黙示のメディカル・レコーズ(5)
翌朝。聖
このミーティングでは前日に診察した新規の患者の治療方針や、現場で起きた
「OOOOAAARRGGHH……」
あくびをかみ殺すと喉の奥からにじみだすのは洋画ゾンビのうめき声のごとき音。昨日は少々飲みすぎた。
高杉は今回の調査への協力に難色を示したものの、結果的に奴を狩り出す交渉は成功した。バイト代という名義の調査報酬(3日分で10万円)、勤務日の昼食・夕食(酒付き)、まぁ悪くない待遇だろう。最後までブツブツと文句を言っていたが、タダ働きというわけではない。言わばwin-winの関係だ。むしろ俺には何の得もないわけだからボランティアと言えるだろう。徳を積み過ぎて成仏しちまわないか心配だ。
眠気をどうにかしようと、ぐるーりと首をゆっくり回すと……ずいぶんと不機嫌を顔に滲ませた相馬と目が合った。セロトニン不足だろうか。環境活動に熱心な受付の若い女性スタッフに影響されて肉食を控えていると風の噂で聞いたが……。肉に含まれるアミノ酸であるトリプトファンは
「荒木先生、聞いていましたか?」
「ご本人も緩和ケアを希望されているんですし、無理に根治治療を勧めなくてもいいんじゃないでしょーかぁ?」
俺が間髪入れずに忌憚のない意見を返してやれば、相馬は数瞬きょとんとした後、さらに不機嫌に顔を歪めた。この真面目な俺がカンファレンスで話を聞いてないように見えたのだろうか?どれだけコンディションが悪かろうと給料分の仕事はこなす、それがプロというものだ。だというのにこの上司はさらに苛立ったようすを見せるのである。全くもって意味がわからない。
「たしかに患者さん本人の意向も大事ですが、ご家族は根治治療を望まれている、それゆえの治療方針です。無理に勧めているわけではない。発言には気を付けて頂きたい。」
語気を荒げてそう言う相馬に、そうですか、ご自由に、という意味合いを込めて肩を竦めてジェスチャーで返答する。はいはぁーい、すんませんでしたぁ。じゃあ
それにしても。野菜馬鹿を相手にイライラしても何の得にもなりはしないと頭を切り替え、カチリカチリと手元の電子カルテを操作、件の患者のCTを表示させる。確認すれば癌の他にも、粗い網の目のような、蜂の巣のような影が肺全体に張り巡らされている。
問題は、だ。こんな病状だというのに、なぜここまで
人はいずれ死ぬ。現在の科学では、それは絶対的事実だ。死をタブーとみなすのは、いつから始まったのだろう?死を容認して
つーかそれ以前に相馬センセーよぉ、こんなカピカピの肺に根治目的の量で放射線照射したら死んじまうぞ?ああそうか、副作用で合法的にさっさとあの世に送ってやろうってことか。優しいなァ、おい!
お、ちょっと目が覚めた。
だが一方で、相馬みたいな医者をありがたがる患者は実に多い。リスクはありますが、やれるだけのことはやってみましょう、というようなことを言う医者だ。藁にも縋るっていうような気持ちは分からなくはない。けど藁なんですよ、それ。
かと言って、俺のような医者が正しいとも言い切れない。きっと正解なんざ無いんだろう。希望を持って前向きに、と言っても、どっちが前だか決めるのは、患者自身なのだ。その道がどこに続いているのか、理解した上での結論であって欲しいと思う。
まぁ俺が何を言ったって聞きやしねぇし、このくだらねぇカンファレンスが長引くだけだ。反論は空っぽの胃の中で反響・減衰させることにしよう。それにしてもこの治療、
さて、午前中の診察は8件か。初診の患者もいない。高杉が来るのは10時過ぎだと言っていたので、この8人の診察が終わった頃になるだろう。毎週水曜は研究や雑務をこなすために診察数を減らしている。多少は高杉の相手をする時間も作れそうだ。
リニアックの凶刃―放射線治療殺人事件― ヱビス琥珀 @mitsukatohe
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