第58話 独裁者
何処かの小話に「独裁者ボタン」って話があった。
ある所に独裁者ボタンという人を消せるボタンがあり、それは人を何処かに飛ばすとか、殺すとかそういった物では無く、存在自体を消し去ってしまえるボタンだった。
そのボタンを手に入れた男は、いつも虐めてくる友人を消し、小言を言ってくる母親を消し、自分が楽しい世界を作ろうとした。男に文句を言う様な人間はすぐに消しさり、気に入らない人間はどんどんと消していった。
絶対的なチカラを手にした男は、次第に増長していき、ついには王様のように振舞い始めた。小さなミスでもすれば気に入らないと消していき、愛想笑いが気に入らないと消していく。
気が付くと男は人々を消し続け、世界で1人きりになってしまっていたが「これで世界は自分の物だ」と喜び、自由気ままに過ごしていた。だが、ふと些細な事で消してしまった近しい人を思い出し後悔をし始める。「あいつぐらいは残しておけばよかった」と。
一人寂しい夜を過ごしていき「1人では生きていけない」と悟った所で消してしまった者は戻ってくる事は無く、最後は涙を流しながら孤独な死を迎えた。
そんな話だった。
今、敬太がやってしまった事は、正に「独裁者ボタン」と同じでは無いだろうか。気に入らないから殺した。敵対して来るから殺した。
こんなのは下の下の対処法だ。一番簡単だが、一番どうしようもなく救いも無い。
冷静に対処すればいくらでも手があったはずなのだ。「亜空間庫」と言うチートの様な魔法があるのだから、少し頭を捻ればどうとでも出来たはずなのだ。
だが敬太の経験不足、対人戦闘のチカラ不足。弱いくせにゴーレムをばら撒き、無用な敵を作ってしまう考え無し。どれもが下の下の行動で、その結果が目の前に散らばる肉塊だったのだ。
この1人1人に家族があり、仲間がいて、生活があったはずだ。
父親の肺炎と骨折があり、初めての異世界文化に興奮し、戸惑っていたからと言って、それらを勝手に奪っていい訳ではないのに・・・。
「はぁ・・・。」
尻餅をついたまま、地面から立ち上がれず長い時間経ってしまっていたが、心が病んでしまい、なかなか再起動出来ずにいた。
「ニャー。」
そんな中、不意に傷つき気を失っていたゴルの鳴き声が聞こえてきて、我に返る事が出来た。パッと暗い部屋に電気が点いたように脳みそが動き始める。
「ゴル、大丈夫か?」
「ニャー。」
スポイトで飲ませたポーションが効いたのだろうか、ゴルがコンテナハウスの方からテテテっと小走りで敬太に近づいて来て、足に頭を擦り付けて来た。
「よしよし。体は何ともないか?」
「ニャ!」
怖い思いをしたせいか妙に甘えてくるゴルを撫でつつ、体に異常が無いか確認していく。体のあちこちを触り痛がる場所はないか反応を見るが、膝の上に寝転がりお腹を出しているゴルに怪我らしいものは見られなかった。
「うん。大丈夫そうだね。」
「ニャ~。」
甘えん坊将軍になってしまっているゴルを気が済むまで撫でてあげていると、あれ程病んでいた敬太の気持ちも、いつの間にやら落ち着きを取り戻していた。ペットセラピーの効果は思っていたより凄かったようだ。
さて、どうしようかね?
ゴルにすっかり癒されて、やっとこ頭が働いてきたので、今からどうしようか考え始める事が出来た。
まぁ、考えるといっても自首するか、逃げるかの2択になるのだけど。
現実世界的に考えれば自首しなくちゃいけないのだろうけど、異世界的にはどうなんだろうか?今回の様な正当防衛、殺らなきゃ殺られる場面において、どう扱われるのかまったく分からない。
異世界の最初の知り合いモーブの感じだと、追っ手には必ず止めを刺していて、殺られる前に殺るのが当たり前みたいな感じなんだけど、それを鵜呑みにして行動していいのかが分からない。
平気な顔して堂々としていればいいのだろうか?分からない。
かと言って逃げたら逃げたで、後々面倒になりそうなのは何処の世界でも共通だろう。良からぬ罪を着せられ、後手後手に物事が進んでしまうのが容易に想像できる。
そうか、そうれならば自首して・・・いや待てよ。父親の死のタイムリミットまでに戻れるのか?ボロボロの奴隷の女の子はどうなる?傷ついたまま死んでしまわないか?どれぐらい勾留させられるのか、どうゆう罪になり、どう罰せられるのか。
その間ゴルはどうしよう。ダンジョンにいるモーブ達の食料はどうなる?
あ~全然ダメだ。最初から選択肢何て無かったようだ。
ここは黙って逃げるしかないようだ。
考えがまとまり「逃げ」の結論が出てから敬太の行動は早かった。あっという間に殺人現場の証拠品を次から次へと「亜空間庫」にしまっていった。
飛び散る肉塊、男達の装備品、持ち物。あちこちにぶっ刺さっている敷鉄板、切られて地面に転がるアイアンゴーレム。最後にコンテナハウスをしまおうとして気が付いた。中に奴隷の女がいるんだった。
コンテナハウスの中に入りボロボロの女の子を抱えて外に出した。どうやらこの子は男達に危害を加えられていなかったようで、死んではいなかった。一定のリズムでお腹を動かし、生きている事を伝えてくる。
あの時の様に全力で敬太を拒否し泣き叫ぶよりはマシなのだが、意識が無いとこのまま死んでしまうのではないかと不安にかられてしまう。
仕方が無いのでゴルに使ったスポイトでポーションを喉の奥に流し込んでおいた。目の前で死なれると、目覚めが悪くなりそうだからしょうがないだろう。
コンテナハウスをしまい、もう一度周りを見て忘れ物が無いか確認する。
よし。次に「亜空間庫」から4WDの国産ジープを取り出す。車は軽トラを持っているのだが、怪我人を乗せるのには適さないだろう。現実世界と兼用でもう1台買っておいたのが役に立ったようだ。中古車で5年落ち、車体価格299万円で込み込みになると332万円もしたものだ。4600cc、色は黒。本当は新車で買ってしまおうかと思ったのだが700万円~900万円もするので諦めたのだ。どうも半額弁当を買っていた貧乏性が抜けないようで、消耗品にそこまでのお金を出す事が出来なかった。
後部座席に布団を敷いて、そこに奴隷の女を寝かせる。ちょっと狭いかもしれないが、座席を倒して広くしてしまうと、段差や曲がった時なんかに転がってしまうので、あえて狭くしたまま乗せたのだ。
「ゴル、行くよ。」
「ニャー。」
最後にゴルを乗せ車を出発させた。
時刻は午前3時ちょい過ぎ、もう少しすると日が昇り明るくなってきてしまうので、その前に街周辺からは遠ざかっておきたい。
目立ってしまうのでライトは点けず、スキル「梟の目」で暗闇はカバーして道なき道を走らせていく。
拠点になるダンジョンまでは車で10時間ぐらいかかるので、かなりのロングドライブになるだろう。早速ポーションを一飲みし、気合いを入れてハンドルを握った。
それから約10時間後ようやくダンジョンの周りを取り囲むように佇む、20mぐらいの高さの崖の側まで辿り着いていた。道中は特に問題はなく、途中トイレ休憩の度に、意識の戻らない奴隷の女の子にポーションを飲ませるぐらいだった。
「ゴーさん。お願いします。」
ハンドルを握りながらゴーさんに話しかけるとカチカチと了解の合図が返ってくる。
ダンジョンの周りには、ダンジョンを中心にぐるりと取り囲むように高い崖があった。それはカルデラの様に切り立った崖で、天然の壁の様になっている。
火山の噴火口にダンジョンが出来たのか、ダンジョンが出来たから地盤沈下して一帯が沈み、それが崖となったのかは知らないけれど、すっぽりと一つの街が入りそうな規模で崖が円形に連なり、世界と隔離した場所を作り出している。
崖の中にある雑木林はモーブ曰く「呪いの森」と呼ばれ誰も近づかない場所だったようで、追っ手ぐらいしか近くで人を見た事は無い。
そんな理由からもモーブ達を囲い込むのには丁度いいと思い、一部崩れていて出入り出来ていた崖をゴーレム総動員で修復し、10tトラックでも出入りできそうなぐらい大きく、頑丈な門も作っていた。
崖の上には見張りにストーンゴーレムを配置し、門の開閉にもストーンゴーレムがいる。
そんな訳で、門を開けてもらう為にゴーさんに「通信」で連絡を取ってもらうと、ゆっくりと門が開き始めた。
4WDのジープに乗ったまま門を通ると、開けてくれたストーンゴーレムがシュタっと敬礼ポーズをして敬太達を出迎えてくれる。敬太もお返しに窓を開けながら敬礼ポーズを取って「ありがとう」と声をかけた。
門を抜け開閉の邪魔にならない所に車を止めて外に出た。ゆっくりと閉まっていく門を横目に「亜空間庫」からストーンゴーレムを100体程、崖沿いに並べる様に取り出す。
「追っ手が来るかもしれないので、見張りの強化お願いしますね。」
今までは30体ほどのストーンゴーレムで見張りをしてもらっていたのだが、崖の範囲は広いので、とてもじゃないが追いつかないだろうと思い追加のストーンゴーレムを置くことにした。
街が収まる程の広さなので100体程度で何処までカバー出来るか分からないけど、とりあえずキリがいい数にしておいた。
悪い事をしてしまったと感じていると、変な所に気を回さないといけなくなるが、身に染みて分かって来てしまうな。
「それじゃ、お願いします。」
後部座席に横たわる奴隷の女の子にポーションを与えてから、門の開閉を担当するストーンゴーレムに声をかけて崖から出発した。
わざわざ声をかけなくても、総司令官ポジションのゴーさんに伝えておけばいいのだけれど、気持ちの問題なので一声かけておいた。
ここからは、軽トラやモトクロスバイクで何度も行き来した道になる。
勝手知ったる雑木林の中、何処が走りやすいか、どのルートが早いか大体把握している。クネクネと木を避け、段差を回り込み、時速20km~30kmのスピードでダンジョン目指して走って行く。このペースなら後3時間もすれば入口まで行けるだろう。
すでに、かなり長い時間運転して疲れていたが、もう少しでダンジョンに着くので、最後の気力を振り絞り車を走らせていった。
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