ドラゴン短編集
むーが
第1話 傷だらけの銀龍は人間に懐く(残酷描写、暴力描写、百合)
私はなんで
全身がボロボロになって痩せて細くなり、痛いのはもう分からない。心も動かなくなって、考える事はただただここから消えたい。死にたい。
でも、それは叶わない。無駄に、生命力がある種族だから。なんで私は生きているの?なんで心は狂ってくれないの?
それから私は爪が無くなった手で首を引っ掻く様になる。無駄なのに。それでも止められない。
それを良く思わなかったのか、拘束がきつくなる。
無理したみたい、手がもげる。手が使えないなら、頭を使えばいい。ひたすら、頭を床や壁に打ち続ける。
それでも死ねなかった。早く死にたい。
それから私の行為は激しくなっていく。
するとあいつは私をどこかに売るようだ。おーくしょんという奴らしい。あいつから離れられるならいいのかな。分からない。
私はしょうひんというものになった。くびわというものを付けられておりに入れられる。
どうやら私は凄いらしい。どこがそうなんだろう。龍だからなのかな。
私はじゅうおくで売られるらしい。私を買ったのは、人間の雌の子供だった。名前はティーナ。
それから、何もかもが変わった。いい方向に。
始めは、周りに慣れてないから、必要以上に威嚇したり、咆哮したり、何を、何が何だか分からない。なので耐えきれなくて、首を思いっ切り引っ搔く。
でもそんな私をティーナは何度でも、止めさせてなだめる。大丈夫、ここは怖くないよ、と言い聞かせるみたいに。
だからかな、ティーナが居ればなんでも平気な気がする。そう、思っていたんだ。ティーナにお父様を紹介すると言われて一目見た瞬間に、息の仕方が多くなって、めまいと体の震えが止まらない。
あいつじゃないのは分かってるのに、おかしい。久々にあいつを見た様な感覚になる。
あいつじゃない、あいつじゃない。自分に言い聞かせても納まるどころか、悪化していく。
首を引っ搔こうとした時、ティーナが私を抱きしめて左手で眼を隠される。ティーナが頭をなでながら、大丈夫、大丈夫。そう言いながら、私が落ち着くまで、なでてくれる。
ようやく、呼吸も元通りになる。考えも、まとまってきて、ティーナの父親に悪いことをした。とにかく謝ないと。そう思い、振り返ってティーナの顔を見る。すると、泣き出しそうな声で私を抱き締める。
「……ごめんね、シル。貴女のトラウマを軽く見ていたわ。あまり大した事じゃないと勝手に判断して、お父様に会わせることをしてしまった」
シルというのは私にティーナが付けてくれた名前。とても嬉しかったのを、さっきの事の様に思い出せる。それだけ、ティーナは私にとって大きくて大切なもの。
「て、ティーナ、わ、私は、もう、大丈ぶだから、じ、自分を責めないで」
だからか、咄嗟に久々に声をだす。たどたどしいけど、ちゃんと伝わっていると思う。
ティーナは少しの間、顔を下向きして、すっと顔を上げる。
「分かったわ。自分を責めるのは一旦止めにする。でも、もう少しだけこのままでいさせて、お願い」
私は返事の代わりに、ティーナのお腹に、やっと鱗が生えて揃ってきた尻尾を、まとわせる。
このティーナの父親事件をきっかけに、ティーナが私に対して凄く過保護になっていく。そうなるのを、ただ止めないでされるがままにしていたのが、いけなかったみたい。
ご飯を食べるときも、抱きかかえられて、一口ずつ食べさせられるのは、当たり前。
翼が治ったから飛ぶ練習をしようとすると、床がかなり柔らかい部屋に、抱きかかえられながら連れて行かれる。他にも色々とあるけど、きりが無いからこの辺りで終わりにしよう。
そんなこんなで少しずつ私は大きくなっていった。ティーナを私が片手で抱えられる様になる位には体も大きくなって、トラウマだった男の人も段々と慣れて今ではもう平気になった。
私はどうしてもあいつとしっかりけじめをつけたい。そうティーナに伝え、結構嫌がったけど最後には頷いてくれた。
そしてあいつとの対談が始まる。ティーナの父親が用意してくれた屋敷だそうだ。
あいつは私を一目見て鼻で笑う。
「俺と会いたいって言った、奴はお前か?銀龍の心当たりはないぞ?どういうことなんだ?」
鼻で笑っている時点で覚えているくせに。わざとらしい。あいつがその気なら、私も乗ってあげよう。いつまで見下した態度でいられるか試してやろう。
「分かった。私が思い出させてあげよう。私がされ続けた事をそのままやれば、思い出せるだろう」
逃げない様に片手であいつを掴む。まずは爪。ゆっくり取って散々痛い思いをさせないとね。右手からやろう。少しずつ、慎重に、爪をめくる。ちょっとしかめくっていない。
「お、思い出した!だから、もうやめてくれ!」
なのに何かを思い出したらしい。早いね。痛みに弱過ぎだよ。私にはもっと酷い事をしていた癖に、何を言っているんだろう?
「何を言っている。始めたばっかりでは、思い出せないだろう?」
適当に言って続きをやる。一分かけてめくった。一枚しかやっていないのに、やめてくれ、やめてくれと連呼するばかりで、反省はする気はないのかな。
そういえばなんで私を酷い目に遭わせたんだろう。
「何故、私にあの扱いをしたんだ。何か理由でもあるのか?」
あいつはハッとして、すぐに必死で答える。まあ、どんな理由があっても最後までやるけどね。
「か、金だ!どうしても必要だったんだ!家族が病気で金が足りなかったんだ!許してくれ!」
へぇ、そんな話聞いたこと無かったけどなぁ。むしろ、家族に対して愚痴ばかり言ってたのに。
「『女は使えないし、子供はただ邪魔』と言っていた奴の言う言葉ではない。反省しておけ」
糞みたいな理由に、心底呆れた。気が変わった、さっさと終わらせよう。確か膝の所をこうやって軽く突く。これで私はこいつに心残りは無い。
早くティーナに会いに行かないと、心配して待っているからね。その前に手を洗おう。汚いのが付いているから落とさなきゃ。
外に出て、近くの川に向かって飛んでいると、何故か眠気が急に襲って意識が段々と遠くなるのが分かった。速く着地しないといけない、と思いながら意識が途切れてしまう。
気が付くと、知らない場所にいた。しかもしっかりと拘束されている。首輪に手枷足枷や口にも、体中にこれでもかと拘束具が私に付いている。おかげでほんの少ししか身動きがとれない。あいつの仕業なのか?
「ハハッ、余程混乱しているとみえる。さっきまでの余裕はどうしたんだ、銀龍よ」
さっきまで、誰もいないと思っていたんだけど、あいつがいつの間にか、ここに居る。どうやって移動してきたのか、気になる所だけど、そうも言ってられない。
とりあえず、あいつが何を企んでいるのかを聞き出したい。
「私を拘束して何がしたい。昔の様にするつもりか?」
余裕があるように、言い放つ。素直に答えてくれればいいんだけど。
「昔と同じではない。だが、一つだけ欲しいものがあってな」
冷や汗が流れるような感覚がする。実際には流れないけどね。私の体で欲しいものの心当たりはある。心臓か、逆鱗かのどちらかだろう。
「それはだね、逆鱗だ。どうしても欲しくてね。どうだい、素直に渡してはくれないかね?そうすれば、これ以上は何もしない。約束しよう」
そんな約束誰が守るとでも思っているのかな。命の次に大切なものを渡すわけにはいかない。ティーナなら、別だけどね。
「あっ!やっと見つけたわよ、シル。あら、ゲルトン様ではないですか。私のシルに用があるなら私を通してもらわないと駄目ですよ」
ティーナがどこからともなくここに来た。凄みのある、笑みを浮かべているティーナは中々迫力がある。
「さあ、さっさとシルを解放して頂きましょうか、ゲルトン様?」
「分かった、交渉決裂だな。では、ティーナ嬢を拘束させてもらおうかな」
私はティーナだけは助けようと、左手の枷を無理やり外す。かなりの痛みが走るけど、気にしないで左腕の拘束を解く。
「ティーナ!逃げるから、こっち来て!」
ティーナがこっちに来る事を確認してから、全身の拘束を強引に引き千切る。おかげで血だらけだな。
それでも、あまり出血がない右手をティーナに差し出して乗ったのを感じ取って空へ飛び立つ。
ほぼ感覚で家の方角を目指して到着する。右手からティーナが降りたのが分かった途端、緊張が途切れたのか、体が上手く動かせない。意識も、朦朧としてきた。
「ごめん、ティーナ。私、少しの間寝るね」
ティーナが何か言っているけど、よくわからない。すこしだけおやすみティーナ。もう限界だ、意識が途切れる。
意識が戻ると、隣にティーナが居た。外で寝ていると風邪引くよと、言いたかったけど、きっと私の世話を焼いてくれたんだろうね。ありがたいな。
そうやって眺めていると、ティーナが起きる。
「おはよう、ティーナ」
「はい。おはようございます、シル……」
若干寝ぼけているみたい。まあ、疲れているようだし、仕方ないかな。
少しの時間が経って、ようやく完全に目が覚めたらしい。起きている私を見て、はしゃぎ出す。
なんと私は七日間寝続けていた。自分でも少し驚く。せいぜい二日か三日で、起きると思っていたからなんだけど。それは心配かけたな。
「ティーナ、私は貴女に何度も救われて、今でも支えられている。だから、お返しに私の逆鱗を受け取って。愛している。これからも、ずっと一緒に居たい。」
私は逆鱗を取ってティーナに差し出す。ティーナはそれを受け取ってくれる。
「ありがとう、シル。大切にするわ。あと、私も渡したいものがあるから三日待ってて。絶対に受け取ってね、約束よ」
私は返事の代わりに、尻尾で手を軽く握る。
約束した三日後。何を渡してくれるのか、心躍らせながら待っている。
すると、ティーナが来る。手に何か持っているようで、まだ見させてくれない。私の落ち着かない様子を見てティーナが小さく苦笑した。
「持ってきたから、右手出したら、目を閉じててね」
言われるがまま、右手を出して目を閉じる。何かを、巻き付けられている感覚がする。
「はい。良いわ、目を開けて良いわよ」
目を開いて確認すると、ティーナが私に付けてくれたのはミサンガだった。
なんと、ティーナの手作りだという。なんでも、悪いことから守るように、とおまじないを掛けながら作ってくれたらしい。あまりの嬉しさに尻尾がピンと真っ直ぐ上に上がる。
「ふふっ、喜んでくれているみたいで良かった。それと、私にくれた逆鱗をペンダントにしてみたのよ。どう、似合う?」
ティーナが私の逆鱗を付けてくれている。それだけでも、感極まって頭がどうにかなってしまいそう。しかも、それで嬉しそうに笑っている。そんなティーナをみて、私の心は大変な事になってしまっている。
「とても良い、よく似合ってる。ありがとう、ティーナ」
なんとか言葉を絞り出して言う。
「何を言っているの、感謝するのは私の方だわ。ありがとう、シル」
もう、やめて。私の心は爆発寸前だよ!
そういえば、龍が逆鱗を渡す意味は番になってほしい。もしも、ティーナが知っていなかったら、どうしよう?そう考えると、首を軽く掻いてしまう。
「ティーナは逆鱗を渡す意味知っているの?」
すると、ティーナは私の癖を見てため息をついてから、答える。
「馬鹿ね、勿論知っているわ。逆に知らないとでも思っていたの?」
……もうダメ。とどめを刺された。ちょっとどこかに飛んで行きたくなってきた。行こう、そうしよう。私はついに耐えきれなくなる。周りに被害が出ない程度に速く飛び立って、上空の方まで来た。全部の鱗が逆立つ様な感覚で、つまりは悶えていました。はい。自分の全てを肯定される感じで、褒め殺しに遇った気分です。はぁ、駄目になりそう……。
そんな事は、置いておこう。数日が経ったある日。
そしてティーナの父親――名前はクリス――がやらかした。ティーナがご立腹で私もそれに同意せざるを得ない。その経緯はこう。
まず、ティーナに縁談の話が出た。次にクリスが喜んだ。最後に嬉々としてティーナにその事を話した。それでティーナがブチ切れる。
「その話を本当に受けるつもりですか、お父様?もしそうなら、私とシルは黙っていませんわ」
その言葉でやっと、自分が虎の尾を踏んでしまった事に、気付いたらしい。きっと冷や汗が止まらなくなっている様だ。
そう、クリスは、色々と娘であるティーナに弱い。溺愛しているといっても過言ではないくらいには、可愛がっている。
それなのに、縁談の話が出て喜ぶのは、少し変じゃないのかな。どういう事なのかさっぱり分からない。
「……ティーナ、済まない。シルとそういう関係にある事をすっかり忘れてしまったんだ。この通りだ、許してくれ」
クリスは深く頭を下げる。だが、ティーナは腹の虫が治まらないらしい。
「お父様、ちゃんと断ってくださいね。また、縁談が来られても面倒です。こうなったら、最終手段ですわ。結婚式を挙げるわよ。シルも手伝ってね」
この一言で結婚式を挙げる事になりました。会場の予約から、着る服装を選ぶ事まで、色々と準備をして、挙げる事が出来る様になるのに半年も掛かった。
半年の間ずっと、ティーナは縁談が来るたびに、縁談の紙を黒い笑顔で、引き裂いてクリスに押し付けていた。
その様子を見るたびに、私は変に落ち着かなくなる。それを見たティーナが私の顎の下を撫でて、宥めさせてくれるというのを、毎回の様にやっていた。
そしてついに結婚式を挙げる日が来る。
いつもとは、ひと味違うドレスを身にまとって、ティーナがやってくる。手に持っているのは花の冠。それを私の頭に乗せる。あまりの幸せに思わず、咆哮をあげる。
その後拍手が響きわたる。無事に結婚式は終了出来た。
そう、正式に結婚式を挙げたのだが、何を勘違いしたのか、事前に報告もせずに、来る奴がいるのだ。
しかも、私の目の前で見せつける様に、プロポーズをしている為、非常に許しがたい。
「おい、お前。私の番に何をしている。要件があるのなら、さっさと言え。内容によっては、お前の足をへし折ってやろう」
そんな奴に限って、私がそう言うとすぐに逃げていくので、ある意味では楽かもしれない。だけど、その程度で来るなよ!一回ぶん投げてやろうか。
無意識で尻尾を横に振っているのを不意に自覚した。それはティーナが私の尻尾を撫で始めたからだった。
荒れていた心が穏やかになっていくのが分かる。そのまま眠くなって寝てしまった。
目が覚めて、ふと考える。ティーナのおかげでこんなに平和な日々を過ごせているの。
生まれた時は平和には程遠い環境だったけど、ティーナに出会えて本当に良かった。
本当にありがとう、ティーナ。愛しています。尻尾をティーナにそっと、まとわせる。
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