第59話 帰還

 ダンジョンを取り囲む大きな崖から、雑木林の中を車で走らせること約3時間、ようやくダンジョン入口の門が見えてきた。勝手知ったる場所、たった数日間異世界の街へ出掛けただけなのだが、色々とやらかして来てしまったので、ようやく肩のチカラを抜く事が出来た。


 ダンジョンの入口付近は学校の校庭ぐらいの広さを開墾してある。木は全て取り除き、土を掘り返し、石などを避け、畑作りをしていたのだ。

 これは敬太が異世界から居なくなってもモーブ達が自力で生活出来るように整えておこうと始めたものだった。

 今回、父親の病気の事で作業は止まってしまっているが、計画ではこれから道を作ったり、水を引いたり、家を作ったりして、ちょっとした「村」規模の生活出来る場所を作ろうと考えていたのだ。


「おーい!モーブ!」


 丁度トラクターに乗っているモーブが見えたので、窓を開け大きな声で叫んだ。しかし、トラクターのエンジン音で聞こえないのか、何の反応も無い。しょうがないのでプップッとクラクションを鳴らしてみると、ダンジョンの入口から子供達が顔を出してきた。


「ただいま~。」


 ゆっくりと車を走らせながら子供達の側に辿り着くと、大きく手を振りながら笑顔で出迎えてくれた。


「ケイタのおっちゃん!その荷車いいなー。」

「おっちゃんだ~。」

 

 最近しっかりしてきた獣人で犬族のお兄ちゃんクルルンと、なんだかポヤポヤしている狸族の妹テンシンだ。この2人は本当の兄妹ではなく、モーブと一緒に逃げ出した奴隷の子供で、複数家族合同の数十人規模の大脱走の生き残りの2人だ。逃亡中に追っ手に追いつかれ、その戦闘で親を殺され、友達を殺されて、どうにか生き残った最後の子供達だ。

 出会った頃は、満足に食べていなかったのかやせ細っていていたが、最近は年相応の体つきになり、子供らしく笑顔を見せる様になってくれていた。

 

「何か変わった事はなかったかい?」

「ん~?あっそうだ。オレね、歯が抜けちゃった。」

「歯が取れたの~。」


 ダンジョンに変わりが無いか兄妹に尋ねてみたが、返ってきた答えは兄のクルルンの歯が生え変わりの為に抜けてしまった報告だった。敬太がダンジョンから出掛ける前から「グラグラするー」と言っていたのが、この数日で無事に抜けた様で、歯抜けになった部分を指差しながら自慢げな顔して見せつけている。


「ケイタ。戻ったか。」

「あっモーブただいま。何か変わりは無かったですか?」

「うむ。これと言って何も無いぞ。」


 子供達と話をしている間に、トラクターから降りて来ていた異世界の最初の知り合いで獣人で猪族、元戦闘奴隷で右肘から先が無いモーブが話に加わってきた。


「そうですか。ちょっと聞いて欲しい話がるので、お茶にしませんか?」

「うむ。そうじゃな、土産話でも聞くとしようか。」




 それからみんなで改札部屋に集まり、お茶をしながら、敬太が街でやって来た事を順番に話していった。冒険者ギルドに登録した事、異世界のお金を手に入れた事、無事にハイポーションを手に入れられた事。 

 街の様子なんかも話に含め、予定通りにいっていた部分を話していると、子供達は興味深そうに「へぇー」っと声をあげていた。同じ異世界の話なのに食いつきが良いなと感じていたが、奴隷という身分を街中で見かけなかった事、街の門で「奴隷は入れるな」と言われた事を思い出し、モーブ達にとっては街中は未知の世界だったのかもしれないと考えた。


 あまり気持ちがいい話ではないだろうと思い、これまでのモーブ達の生活を根掘り葉掘り聞いた事が無かったので、大まかに「脱走して逃げて来た」って事しか知らないでいた。

 大変だったのは分かるので、いつか話してくれる時が来ればいいなと思っている。


 

 話が進み、奴隷の女の子を拾い持って帰って来た事まで話すと、モーブの顔色が変わり「どこじゃ」と強めに言われてしまった。

 ちょっとモーブの反応に驚いたが、後々紹介するつもりだったので、奴隷の女の子を乗せたままの4DWのジープは改札部屋の前に止めたままにしてあるので、すぐに見せてあげた。


「うむ。ひどい怪我じゃな。」

「そうなんですよ。フォレストウルフってのに噛みつかれてて、すぐにポーションを飲ませたら血が止まって何とか生きてましたけど、もう少し発見が遅かったら危なかったかもしれません。」

「うむ。そうじゃろうな。して、その場にいたのはコヤツだけじゃったのか?」

「ええ。周りを確認しましたが、この子だけでした。」

「うむ。そうか・・・「餌」にでも使われたのじゃろうなぁ。」

「餌?」


 奴隷商人はモンスターに襲われると、奴隷を「餌」として投げ、それが襲われてる間に逃げるという方法をよく使うのだと教えてくれた。

 命が軽い世界ならではの話だ。業が深い連中だな。


 敬太が奴隷の女の子を助けたのは、単に襲われている所を見つけたからという単純なもので、どうやって、どうして襲われてしまったのかなんて考えようともしていなかった。だが、モーブの口から「餌」として犠牲にされたと聞いてしまうと、あれだけ拒絶され、嫌だ嫌だと暴れられたことがあっても同情してしまう。


 「餌」の話を聞く前までは、敬太の頭の中では、死んだら死んだでしょうがないって考えに傾いていた天秤が、ガタリと音を立てて助けたいって方に傾きを変えてしまった。


「モーブ。この子ハイポーション使わないと死んじゃいますかね?前に飲ませようとしたら暴れられたので、まだ飲ませてないんですよ。」

「うむ。・・・いや、手足の肉が千切れたぐらいで死にはするまい。」

「そうなんですか?」

「うむ。この程度なら時間が経てば大丈夫じゃろう。」


 敬太が見た感じ、奴隷の女の子は死にそうなぐらい重症に見えるのだが、死に近い生き方をしてきたモーブの見立てがそうなら、大丈夫なのだろう。無くなった右肘辺りを摩りながら話すモーブには説得力があった。


「むやみに高価な薬を与えても、その重さに押し潰れてしまうかもしれん。じゃが、余る程持っていて、何も求めないのであれば飲ませてもいいかもしれん。そこまで余裕はあるのかケイタ?」


 ハイポーションは金貨32枚する高価な物だ。敬太から見てもそこそこの値段になる。それを奴隷の身の者から見れば、どれだけ高価な物に映るのか想像がつかない。今、黙って飲ませても、傷の具合で気が付き、責任を感じ押しつぶされてしまう可能性もある。色々と難しいな。

 最悪、1つしかないハイポーションを奴隷の女の子に飲ませ、父親の延命の為の作戦をあれこれ思案し始めていたが、それらは無駄になったようだ。

 

 慣れない事はするもんじゃないな。


「順番を履き違えてはならんぞ。まずは父親からじゃろう?」


 敬太が黙っていると、モーブが背中を押す様に正してくれた。

 さすが、厳しい世界で生きている人間は強いな。


「そうですね。その通りです。はぁ、こんなんだからその子に暴れられたのかもしれませんね。」

「うむ。それは単に人間嫌いなだけじゃろう。獣人には多いんじゃ、人間嫌いがな。」


 え?そうなの?

 助けられるのが嫌とか、薬が高いからダメとか関係なく、単純に人間が嫌だったのね・・・。あれだけ敬太を拒否してきたもんだから、結構傷ついてたのに。


「そうだったんですね。あ!・・・それじゃあ看病が・・・。」

「うむ。それぐらい、子供達でも使えばいい。普段世話になってるんじゃ、外の作業も出来んし、それぐらいやれせておけばいいじゃろ。」



 結局モーブの一声で、改札部屋の扉の脇に作った小屋で、子供達に看病してもらう事が決まった。子供達は嫌がる素振りなど見せずに従い、今は小屋の中で横になる奴隷の女の子の近くで座っている。

 異世界の子供達は、小さいのに偉いねぇ~。




 さて、今のうちに子供に聞かせたくない、最後の土産話をしてしまわなければならないな。


「モーブ。もう一つ重要な話があります。」

「うむ。中でするか?」

「はい。お願いします。」


 敬太の表情から読み取ったのか、大人2人だけで改札部屋の中に入り話を続けた。

 

 ギルドの依頼でゴーレムをばら撒き、そこから足が付いたのか、突然襲ってきた男達を返り討ちにしてしまった事を話した。


「うむ。それで?」

「え?いや、なのでこのダンジョンにも追っ手が来るかもしれないと・・・。」

 

 結構ヘビーな話をしたつもりだったのだが、モーブの反応は軽かった。


「それは今と変わらんじゃろ。」

「ですが・・・。」

「うむ。冒険者なんぞ命を張っている商売じゃ。どこぞの誰がが野垂れ死んだ所で何もあるまい。」

「警察、いや街の衛兵とか自警団みたいのが動くんじゃないですか?」

「うむ。そんな物は動かんよ。いちいち冒険者が死んだぐらいで動いていたら、いくら人数がいようと足らなくなってしまうわい。それに、襲われたのじゃろ?ケイタに非はあるまい。自分の命を守って何が悪いんじゃ?」


 なんだかそう言われるとそんな気がして来た。


「それに、わしもこうして捕まっておらんじゃろう。まぁ冒険者ギルドの知り合いなんかが追いかけてくるかもしれんがな。」


 なんだよ。追われるかもしれないじゃん。


 なんだかちょっと納得がいかなかったが、結局やる事は変わらないのは確かだった。防衛を強化し備えるだけか。


 追っ手を必ず殺してしまうモーブの話だと、敬太が街でお尋ね者になっているかどうかは分からなかったが、軽く受け止めてくれたので、告白した敬太の心も軽くなっていた。


 最後に余裕があれば街で手に入れてくる予定だったモーブの武器を、襲われて逃げ帰って来てしまったので、手に入れられなかった事を報告し解散となった。



 モーブは部屋から出て行き、地上に出てコンバインで作業の続きをするようなので、敬太は先に風呂に入り、洗濯をしてしまう事にした。数日風呂に入っていなかったから気持ち悪かったのだ。


 タオルを手に改札部屋にあるお風呂場に向かっていると、ふとATMの画面が目に入って足を止めた。


『レベルアップおめでとうございます。』


 お、最近レベルの上りが悪くなってきていたので久しぶりに感じる。


『レベルアップボーナス』



ヨシオ音声

駐車場➡ガレージ➡オートリペアショップ

洗濯機置き場➡洗面所➡サウナ

キッチン➡パントリー



 おぉ、こんなんだったけか?前回から随分と時間が経ってて忘れてるわ。

 さ~てどれにしようかな。う~ん、う~ん、う~ん。なんだかメンツが弱くないかい?これと言って取りたい物が無いのだが・・・。


 しょうがない、とうとうヤツを呼び出す時が来てしまったようだな。

 今まで、ずっと表示されていたが、ずっと無視し続けていた項目がある。

 その項目とは・・・?


 次回、ついに謎のベールがはがされる。

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