第87話 他力本願
『レベルアップボーナス』
駐車場➡ガレージ➡オートリペアショップ
洗濯機置き場➡洗面所➡サウナ
キッチン➡パントリー
部屋拡張 0/2
改札部屋にあるATMの画面には、久々のレベルアップボーナスの項目が映し出されたままでいる。
未だに敬太はATMの前で腕を組み、どれにするか迷っていた。
「なぁヨシオ、部屋拡張の後ろにある2分の0ってのは何なんだ?」
「2回分のレベルアップボーナスを注ぎ込めば解放されるって意味だシン。」
「やっぱりそうか。それじゃ今よりレベルが2つ上がればいいって事か?」
「それは教えられないだシン。」
「なんでだよ!」
実はこのレベルアップボーナスはレベルが1つ上がれば必ず現れるって訳じゃないので、そこの所を聞きたかったのだが、何故かヨシオは答えてくれなかった。
実際に最後にレベルアップボーナスが来たのは25か26レベルになった時が最後だと記憶しているのだが、今の敬太はレベル30になってる。
前回は「ヨシオ音声」ってのを獲って、目の前にあるトイレットペーパーぐらいの大きさのスピーカーみたいな物がATMから出てきて、それからもうレベルアップボーナスは無くなったのかな?と思った頃になって出て来るもんだから、次回がいつ頃来るのか知りたかったのだ。
「5レベルずつ?それとも10レベルとか節目に出る感じなの?」
「それも教えられないだシン。」
もう一押し、ダメ元で聞いてみたのだが、ヨシオの答えは変わらなかった。
まぁ、そこまでレベルアップボーナスに期待してないし、待ち遠しいって訳でもないからいいのだけど、ヨシオは教えてくれる情報と、絶対に教えてくれない情報があるので面倒だ。
「まぁいいか。」
次回のレベルアップボーナスは、敬太がレベル40になった時なのか、それともそこまで遠くないのか、はたまたこれが最後なのか。その辺が何も分からないので、2回分必要なちょっと魅力的だった部屋拡張は諦めて、次点のオートリペアショップにしておこう。
日本語にすれば車の修理工場って事なので、車の裏側を見る為の、車を持ち上げるリフトとかが改札部屋の脇にあるガレージに出来るのだろう。
敬太は車に詳しいって訳じゃないので、エンジンオイルの交換ぐらいしか出来ないが、なんか「基地」的な感じがして格好いいじゃないか。
それに他の項目にあるサウナはいらないし、パントリーも敬太の「亜空間庫」がある今は必要じゃない。
「ピン」
『カードを置いて下さい。』
ススイカを指定の場所に置く。
『登録が完了しました。カードのお取り忘れにご注意下さい。』
ATMと呼ぶ所以となっている機械的な声のアナウンスに従い、手続きを終えると思った通りガーレージの方で何かがあった気配を感じた。
置いていたススイカを手に取り、早速動きがあったガレージの方へと行こうと思ったのだが、ATMの画面が通常の待機画面に戻らないので、不思議に思い、画面を見続けた。
『ギフト解放ボーナス』
『スタートボタンを押して下さい。』
すると、ATMの画面には過去に何度か見た事がある、ボーナスの画面が映し出された。と言うか、ギフトって言うのは何なんだろうか?
とりあえず、スタートボタンがあるので押して見る事にした。
「ピン」
『スタート』
画面に映し出された色んな文字が、目に見えない早さでシャフルされていく。
『ストップボタンを押して下さい。』
あれは、そう、初めてスキルや魔法を覚えた時と一緒だ。
こうやって新しい物を覚えて来たんだった。
「ピン」
『テ・テ・テ・・・テテーーーン』
ストップボタンを押すと、シャフルされていた文字がビタっと止まった。
シャフルは早くて見えなかったけど、これビタ押しすれば選べたのかな?
画面には「他力本願」と書いてある。何だろうか?
『カードを置いて下さい。』
どんなチカラなのか分からないが、今までボーナス関係で悪い事が起きた事は無いので、そこの所は信用している。
とりあえずATMの案内に従ってススイカを所定の位置に置いた。
そうすると、パッと画面が切り替わり、待機時間のパワーゲージが出てきて「しばらくお待ちください」の文字が点滅している。いつものやつだ。
ゲージが動き出すと、例の挟まれるスポンジケーキの感覚が襲ってきた。
されるがままに身を委ねていると、スポンジケーキの感覚が消えていく。
『登録が完了しました。カードのお取り忘れにご注意ください。』
ATMの声に従い、置いてあるススイカを手に取ると、ギフト「他力本願」の使い方を理解出たのが理解できた。
どうやら「他力本願」とは、信用ある者と協力関係を結べると、その相手のレベルに応じた魔力を得られる様だ。
具体的に言うと、敬太が心を許し、改札部屋に入れてもいいと思える相手にATMの画面に触れてもらうと、レベル1の人なら敬太の最大MPが1増えるって事らしい。
自分でレベル上げの努力をせずに、人のレベルでチカラを得る。
なるほど「他力本願」ね。
ちなみに、相手の最大MPが減ってしまう様なデメリットは無いらしい。
あくまでも、協力の範疇の様だ。
モーブ達は、まだ外から帰って来てないので、初めてのギフトにテンションが上がった敬太は、傍にあったヨシオに話しかけていた。
「ヨシオ、『他力本願』ってギフトが当たったよ。」
「良いのが当たっただシンな。」
「そうなの?これって良い方なの?」
「そうだシン。かなり使えるギフトだシン。」
確かに最大MPがいくらか増えれば、1日に作れる「ゴーレムの核」の数も増えるし、魔法やスキルも、もう少し気楽に使えるだろう。それは直ぐに思いつく良い点だった。
だが、言ってもその程度なので、敬太の中ではそこまでの評価ではなく「まぁまぁ使える」って感じだったのだが、ヨシオは「かなり使える」と評しているのが気になった。
あの画面の中をグルグルと回っていた沢山の文字の中から選ばれたギフト。そのいくつもあった文字の中で、「他力本願」はどれぐらいのランクの物なのか気になるのはしょうがないだろう。
「かなり使える?」
「凄く使えるだシンよ。なんせ上限が無いだシン。10人協力してくれれば10人分、100人協力してくれれば100人分の最大MPが上がるだシン。」
「え?・・・あっ。」
「それに、この世界には奴隷という身分のお金で買える人達がいるだシン。人を集めるって事がかなりイージーになっているだシン。」
奴隷云々の話は置いといて、上限なしってのは凄いかもしれない。
例えば1人につき最大MPが1上がったとして、1,000人に協力してもらえば最大MPが1,000も上がるって事だ。
最近「ゴーレムの核」を作るのに苦労していたので、その有用性は凄く良く分かる。
ただ、この改札部屋に入ってもらって、ATMに触れさせるって事のハードルが凄く高い。なんせ改札部屋へは、敬太が「入っていいよ」と思わなければ、人は入る事が出来ない。また、ダンジョン側からは改札部屋の扉さえ見えないと言う最強の守りなのだ。
一度部屋に入れてしまったら敬太達を守る最後の砦が無くなってしまう。人選はしっかりやらないと、寝首を搔かれてしまうだろう。
「なるほどね、参考になったよ。」
「それは良かっただシン。」
まぁ、焦って考えても仕方がない。そこそこ使える良いギフトだって事は分かった。落ち着いてから、出来る範囲でやって行けばいい事だ。
さて、もう一つの「レベルアップボーナス」を忘れては行けない。敬太が選んだオートリペアショップの方はどんな感じになっているのだろう。
期待を込めて、改札部屋から繋がっているガーレージのドアを開けると、そこそこ広かったガレージが更に広くなっていた。
何もない駐車場の様な空間で、広さは50m四方ぐらいはあるだろうか、壁際の隅にはシャッターが付いた車庫っぽい建物があり、他にはポツンと敷地の中央に置かれた自動販売機みたいな物しか見当たらない。
敬太が予想していたリフトとかの設備は、あの車庫の中だろうか?
とりあえず、中央に1台だけ置かれている自動販売機も気になるので、近づいてみると、何と自動販売機だと思ったそれは給油機だった。
ガソリンスタンドにあって、ホースみたいのが付いていて、そこからガソリンや軽油が出てくる、あの給油機だ。支払いは現金の他にススイカにも対応している。
「そっちか~。」
正直、ジープやモトクロスバイクのガソリンを、毎回、現実世界に戻って給油してくるのが面倒に感じていたのは確かだ。
軽トラでの追突事故もガソリンスタンドに行こうとしている最中にやられたし、携行缶にガソリンを入れてもらうのも、物騒になっている昨今、目立っていたので止めようかと思っていたのだ。
今回のレベルアップボーナスは、両方当たりを引けた様だ。
一応、隅にある車庫の様子も見ておこうとシャッターに手をかけたのだが、鍵がかかっているのか、ガチッっと動かずシャッターはびくともしなかった。
開かないとかあるのか?と疑問に思いつつ、何処かに鍵置きでもあるかと辺りを見回すと、車庫の壁にパネルがあるのに気が付いた。
そのパネルは「レベルアップボーナス」適応前のガレージにもあったもので、パネルに並ぶ項目を見てみると、「車両登録」「車両呼び出し」「車両戻し」と車両を現実世界から呼び出したり、戻したり、と操作する項目が続き、その後に「車両点検」「車両修理」とあった。
点検に修理か。流石オートリペアショップだな。
車庫の中の仕組みは分からないけど、パネルの下にススイカ対応のマークと黒い四角があるので、まぁ間違いないだろう。
ススイカ払いをして車庫に壊れた車を入れると、不思議なチカラで車を直してくれるんだろう。改札部屋のテーブルに付いている「デリバリー」や、モンスターのドロップ品を物置に集めてくれる、あの不思議なチカラで。
それから車庫のシャッターもパネル操作だった様で、シャッターの開閉ボタンも見つける事が出来た。
試しに「開く」ボタンを押すと、ググググっとシャッターが自動で上がって行き、車庫の中が見えてくる。
中に何が入っているのかと、好奇心丸出しでシャッターが上がっていくのを待っていたのだが、車庫の中は空っぽ。工具類や車を持ち上げるリフトも無く、何にも無い空間が広がっているだけだった。
少し肩透かしを喰らったが、デリバリーの箱も普段は空っぽなので、そんなものかと、ひとりで納得してしまった。
一通り、新しくなったオートリペアショップを見て回ったので、改札部屋へと戻り、一人お茶を啜っていると、ふと軽トラの事を思い出した。
そう言えば、事故に遭ってから、廃車と新しい中古車を車屋に頼んだままずっと足を運んでいなかったのだ。
事故から日も経っているし、そろそろ保険屋の話し合いも終わっているだろう。もう新しく車を買っても大丈夫なはずだ。
スマホの時計を覗くと17時5分。そろそろモーブ達が帰ってきそうだが、その前に車の処理を済ませて来よう。
「ヨシオ、ちょっと出かけてくるよ。モーブ達には先にご飯食べててって伝えて。」
「分かったシン。」
出掛ける前にダンジョン端末機ヨシオに伝言を頼み、「デリバリー」で冷めても美味しいローストビーフサンドを人数分頼んでテーブルに置いておく。
それから、改札にススイカをタッチすると、敬太は現実世界へと帰って行ったのだった。
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