裏路地の化け物

 館を出てから数人が、血だらけで手に人の頭部を持った貴族の姿を認め、皆一様に悲鳴を上げて立ち去った。

 服に大きく縫い付けられた紋章のおかげで犯人はゲラムだとすぐに判明するだろう。


 ここまでは計画通り。

 しかし、ソニーは自由の開放感から計画を崩し、頭部を森に持って行きたくなった。

 こんな感情が生まれるなんて想定外だった。

 だが、このままでは城下町を取り囲む城壁を超える前に警備兵に捕まってしまう。


 仕方ない、町から出る計画のために予定通りに頭部を捨て、裏路地に入った。

 裏路地は、人通りが全くといって無い。

 目つきが鋭い40代で隻眼で元兵士の浮浪者が寝床にしているからだ。


 隻眼の元兵士には噂があった。

 妻と息子を戦争で失くしてから、浮浪者となり、この路地に住み着き、通りかかる町人はもちろん、兵士から盗賊に至るまであらゆる人間から金品を奪うというものである。


 この噂は、ゲラムと執事の会話を聞いたので知っていた。

 しかし、ソニーは、この噂は単なる噂だと考えていた。

 会話を聞いてすぐに計画に組み込むために検証したからだ。


 元兵士か何か知らないが、隻眼というハンデを補えるほど強いとは思えない、それに本当なら複数人の兵士によって捕まっていると判断し、念のため、何度か路地を通ってみたが元兵士は襲うどころかこちらを見ようともしないためただの噂と確信し、隻眼の浮浪者を計画に利用することにしたのだ。

 人通りが無いのは好都合だったし、浮浪者から服を買うことも出来る。

 町を出るのには、服が必要だ。

 館の服には全て紋章が縫い付けられている。

 紋章を見られればゲラムの奴隷だと気づかれて、兵士に捕まって逆戻りか、奴隷市に売り飛ばされるだろう。

 紋章を切り取っても、奴隷服は帝国内でデザインが統一されているから奴隷服だと一目でわかる。

 紋章が切り取られた奴隷服の男を兵士が見逃すとは思えない。

 紋章の無い服は町から出る絶対条件だ。


 ソニーは服を脱いで、下着姿になり、10代後半で小太りの青年の姿に変化して路地を進んだ。


 少し進むと隻眼の浮浪者がいた。

 朝のこの時間ならまだここで休んでいる事を知っている。


 ソニーは、執事の死体から盗んだ銀貨を取り出して浮浪者に見せながら言った。

「これで余っている服を売って下さい。」

 浮浪者はかなり驚いた顔をしたが、何か呟き、怒った様子で答えた。

「なんだお前は?お前は浮浪者や、男娼にはみえないし、そうじゃないだろう。なのにお前は下着姿だ、その理由がわからない。金があるのだから本当は服も持っているのだろう?わざわざ俺から服を買う理由が無い。バカにしてるつもりか?黙って立ち去れ」


 ソニーは、少し感心した。

 自分がそうだったように、孤児や浮浪者というものは金さえ出せば有無を言わずに売るものと思っていたからだ。

 この男は警戒心が強かった。

「血を浴びた太った貴族姿の男に襲われたんだ、感じからすると人を殺してすぐだと思う。そいつに服を奪われた。バカになんかしてない。服が無いから困ってるんだ。服を売って欲しい。」

 貴族に襲われたという文言は万が一でも、裏路地の通行者が存在し、声をかけられたときのために用意していたが、浮浪者相手に使うとは思っていなかった。


 浮浪者はさらに怪しんでいる様子だった。

「襲われたにしては体に傷は無いし、汚れてもいない。それはどういうことだ?」

「抵抗しなかったからだ。抵抗せずに相手の言う通りにした。血を体中に浴びている殺人者相手に抵抗なんてしないだろう?そうすると暴力を受けなかった。」

「ならばなぜ、服だけを奪ったんだ?なぜ金を奪わない?金を奪わず服だけ奪うなんて有り得ないだろう?」

「急いで逃げている様子だったから金に気づかなかったかも知れない。もしかすると金を奪う時間も惜しかったのかも知れない。いや貴族だから金は要らなかった。とか?」

「いや、あり得ない。そいつが貴族ならあり得ない。お前の話しが本当なら俺はな、そいつは貴族じゃ無いと思っている。貴族に罪をなすりつけたい誰かだ。」


 ソニーは気付かれたかと疑った。

 しかし何故?どうやって?いつから?どうする?殺すか?いやまだだ、もう少し待とう。


「…どういうこと?犯人を知ってるの?」

「犯人が誰かなんてのは知らん、だが貴族では無いはずだ!貴族というものを教えてやる。貴族ならば人を殺しても普通逃げない。逃げる必要が無い。隠蔽の方法はいくらでもある、それに見つかったとしても、無罪とまでは言わないが、信じられ無いほど軽い刑を金で買える。貴族の地位と金ならばそれが可能なんだよ。」


 なるほど、とりあえず犯人が俺だとは知られていない。

 当然だ、これだけでわかるわけがない、だが、失敗した。

 仕事で他の貴族と会った事がある。

 皆真面目で誠実、多少強引なところがあるが、貴族は皆善人だった。

 ゲラムも遊んでばかりいるが、奴隷への扱いを除けば世話好きで人を思いやることの出来る善人ではあった。

 その善人がそんな手段を取るとは思えなかった。


 もしかすると貴族というのは性格を変えられる化け物なのかも知れない。

 なんにせよ、貴族は罰を軽く出来るとは考えなかった。ゲラムを死刑にさせる計画は失敗かも知れない。

 それは仕方ない、考えるのは後だ。

 今は服を手に入れることに集中する。


 この警戒心の強い浮浪者から服を手に入れるにはどうするべきか?

 強引な選択肢も視野に入れるか?

 奪うか、盗むか。

 次で見極める。

「貴族がどうとか、犯人がどうとか知らないよ!僕にどうしろって言うんだよ!このまま家に帰れってのか?金が足りないなら金貨も払う!俺にはそれしかない。頼むから売ってくれよ!」

 ソニーは、涙を流して言った。

 浮浪者はしばらく悩んだ。


 ソニーも考えていた。

 ここで騒ぎを起こすのは得策ではない。

 しかし服は絶対に必要だ。

 何としても手に入れなければならない。

 民家に入って盗むか?

 他に服を売ってくれそうな者を探すか?

 一か八か下着姿で町を抜けるか?

  いやリスクが大きい。

 殺すか?今なら殺してもゲラムのせいに出来る。

 だが勝てるか?執事の時のように上手くは行かないだろう。

 確実に騒ぎになる。


 ソニーが考えているときに浮浪者は答えを出した。

「金貨と銀貨両方だ。それで服を売る」

「よかった。ありがとう。」

 浮浪者には似つかわしくない綺麗な服を受け取り金を渡した。浮浪者の目はわずかに潤んでいた。

 金貨の力か、それとも子供を失くしたという噂が本当なのか。どちらでも良いか。なんにせよ買えた。


 多少危うかったが、騒ぎを起こさずに服が手に入ったのは大きい。


 ただ単に服を手に入れるのは簡単だろう、盗んでもいい。

 しかし、騒ぎになる危険性がある。

 そうなるとまた容姿と服を変える必要が出てくる。

 それを繰り返せばいずれ容姿を変えられるところを誰かに見られる。

 そうなると、最悪の場合、俺を逃がさないように閉門するかも知れない。

 森にたどり着くのは困難になる。

 俺の知る限り、人間は容姿を変えられない。

 だからこそ容姿を変えられる俺ならば服さえあれば町から出られる。


 太った男、貴族の男、血を浴びた館の主人ゲラムが執事の首を持っていた。犯人はゲラム。


 この目撃情報があるからこそ、兵士は俺を全く怪しまない。

 そして何より計画の主目的であるゲラムへの復讐になると思った。

 しかし、隻眼の浮浪者が言っていた事が本当ならあいつは軽い罰で済むのだろう。

 ゲラムへの復讐は後だ。

 町を出る計画の成功だけを考える。


 ソニーは丈の長い服を引きずりながら、裏路地を進んだ。

 やがて元兵士が見え無くなると、服に合わせた長身の20代で小太りの筋肉質の男性へと姿を変え、表に出て門に向かって進んだ。


 もうすぐ、もうすぐだ、あと少し、長かったけどもう少しで町から出られる。

 楽しい楽しい自由が待ってる。

 誰とも話さず、誰とも会わず、誰にも指示されず、誰にも文句を言われない。

 そんな自由が待っている。

 東にあるという森に行くんだ。

 その森で狩りが出来る!

 イノシシを狩る人間を狩れる!

 弓を構えてイノシシを狙う人間を後ろから殺してやる!

 早く早く。


 ソニーは通り過ぎる人間全てが平和ボケした馬鹿な人間に見えていた。

 この俺に対して警戒も意識もせずに背中を向けて友人同士会話し、又は買い物し、働いていている。

 兵士に至っては駆け足で貴族達の住む地区に向かっている、犯人とすれ違っているというのに気づかないとは、なんと滑稽なことかと。

 簡単に殺せそうだ。


 早く、早く殺してみたい。

 そんな欲望を必死に抑えながら進み、門まであと20メートルという距離となった。


 門には普段より兵士が一人多く、3人いた。

 さすがにあれだけ目立てば動きも早い。警戒しているのだろう。

 あそこを越えれば自由はすぐそこだ。

 自由が、殺しがこんなに楽しいことならば執事なんか殺さず、ゲラムへの報復なんか考えず、すぐに森に行けばよかった。

 館から抜け出せるようになったのは爪を鍵の形に変化出来るようになった1年前からだ。館さえ出れば簡単に町から出られたはずなのに。

 こんなに自由が楽しいなんて知らなかったんだ。

 もったいない。

 1年も時間を無駄にした。


 あぁ、早く自由を、命を使って遊びたい。

 ソニーは溢れ出る殺意に身を震わせながら一歩、また一歩と進んでいた。

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