い買い物をせがむ生き物だと思っていたくらいだ。
買い物と言えば、夏希は昨日どんな買い物をしたんだろう?と思い、夏希のかっこうをチェックする。が、いつもと代わり映えしない。かろうじて、口紅をつけているくらいか?
「なあ、昨日買った物は? 」
夏希は、聞かれてしまった……と、首をすくめた。
朝食をダイニングテーブルに用意すると、睦月はダイニングテーブルに座り、夏希も二人分の紅茶をいれて目の前に座った。
「あのね、買いには行ったんだけど……」
睦月は朝食を食べながら、言いにくそうにしている夏希に視線を向けた。
「なんだ? 買いすぎたのか? 」
夏希は、ポケットをゴソゴソあさり、口紅を一本取り出してテーブルに置いた。
「なんだ、それ? 」
「口紅」
「それはわかる」
「四千円もしたんだよ。私、ブランドの口紅なんて、初めて買ったよ」
「で、他は? 」
「買わなかった。なんか、デパートって、敷居が高くて……」
睦月は、呆れるというより、笑いがこみあげてきた。
たった四千円の口紅を、高い買い物のように言う夏希が、可愛く思えたからだ。
「なんで笑うのよ。なんかバカにしてるでしょ? だって、普通一万の服だって、買おうかどうか悩むのに、十万以上なんて言われても、どんなの買っていいかわかんないよ。それに、そんな高いの必要ないじゃん」
夏希がムキになって言うと、睦月は笑いながら夏希の頭を撫でた。
「午前は買い物だ。一緒に選んでやる。いや、女物は俺もわからんな……、そうだ」
睦月は立ち上がると、寝室へスマホを取りに行き、どかへ電話をかけ始めた。
「俺だ。……ちょっと買い物に付き合って欲しいんだが。……違う、女の服だ。悪いな、休日手当てつける。じゃあ、十一時に迎えに行く」
スマホを手に戻ってくると、朝食を食べながら電話をしていた。電話を切ると、夏希のほうを見てニカッと笑った。
「ごちそうさん。ほら、支度しろ。買い物に行くぞ。急げよ。」
睦月はシャワーを浴びに行き、夏希は後片付けをする。
支度と言われても、特にすることもないので、口紅を塗り直し、リビングで睦月を待った。
睦月は、シャワーを浴びてスッキリしてくると、いつものスーツではなく、シンプルだけど上品で質のよさそうな普段着を着てきた。
トム・ブラウンの長袖ハイネックシャツに、アルマーニのジーンズ、同じくアルマーニのチェスターコート、ゼニスの時計。見る人が見たら、うなるような値段の物を、さらっと着こなしている。
夏希はブランドはわからなかったが、手触りが良さそうだし、何より夏希が横に並んだら不釣り合いな気がした。
「行くぞ」
睦月は、夏希の手をひき家を出た。
駐車場に行き、昨日ディーラーから戻ってきたばかりの睦月の愛車カイエンに乗り込む。夏希も、ポルシェであることはわかる。
まさか、自分がポルシェの助手席に乗るなんて思ってもみなかった。
もし乗るときにドアをぶつけてしまったら……と思うと、自分で開け閉めするのも恐ろしい。
車はスムーズに発進し、デパートに寄る前にあるマンションの前で止まった。マンションの前には、女性が立っていた。
睦月が軽くクラクションを鳴らすと、女性は華やかな笑顔を浮かべて車に乗ってきた。その途端、上品な香りが車内に広がる。
「休みなのに悪いな」
「とんでもございません」
丈の短い毛皮のコートを脱ぐと、下はニットのワンピースを着ていた。上品なようで身体のラインがしっかりでていて、よほど自信がないと着れない代物だ。洗練された大人の女性という感じがする。
「うちの第一秘書課の関口弥生だ。こいつは夏希、如月夏希だ」
「お弁当の彼女さんですね? 」
「おいおい、彼女が他にいるみたいな言い方は止めろよ」
「あら、そんなつもりでは。秘書課で社長のお弁当は有名ですから」
弥生は、含み笑いをしながら言った。
やはり社長がお弁当食べたら変だったんだ……と、夏希はうつむいてしまう。
「今、秘書課ではお弁当がブームなんです。今まで、持ち回りで社長のお昼に同行していたんですが、ハイカロリーなものが多くて……。お弁当のおかげで、ダイエットになるって、好評なんですよ」
「食いながら仕事できるからな、弁当はありがたいよ。おにぎりっっのが、またピッタリなんだ」
二人の会話から、お弁当が本当に好評だとわかり、夏希はホッとした。
睦月と弥生は、それから少し仕事の話しをし、そうしている間に銀座の有名デパートについた。
「じゃあ、二時間したら迎えにくる。関口、頼んだぞ」
「かしこまりました」
睦月は、夏希と弥生を置いて、車で走り去ってしまった。
「まいりましょうか? 」
「はい」
こんなお色気美人と一緒に歩くのか?
ちょっと、劣等感が……。
夏希は、弥生の後ろから追いかけるようにデパートへ入った。
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