門の化け物

 ソニーは門の前にいた。

 門の前には2人の門兵が立ち、門の上の城壁に弓を持った門兵が配置している。

 門は、通行税を払うか、通行証があれば簡単な検査だけで通行できる。


 念入りに検査されるのは旅人や傭兵、商人、大荷物を持つ者など一部だけである。


 ソニーは門兵に通行税を払い、手荷物は無い。

 門兵から簡単な質問と身体検査だけで通行の許可が出た。


 いよいよ町から出ようとするとき、別の門兵から呼び止められた。

「なぁ、あんた、少し待ってくれ。その服はどうしたんだ?」

 ソニーは意味がわからなかった。

 この暗い赤色の服は、変わったところは無く、目立った汚れもない。大きく破れたところも無い。

 もちろん奴隷服でも無い。

 特徴と言えば左胸に額からツノが2本生えた鬼のような形相の顔が小さく刺繍されているだけだ。


 どうしたんだとは何のことか。

 早く森に行きたいのに。


 ソニーは答えた。

「何がですか?」

 幼い顔立ちの男の門兵が言った。

「その服だよ。その色は間違いない・・・あれ?その服は・・・」

 何だこいつは、うんざりだ。

 もう町から出たい。ソニーは立ち去ろうとして答えた。

「すいません。急ぐので私はこれで失礼します。お仕事頑張って下さい。」

「ちょっと待て!その服をどうやって手に入れた?話しを聞くまで門は通さないぞ!」

 ソニーは腕を掴まれる。

 別の門兵が寄って来て言った。

「ダリル小隊長どうしましたか?この者の通行は私が許可しました。怪しいところは無かったと思いますが。」

 この若い門兵はダリルという名の小隊長らしい。

 面倒なやつだ。

「大有りだ、こいつに聞きたい事がある。少し手伝ってくれ。」

「わかりました。」


 ソニーは地面に座らされ、その前にダリルが立つ。

 後ろに門兵が見張るような状態になった。

「まずは名前だ。何て名前だ」

「ジョン・スミスと言います。」

 ソニーは嘘をつき、ダリルは質問を続ける。

「どこの出身だ?仕事は何をしている。」

「恥ずかしながら家はありません。靴磨きをしています。」

「なぜ町から出るんだ?」

「靴磨きだけでは生活が苦しいので、森で狩りをして稼ごうかと思いまして。」

 これはあながち嘘とも言えないとソニーは思った。

「弓も無しにどうやって狩るんと言うんだ?」

「ジャックという知人の狩人が森に居まして、その者に教わろうかと思います。」

 また嘘をつく


 ダリルは少し黙り、聞いた。

「そうか、わかった。では本題に入ろう。お前のその服はどこで誰から手に入れたんだ?」

「住宅街で、浮浪者の男から買いました。」

「嘘をつくなよ、お前のその服はグリッチャーという男が作った服だ。その色はあいつにしか出せない、知る人ぞ知る人気の服だ。特段高くは無いが、生活に困っている人間が買えるような物では無い。」

 ダリルは続けて言った。

「しかもそれはグリッチャー最後の作品だ。そして何より、いいか?こいつは非売品だ。わかるか?もう一度聞くぞ・・・その服は誰から、いやどうやって手に入れんだ?」


 ソニーはこの服の色の違いが理解できなかった。

 どこにでもある色だろうに。

 なぜこんな物に普通の服を超える価値があるのだろうか。


 うんざりだ。

 価値があるのは自由だけだ。

「急いでいるのです。この服はあなたに差しあげますので、通してくれませんか?」

 ソニーにとっては町から出れる服か、出られない服か、それが重要なのだ。

「お前!よくもそんな事が言えたな!もちろんその服は返して貰う!お前は町から出さない!絶対にだ!」

 ダリルは大声をあげ、今にも殴りかからんとしていたが、門兵がダリルの前に出て肩を掴んで止めている。

「小隊長!らしくありませんよ!一体どうしたのですか?」

「この服はジョルノさんが息子の形見として持ってるはずの服だ!だからこの男が持って良いはずがない!着ていいはずが無いんだよ!なぜお前が着ている!この服をどうやって手に入れたんだ!盗んだのか!まさか殺したのか!」

 隻眼の浮浪者はジョルノというのか。

 あの浮浪者め、面倒な服を寄越したものだ。


 このダリルという門兵も訳がわからん。

 なぜ怒るんだ?

 服はやるといっただろうに。


 本当にうんざりだな。

 どうする?殺すか?

 いや武器が無い。相手は3人、勝てないだろう。

 では逃げるか?

 城壁の上にいる門兵が弓を持っていたな。

 弓は知ってるが、使われているところを見たのは一度しかない。

 どれくらい逃げれば安全なんだ?

 エルフが放つ矢は必中だとゲラムが言っていたな。エルフは耳が長いとも。

 あいつはエルフじゃないはずだが・・・


「どうしたんだ!早く答えろ!」

 ダリルが門兵の肩越しに、叫んでいる。

 森に行きたいだけなのに。

 仕方ない。

 もう少し我慢して話してみるか。


「…いや」


 もううんざりだ


 ソニーは立ち上がると同時にダリルを止めている門兵を突き飛ばし、まとめて押し倒した。


 ダリルは仰向けに倒れ、うつ伏せの門兵の下敷きになった形になり、門兵の重みと着込んでいる鎧の重みで思うように動くことが出来ず、腰にしている短剣が抜き取れない。

 ソニーは馬乗りになり、門兵の腰にある短剣を抜き出した。

 門兵の兜をずらして首の下に隙間を作り、短剣を差し入れる。

 充分奥まで入れると門兵は、「やめてくれ」と小さく悲鳴を上げていたが、一切の躊躇なく思い切り引き切った。

 門兵からは滝のように血が流れ出し、動かなくなった。

 ソニーは笑っていた。


 ダリルは目の前で生き絶える部下を見ながら恐怖していた。

 相変わらず体は重く、左腕は目の前の男の脚で押さえつけられ動けない。

 短剣は取り出せない。

 長剣は左腰にあるためにやはり取れない。

 槍は倒れたときに遠くに飛んだ。


 右腕で何度も殴るが効果が無い。

 耳を掴んで引き倒そうにも腕が届かない。

 股間を掴みあげようと手を伸ばしたとき、短剣がダリルの右手の掌を刺し、その勢いのまま地面に突き立った。

 ダリルは苦痛に顔を歪ませている、その直後に男が短剣を引き抜いた。

 ダリルは耐え難い激痛に顔を歪ませ叫んでいた。

 痛みと腕が動かない。

 息も辛い。

 顔からは油汗が流れる。

 男が笑いながら兜をずらし、あごの下に短剣を押し当てて来た。

 怖い、怖くてたまらない。


 しかし、助けてくれとは口にしなかった。

 それを口にすると、戦争で死んだ親友のグリッチャーとおそらくこの男に殺されたであろうジョルノさんに申し訳が無い。


 ダリルは死を覚悟した。

 しかし短剣は一向に首を切らなかった。

 男が笑いながら顔を近づけ、耳に噛み付いて来たのだ。


 激痛とともにギリギリと嫌な音がし、食い千切られているのが伝わって来た。

 そのとき見た。

 男の頭で隠れていた死角。

 城壁にいる部下が。

 弓を構え、引きも絞りも終え、真っ直ぐこちらを狙う。


 部下には教えている、ジョルノさんの受け売りだか、「死に体になっている仲間は餌として使え。仲間に攻撃が当たろうとも躊躇なくやれ。人で無しと呼ばれようと、化け物と呼ばれようとやれ。それが死を大切にするという事だ。 」と、ダリルは耳を食われる痛みと恐怖に耐えながら目を閉じ、弓の存在を悟らせまいと決っして言葉を発しなかった。


 次の瞬間ダリルの腹に矢が刺さった。

 激痛と恐怖に打ち勝った自分、そして教えを守った部下に対し、良くやったと呟いて意識が消えた。



 ソニーは短剣をダリルの首に押し当てながら思いついた。


 生きたまま食べると美味いのかな?


 耳が良い、噛みちぎりやすそうだ。

 ダリルの耳に顔を近づけ耳を歯ぎしりのようにギシギシと噛み切ろとしていた。

 やっぱり美味しくは無いなぁ、でもやっぱり最高だぁ。

 そのとき目の端に何かが光った。

 矢尻だ、反射的に飛び退いたと同時に矢が門兵を貫通し、ダリルに刺さった。


 忘れていた。

 あまりの開放感にあまりの歓喜にあまりの自由に。

 もう1人を忘れていたぁ


 どうやって殺そうかぁ


 しかし、遅かった。

 城壁の兵は弓をつがえながら叫び、仲間の兵士を呼んでいた。


 これ以上はまずいと悟り、門にむかってに駆けた。


 門を抜けると東へ進んだ、森は見えない。

 辺り一面に麦畑だけが見える。

 足元に突き刺さる矢にも気付かずに走る。

 もう、弓で狙える限界の距離を超えた。


 ソニーは走った。

 森に森に。

 ひたすらに急いでいた。

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