第8話 付き合う理由

 会社のパーティーだったため、タクシーで帰ってきた睦月は、マンションの前でタクシーから下りると、なにげなくマンションを見上げた。

 

 寝てろと言ったから、今日は電気は消えているだろうと思っていた。が、電気がついている。

 睦月は、パーティー会場の花を花束にしてもらったのを手に、早足でマンションのエントランスを抜け、エレベーターのボタンを押す。なかなかこないエレベーターにイライラしながら、やってきたエレベーターに乗り込む。

 最上階にエレベーターが止まり、睦月は一番奥の自分の家の玄関の鍵を開けた。

 家の中に入ると、パタパタパタと小走りにやってくる音がし、夏希が笑顔で迎えてくれた。


 抱きしめたい衝動にかられながらも、なんとか押し留め、ぶっきらぼうに花束を渡す。

 シャワーを浴びて、夏希の作ってくれた夜食を食べた。


 家はただ、寝に帰るだけの場所だったのに、今はこんなに帰るのが楽しい。人がいる家に帰るのがこんなにいいものだとは思っていなかった。

 

 夜食を食べ終え、ソファーへ座り夏希を呼んだ。

 とりあえず膝に夏希を乗せて、細いウエストに手を回す。

 最初は身体が強ばっていたが、次第に力が抜けてきた。あまり、嫌がってはいないみたいだった。


 よし、今日もとりあえず飲ませよう!


「あの、おかわり持ってきますから。」


 夏希が睦月の腕を外しながら言った。

「うん。次はワインにするか? ブランデーとどっちがいい? 」


 夏希が飲むこと前提だ。


「じゃあ、ワインで」


 夏希も、ワインに合うおつまみを作りに行く。


「今までの我が家とは思えない光景だ」


 続々と運ばれるおつまみを見て、家では寝る前にビールを飲むくらいで、だいたいは外飲み派だった睦月も、これからは絶対に家飲みだと思った。

 

 外で高い金を払って、うまくもない飯を食べ、ねちっこい女達と酒を飲むくらいなら、家で夏希の料理を食べて、夏希に酌してもらったほうが、数億倍いい。


「もういいから、こっちにこいよ」


 おつまみを運んできた夏希の腕を引っ張り、再度膝の上にのせる。

 少しお酒が入っているのもあってか、引き寄せる腕に力が入りすぎた。

 後ろから抱きすくめる形になり、夏希の頭に顔を埋める。


「嫌か? 」

「嫌……ではないけど、睦月さんの顔が見えないです」

 しばらく夏希の匂いを堪能すると、睦月は夏希をソファーに座らせた。


「確かに、顔が見えないな」


 他の女なら、顔なんか見えようが見えなかろうが関係なく、後ろから抱きしめ、押し倒してしまうところであるが、夏希にはそうもできない。


 夏希の腰に手を回す。


「睦月さん」

「なんだ? 嫌なのか? 」

「そうじゃなくて……。嫌なら嫌って言いますから、いちいち聞かないで。なんか、恥ずかしいです」


 確かに、そういうプレイもある。


「わかった」

「睦月さん」

「なんだ? 」

「質問があります」

「俺に答えられることか? 」


 夏希は、心なしか赤くなると、口ごもりながら言う。


「な……なんで、私と付き合うことに? 」


 なんでか……。誰彼構わず足を開く女にうんざりしたから……って答えたらひくよな?


 最初は、確かにそんな理由だったし、セックス嫌いを公言する夏希に、チャレンジしてみたいという、征服欲みたいな物が湧いたから……なんだが、今はそれだけじゃなかった。

 純粋に可愛いと、大事にしたいと思うようになっていた。


「俺は、女に不自由したことないんだ。寄ってくる女は星の数ほどいる。そんな環境だったからかな、女はセックスするだけの対象で、それ以上でも、それ以下でもなかったんだ」


 睦月は、嘘を言う気はなかったが、全てを話す必要もないと思っていた。


「ひくなよ。最初は、そんな俺の前で、男なんて嫌いだって言いきるおまえに興味を持った。俺に媚びない女は、おまえが初めてだったからな。夏希を見てたら、初めて女を可愛いって思ったんだ。男嫌いとか言いながら、俺の膝で寝ちまう無防備さに、守ってやりたいって思ったんだよ」


 夏希の反応を待った。

 嘘は言ってない。


「本当に、私でいいんですか? 」


 夏希の顔は真っ赤だ。酒のせいだけじゃないだろう。


「夏希がいい。おまえは? 俺でいいか? 」


 夏希は、こっくりとうなづく。


「口で言ってくれよ」

「……睦月さんがいいです」


 消え入りそうな声だった。

 睦月は満足そうに目を細めると、夏希の頭をクシャクシャッと撫でた。


 うーん、キスしたい!

 やばいかな?

 まだ早いか?


 睦月は、夏希の唇を指でなぞった。柔らかくて、プクプクしていて……。

 睦月は、大きくため息をついた。


 まだ早いな。


「抱きしめていいか? 」

「だから、聞かないで! 」

 

 照れてうつむく夏希が愛しくて、睦月はギューッと夏希を抱きしめた。


「飲むか」


 睦月は夏希を離すと、夏希の手に手を絡めた。指にキュッと力を入れ、夏希の指を挟む。


「これくらいはいいよな? 」

「だから、聞かないでってば」

「……そうだった」


 睦月は、ワイングラスを夏希に渡し、自分もワインをあおる。


 こいつ、前みたいに泥酔しないかなあ……。


 不埒なことを考える睦月だった。

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