第57話 思惑

 目の前に体が真っ二つになっている男が倒れている。それはまるで電車に轢かれてしまった人の様に、お腹の辺りからズバッと上下二つに別れていた。辺りには真っ赤な水溜りが広がり、血の匂いが立ち込め、男の顔は苦しそうに歪んだまま固まっていた。


「出て来ないで下さい。」


 敬太は再び警告するように声を上げたが、実の所かなりビビっていた。初めて人を殺めてしまったからだ。膝が震え出し、冷静に物事を考えられない感じになってしまっている。頭の中は「来ないで」で埋め尽くされようとしていた。


 人の死体が初めてでビビってる訳ではない。祖父の葬式でも見た事があるし、友人の親の葬式でも見た事がある。見慣れているとは言わないが、年相応には見てきている。グロいのだって耐性があるはずなのだ。首切り動画とか良く見ていたし、交通事故でグチャった動画も週に一回ぐらいは見ていた。そうゆう動画を集めたサイトもブックマークしてあるし、ご飯を食べながらでも見られる上級者のはずなのだ。


 それから一度だけ目の前でバイクと自動車の交通事故を見て、通報し救急車を呼んだ事もある。バイクに乗っていた人は、お腹を押さえバタバタ暴れていたが救急車が到着した頃には動かなくなっていて、その人を担架に乗せるのを手伝ったのだ。動かなくなった人間は重いなぁなんて、その時は思っていたがそれだけだった。後日その交差点には「死亡事故発生現場」の看板が立っていたが、「やっぱりな」としか思わなかった。


 ダンジョンにいるモーブにかかっていた追っ手を返り討ちにして埋めた事もある。目の前でモーブが止めを刺し殺していて、その死体を地面に埋めた。もちろん死体に触ったし、人の血が手に付いていたが何とも思わなかった。

 

 だが、目の前にある体が二つになってしまっている男の死体が、生々しく恐ろしかった。お腹の所からは腸の様な物が顔を出し、何も見ていない目が「死」を語ってくる。きっと自分が殺してしまった事が恐ろしく感じさせているのだろうが、軽いパニック状態となってしまっている今は、そこまで考えが回らなかった。




 一方、敷鉄板の囲いの中に残されている男達も混乱していた。パーティーの中で一番の攻撃力を誇る大剣の男が、突然現れた大きな鉄の板によって成すすべもなくやられてしまったのだ。誰が見ても明らかに死んでしまったのが分かる姿になってしまっている。


「おい、なんだあれは?魔法か?それともゴーレム使いのスキルか?」

「知らねぇぞ、そんな魔法は。あんなデカい板が突然現れて人を真っ二つにしちまうなんて聞いた事ない。」

「・・・どうした?早くポーションをくれよ・・・。」

「うるせ~!ワッツ。外に飛び出たヘイスが殺られちまったんだぞ。」

「何っ・・・。」


 狭い敷鉄板の囲い中で無理やり大剣が振り回された時、敷鉄板と一緒に膝の裏側を切られてしまい立ち上がる事が出来なかった杖を持った男ワッツは、外で起こった事が見えておらず今の仲間の話で初めて仲間の死を知ったようだった。


「状況が状況だ。早く飲んじまえ。」

「お、おう・・・。」


 弓使いの男が背負っている背負い袋からポーションを1つ取り出して、足を切られているワッツに渡した。普段、後衛で魔法を使っているワッツはマジックポーションは持っているが、怪我する事が少ないのでポーションを持っていなかったのだ。


「うぐぐ・・・。」

「大丈夫か?ワッツの傷が治ったら脱出するぞ。ヘイスがあんなに簡単に殺られちまったんだ、これは報告しなきゃならねえ。」

「そうだな。オレが盾を持って殿をするから、ワッツとピランどっちかが絶対に街に戻って報告してくれ・・・。」

「すまねえなグリウ。」

「なーに。オレだって冒険者の端くれよ。だが、こんな金貨1枚程度の探索依頼で命を張る事になるとは思わなかったがな・・・ハハハ。」


 どうやら先程の敷鉄板の一撃ですっかり攻める気は消え失せ、逃げの一手に転じたようで、手順を話し合っていると、外にいるプレートアーマーから「出てくるな」と警告が発せられた。


「ふぅ。治ったぞ・・・どうする?」

「行くしかねぇだろう。この中に閉じこもっていてもジリ貧だ。」

「そうだな。オレらの手に負えないかもしれないが、ギルドの連中なら上手くやってくれるさ。その為にもここから出て報告しに行かないとな。」

「頼んだぞ!ワッツ、ピラン。」

「グリウこそ無茶するなよ。」

「街まで走るぞ!」





 軽くパニックになっている敬太は、警告を出したものの未だに動けないでいた。敷鉄板を使い、切られた囲いの場所をさらに取り囲んだり、ゴーレム部隊で物量作戦を展開したり、色々と出来る事はあったはずなのだが何もしていないで、ただ突っ立っていただけだった。頭の中は「出てこないで」と「殺してしまってどうしよう」で埋め尽くされてしまっている。


「火槍!」

「矢弾!」

「石心。今だ!走れ~!」


 当然、そんな隙を見逃してくれる男達では無く、一斉に外に飛び出てきてスキルを集中させ脱出を図られる。


「出ないでくだああああああ!や、やめろおおおお!」


 視界の端に燃え盛る火の槍や、凄く回転がかかっている矢が見えた途端に敬太のパニック状態に拍車がかかり、ほぼ条件反射的で「物凄い勢いで落下する敷鉄板」を次々に「亜空間庫」から放ってしまった。


 飛んでくるスキルと敬太の射線を防ぐようにして1枚。スキルを放ち駆け出そうとしていた杖を持った男ワッツの上に1枚。同じく駆け出し始めていた弓使いの男ピランの上に1枚。各場所にドンという地響きが発生する。


「おおおおぉぉぉぉ盾突!」

「うわああああ!『亜空間庫』!」


ドン!


 

 「物凄い勢いで落下する敷鉄板」が巻き上げた砂埃が静まり、辺りの状況がはっきりと見える様になった時、敬太は膝のチカラが抜け地面に尻餅をついて倒れ込んでしまった。何故ならそこには誰も立ってはおらず、全てが肉塊となり飛び散っていたからだった。


 頭が潰れ中身が飛び出している者、肩口から斜めに上半身が離れてしまっている者、原型が分からないぐらいに潰れてしまっている者。全員が一目で生きていられない程のダメージを受けているのが分かった。


「あぁぁぁ・・・。」


 血みどろになってしまったソフト川上流の岩場に、嗚咽に似た敬太の叫び声が響き渡っていた。





 その頃、マシュハドの街の大きな屋敷の一室で、3人の男達が酒を酌み交わしながら話をしていた。


「おいトワレ。その話に間違いは無いんだろうな。」

「もちろんである。このトワレ、ジャガ様に嘘などはつかないのである。北門で黒髪を後ろに束ねた見た事も無い顔の男が、車輪が付いた魔道具を使いこなし、ゴーレムを引き連れていたのである。」

「そうか。よし、早速拘束して連れて来い。このジャガの下僕として扱き使ってやろう。珍しいゴーレム使いならば色々と役に立つだろうからな。」

「ジャガ様。そなるかと思いましてわたくしナベージュが、既に追っ手を放っております。」

「おお、流石ナベージュだ。手回しが良いな。ほれ、飲むがいい。」

「恐れ入ります。」


 でっぷりと太った体を仕立ての良い服で飾り立てている醜悪な男が、揉み手が似合いそうな釣り目の男を褒め、酒を注いでいる。


「ナベージュ。追っ手とは誰であるか?」

「ヘイス達『飛揚する魔法銀』の連中だ。シルバーランクPTならば問題あるまい。」

「なるほど、奴らであるか。正に適任であるな、ワッハッハ。」


 北門で門番頭として敬太から電動バイクを取り上げたトワレが、それを街の代官に報告する為の酒の席だったようで、得点が稼げたトワレは笑いながら自分のカップに酒を注ぎ、上機嫌でそれを煽っていた。


「1年半ぐらい前に奴隷の集団脱走があってから、女子供の奴隷までかき集め何とか鉱山の運用を凌いで来ていたが、ゴーレム使いが手に入れば鉄の産出量が大きく増やせるだろう。」

「そうでありますな。」

「ジャガ様の名誉の回復にもなりましょう。」


 代官の言葉に太鼓持ちの様に2人が続いた。


「たかが数十人の奴隷を逃がしたぐらいで上は大袈裟なんだ。毎年毎年、鉄を採り、武器を作って王都にばら撒いているのはオレなんだぞ!それが少し量が減ったからって、うるさく言いやがって・・・。」

「まぁまぁジャガ様。ギルドには『不動の山』というゴールドランクPTも控えてますので、ゴーレム使いの取り逃がしは万が一もありえません。今は捕まえて来たゴーレム使いを、どの様に扱き使うか考えていた方が、酒も美味しくなりましょう。」

「それに馬より早く駆けていたと聞く、車輪が付いた魔道具も奴の物である。今は動かし方が分からなく、眺めている事しか出来ていないが、それらもジャガ様の物になるのである。」

「おお、そうであった、そうであった。魔道具もあったのだな。」


 釣り目のナベージュと門番頭のトワレの話を聞き、すっかり機嫌が戻った醜悪な顔のジャガは、おもむろに手を打ち鳴らした。すると部屋の扉が開き沢山の料理が、首輪の付いた女獣人の奴隷によって運ばれて来た。


「ほれ、遠慮なく食べるが良い。今宵は前祝だ。」

「ハッ!」

「頂くのである。」


 料理を運ぶ獣人の奴隷の中には、怯えたように手を震わせながら大きな皿を持つ、ウサギ耳の女奴隷がいた。


「おっ。サダバラ、新しいのが居るな。」

「はい、ジャガ様。先日入って来た者です。」


 太った醜悪顔のジャガが、料理と共に部屋に入って来て給仕に勤しんでいる執事に話しかけた。それだけでこの少し年を取った執事は、主人が何を欲しいているか察っする事が出来たようで、表情を変えぬままひとつ頷いた。


「今宵はそこのウサギ耳にする。他の者はお前らで好きにして良いぞ。」

「さすがジャガ様である。」

「ありがとうございます。」


 ジャガが一緒に食事を摂っている2人に女奴隷を勧めると、門番頭のトワレは鼻息荒く品定めし始め、釣り目のナベージュは鋭い目つきに変わり吟味をし始めた。


 それぞれの食事の給仕をしていた女奴隷を始め、運んできた料理を出し終わり壁際に並んで立っていた女奴隷達も、今宵これから自分の身に降りかかってくる災難を想像し、身を震わせながら、自分が逃れられる様に祈る事しか出来なかった。

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