第71話 昼食=ランチ

 担当医の山田先生に質問攻めにされた敬太は、逃げる様にして病院を後にした。

 父親を車いすで運び、とっとと入院費の清算を済ませると、若干早足になりながら駐車場に向かい、乗って来た4WDのジープで介護施設へと向かった。


 山田先生は、何処まで勘付いているのだろうか?


 不思議だなと思っている程度なのか、それとも父親の大腿骨の骨折まで治っているのを確認されてしまい、本格的に怪しんでいるのだろうか。

 余り騒いで目立つよな行動をとって欲しくないのだが、もし、先生が騒ぎ出したら「尊師の聖水」の実験者第一号にしてしまうのも、考えに入れておかなくてはならないなと思った。



 介護施設への受け入れは、事前に連絡してあったのもありスムーズに行われた。

 父親の部屋に、持って来たパジャマなんかをしまい、職員さんに挨拶をしたら、もう敬太がやる事は無かった。


「親父、そんじゃ行くね。」

「・・・。」

「また来るからね。」

「・・・。」


 相変わらず、父親からの返事は無い。聞こえているのか、いないのか。目を合わせてみても、焦点が合っていないのだろう、そこに意識がある様には見えなかった。それは、首を切り落とされて死んでしまったモーブの連れていた子供達ヤムチャルとチャオズンの最後の目と似ていた。何も見ていないのに開かれた目、虚空を見つめ「無」を感じさせる眼差し。

 これは「生きている」と言ってもいい状態なのだろうか。


 この状態はハイポーションより強力な回復薬、エクスポーションと言う物を飲ませれば治るのだろうか?不思議な異世界のチカラは父親を助け出してくれるのだろうか?


「そんじゃあね。」

「・・・。」


 ヨシオが教えてくれたダンジョンの先に行けば出てくるであろうエクスポーション。全てはその薬のチカラにかかっている。

 


 介護施設を出ると、既に日が傾き始めていた。

 本来ならば、これで用事は済むハズだったのだが、交通事故に遭ってしまったので、車関係も片付けなければならない。もう少し走り回る必要があるのだった。


 まずは、時間を考え役場に向かう。夕方、何時まで開いてるのか知らないけど、夜遅くまではやってないので、急いだ方がいいだろう。

 廃車にするのに印鑑証明書、新しく車を買うのにも印鑑証明書と住民票。それぞれ必要になるので枚数分を取ってもらう。


 この1年間に軽トラ、4WD車と、2台車を買っているので、買う方の書類には覚えがあったが、事故に遭った軽トラを廃車にする場合の書類に自信が無かったので、待ち時間を利用してスマホで調べていた。すると、自動車の税金の領収書や、車検が残っていた場合の重量税還付の為の銀行口座なんかも必要だと分かり、このままいつもの中古車屋に向かうつもりだったのだが、一旦実家に帰って領収書を探し出して来なければならなくなった。


 実家に戻り、必要な物を持ち出し外に出ると、辺りは暗くなっていて帰宅ラッシュの時間となっていた。なので、今度はガソリンを入れるのもあったので、モトクロスバイクに乗り換え実家を出発し、馴染みの中古車屋に向かった。





「もしもし、彩芽あやめです。・・・いえ、渋滞にはまり逃げられてしまいました。・・・はい、はい・・・分かりました。」


 今日一日、病院から介護施設と敬太の後を追い、付け回していた1台のステーションワゴン車が、路肩に止まっていた。運転席に座る女は、周りの目を避ける様にベースボールキャップを目深に被り、スマホで会話している。


「いえ・・・ええ・・・大丈夫です、やってみます。」


 話が終わりスマホを高級ブランドのバッグにしまうと、車は動き出し、帰宅ラッシュの列に加わって行った。





 敬太はバイクを走らせると、渋滞している車を尻目に、車の脇をすり抜け、たいして時間も掛からずに中古車屋に辿り着いた。


「いらっしゃいませ~。」


 店内に入ると、すぐに店員が声を掛けて来た。


「すいません。先日事故車を引き取ってもらった森田ですが、手続きをしに来ました。」

「森田様ですね、少々お待ち下さい。」


 対応してくれたタイトスカートを履いた若い女の店員さんは、すぐに奥に引っ込みスーツを着た男の店員を連れて戻ってきた。


「お待たせしました。森田様、怪我の方は大丈夫ですか?」

「ええ、不幸中の幸いと言いますか、この程度で済みました。」


 スーツを着た男の店員はこれまでも車購入の際に受け持ってくれた、いわば担当者みたいな感じで、真っ先に敬太の怪我の具合を口にして来た。

 敬太はポーションを飲んで塞がった傷の上に巻いてある包帯を差して、口の端を持ち上げた。病院、介護施設、車屋。何処に行っても事故の事は聞かれるだろうとカモフラージュして怪我が治ってないフリをしていたのが役に立った様だ。


 テーブル席に案内され、コーヒーを出してもらって、そこで細かい話を進めた。

 まず、事故った軽トラの状況を聞くと、大事な部分が曲がってしまっているらしく、やはり廃車にした方が良いと言われた。これは思っていた通りだったので、その方向で話をしていく。

 必要な書類を取り出し、委任状に判を押し、費用などを見積りしてもらう。事故現場から運んでもらったレッカー代から、解体費用、解体場に運ぶレッカー代、ナンバー返還で運輸局に代理で行ってもらう費用、またそこでかかる費用。

 中々大変そうだが、その辺りは全て丸投げにしてしまった。


 この中古車屋は車の販売の他に、板金、車検なんかもやっているので、今回の事故の事で大いに助けになってくれた。敬太の保険会社とも連絡を取り合い、色々とやってくれている。敬太も一度、保険会社からの電話口に出され、怪我の具合、入院費、それから事故相手の昼食包ひるじきかねに立て替えてもらった事も話が出来、面倒事が片付いていった。


 中古車屋の店員からしたら「仕事なので」と答えるかもしれないが、親身に話を聞き、面倒を見てくれるので、この中古車屋で新しい軽トラを買う事にした。

 本当は小金持ちになっているのでディーラーで新車を買おうと思っていたのだが、こういう繋がりは大事にしておいた方が良いだろうと、思い直したのだ。

 損得よりも人脈。お金に振り回される事が少なくなった敬太は、そう考える様になってきていた。


 4WDで、窓をくるくるしないで開けられる軽トラと注文を付け、探してくれと頼むと、スーツを着た男の店員は嬉しそうに頷いてくれた。きっとノルマやらがあるのだろう、少しでも貢献出来たならば恩返しになったと思いたい。


 全ての費用は、保険会社同士の話し合いが終わってから、何処まで支払われるか決まる為、少し待ってと言う事になった。

 特に急いで軽トラが必要な訳では無いし、待つのは1週間ぐらいとの事なので、連絡が来次第、新しい車の引き渡しは出来るようにしておくとの事で話は終わった。


「ありがとうございました~。」


 中古車屋を出てモトクロスバイクで実家に戻ると、既に21時近くになっており、辺りは夜の静けさに包まれていた。

 とりあえず現実世界での用事は済んだので、モーブ達も気になるし異世界に行こうかと、タクシーを呼ぶか、駅まで歩いて行くか迷っていた所、普段鳴らないスマホが鳴り出した。

 スマホの画面を見ると、登録したばかりの事故相手、昼食包ひるじきかねからだった。


「もしもし?」

「もしもし、夜分遅くに済みません。昼食包ひるじきかねです。」

「どうしました?」

「あの~夜ご飯はもう食べましたか?」

「いえ、まだですが?」

「良かった。」


 今日の昼間にシャワーを浴びながらオカズにしてしまった為、電話で話す昼食包に「女」を感じてしまい、あんな事やこんな事を想像してしまう。


「ちょうど今、森田さんの家の近くまで来ているので、これから一緒に食事しませんか?」

「え?」

「あっ、ご迷惑だったたら帰りますけど・・・。」

「いえいえ、そんな迷惑だなんて。」

「じゃあ、今から家に伺ってもいいですか?」


 芸能人って言うのは暇なのだろうかと、妙な感想が頭を過ったが、スタイルが良い美人さんとの食事に断る理由は無い。

 終電時間が過ぎると駅が閉まり、朝まで異世界に行けなくなるだが、まだ時間はあるし問題ないだろうと返事をした。


「分かりました。大丈夫です。」

「えっ、本当ですか~。良かった。それじゃ、今から向かいますので、待ってて下さいね。」

「はい、お待ちしてます。」


 グイグイ来るな。ちょっと反応が可愛かったよ。

 通話を切ると、家には入らず、モトクロスバイクに跨りスマホを眺めた。昼食包は家の傍にいると言っていたので、すぐ着くだろうと考えての事だ。


 待っている間に、なんとなく時間を潰すのにスマホをいじり、昼食包の事を検索してみた。自称芸能人で貧乏設定を信じて40近いおっさんを飯に誘う人とは、どれぐらい有名な人なのだろうと興味が沸いてきたのだ。


 名前を入力すると、すぐにつぶやいったーが出てきて、画像にウィキと一通り表示された。画像の写真は、間違いなく事故で会った昼食包で、黒髪のショートカットが印象的な整った顔でニッコリ笑っていた。

 続けてウィキを開くと、色々な情報が出て来た。CMやバラエティー番組にも呼ばれるほど人気があるアイドルグループTKB96に所属し、その中でも特に人気のある「四天王」と呼ばれるメンバーの中に入っているらしく、個人で写真集なんかも出しているみたいだ。

 敬太は全然テレビを見ないし、若いアイドルグループの子の顔なんか見分けが付かないし、そうなんだーと言う感想しか出て来なかったが、ネットの情報を見る限り、昼食包はそれなりに認知度がある芸能人だった様だ。


 ぼんやり暗闇でスマホを眺めていると、敬太の家の前で車のエンジン音が止まり、スマホが鳴りだした。


「もしもし。」

「もしもし、昼食包です。家の前に着きましたよ。」

「分かりました、今行きます。」

「はい、待ってますね。」


 すぐそこに居るにも関わらず通話をしてから、玄関まで回って行って、昼食包が乗っているステーションワゴン車に近づいた。


「どうぞ、乗って下さい。」


 すると、助手席側の窓が開いて、首にコルセットをしベースボールキャップを被った昼食包が、顔を見せながら話しかけて来たので敬太は車に乗り込んだ。


「わざわざ迎えに来てもらっちゃって、すいません。」

「いえいえ、私こそ急に誘っちゃってすいませんでした。本当に大丈夫でした?」

「ええ、別に予定なんて無かったので問題ないですよ。」


 車の中に乗り込むと、昼食包が付けている香水の匂いが仄かに漂い、距離の近さから少し緊張してしまった。運転席に座るのが芸能人だからって訳では無く、単に綺麗な人との食事に食事以上の事を想像してしまっている、敬太の中の雄の部分が万が一に備え緊張をもたらしているのだと思う。

 まぁ、相手は芸能人だし、若い子だから99%何もないけどね・・・。


 こんな青い部分が自分にもまだあったのかと、敬太は少し情けなくもなり、嬉しくもなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る