第56話 亜空間庫
「お前が担げよ。」
「嫌だよ~。お前が持って行けよ。」
「あんな汚いの持てるわけないだろ!」
「証拠として持って行った方がいいんだろうけど嫌だなー。」
敬太を襲った冒険者達が言い争いをしている。ギルドに報告する際に手土産があった方が報酬が良いだろうと言う事となり、ならばその手土産の傷だらけの獣人を誰が持っていくかで言い争っているようだ。
「オレはこのバック持ってるんだから、お前らで持って行けよ。」
「お前!ずるいぞ。」
弓を持った男が、コンテナハウスの中に置いてあった敬太のハードシェルバックを担ぎながら抜け駆けをすると、それに反応した残った男達がワイワイと騒いでいる。
敬太が持っていたハードシェルバックは炭繊維で作られ独特の光沢をしていて、防水、摩耗性、衝撃性に優れ、バイク乗りの背中を守る一品として重宝されている。異世界では見られない珍しいバックなので何度かマジックバックと間違えられていたが、今回もまたそれと間違えられ、中身は空なのに持っていかれようとしている。
一点物とかではなく、普通にママゾンで売っている物なので特に困りはしないのだけれども、ゴルのお気に入りとなってるので出来れば辞めて欲しい所である。
「じゃあ、じゃんけんで負けたやつが獣人担ぐ、でどうだ!」
「わかった。」
「そうだな。」
「よし、決まりだな。それじゃあいくぞ!」
「「「せーのっ!じゃんけんポン!・・・あいこでしょ!」」」
と、コンテナハウスからちょっと離れた場所で、盛大にじゃんけん大会が行われ始めた。罰ゲームにする程、獣人に触れるのを嫌がっている。その様子を見ただけで異世界においての獣人の立ち位置を知る事が出来るだろう。
そんな中、いつの間にか音も無く1枚の大きな敷鉄板がコンテナハウスの入口を塞ぐように現れたが、じゃんけんの行方に夢中の男達は誰一人として気が付いていなかった。これをやったのは岩の陰からこっそりと近づき、コンテナハウスの裏に隠れ男達に接近していた敬太だった。
敬太が持つ10億円で手に入れた空間魔法の一種「亜空間庫」。単に容量がたくさん入るバックなどとは違い、半径15m程度の範囲の物ならば命あるものを除き、何でも出し入れが出来る魔法なのだ。
念じればパッと消え失せ、パッと現れる。流石、魔法といった所だろう。
「しょ!・・・あいこで、しょ!・・・よしゃああ!」
「マジかよ~。」
「助かったわ~。」
「ハハハ・・・ちょっと待て、何だあれ?」
どうやらじゃんけんの勝負が付いた男達が、突然現れていたコンテナハウスの出入り口を塞いでいる敷鉄板に気が付いたようだ。
敷鉄板とは工事現場とかで地面がぬかるんでいたり、大型の重機を設置する時に、地面に敷く大きな鉄板の事で、大きさは150cm×300cm厚みは2,2cm重さは800kgもある。人力で動かす事は難しくクレーンで移動、設置をするような物で、値段も8~9万円と手頃な為アイアンゴーレムを量産するのに重宝している物だ。
「そっちにいるぞ!」
「なに!」
「あ~!」
ハードシェルバックを担いでる弓使いの男が、敬太が居る方向を指さし叫んだ。おそらく探索系のスキルを使ったのだろう。コンテナハウスの裏に隠れていたが無駄だったようだ。
「亜空間庫」
先程は先手を取られて後れを取ってしまったので、同じ轍は踏まないように今度は敬太から仕掛ける。「亜空間庫」から敷鉄板を何枚も取り出し、男達を囲う壁になるように立たせて周りに置いていく。
ドドドドドと軽く地響きをさせながら、敷鉄板の壁で2重3重と男達をあっと言う間に囲んでいった。
「なんじゃこりゃー。」
「おいおい、閉じ込められたぞ!」
「クソ、ゴーレム使いの仕業か!」
高さ3mの鉄製の壁に囲われてしまった男達から声があがる。
「どけ!オレのミスリルソードで叩き切ってやる!」
「やめろ!こんな狭い中で振り回したらオレらまで切られちまうだろ!」
「それじゃオレがやる!オレのスキルで吹き飛ばしてやる!」
「よし、場所を開けろ!」
「離れろ!」
重さ800kgの鉄の板が5枚重ねにしてあるんだ。これを動かせるならやってみろってんだ。
「おらあああぁ盾突!」
ドォンっと重みがある音が辺りに響き渡るが、立ててある敷鉄板は微動だにしなかった。
「ぐはっ!」
「うぉい!大丈夫か!」
「ちくしょう!やっぱりオレのミスリルソードで・・・。」
「「やめろ!!」」
なかなか騒がしい奴等だ。囲いの中は大剣を振り回せるほど広くないから、出来る事なんて限られているだろう。例えば人を土台にして壁を越えようとするとかね。
バタン!バタン!バタン!
敷鉄板の壁の縁に、誰かの指が掛かっているのが見えたので蓋を落としてあげた。
「うわ~~。」
「クソッ!」
「危ねえ!」
さてと、話を聞いてみましょうかね。プレートアーマーの兜のバイザーを敬礼するようにして上にあげた。
「目的は何ですか?」
「あ~~ん!」
「うるせえ!ここから出しやがれ!」
「こんな事してただで済むと思うなよ!」
ダメだ。会話が出来ない。なんなんだろうこの輩達は。
仕方が無いので、少し頭を冷やしてもらう為に間をおいてみる事にする。逃げられないように蓋の敷鉄板を追加で置いておく。5枚重ねにしておけばいいかな。
バタン!バタン!バタン!
「やめろこの野郎!」
「調子に乗ってんじゃね~ぞ!」
はいはい。ヤンキーのような受け答えって、どういうつもりなんですかね?
敷鉄板で囲った檻から回れ右して、コンテナハウスの方に向かった。そして、入口に置いていた敷鉄板をしまい中に足を踏み入れる。
「ゴル!」
するとチカラ無く倒れたまま動かないゴルが目に入ったので、急いで駆け寄り状態を確認する。幸い呼吸に合わせてお腹が小さく動いているのが見えたので、死んでしまったって訳では無いようなので胸を撫で下ろしたが、あの男達がゴルに危害を加えた事が気に入らない。投げ飛ばされたのか、蹴とばされたのか知らないが、ゴルが気を失う程の暴力を受けたのは間違いないのだ。ゴルが暴力を受けなければいけないような事をしたのだろうか?
「クソっ・・・」
「亜空間庫」からゴルが赤ちゃんの頃にミルクを飲むのに使っていたスポイトを取り出し、小さな口にポーションを流し込んであげた。その際、前脚をピピっと動かしていたが、目覚める事は無かった。
ゴルを入れて持ち運ぶのにハードシェルバックを使おうと、周りを探したが見当たらなかったが、その代わりに床に倒れ動かない奴隷の女の子が目に入った。
ゴルがやられて腹が立っていたので、すっかり頭から抜け落ちていたが、この子もいるんだった。とりあえず呼吸に合わせて胸が動いてるので死んではないようだから、今はそれで良しとしておこう。あれだけ元気に拒絶してくれたんだ、そう簡単にはくたばるまい。
ちゃちゃとゴルと女の子をベットに寝かせたら、コンテナハウスから外に出て、敷鉄板で作った檻に戻った。
「いくぞ!お前らちゃんと伏せてろ!」
「こっちに来るなよ!」
「くそ~!」
「やっちまえ!」
敬太が戻ってきたら、何やら檻の中が騒がしい。
「あぁぁぁあああ斬刃!」
マジか。あいつら狭い檻の中で斬撃系スキル使いやがった。
「「「うわああああ!」」」
男達の悲鳴が響く中、敷鉄板の1列が切り裂かれ檻が破られてしまった。袈裟切りにしたのだろう、斜めに切れた敷鉄板の上の部分が音を立てて地面に落ちていく。すると中から大剣を振り下ろした格好の、筋骨隆々の男が顔を出して来た。
「てめー。ぶっ殺してやる。」
「おいワッツ大丈夫か!」
「バカヤロー味方を切ってどうすんだ!」
「おぉ・・・。」
どうやら1人、振り下ろした大剣の餌食になった奴がいるようで、敷鉄板の檻の中は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「出てこないで下さい。出てきたら・・・潰します。」
「うるせえ!こちとら1人やられてんだぞ!」
「しっかりしろワッツ!」
「おいポーション出せ、ポーション。」
「うぅ・・・。」
どうやら同士討ちも敬太のせいになるらしい・・・。大剣の男は敵意剥き出しで、敬太に飛び掛かる気マンマンなようで、カオスになっている仲間など気に掛けるそぶりも見せずに、切った敷鉄板に足をかけている。他の連中はしゃがみ込んでいるのか、こちらからは頭しか見えず何をしているのか分からない。
「ぶっ殺すぅぅうう!連刃あああ!」
結局、敬太の警告も無視して大剣の男は、敷鉄板の檻から飛び出してきてしまった。ならば宣言通り潰れてもらおうか。
「警告はしましたよ。亜空間庫。」
飛び掛かかってくる大剣の男の上に、「亜空間庫」から取り出した特別な敷鉄板を取り出した。
ドン!
大きな地響きを立てながら敷鉄板は大剣の男の上に落ち、体を真っ二つにしてしまった。
敬太が「亜空間庫」の特性に気が付いたのは、つい最近の事だった。初めは朝方に入れたお弁当を、昼に食べようと出した時に冷めていなかった事から始まる。この時はラッキーだなぐらいにしか考えていなかったのだが、夜寝る前にもしかして凄い事なんじゃないかと考え直し、そこから色々な実験が始まった。
温かい物は温度を測り、時間経過とともにチェック入れ、冷たい物も試した。結果は全てが入れた時と何も変わらなかった。1日2日と時間を開けても変わらず、1週間経っても変化は見られない。最終的に時計を入れてみて、時間が進んでいない事から「亜空間庫」の中は時間経過しないと言う結論になった。
その後、ダンジョンにいる子供達がキャッチボールしていた丸めた靴下を、いたずらで投げた直後に「亜空間庫」にしまい驚かせたのだが、靴下を子供に返そうと「亜空間庫」から取り出したら、投げた勢いそのままで飛び出して来たのだ。これを見て次の考察に進んだ。
野球の軟式ボールを投げて「亜空間庫」にしまう所から始まり、出し入れでスピードに見た目では変化が見られない事を確認し、次に投げ入れた時の速度と出した時の速度を、スピードガンで測ってもらい違いを正確に比べた。結果は変化なしだった。このことから「亜空間庫」には運動エネルギーもしまっておける事が分かり、すぐに活用方法を考えた。
ダンジョンを取り囲むようにそびえたつ20mはある崖の上に登り、そこから敷鉄板を落とし、しまえるギリギリの距離で落ちている敷鉄板をしまった。これで「凄い勢いで落下する敷鉄板」というえげつない武器を手に入れた。まだまだ敷鉄板の速度は上げられるので15m上空に出し落下させ、崖の下15mでしまう。この作業を失敗しながらも何度も繰り返し「亜空間庫」にしまう運動エネルギーを高めていった。
その結果今回使った「物凄い勢いで落下する敷鉄板」が出来た訳だ。
そして、その威力は御覧の通り、人を真っ二つにし、そのまま敷鉄板が地面に突き刺さる程の凄まじい威力だった。
体半分になってしまった大剣の男は、しばらく藻掻く様に腕を動かしていたが、程なく電池が切れたように動かなくなった。
この日敬太は童貞を卒業した。
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