夜の化け物
ソニーが起きた時、夜になっていた。
川に行き水を飲む。ハエが飛びウジ虫がたかるグリズリーを食べ、巣穴に帰り、眠る。
朝になり起きて、水を飲み、ウジ虫が覆い尽くして蠢く肉を食べ、帰って眠る。
夜になり水を飲むが、肉は骨ごと無く、引きづられた跡があった。
夜の狩りが始まった。
森はとても寒く、暗い、風の音や川の音、虫の音様々な音がしてうるさいほどだった。
昼間とは全く違う様子。
引きづられた跡を追い、川から少し進んだ木々の開けた場所でそれを見つけた。
それは腐敗し尽くされた肉食べていた。
それはケルベロスと呼ばれる魔獣で、頭が3つあり、人間よりも一回り以上大きな狼だった。
大きさこそ、グリズリーに劣るものの、その俊敏性と凶暴性は魔獣と呼ばれるもののなかでも最上位に位置している。
ケルベロスは夜目が効き、鼻も良く、優れた聴覚を合わせ持つ。
通常ならば帝国の北のほうに少数の群れで生息しているのだが、この個体だけはこの森に降りてきており、帝国の狩人達はこの個体を「ハグレ」もしくは「ハグレの番犬」と呼び恐れている。
ハグレは夜行性で、狩人達は日が暮れる前に必ず森から出ていた。
このハグレこそが森の支配者だった。
ソニーが先にハグレを見つけられたのは奇跡ではあったが、奇跡を成し得る要因も存在した。
それが食べていた肉は腐り切っており、腐臭が辺りを充満し鼻が使えなかったこと。
川の音とウジ虫の這う音のために聞こえずらかったこと。
そして何よりも肉に夢中だったことがその可能性を高めていた。
ソニーはこの魔獣を見た事が無かったが、一目でわかった。
グリズリーよりもはるかに手強い。
グリズリーのときのように戦えば勝てない。
考え得る全て、出来得る事全てを万全にして準備しなくては。
ソニーは歓喜していた。
また狩合いができる。
ほんのわずかな間違いで、遅れで、運で、簡単に死ぬ、あの歓喜をもう一度得られる。
森がまた恵みをくれた。
死んでも良い、このために生きてきたのだ。
必ず狩ってやる。
ソニーは比較的大きな石をポケットに、口には小石を入るだけ詰め、条件の良い高い木に静かに登り始めた。人間を15人縦に並べてもまだ足りない程高い位置に到達し、その太い枝の先に立つ。
ヤツには到底登れない高さだと判断し、ハグレを確認する。
ハグレは頭を下げて腐肉を食べるのに夢中で、背中を向けている。
ここからなら攻撃は受けない。
一方的に攻撃し、相手が逃げれば追う、それを攻撃が当たるまで何百回、何千回でも繰り返し、ダメージが蓄積して死ぬまで、狩殺す。
長い右腕を活かした投石を開始した。
初球、ハグレの左頭上に逸れて外れる軌道だった。
ハグレには投石の発する風の音と森の自然の音の違いを瞬時に聞き分けた。不自然な音に反応し、左の頭を上げると投石の軌道に入り、目の横に直撃した。
予期せぬ攻撃に2歩大きくよろめき、出血するも大して意味をなさない。
ケルベロスの皮膚は、硬さと弾力性を兼ね備える。
投石など強靭な骨には響きもしない。
ハグレは一瞬にして、ソニーを発見し、獲物として捉えた。
ソニーは初球がまさか当たるとは思わなかったが、効果がこんなにも無いとも思わなかった。
ハグレはまっすぐにソニーの登る木に向かって走り、飛び、ソニーまであと人間10人分ほどの距離にしがみついた。
3つの頭が木を噛み牙で固定し、体を引きあげ、四肢の爪でしがみつき、頭を伸ばして噛み尽き固定。これを繰り返して登って来た。
まさか木を登れるとは
ソニーは、想定を打ち破るこの強敵に喜んだ。
口を閉じたまま笑い、ポケットの中の石を投げ続ける命中してもガッシリと牙と爪が木に食い込み、木から落とすことは出来ない。
全身を血だらけにさせるも何事も無いかのように登る。ついにポケットの石が尽き、ソニーのいる枝までやってきたところで、口の中から小石を全て取り、思い切り投げる。
ほぼ全てがハグレに命中し、少し後退させるも、効果はほとんど無い。
次第に細くなる枝をハグレが唸り声を上げながら慎重に詰め寄って来た。
大丈夫。
とっておきはこれからだから
ソニーは不気味に笑いかけ、喉奥に指を突っ込み、吐き戻した砂利を右手に持った。
砂利を投げる。
ハグレは目を瞑るも、微動だにしない。
ソニーはその瞬間を見逃さず、一気に詰め寄った。
目を開いたハグレが3つの頭で右前腕に噛み付き、骨を砕いた。
ソニーは痛みと歓喜の混ぜたような叫び笑いをし、短剣をハグレの中央の頭の口内に自分の腕ごと突き刺し、枝からハグレごと飛び落ちた。
落下中に腕は粉々に折られて食べられていた。
ソニーは文字通り、腕を餌にしてハグレの上を取っていた。
爆発音のような音ともに、地面の岩に激突し、異なる方向に吹き飛ぶ両者。
背中から落とされたハグレは致命傷を負い、ソニーも同様に致命傷を負って気絶していた。
ソニーが気絶から覚めたとき、両腕はちぎれ落ち、両足は原型が無い、首が折れて、首から下は動かず、声も出ない事に気付いた。
ハグレは右と中央の頭が破裂し、背骨が捻れ折れて下半身が動かない。
生き残った左の頭で上半身に命令し、這うようにソニーに向かっていた。
ソニーは生まれて初めて感謝をしていた。
体中が痛いだろうに、本当は動きたく無いだろうに、死ぬ事はわかるだろうに、それでも俺を食べに来てくれるのか?
ありがとう。本当にありがとう。
せめて、せめて食べやすく、美味しくなろう。
グリズリーのように硬く無く、人間の頭部のように骨が無く、耳のように薄くもない。そんな肉になってみせよう。
まもなく死ぬ俺にできるのはそれだけなのだから。
ソニーは体をブヨブヨと波打たせ、柔らかくて、太った肉に変化させようとした。
ソニーは目を見開き、今までで最も強烈な激痛を感じていた。
腕を食べられた時をはるかに超える痛みが全身に広がる。奇妙なことに無いはずの両手の指先にまで鮮明に痛みを感じていた。
声が出るのなら森中に響きわたる痛みを叫んでいただろう。
今までこんなことは無かった。
きっとこれが死だろう。
仕方ない、お前に食べられるためだ。と思い、痛みにより気絶した。
少しして意識を取り戻したとき、ハグレはすぐ側まで来ていた。
ハグレはソニーの腕を力無く噛み尽き生き絶えた。
ソニーは、同時に気づいた。
腕が生えていると。
腕が繋がったのかと思い見回したが、ちぎれた両手は遠くに転がっている
体も動く、傷もない。
残ったのは全身の倦怠感に頭痛、息切れ。
特に治そうとも思わなかったのだが、今までで傷が治ったことはなく、館での折檻も服や手袋で隠せるところしか受けた事が無かった。
ソニーは漠然とした「うんざり」という感情を閉じ込め、ハグレの潰れた頭を食べた。
ソニーは森の支配者となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます