草原の化け物
ソニーは町から遠く離れた草原の木陰で休んでいた。
あれから走ったり歩いたりを繰り返してここまで来たが、体力の限界だった。
喉は乾くし、息も辛い。
森はまだ見えない。
こんなに辛いのならば町で路上生活をしながら自由を謳歌しても良かったかも知れない。
ソニーは少し反省しながら豆粒ほど小さく見える城下町を見ていた。
すると真っ直ぐこちらに向かってくる影が2つ見えた。
馬だ、馬に乗った人影が二つ見える!
ちょうど良かった。
あれに乗ろう!奪うのは難しいだろうが、金はまだある。あれを買う!とにかく疲れた。
次第に大きくなる人影を見ていると光が反射していることに気づいた騎兵だ、鎧が太陽光を反射して光っている。間違いなく兵士ご追って来たのだろう。
まずい、兵士は馬を大事にしている。絶対に馬を売らない。
殺して奪おうにも武器は短剣しかない、騎兵に正面から挑んでは勝てないだろう。
ソニーは、体をおぞましくモゾモゾと波立たせると若く可愛らしい女性の姿となり、短剣は腰に挿し、服ごとズボンの中に入れて隠した。
ソニーの前で若い兵と老兵の2人が馬を止めた。
「馬上から失礼するよ、お嬢さん。ここに赤い服の人間が来なかったかね?」
老兵が聞いた。
「それなら少し先で見ましたけど…良かったら案内します。馬に乗せてくれませんか?」
老兵は悩んだ顔をして続けた。
「…お嬢さん、ありがとう。でもね、馬は基本的に2人は乗れないんだよ。馬の負担が大きすぎるからね。すまないがお嬢さん。歩いて案内してくれるかな?」
老兵は2人乗りが不可能では無いとは知っていたが、しなかった。
その理由は、「何となく」としか言いようの無い直感であったが、それがソニーの運命を決めていた。
しかし、ソニーにとっては想定外だった。
「…わかりました、付いて来てください。」
ソニーは2人の騎兵の前を歩き案内した。
ソニーは馬に乗った後に蹴落とすか、短剣で刺し殺し、そのまま逃げるつもりだった。馬に乗った事はないが、全身を覆う鎧を着た騎兵とでは、軽い分こちらが速度で負けるはずが無いと踏んでいた。
乗れさえすれば勝てたはずだったのに。
乗れなかったのならば、これは失敗だ。
だが、やり過ごすのは簡単。
「兵士さん、その人が何かしたんですか?」
若い兵士は沈黙を守る。
老兵が答える。
「こう言ったら怖いかもしれないけど、門兵殺しだよ。貴族が人を殺したって事件が発生した直後の事だったからね、帝国は大慌てさ。まぁ、お嬢さんが無事でよかったよ」
「急いでいる様子だったのはそういうことだったんですね!」
ソニーは明るい女性を演じていた。
演じるの得意だ、ゲラムの館では散々してきた。
「そういえば返り血が付いてましたよ!あの男に間違いありません!ところでなぜこっちに向かったとわかったんですか?」
「戦った門兵が東に逃げるのを目撃してたんだよ。それに自分で言ったらしい。東の森に向かうってね。でもね、兵士を殺すような男が正直に行き先を答えるかね?だから疑っていたよ、こんなところに本当に来るかね?と、でも本当に来たのなら罠かも知れないね。気をつけねば。ところでお嬢さんは何してたんだい?」
「私は薬草を取りに来たんですけど、見つからなくて…でも兵士さんの役に立てて良かったです。」
答えながらソニーは思った。
確かに、正直に森に行くなんて軽はずみだ。
西の山か南西の王国に向かうと言えばよかった。
失敗した。計画外の嘘は苦手なんだよ。人間と違って。
「私森に行ったこと無いんですけどまだ遠いんですか?薬草とかありますかね?」
「薬草は詳しくないから分からないけど、遠いよ。馬で行っても今からだと夕方までかかる。危ないから家に帰った方がいい。」
「そうですか…森には今度行くことにします。」
「そうした方がいい。話しは変わるけど、男とすれ違った場所は遠いのかい?」
「もう見えます、あそこです!あの丘の高い木から南東に向かいました!」
「南東か、森には行かないのかな、お嬢さん助かったよ。ここまででいい、ありがとう。気をつけて帰るんだよ。」
「役に立てて良かったです!」
そう言ってソニーは横に並んだ老兵に手を伸ばし、握手を求めた。
老兵も優しく微笑みながら体を傾けて手を伸ばし、握った。
瞬間
ソニーは握手をしたまま、腰から短剣を取り出し、馬の腹を軽く切りつけた。
馬は痛みに驚き走り出した。老兵は体制を崩し頭から落馬した。
無口の若い兵は死角になっていて何が起きたかわからず、大きな声をあげ、老兵を心配して下馬した。
老兵の介抱をしている女の横にしゃがみ込んだところでようやく理解した。
この女、短剣を持っている!
そして、この匂い間違いない、血の匂いだ!
服の色で分からなかったが、赤黒く変色した血痕も見える。
こいつが門兵殺しだ!報告では男だったから油断した!
剣に手をかけた時には遅かった。
脇にある鎧の隙間に短剣が突き刺さった。
息が出来なくなり、前のめりになると、首を短剣で切りつけられ、血を流し、絶命した。
老兵は落馬の衝撃で気絶していたために動けず。
あっさりと殺された。
ソニーは報酬にありついて、喉も腹も潤った、そして何よりも感極まっていた。
その気分のまま乗馬し、森に向かおうとするも、馬を操ることができず。
乗馬の才能以前に馬から嫌われ、ただ乗ることすら難しかった。
ソニーは歩かないと行けないのかと思いうんざりした。
ふと思いつき、馬の首を切ってみる。馬は、最初は暴れるが1分と持たず動かなくなり、絶命した。
馬でも人のときと同じように良い気分になれたので、元気に歩いて森に向かった。
ソニーは興奮したために忘れていた。…もし、老兵が2人乗りを許可していたら…ソニーは老兵を殺しても逃げる事が出来ず、若い騎兵と一騎打ちになっていた。
このとき、ソニーの戦闘経験が浅く、馬を操れないこのときに若い騎兵と一騎打ちとなっていれば、あるいはソニーはあっさりと死んでいたかも知れない。
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