第72話 包=パック

 昼食包ひるじきかねが運転する車に乗せられて繁華街に入って行った。


 昼食包ひるじきかねが車を出す前に、敬太に「何処か行きたいお店はあるか」と聞いてきたのだが、現実世界では半額弁当の世話になり、小金を得た異世界ではデリバリーしか使ってないので、美味しいお店なんてものはチェーン店以外は全く持って知らない。なので「まかせる」と言ったら連れて来られたのが、今いる繁華街だったのだ。


 少し車を周回させ、ようやく空いているコインパーキングを見つけ、車を止めると、何故かサングラスをかけて車の外に出た昼食包の後を追う様に歩いた。

 事前に「エムズ」と言うお店に行くと聞かされていたのだが、店名を聞いてもさっぱり分からず、向かっている場所の検討すらつかなかった。仕方が無いので、車を出た後は一言も喋らない昼食包のお尻を追いかけ続けた。

 膝上のキュロットスカートのフリフリに誘われ、時々見えるパンツのラインに心を奪われていると、気が付いた時には半地下にあるお店に到着していた。


 昼食包ひるじきかねは慣れた様子で店内に入って行き、店員と少し話をするとずんずんと店の奥まで歩いて行き、当然の様に個室となっている部屋に入った。店内は落ち着いた雰囲気でご飯を食べると言うよりは、お酒を飲む場所の様だ。


「森田さん、すいませんでした。」

「え?何が?」


 席に着くなり突然謝られたので、訳が分からず素で驚いてしまった。


「ひとりで先に歩いてしまったので・・・。」

「あぁ、それはそれで楽しめたから・・・あいや、大丈夫です。」


 まぁ夜なのにサングラスをかけ歩くほど、周りの目を気にしているのが分かったので、特に文句は無い。芸能人だというのもあるし、逆に敬太の方がこんなので噂を立てられたら可哀想だと思ってしまったぐらいだ。


「とりあえず生で。」

「私も生お願いします。」


 お店のメニューを見ると、ここは小洒落た居酒屋だった様で、激安チェーンの居酒屋に比べると全てが高かった。魔改造されたススイカには4千万円からの残高があり、罠とゴーレムのおかげで寝ていても1日に数百万のお金が入る生活なのだが、妙な所で貧乏性な性格が顔を出し、同じビールなのに割高なビールは勿体無いと思ってしまう。

 まぁ目の前に居る美人さんと飲めるのだから、キャバクラに来たと思えばいいかと自分を納得させた頃には、既に酔いが回ってきてしまっていた。


「次は何飲みます~。」

「え~っと、う~んと梅酒ソーダでぇ~。」


 敬太はお酒が飲めない訳ではないが強くも無い。お酒飲めますか?と聞かれれば、嗜む程度と答えるのが正解だろう。その上、今日はあちこちと走り回っていたので、ろくにご飯を食べていない。完全にすきっ腹で向かえてしまったので、いつも以上に酔うのが早かった。


 美人に酒を勧められ、美味しい料理に、楽しい話。






 気が付くと実家の布団の上だった。

 どうやらいつの間にか実家に戻って寝ていたらしい。外はすっかり日が昇り、明るくなっていた。

 軽く記憶を探ってみたのだが、何時まで飲んで、どうやって家まで戻ってきたのか思い出せない。


「うぅ~~~。」


 布団から体を起こすと、猛烈に喉が渇いていて、頭が痛く、気持ち悪い。完全に酒に飲まれて二日酔いになっていた。

 とりあえず「亜空間庫」からお茶のペットボトルを取り出し、ゴクゴクと飲んで喉を潤した。


「ゴル~ぅ。」

「ニャーン。」


 3杯目の梅酒ソーダを飲んでからの記憶が飛んでいるので、ゴルをちゃんと連れ帰ったか心配になり呼んでみると、タタタッーっと走ってきて返事をしてくれた。良かった良かった。頭を撫でてやると目を瞑って気持ちよさそうな顔をしている。

 しかし、年を取ると酒で記憶が飛ぶって聞いていたけど、ここまですっぽり抜けてしまっていると怖くなってしまう。脳の記憶をする所がアルコールで麻痺してしまい、その間の事を記憶に残す事が出来ないらしいのだけど、よくよく考えると恐ろしいね。

 昨晩は3杯目から何を飲んで、何を食べて、どうやって支払いをして、どうやって家まで戻ってきたのだろう。ああ~昼食包ひるじきかねに変な事してなければいいのだけど・・・。


 モーブ達に何も告げずに、なんだかんだと2日も帰れてないので、追っ手の件は心配だし、早く戻って美味しいデリバリーでご飯を食べさせてあげたい。

 その為に、酔いを醒まそうと熱いシャワーを浴びたのだが、頭痛がひどくなるだけで、体調が回復する事は無かった。


 結局、モーブに悪いなと思いながら、お昼過ぎまでゴロゴロとするしかなく、ようやく頭痛が落ち着いて来た頃に「これポーション飲めば治るかも」と、思いついたのだった。

 持論だが、ポーションは体の新陳代謝を高める物では無いかと考えている。何故かと言うと骨折とか重傷の怪我とか、手を加えないと治らない物には効かないが、それより小さな放っておけば治る様な傷は、たちどころに治してしまうからだ。

 体が熱くなり傷を治し、体力が回復する。瞬間的に新陳代謝を高めて治しているのではないだろうか?


 ポーションについてはそう考えているので、放っておけば治る様な二日酔いなんかはポーションで治ると思うのだ。


 論より証拠、飲めばわかる事だ。「亜空間庫」からポーションを取り出して、一口で飲み込んだ。途端に体の中が熱くなり、身悶えしてしまう。


「くぅぅぅぅ~。」


 熱さが通り過ぎると、体が軽くなり、意識がスッキリとした。

 首を回し、頭を振って見ても痛く無いし、気持ち悪くも無い。どうやら目論見通り、二日酔いが治った様だ。敬太の考えは遠からず当たっていたのだろう。


 時計を見ると既に14時になっていた。酒を飲んで二日酔いで動けず半日潰すとか、もっと早くポーションの事を思い付いてたらと考えたくなる程、無駄な時間を過ごしてしまっていた。



 ようやく真面に歩けるようになったので、早々に駅へと向かう。

 すぐにタクシーを呼ぼうかと思ったが、昨日の酒の席で失敗がなかったか昼食包ひるじきかねにフォローを入れなくちゃいけないし、兄に父親の事を伝えたりしなければならないのを思い出し、それならば丁度いいかと思い、駅まで歩いて行く事にした。


「あ~もしもし森田です。え~昨晩は折角誘ってもらったのにすいませんでした。少し飲み過ぎてしまった様で、え~記憶も曖昧な所があり、ご迷惑をおかけしたのではないかと思いお電話させて頂きました。あ~・・・また連絡します。」


 最初に昼食包に電話してみたのだが、留守電になっていたので慣れないメッセージを吹き込んでおく。

 次に兄に電話をかけ、父親の退院から元の介護施設に戻した話をした。兄からは「そうか」とか「うん」ぐらいの返答しか無かったが、男兄弟なんてそんなもんだ。


 

 駅に着くと、ススイカを使って改札から飛んだ。


「ピピッ」


 二日半ぶりに戻ってきた改札部屋には、何故か全員集合していた。


「あれ?どうしたの?」

「ケイタ!やっと戻って来たか。」

「あーおっちゃん、お帰りー。」

「帰り~。」


 いかにも敬太の帰りを待っていた感じがする。なんだか嫌な予感がする・・・。


「何かあったんですか?」


 追っ手関係か、それとも奴隷の女の子になにかあったか、このどちらかだろう。


「うむ。どうやら昨日から追っ手が来とる様なんじゃ。」

「追っ手ですか・・・。奴隷の女の子は大丈夫ですか?」

「あ、いや・・・そっちもあまりよろしくない様での、手足の色が変わってきてしまっているのじゃ、あれでは近いうちに腐ってしまうじゃろう。」


 あれ、これはどっちもじゃん。事故って酒飲んで帰ってきて早々大問題じゃん。


 奴隷の女の子の事は、今、敬太がやってあげられる事は無い。なるべく早くハイポーションを手に入れるって事ぐらいだ。もし、手に入れるのに時間がかかり四肢が腐って行き、命が危なくなる様だったら、持っているミスリルソードで四肢を切り落としてやるまでだ。


「ゴーさん。残ってるゴーレムはどうしてる?」


 そうなると、今すぐに解決しなければならないのは追っ手の事となるのだが、まずは情報収集からだ。

 何処まで追っ手が迫ってきているのか確認する為にゴーさんに状況を聞いてみるが、ゴーさんからはいつもの様に「通信」のスキルを使っての返事では無く、擬態してるバングルから腕を出してバツ印を掲げていた。


「えっ?どういう事なの・・・。」

「ケイタ、ダンジョンの中の事なら把握してるだシン。」

「おっ、ヨシオ分かるのか?」


 ゴーさんの反応が今までにない物だったので困惑していると、テーブルの上に置いてあるトイレットペーパー大の筒から声が聞こえて来た。


「ダンジョンの中に入って来ている人は6人だシン。ケイタが作った罠を壊し、ゴーレム達を叩き伏せて改札部屋の扉前の小屋にいるだシン。」

「マジか・・・。」

「うむ・・・。」


 どうやら追っ手達はダンジョンの中まで入って来ていて、すぐそこに居るらしい。ダンジョンの中には大きな体の少数精鋭「殲滅部隊」、ランスの腕を持ったアイアンゴーレム「実働部隊」がいたはずなのだが、突破されてしまった様だ。


「作ったゴーレムは全部防衛の為に出して行ったんだぞ。それこそ1,000体以上いたはずなのに、そいつらはどうしたんだ?」

「ヨっちゃんはダンジョンの中の事しか分からないだシン。」

「わしらも、昨日の朝にゴーレムに袖を引かれ、この部屋に閉じこもっておったから分からんぞ。」


 この様子だと、見張りとして出しておいたストーンゴーレムも拳大の石ころ「偵察部隊」も壊されてしまってるのだろう。ゴーさんに聞いてもバツ印を掲げる訳だ。「通信」を使っても「通信」出来る相手がいなかったのだ。

 1,000体以上のゴーレムを退け、敬太お手製の分厚い門もぶち破られてしまったのだ。


 シルバーランクPTに襲われた時にアイアンゴーレムを切り裂く相手と戦ったのだが、まさか他にもそんな事が出来る手合いがいるとは思わなかったし、数のチカラで何とかなるだろうと高をくくってしまっていたのだ。

 ここまで攻め入られるとは想定外だった。


「・・・ちょっとご飯食べてもいいですか?」

「うむ。腹ごしらえは大事じゃ。」

「あっ、ご飯食べるー。」

「食べる~。」

「ニャー。」


 とりあえず、この改札部屋の中には敬太が「入っていいよ」と思わないと入って来れない仕組みらしいので、デリバリーでご飯を食べて、落ち着き、作戦を練ろうかと思う。午前中は二日酔いで、今日は何も食べていなかったので腹が減ったのだ。


「そんじゃ何食べたい~?」

「う~んとね・・・。」


 二日半程、保存食しか食べていなかった子供達にリクエストを聞いて、英気を養い、外の追っ手の連中をどうにかしないといけないな。

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