第88話 他力本願2

 現実世界に戻った敬太は、隣駅にある中古車屋に真っ直ぐ向かった。

 前回、事故処理の話し合いに行った時に、欲しい軽トラの条件を言ってあったので、店員さんがピックアップしてくれていた数台軽トラの中から選んだだけで、直ぐに本契約に移っていく事が出来た。

 敬太は「亜空間庫」の中に印鑑やら、住民票やら契約に必要な物を入れっぱなしにしているので、その辺の問題はない。


 過失が100対0に近い追突事故の被害者でも、車が廃車となってしまうと、同等の新しい車が買える程、保険金が出ないと聞いていたのだが、昼食包ひるじきかねが良い保険に入っていてくれたおかげで、新しい軽トラは保険金で全て賄えるとの事だった。


 ダンジョンに罠を仕掛け、毎日リポップしたモンスターを狩っているので、1日に700万円ぐらい稼いでいる敬太だが、元が貧乏で更に性格も貧乏性なので、車の支払いが保険金で済むとなったのは嬉しく、昼食包にお礼の電話でもしようかと思ったが、それは違う様な気がしたので止めておいた。



 数枚の書類に名前と判を機械的に押していき、出されたコーヒーを飲み終える頃には契約書作りは終わり、軽トラは3,4日の間には納車出来る様にしておくとの事だった。




 帰宅ラッシュの時間の電車に乗り、改札部屋へと戻ってくると、モーブ達は既に帰って来ていた。出掛けにテーブルに置いていったローストビーフサンドが見当たらないので、ちゃんと夕食として食べたのだろう。


 敬太もお腹が空いていたので「デリバリー」で牛丼を頼み、今日手に入れたギフト「他力本願」の説明をモーブにしながら、急いで飯を搔き込んだ。


「うん。だから、モーブに協力して欲しいんですよ。」

「うむ。それぐらいなら構わんぞ。」


 一通り、敬太が知る限りの「他力本願」についての説明をすると、モーブは何の躊躇いも無く、快く引き受けてくれた。


 牛丼を食べ終えた器を、テーブルに付いている「デリバリー」の白い箱に戻したら、早速、「他力本願」の手続きに入る事にする。


 協力者にATMの画面に触れさせる必要があるので、先にATMの画面を見てみると、待機画面に「ギフト」と言う新しい項目が増えてた。



チャージ   お引き出し

スキル    ネットショップ

魔法     デリバリー

ギフト



 新しい授かりものには、新しい項目か。


 ギフトの項目にタッチすると、他力本願と出てきて、そこもタッチして画面を進めると、手の形をした枠が出て来た。なるほど、ここに触れさせればいい訳か。


「モーブ。早速だけど、ここに手を付けてもらえますか?」

「うむ。分かった。」


 テーブルに座り、敬太の姿を目で追っていたモーブは直ぐに立ち上がり、ATMの前までやって来た。


「ここじゃな?」

「そうです・・・あっ!ちょっと待って下さい。」

「うむ。なんじゃ?」

「あ、どれぐらいMPが増えるのか確認しようかと思って・・・『鑑定』!」



 『鑑定』

森田 敬太  38歳

レベル  30

HP  70/70

MP   4/60

スキル 鑑定LV3 探索LV3 強打LV4 剛打LV3 通牙LV3 

    転牙LV2 連刃LV2 タールベルクLV1 石心LV2 鉄心LV1

    瞬歩LV3 剛力LV3 金剛力LV1

    見切りLV3 梟の目⋯

魔法  クイックLV1 土玉LV4 亜空間庫LV3 火玉LV2 風玉LV1

ギフト 他力本願

契約獣 ゴル(コンビ)



『鑑定』

モーブ(猪族)男 52歳

レベル  49

HP  157/157

MP   24/24



 なるほど。鑑定のレベルが3に上がったからか、モーブのレベル以外にもHPやMPも見れるようになっている。

 さあ、このステータスのモーブが協力してくれると、どうなるんだろうか。


「それじゃ、モーブお願いします。画面に触ってみて下さい。」

「うむ。」


 「鑑定」が終わったのでモーブを促すと、片方しか無い左手をすっと伸ばし画面に手の平を付けた。すると見えない糸がモーブから伸びてきて、敬太の体に繋がった様な感覚があった。


「あっ!」

「うむ?どうした、これでいいのか?」


 どうやらモーブは何も感じなかった様で、敬太が糸が繋がった感覚に驚いていると、それに釣られる様にして敬太に顔を向けて来た。


「はい、多分。これで良いと思います。ありがとうございました。」

「うむ。そうか。」

「モーブは何かありませんでしたか?」

「うむ。・・・何も無かったぞ。」


 敬太はモーブに影響が無かったか顔色を確認したのだが、モーブは画面に触れた手を見つめ、首を傾げていた。


 ATMでギフトを得た時に頭に流れ込んできた知識でも問題ないとあったし、ダンジョン端末機ヨシオの説明でも、協力者に影響は無いとなっていたので心配はしてないが、初めての事なので慎重になってしまう。


 直ぐにモーブの方から「鑑定」をかけ、ステータスが減ってないか確認をしたが、さっき見た数値と変わりは無く、問題は無さそうだった。「ふぅ」と小さく息を吐く。

 次に自分のステータスを見る。すると、驚くことに最大MPが49も増えていて、109となっていた。予想以上の増え方だ。


 どうやら、与えられた「他力本願」の知識に、「レベルに応じて」との一文があったのだが、それはレベル49なら最大MPが49増えるって事だったようだ。


「す、凄いです・・・。一気に最大MPが49も増えました。」

「うむ。それは凄いのう。」

「モーブは気持ち悪いとか、ダルいとか、本当に何も不調はないですか?」

「うむ。・・・いや、特に何もない。いつも通りじゃぞ。」


 ちょっと予想以上のMPの増え方だったので、もう一度モーブに異変はないか聞いてみたが、モーブは少し首や肩を回したりしてから、自分に問いかける様に時間を取って、やっぱり何もないとの答えが返って来た。


 モーブは嘘を言う様な性格では無いので、本当に何も無いのだろう。

 しかし、相手に不都合は無いのに、これだけのチカラが得られてしまうギフト。

 上限は無く、人のレベルの数だけMPを増やせるとか最強じゃないか?


「モーブ、ありがとうございました。」

「うむ。役に立てたなら良かった。」

「オレもやってみたい!」

「テンシンもやる~?」


 ATMの前でモーブに改めてお礼をしていると、何故か子供達から声がかかった。

 一瞬、「何言ってんだよ」と思ったが、子供達も改札部屋に入れる数少ない人なので、協力してくれるなら、ありがたいかもしれない。


 敬太は、伺う様にモーブの方を見ると、モーブは黙って頷いていた。


「いいんですか?」

「うむ。子供らでも役に立つならば使ってやってくれ。小さなチカラしかないかもしれんが、土壇場で身を助けるのは、その小さなチカラって事もあろう。」

「やらせてー!」

「やる~?」


 確かにモーブが言う事も一理あるし、何よりも子供達が自主的に言い出してくれた事が嬉しい。


「それじゃあ、お願いしますね。」

「はーい。」

「は~い。」


 元気よく返事をしてくれた2人に「鑑定」をかけ、元の状態を記憶しておく。



『鑑定』

クルルン(犬族)男 5歳

レベル  6

HP  28/28

MP   4/4


『鑑定』

テンシン(狸族)女 4歳

レベル  3

HP  19/19

MP   3/3



 さすがに子供なのでステータスは低いが、それでも嬉しい。


「はい、じゃクルルンから。」

「はーい。」


 子供達の背では、ATMの画面の高さまで届かないので、後ろから敬太が抱え上げて、画面に手が届くようにしてやる。


 クルルンが懸命に伸ばした手がATMの画面に触れると、また敬太に糸が繋がった感覚がした。


 同じようにテンシンも抱え上げ、画面に触ってもらい、最後に「鑑定」で2人のステータスを見たが、特に変化は見られなかった。


「クルルン、テンシン。ありがとね。凄く助かったよ。」

「えへへ。」

「は~い。」


 自ら申し出、敬太を助けようとしてくれた子供達には少し大げさにお礼を言い、たっぷりと頭を撫でてあげた。

 2人合わせて敬太の最大MPは9上がり、モーブと比べてしまうと微々たるものなのだが、おかげで最大MPは合計で118となっていた。


「ニャー。」


 敬太は最大MPがドンと増えたので機嫌が良く、みんなで仲良くワチャワチャしてると、後ろから「ゴルもー」と言う訴えが聞こえて来た。


「あはは、ゴルもやるのかい?そ~れ。」

「ニャーン。」


 敬太の足元にすり寄って来たゴルを抱え上げ、ATMの画面の前に冗談で持って行くと、ゴルは理解しているのか自分から前脚をテシっと画面にくっ付けた。


 すると敬太に糸が繋がる感覚がした。


「えっ?」

「ニャー。」


 驚いた敬太は、抱えているゴルを抱き直し、真っ直ぐに目を見つめてやると、ゴルは満足そうに一鳴きした。



『鑑定』

ゴル(ゴルベ)オス 1歳

レベル  16

HP  35/35

MP  16/16



 一応ゴルも鑑定するが、元のステータスが分からないので、変化したかどうかが分からない。ちょっと心配したが、当の本人は嬉しそうにしているので、まぁいいか。


 結局、敬太の最大MPは更に増え、合計で134になっていた。



 ちなみに、ゴルが出来るならゴーさんもと思い、後に一人でこっそり試したが、流石にゴーさんではダメだった。





 

「明日は、あのラーメンとかいうやつがいいっすね。」

「あ・・・そう。」

「しかし、このしょうが焼きってのも美味いっすね~モグモグ。」

「そうですか・・・。」


 敬太は、子供達が寝てから、改札部屋の近くの小屋で捕えているサミーの世話をしにやって来ていた。毎日のご飯は当然なのだが、2日に1回は大きなタライにお湯を張り、頭と体を洗わせたりもしている。結構面倒なのだが、敬太が汚れているのが嫌なので仕方が無い。


 ダンジョンの入口の門と崖の門が完成してからは、逃げる事が出来ないだろうと、足に付けていた手錠は外し、スウェットだが服も着せている。ただ、まだ手首の手錠は外してない。なんだかんだ言ってもサミーはレベルが56もあり、敬太とモーブよりも高いのだ。暴れられてもモーブと2人がかりなら抑えられるかもしれないが、子供を人質にでも取られてしまったらお手上げになってしまうだろう。


 最早、何のために捕らえ、活かしてるのか分からなくなりつつあるが、今更どうする事も出来ない。何もかもタイミングを逃してしまった気がする。

 改札部屋の「デリバリー」で、現実世界の美味しいご飯を食べて、1日ゴロゴロしているらしいサミーは、顔はふっくらとさせ、捕えた時より元気そうだから困る。


「サミー。お前レベル56あるんだよな?」

「モグモグ・・・えっと確かそんなもんすっね。」


 ギフトの「他力本願」を知っていると、なかなかに勿体無い素材に感じてしまう。


「俺の言う事をちゃんと聞いてくれたら、ここから出してもいいんだぞ。」

「え~~~。何処に行けって言うんすか?仕事をへましたウチが今更帰れる場所なんて無いっすよ。モグモグ・・・。」


 毎日3食の食料が与えられ、空いた時間はゴロゴロしていればいい生活。

 何だか、味を占めて居座っている感さえある。


「お前さ、子供には手を出さないよな?」


 もう、出て行って欲しいまである敬太は、毎日の世話が面倒なので、ダンジョン内で勝手に生活して欲しいのもあるし、「他力本願」に協力して欲しいのもあり、とりあえず、この小屋から出せるかどうか、鍵になるであろう子供達の事を聞いてみた。


「モグモグ・・・どうっすかね・・・モグモグ。」


 子供の事を聞かれたサミーは、チラリと敬太の表情を盗み見てから、ニヤっと口の端を上げて答えた。


 これはあれだ。子供達に手を出すかもしれないって事じゃない。前にサミーとは「正義」について話したことがあるが、真面目に「正義」なんて口にする奴は、狂ってるかアホなだけ。サミーはもちろん後者だが。だが、曲がりなりにも「正義」を掲げるならば弱い者、最低でも子供には手を出さないと思う。なので、あのニヤけた答えは、「小屋から出せなくさせたろ」って魂胆だと思う。ニートまっしぐらですか・・・。


「そうか・・・。」


 敬太は酷く疲れた気分になり、何とか一言だけ返すと、さっさと改札部屋へと帰って行った。

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