(株)ダンジョン

第89話 １１階層再び

　敬太は再び１１階層へと続く扉の前にやって来ていた。

　前回訪れた時は、あまりにもカンガルーの数が多いので、逃げ出してしまっていたのだ。

　１匹１匹のカンガルーの強さは、敬太が持っているミスリルの槍で十分対応出来るぐらいの強さなのだが、カンガルー達が朝の通勤ラッシュの電車の中の様な状態で、数えられないぐらい、みっしりと１１階層の部屋や通路に詰まっていたので、戦略的退却を選んだのだった。

　今日は、この状態を何とかして、なるべく早く先に進みたい所だ。

　敬太はチカラを込め、１０階層のボス部屋にある両開きの扉を開けて、下へと続く階段を慎重に降りて行った。

「グォーー！」

　ゆっくりと階段の踊り場付近まで下りてくると、すでにカンガルーの鳴き声がそう遠くない位置から聞こえてくる。

「ゴーさん、セット！」

　カンガルーは打撃攻撃が強いので、早々にゴーさんに鎧になってもらい、プレートアーマーの戦士の姿になる。ちなみにこの鎧は、ゴーさんに「同期」スキルを使ってもらっているので、敬太が曲げたい、動かしたいと思っている方向がゴーさんに瞬時に伝わるようになっているので、パワードスーツの様に全くもって重さを感じない仕様となっている。

　それから「亜空間庫」を開き、既に５体ずつで合体しているアイアンゴーレムを８体取り出し、前衛として少し前に出てもらう。

　今から行う作戦は、非常に危険な為に、今日はゴルには改札部屋でお留守番をしてもらっている。ゴルは産まれてからずっと敬太と一緒に居たもんだから、なかなか留守番に承諾してもらえず、改札部屋を出る時は、「ゴルも一緒に行く～～～」ってなって大変だったのは、本人の名誉の為に伏せておく事にする。

　さて、次に取り出したのは赤いポリタンク。本来は灯油しか入れちゃいけない入れ物なのだが、今日は特別にガソリンを満タンに入れて来てある。その数３０個。約５４０ℓものガソリンになる計算だ。

　これは「レベルアップボーナス」で、新しくガレージからオートリペアショップに進化した際に、ガソリンの給油機が備えられていたので出来る荒業だ。現実世界では、これだけの量を売ってくれる場所は存在しないだろう。

　「亜空間庫」から取り出したポリタンクを踊り場に並べ置いたら、ひとまずは準備完了だ。

　「探索」を使い、カンガルーの位置を探ると、既に敬太達に気が付き動き出してるのが何体か見え、動いてないカンガルーも鮨詰め状態で通路に溢れ出しているのが分かる。

「そろそろ何匹か来そうだから、しっかり止めてね。」

　階段から通路にかけては車が１台だけ通れるぐらいの広さなので、５体合体している３ｍクラスのゴーレムが横に並ぶと、最早、蟻の子１匹通れないだろう。

　今回はその狭さを利用して、なるべく密集地帯を作り出す様に、カンガルーを押しながら進んでいかせる。

「そのまま前進！」

「「「グォーー！」」」

　スクラムを組み、じりじりと前進するゴーレム達に押され、階段を上って来ていたカンガルー達が鳴き声を上げながら後退していく。

「はい、ストップ！」

　ゴーレム達がちょうど階段を下り切った辺りで前進を止めさせ、その場に壁として留まらせる。壁の前には早くも５０体近くのカンガルーが集まりだし、アイアンゴーレムに向かってキックやパンチを繰り出しているが、壁となっているアイアンゴーレム達は微動だにしない。

　「亜空間庫」から普通のアイアンゴーレムを１０体取り出して、階段に一列でバケツリレーの形で並んでもらう。階段の踊り場で敬太がポリタンクの蓋を開けたら、アイアンゴーレム達にポリタンクをバケツリレーをしてもらい前衛達に送ってもらう。

　３－２－３の隊形で壁になっている５体合体ゴーレム達の中で後ろに居る３体に、バケツリレーで届けたポリタンクを、どんどんとカンガルー達が密集している通路に向かって投げ入れてもらう。ポリタンクは地面に叩きつけられた衝撃で割れたり、蓋の部分から中身が飛び散ったりして、通路がガソリンで充満していった。

　やがて持って来た３０個のポリタンクが全て投げ入れられると、辺りは噎せ返る様にガソリン臭く、嫌な雰囲気が漂っている。

「いくぞ～！火玉！」

　最後に敬太が魔法を使い、アイアンゴーレムの壁の隙間を狙って、通路の方に「火玉」を投げ入れようとしたが、敬太の手の近くで魔法が発動した瞬間にボワアアアァァッっと言う轟音と、猛烈な爆風が襲ってきて、重い鎧を着ていたはずなのに吹き飛ばされてしまった。

　背中に強い衝撃を受け、何処かを転がり、ようやく体が止まったが、息が詰まってしまい立ち上がれず、倒れたままの状態で何とか階段の方を探し、何とか階段の下を見ると、轟轟と燃え盛る炎の中で仁王立ちする壁となっているゴーレム達と、苦しそうな鳴き声を上げ転がり、のた打ち回るカンガルー達の姿が見えた。この炎では、ひとたまりも無いだろう。

　予想以上の爆発の威力で、敬太もダメージを負ってしまったが、何とか階段を這い上がり、酸素が無くなってしまう前に１１階層から脱出した。

　このまま１０階層のボス部屋の扉の前で座り込み、中がこんがり焼けるのを待ってても良いのだが、繋がっている空間だと何処まで酸素が無くなってしまうのか分からないので、気合いを入れて立ち上がり、改札部屋へと戻って行った。

　なお、ゴーレム達にはずっと壁として立っている様にと言いつけてあるので、きっと今頃凄い光景を目にしているだろう。酷いと思うかもしれないが、酸素を必要としないゴーレムにしか出来ない任務だ。もし、炎でダメージを受けてしまったなら戻って来いとも言ってあるので、その辺は心配しないで大丈夫だと思う。

　改札部屋に戻ると、直ぐにゴルがテテテと駆け寄ってきて、敬太の足に尻尾を絡めて甘えてみせ「ニャーニャー」と鳴いて来た。

　まったく、ちょっと離れただけのに甘えん坊だなと、ゴルを抱え上げ、膝の上に乗せて体中を撫でまわしてやる。

　ようやくゴルが落ち着いて来たので、ポーションを飲んでおく。

　小さな瓶の中身をぐっと一息で飲み干せば、喉と腹の中が熱くなり、爆風に吹き飛ばされた時のダメージがスゥっと引いて行くのが分かった。

　体を張ってまでやった、大掛かりな爆破作戦だ。全滅とまではいわないが、そこそこの数のカンガルーを殺れたんじゃないだろうか。

　ふと、気になって物置の方を見てみたが、新しいアイテムが入っている時に光るランプは沈黙を保ったままだった。これはちょっと不安になってしまう。

　カンガルーはアイテムを落とさないモンスターだったのか、もしくはアイテムを落とす程、爆発でカンガルーを倒せてないのかのどちらかだからだ。

　気になってしまったので、敬太の手に前脚を乗せ、すっかり膝の上でくつろいでいるゴルを床に降ろし、ATMまで移動した。

　こういう時はススイカの残高を確認すれば、その金額でカンガルーを倒せているかどうか分かるだろう。こんな事もあろうかと、今日リポップしたモンスターを狩ってから、昼ご飯を食べている時に確認しておいたのだ。その時の残高は１億円に少し届かず９,６００万円だったので、それより増えていればカンガルーを倒せているって事になる。

ピッ

残高　　１４９，６５５，７９０円

「なっ・・・。」

　１億４,９００万円。

　予想していたより大分多いぞ。一体何匹のカンガルーを倒したのか・・・。

　カンガルー１匹で１０万円前後だと思うので、そう考えると大体５００匹。確かに「索敵」で見た１１階層の混雑具合から見れば、それぐらいは居そうだったが、一網打尽に出来たのだろうか？

　今すぐ１１階層の様子を見に行きたい所だが、まだ燃えているだろうし、酸素や一酸化炭素なんかも怪しい。もうしばらく時間を空けた方がいいだろう。

　大金が手に入り、ギフトでMP不足も補えたとなると、次は強化をしたくなってくる。ってな訳で、ATMの前に来ていたついでに魔法の項目も見てみた。

火槍　　　　　￥１００，０００，０００－

火柱　　　　　￥１００，０００，０００－

水玉　　　　　　￥１０，０００，０００－

鎌風　　　　　￥１００，０００，０００－

辻風　　　　　￥１００，０００，０００－

土弄　　　　　￥１００，０００，０００－

光玉　　　　　￥１００，０００，０００－

闇玉　　　　　￥１００，０００，０００－

スロウ　　　　￥５００，０００，０００－

空間壁　　￥５，０００，０００，０００－

　相変わらず高ぇな・・・。

　７日に１回湧く、１０階層のボスに当たるアメダラー対策として「火槍」がいいとヨシオに言われていたのだが、今日のガソリンを使った戦法ならアメダラーでも倒せる気がする。そうなると火系の魔法は、いらないかもしれない。

　水系の魔法も「亜空間庫」に大量の水を入れておいて、ぶち撒ければ何とかなりそうなので却下かな。

　そうなると風系と土系。光と闇も１億円なので候補の一つにはなるだろう。

　しかし、どれもどんな効果なのかが分からないのが痛い。ヨシオに聞いても教えてくれないし、画面に映る字面だけで判断するしかないのだ。

　１億円を賭けて魔法ガチャをする様な気分になってしまうな。

　まぁ、焦る事は無い。ここはスキルの項目にも目を通しておこう。

恵体豪打　　　￥３０，０００，０００－

奥突き　　　　￥３０，０００，０００－

ヴィシュヌ　　￥３０，０００，０００－

硬合心　　　　￥３０，０００，０００－

ゾーン　　　　￥３０，０００，０００－

空歩　　　　　￥３０，０００，０００－

大力無双　　￥１００，０００，０００－

駝鳥の目　　　　￥５，０００，０００－

ハチドリの目　￥１０，０００，０００－

　うん、高いんだけど、魔法の項目を見た後だと安く見えてしまうから不思議だ。

　スキルの項目も同じなのだが、効果の説明が無い。大体の字面で判断するしかないのだが、スキルは一通り取っているので、どんな感じになるのか想像出来るのが救いだ。

恵体豪打　　　￥３０，０００，０００－　打撃系（強打、剛打）

奥突き　　　　￥３０，０００，０００－　刺突系（通牙、転牙）

ヴィシュヌ　　￥３０，０００，０００－　連続攻撃系（連刃、タールベルク）

硬合心　　　　￥３０，０００，０００－　防御強化（石心、鉄心）

ゾーン　　　　￥３０，０００，０００－　見切り系（見切り）

空歩　　　　　￥３０，０００，０００－　移動系（瞬歩）

大力無双　　￥１００，０００，０００－　身体強化（剛力、金剛）

　こうすれば想像しやすいだろうか。今までに取ったスキルと系統を追加してみた。

　下の省いた２つの目系は、暗視スキルの「梟の目」と似たように何かが見える様になるんだと思う。知らんけど。

　う～ん、しかしこうやって見ても、絶対に必要だと言う物が無く、全てがあったら便利だろうなって感じでしかない。

　とりあえず、今持ってる武器で使い勝手が良かった槍で使えるスキルは欲しい。なので、刺突系の「奥突き」ってのは取っておくことにする。後は１億円クラスを１つ取るか、細かい３千万円クラスを３つ４つ取るか。もしくは必要になる時までお金を取っておくか。悩ましい所だなぁ。