門の化け物(3)
ダリルは病室で剣の素振りをしていた。
「おい!お前素振りなんかするんじゃねぇ!危ねぇだろ!それに傷はまだ完全には閉じてないんだ!開いたら次こそ死ぬぞ!」
軍医が怒鳴る。
ダリルは頭を下げながら言った。
「すいません、今日から外出できると思うと嬉しくてつい」
「言っておくが、傷が痛みだしたらすぐに戻れよ、でないと外出許可は二度と出さん!訓練なんてもっての他だ!お前は内臓を痛めてる、傷の塞がりも遅い。内臓はもう治らないかもしれないが、あと数ヶ月は安静にしてもらう」
「わかってますよ、あ!もう外出許可時間なんで出ますね!また夕方に診察お願いします!」
軍医はダリルの楽しそうな背中を見送った後に大きなため息を吐き苦笑いした。
ダリルは、ジョルノの行方を追うため、ゲラムの館の前に来ていた。
ゲラムの館の前には槍を持った軍警が2人立っている。
館には軍警でなければ入れない。
しかし、情報は手に入る。
館の正門から点々と何かを拭いた跡が残っているのだ、おそらく血痕が拭かれたのだろう。
しばらく外から観察しても他に発見は無い。
血痕が拭かれた跡を辿るとレオナルドから聞いた裏路地に着いた。
裏路地に物は無かった、だが一角に長年寝床が存在したことを示す、黒く汚れた跡がくっきりと残されている、これは寝袋の跡だ。
他にも点々と物が置いていた跡がある。
レオナルドは浮浪者の持ち物が持ち去られていたとは言っていなかった。
おそらくあの後に軍警が持ち去ったのだろう。
血痕は無い、血痕を拭いた跡も無い。
それはここで出血を伴う争いが起こっていないことを示している。
ゲラムもここに首を持って来なかったのだろう。
ダリルは腹の傷がジクジクと痛むのを我慢して付近の住人に聞き込みをした。
「すいません!少し話しを聞きたいのですが。」
住人が笑顔で出てきた。
「兵士さんかい?何度も何度も御苦労様です。」
「他にも兵士が来たんですか?」
「そりゃ、何度もね、あまり役に立つ話しはしてないんですけどね」
「いえいえ、ありがたいですよ、良ければ私にも聞かせて下さい」
「かまわないよ、息子がまだ小さい頃は兵士が好きでね、その影響で私も兵士が好きなのさ」
「ありがとうございます。では、あそこに浮浪者が住んでたと思うのですけど、いつ頃から住んでいたのですか?」
「戦火で町の南が焼けたときだから7年前だね、当時は筋骨隆々で体中に傷跡だらけ、隻眼でおっかない顔してたね、いかにも元兵士です!みたいな」
「…何か持っていませんでしたか?」
「彼はいつも片時も離さず持っていたからハッキリと覚えているよ!胸に鬼の刺繍がある赤い服を大事に持っていたよ。よくそれを寂しそうに眺めてね…近所で噂になってたよ。戦争で家族を亡くして兵士を辞めたとか、隻眼になって兵士を首になって家族に捨てられたとかさ」
「…なるほど、その人の名前はわかりますか?」
「聞いたこと無いね、兵士さんを前にして言うのもなんだけど、この国って浮浪者に厳しいでしょ?下手に関わらないようにしてたのさ、でも息子は知ってたよ、戦争の凱旋パレードで何回も見たことがあるって、大隊長だった人だとか、そんな偉い人が浮浪者になるなんて聞いたことがないから子供の勘違いだと思うので信じないで下さいね」
「いえ、助かります…彼を最近は見てないですか?」
「ごめんなさい、見てないわね…どこか遠くに行ったのかもね」
「そうですか…忙しいところすいません、ありがとうございました」
ダリルは状況を整理しながら軍病院に帰っていた、外出の期限まではまだまだ時間はあるが、傷の痛みが増していくのを感じ、大事を取った行動だった。
「大丈夫、収穫はあった。浮浪者はジョルノさんに間違い無い。大金を持っていたのなら執事殺しと関係があると考えるのが自然だ…あまり良くはないが、無いよりマシだ」
ダリルは考え込む。
レオナルドはゲラムに執事を殺す動機が無いと言っていたが、殺す動機なんていくらでもある。「喧嘩した」「賃金の問題」「何か秘密を握られた」「気にくわない」いくらでもだ。
俺だって兵士だからと言う理由で敵国兵はもちろん、農民や商人、王族だって命令があればその通り殺せる。
人を殺す理由なんて考える意味が無い。
そこらへんに転がってる理由を適当にくっつけてしまえば良い。
要は殺せるか、殺せないかだ。
ゲラムが執事を殺したとして。
ゲラムは殺しの後に何故か首を切り落とし、多くの人に見られながら裏路地に逃げ込んだ。
それを見たジョルノさんが館に侵入して金を奪い、装備を買った。
あり得ない!
ジョルノさんは金に執着しない人だ!それに今更装備を買うなんて…
何よりも殺した後、首を切って外に出るなんて、いくら無能で名高いゲラムでもやらない。
これは無しだ!
ゲラムの言う化け物が実在したとしたら?
化け物はゲラムに化けて執事を殺し、執事から金を奪って路地に行った。
服を変えられなかった化け物は、逃げるためにジョルノさんから服を奪ったが、念には念を入れ、捜査の手を乱すためジョルノさんになりすまして装備を買った。
その後、兵士殺しの男に姿を変え、奪った服に着替えて門から出た。
これも違和感が残る。
ジョルノさんがいくら兵士をやめ、痩せ細った状態だとしても争う暇すら無く大事に持っていた服を奪われるなんて考えにくい…腐っても、元がついても「帝国最強」は伊達じゃない。
しかし、門で部下を殺したあの兵士殺しの男がジョルノさんの服を着ていたのは事実。
ならばやはり売ったのか?
何故?
金に執着の無いジョルノさんから大切な物を売らせるなんて…
ダリルは気づいた。
今の段階で考え得る道理、矛盾も違和感も無い答えを。
…
殺した後の理由だ。
化け物が姿を変えるのならば、切り落とした首を持ち館から出て目撃者を作る。という一見するとあまりにも無計画な行動に意味が出てくる。
この行動は実は計画的だった。
ゲラムへの復讐のためにわざと執事の首を持って目撃者を作った。
しかし、姿を変えても服は変えられないので、逃げるための服が必要になる。
だから化けた。ジョルノさんの息子、グリッチャーに化けた。
どうやってグリッチャーを知ったのかは分からない。
噂を元にして化けた姿がたまたまグリッチャーに似たのか。
グリッチャーを知っていたのか。
とにかくそっくりだった。
そうしてジョルノさんは服を売ったのだ。亡くなった息子そのものか、それにそっくりの人間の願いだ、叶えても不思議は無い。
いや、もしかすると、ジョルノさんを騙し、協力すら約束させたかも知れない。
だとすると今も化け物と一緒に行動しているのか?
鎧を買って、あたかも冒険者の振りをして町を出て、その男が化け物とも知らずに合流し、今も一緒に?
グリッチャーの姿をした化け物と?
門で部下を殺したあの男と?
ダリルは尿を漏らしたような感覚を感じた。
暖かく、湿っている。
腹の傷が開き、出血していた。
痛みが限界を迎え、その場で倒れ、悶え苦しんだ。
誰かに大丈夫かと聞かれたが、声が出せない。
ダリルは薄れゆく意識の中で現実かどうかハッキリしない人影を見た。
…ジョルノさん?
ダリルは意識を失った。
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