川辺の化け物
ソニーは姿を変え、若い男となり、一晩中歩きつづけ、朝方に森の前へとたどり着いた。
新しい住処、新しい自由、嬉しさのあまり疲れを忘れて森へと走りだした。
森は驚くほど命にあふれている。
虫、トカゲ、カエルにネズミありとあらゆる動く物を殺して回った。
しかし、それでも燃えるような殺意を治めることは出来ない。
口を開けてわずかに入る雨水を飲むように。
草を噛み締め、滲み出る水分を吸うように。
喉の乾きが癒えぬように。
むしろ明確に殺意が意識の中央に入り込んで来た。
もっと、もっとだ。
足りない。
もっとたくさん。
もっと大きな物が良い。
耐えられない。
あの高い木に止まる大きな鳥が降りて来たらいいのに。
あの鳥まで届く手があれば。
翼があれば。
武器があれば。
殺せるのに。
ふと右手を見る。
ボコボコと右腕を変化させた。
みるみるうちに手が伸び、地に着いても更に伸び、やがて肘が地に着きそうというところで成長は止まった。
手を伸ばせたのに。これではまだまだ足りない。
あの鳥まではまだ届かない。
石を拾いあげ、細く長い右手に持つ。
鳥へと思い切り投げる。
こちらをチラとも見ない、人間のように間抜けな鳥へと。
石は風を切り裂き、石が通りすぎた後の風が細い枝を折り、葉を落とす。
投石は鳥から大きく外れ、枝から吹き飛ばすのが精一杯。
鳥はそのまま全力で逃げだしたもののらソニーは手応えを感じていた。
これはいい。これなら殺せる。だが練習がいる。
そうやって鳥を探しては投石し、探しては投石を繰り返した。
一度も当たることは無いが、諦めずに探していると、川に出た。
な
川の水を口を近づけて飲み。顔を上げると、50歩ほどの距離に頭を下げて水を飲む大きな影を見つけた。
人間よりもはるかに大きな体。
体中にびっしりと黒い毛をまとい、四肢からは長くて鋭い爪が生え、口には大きな牙。
グリズリーは左腕を怪我して出血していた。
館で毛皮になったアイツを見たことがある。
市場でも解体されるのを見たことがある。
確かグリズリーと呼ばれていた。
あれは良い!
あれだけ大きければ、必ず満足させてくれる。
あいつはまだこちらに気づいていない。
グリズリーは水を飲み終え、右腕の怪我を舐めていた。
ソニーは静かに石を拾い、思い切り投げた。
石は風を発生させ、川の水は飛沫をあげ、地面の砂利は吹き飛ばし進む。
石は頭の横をかすめ、グリズリーの頭部からわずかに血が滲む。
グリズリーは叫びを上げて、怪我をかばう動きをしながらも巨体に似合わないような速度で突進する。
ソニーは何度も石を投げるが当たらない。
残り10歩もない程の距離まで近づいたところで手に持てるだけの小石、砂利に至るまで握り、渾身の力で投げた。
小石はグリズリーの体を切り裂き、無数の砂利が肉に食い込み、左眼球を潰した。
それでも勢いは止まらず、グリズリーの肩が横に飛び退いたソニーの脇腹をかすめて吹き飛ばした。
体が回転しながら地面に叩きつけつけられて、体のあちこちが出血した。
グリズリーは左眼の激痛に悶え苦しんでいる。
ソニーが立ち上がるも体中には痛みが駆け回っていた。
脇腹は骨折し、右手の親指と小指はあらぬ方向へと曲がり、脱臼していることもわかった。
あの突進をまともに受ければ全身の骨は折れ、死は逃れられない。
ソニーの体は震えていた。
恐怖によるものじゃない。
そもそもソニーは恐怖など感じた事がない。
体の震えは歓喜による興奮のためだった。
館で味わった一方的な拷問や折檻じゃない。
町や草原でやった痛みの伴わない殺しじゃない。
ソニーは初めて殺し合いを経験して、気づいた。
狩りだけじゃない。
狩られることも自由だ。
あぁ、俺が、本当に欲していたのはこれだ!
殺し合い。狩合い。狩り狩られ命のやりとり。
ここには本当の自由がある。
この森は最高だ。
森とはこうなのか!
グリズリーは痛みよりも怒りの割合が徐々に大きくなり、ソニーを睨みつけていた。
ソニーも右手の痛みを堪え、再度砂利を握りこみ、投げる。
痛みで威力は落ちているものの、グリズリーに命中し、出血する。
グリズリーは激怒し、再度突進する。
今度は余裕をもって飛び退き、グリズリーの死角である左に位置すると、短剣を胸に突き立てた。
おびただしい量の血液が吹き出しできた。短剣が心臓に到達したのは明白であり、死は確定的だった。
しかし、驚くことにそれでも倒れず、短剣が刺さったまま、血液を飛び散らせ、二本足で立ち上がり、軽く2メートルはあるだろう巨体と、丸太のような腕で襲ってきた。
ソニーは、体中に返り血を浴びながらも、動きの鈍った両腕の攻撃を、ひたすらに避け、逃げていた。
背は向けずに後退、左右にかわす。
隙があれば砂利を投げる。
何度も何度も。
やがて5分が経ち、グリズリーの右眼も潰した後は呆気ないものだった。視力を奪われ、ひとしきり辺り構わずに大暴れし、それも出来なくなり、力尽き、前に倒れ込んだ。
ソニーは、死んでもなお死なぬこの生物が今度こそ絶命した事を、確認、再確認、再再確認し、大きな耳にかぶりついた。
耳を噛みちぎり、思っていた。
恵みの森だと。
毛深く、さらに皮も分厚い肉を食べるのは大変だったが、時間をかけて食べ、腹を満たしたソニーは短剣を回収して寝床を探した。
すぐ側の小さな丘で横穴を見つけた。
入り口は狭いが中に入ると、驚くほど広く、涼しい。
とても快適だった。
黒い毛を見つけ、その横穴の主はグリズリーだった事を知った。
ここを住処と決め、疲労困憊のため死んだように眠り落ちた。
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