化け物の目覚め
門の化け物(2)
ダリルは軍病院のベッドで味の無いスープを前に座っていた。
腹に矢が刺さり、呼吸が出来なくなって失神し、何度も命の境を越えてなんとか意識を取り戻してから数日が経っていた。
目の前で失った部下の事を聞いたときは、申し訳なく思いとても後悔した。
俺が無駄に命を捨てさせてしまった。
足の悪いグリッチャーが戦火から逃げ遅れ、自宅の下敷きになった7年前のあの日以来の身近な者の死だった。
あれから兵士になり、毎日欠かさず体を鍛え、技術を磨き、知識を蓄え、10人を束ねる小隊長になった。
ついこの間まで門から逃げようしていた盗賊団を検挙して、部下と喜び合ったというのに、その部下を感情に流されたばっかりに失うとは。
許してくれ、あのとき、あの男が着ていた服は、あの日グリッチャーが自宅から取ってきた服で、下半身が下敷きになりながらも父であるジョルノさんへ渡して欲しいと言っていた最後の誕生日プレゼントだったんだ。
胸に刺繍された鬼はジョルノさんの訓練中の顔のようだと笑いながら縫っていた。
ジョルノさんに渡した時のあの泣いた顔は今でも忘れない!
あの服を持っていたということは、ジョルノさんから盗んだんだ!
いや、もしかしてジョルノさんは殺されたのか!?あり得ないだろう?
ジョルノさんに会って話しを聞きたい。
そのために早く傷を治さないといけない。
そう思って、痛む腹を我慢しながらドロドロで味のしないスープを一気に飲み干した。
食事を下げてもらったところで、帝国の鎧を着た垂れ目の男がダリルに近づいてきた。
「腹の穴は塞がっちゃったらしいね?」
ダリルは無表情で答えた。
「レオナルド、何しに来たんだよ、サボりか?チクってやろうか?」
レオナルドは人懐っこい笑顔で言った。
「ダリル、そんなに怒るなって、同期の仲だろ?ま、このままなら俺の方が先に出世しそうだけどな。」
ダリルはため息をつく。
「嫌味を言いにきたのか?それなら本当に軍警にクビにしてもらおう。」
レオナルドは笑いながら言った。
「怒るなって…そんなわけないだろう?頼まれてた人探しの件で来たんだよ…」
ダリルは落ち着いた様子で聞いた。
「随分早いな、どうだったんだ?ジョルノさんと会えたのか?」
レオナルドは答えた。
「会えはしなかった。でもな、ゲラムの執事殺しの件で聞き込みしているときに思わぬ手がかりを掴んだんだ。ゲラムの館近く、裏路地に住む浮浪者がジョルノさんの特徴と一部が合致した。ジョルノさんが軍を抜けた時期と、住み着いた時期も大体合っている。その地区では有名な話だったぜ。おそらくジョルノさんだと思う。」
レオナルドはダリルのために用意されたコップの水を一口飲んで続けた。
「その路地には確かに誰かが住んでいた痕跡があった。だからそこで待って見たが、いつまで経ってもジョルノさんはおろか誰も戻って来ない」
ダリルは唾を飲み込み質問した。
「まさか殺されたのか?殺されて服を奪われた…?」
「焦るなって…現場には争った形跡はないし、血痕も無い。何より、ジョルノさんなら負けないだろう?腐っても、元がついても大隊長だった男だ。あの嘘みたいな強さは当時の帝国兵なら誰でも知ってるし、新兵でも聞いた事があるだろう?そんな帝国最強が簡単に負けるか?」
レオナルドは続けた。
「実はな、鍛治屋で浮浪者が金貨1枚と銀貨1枚で鎧と剣、槍それにナイフを数本買いに来たらしい。身体特徴からして裏路地の浮浪者、つまりジョルノさんだと思う。」
ダリルは少し考えて呟いた。
「ジョルノさんがそんな大金を持っていたのか?いやそんなはずない、ジョルノさんは軍を抜けたとき、武器や鎧はもちろん、家財に至るまで売り払い、孤児院に寄付していた。お金は無いはず…」
「そこなんだが…」
レオナルドが顔を近づけて小声で言った。
「実は、殺された執事の革財布が盗まれている…しかも、その日は給料日でな、執事が使用人に渡す金も管理していたから金貨も銀貨も大量に持っていたはず…」
ダリルは興奮して言った。
「まさかそれをジョルノさんが盗んだって言いたいのか?そんなことするはずが無い!」
レオナルドは人差し指を唇に重ねて言った。
「落ち着け…ジョルノさんの事となるとすぐこれだ…」
ダリルは反省していた。ついこの間この感情のせいで部下を失くしたと言うのに、本当にバカだな。
レオナルドはダリルが落ち着くのを確認して言った。
「少し話しがそれるが貴族のゲラムがおかしな事を言っているんだ、執事を殺してないってな」
ダリルが聞いた。
「ゲラムが執事を殺したのは見られているんだろう?貴族得意の言い訳だ…」
「正確には「ゲラムが執事の首を持っているところ」を見られている。ゲラムはその頃は歓楽街にいたと言っている。」
ダリルは苦笑して言った。
「言い訳しては無理があるな」
レオナルドが更に小さな声で言った。
「ゲラムは姿を変える化け物の仕業だと言っているそうだ。その化け物を飼っていたと」
ダリルが今度は鼻で笑った。
「馬鹿げてる、さすが貴族さんだ、それは思い付きもしなかった、まさかそんなんで無罪にしてもらえるのか?この国の司法は腐ってやがるな」
レオナルドが真顔で答えた。
「これは軍警の知り合いに聞いた話だ、誰にも言うな、本当にいるらしい、化け物が…」
「お前大丈夫か?働きすぎだよ。少し休め。その間に俺が司法も軍警もまともにしてやるよ…」
レオナルドが表情を変えずに言った。
「俺は本気だぞ、ダリル…以前から噂は有ったんだ、ゲラムが2人いると…同じ時間、違う場所で見られた事が何度もある。今までは誰も取り合わなかったが…軍警が大真面目に調べている。」
「…冗談だろ?」
「考えてもみろ、ゲラムに執事を殺す理由が無い!あの執事は輪をかけて優秀だし、ゲラムは金だけは持っている、金目当てに殺すなんて動機は考えられない!それにあのゲラムだぞ?無口で、バカにされても眉ひとつ動かさず、淡々と書類にサインし続ける、執事がいないと何もできない、あのマヌケが執事を殺すか?挙げ句に頭を切って町に繰り出すなんてあり得ない!それに貴族なら殺してもまず隠蔽するのが常識だろ?貴族様がわざわざ賄賂を払うために証拠を残しまくるなんてそれこそ冗談だろ!?」
ダリルは黙って聞いていた。
レオナルドは水をまた一口飲んで続けた。
「話しを戻すが、ゲラムが本当に執事を殺していないとしたら?本当に化け物がいるとしたら?一体誰が執事を殺した?金を奪ったのは誰だ?最近急に金を手に入れたのは誰だ…?」
ダリルは呟く。
「…ジョルノさん」
レオナルドが言った。
「ジョルノさんが化け物かどうかは別にして、軍警はジョルノさんが何かを知っていると踏んでジョルノさんを探しているらしい…信じるかどうかはお前次第だかな…まぁ、今回はこの辺だな。」
「…そうか…ありがとう、レオナルド!また頼むよ、ジョルノさんを一緒に探そう。」
「貸しにしとくぜ!またな!」
レオナルドは水を飲み干して出て行った。
ダリルは思い出していた。
レオナルドの言うゲラムの性格で当てはまらないものが一つあった。
無口…
ゲラムは金だけはある有力な貴族だ、一度警備した事がある。
そのときのゲラムの印象は無能だが、執事や使用人を思いやり、よく話しかけていた様子だった、まるで久しぶりに会う部下と話すような…
化け物か…
ジョルノさんは何を知っているんだ…
グリッチャーの服を着ていたあの男は何者なんだ…?
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