第60話 回復(中)

 ATMの画面をタッチするとガタンと自動販売機で飲み物を買った時の様な音がして、そこが開くの~?ってところが開き、中を覗き込むと円柱状の筒が入っていた。

 大きさはトイレットペーパーぐらいで、そんなに重くなく、上の部分はメッシュになっていてスピーカーの様に見える。


 その謎の筒を手に取ると、ATMの開いていた場所がパタンと勢いよく閉じた。

 もう渡したからね~、返品は無しだよ~と言われた気分になる。


「あ~あ~あ~聞こえますか?」


 敬太は手に持つ「ヨシオ音声」を押したら出て来た謎の筒に話しかけてみた。上の部分がスピーカーの様になっているのだから、ここから音が出るのだと思うのだが、何の返答も無い。ぐるりと筒のあちこちを見てみるが、スイッチみたいなものは見当たらず、電池を入れるような所もない。ツルツルの何もない筒だった。


「お~い。何か言え~。」

「・・・。」


 なんやねん!

 折角、大事な「レベルアップボーナス」を使ったのに、会話の様な事が出来ると思ったのに、だんまりですか。どうやら碌なもんじゃないという予想は大正解だったようだ。クソ!損したわ。



 ATMも待機画面に戻っているようなので、こんな筒は置いといて、お風呂に入っちゃおうかね。



 温かい湯船に浸かり、先程の小さなイライラを忘れさり、リラックスしてくると、昨晩の戦闘を終えてからの徹夜の長時間ドライブの疲れがどっと押し寄せてきてしまった。


「あ”あ”~~。」


 布団に大の字になって寝たい。

 若い頃は、一晩中酒を飲んでも、一晩中セックスしても平気な顔して朝には仕事に行けたものだが、寄る年波には勝てんようだ。

 ジャバジャバと顔を洗い、眠気を覚まそうとするがあまり効果は感じられない。


 仕方が無いので、お風呂上りに冷たいトマトジュースと、甘いポーションを飲み干すと、体の中が熱くなり、目が冴えて行くのを実感する。

 おじさんの唸り声を洗面所に響かせながら、「亜空間庫」から出した現実世界で目立たない、ワープマンで揃えた作業着風の恰好に着替えて、新たな気合いと共に部屋へと戻った。

 まだ、眠る訳にはいかない、もう一仕事やらなければならないのだ。


 一度、扉の外の小屋に居る子供達に「出かける」と声をかけてから、改札を使い、いつもの駅へと戻った。

 

「ピピッ」


 現実世界に戻ると、すぐにガヤガヤとした駅の喧騒が耳に飛び込んできた。異世界の環境に慣れてしまうと、現実世界の騒がしさが耳に付くようになってしまったような気がする。誰かの話し声、改札の電子音、わざとらしく鳴らして歩く靴の音、若い女たちの騒ぐ声。普段と変わらぬ駅の姿なのだが、どれもが鮮明に聞こえて気になってしまう。

 いい事なのか悪い事なのか。少し眉をひそめながら歩き出した。


「協同病院までお願いします。」

「はい。協同病院ですね~。」

「はい。」


 駅からはタクシーを使う。駅前で「亜空間庫」から軽トラなんかを取り出して見せたら、人間監視カメラが何処にでもある今のご時世、あっという間に映像で拡散されてしまうだろう。さすがの敬太もそこまで抜けてはいない。


 まだ帰宅ラッシュが始まる前だったようで、タクシーはスムーズに走っている。

 敬太はズボンのポケットから取り出すふりして「亜空間庫」からスマホを取り出し、見てみたが何の連絡も来ていなかった。それはすなわち父親の無事を表していると言っていいだろう。

 異世界にいる間は、現実世界と連絡が取れないので、知らない間に時間切れとなっていなくて安心した。


 20分程タクシーに乗っていると、父親が入院している病院に着いた。


「ススイカでいいですか。」

「はい。どーぞ。」

「ピピッ」

「はい。ありがとうございました。」

「ど~も。」


 魔改造されているこのススイカは便利だ。ダンジョンに行くのはもちろん、普通に電車に乗るのにも使えるし、コンビニの支払い、飲食店、自動販売機と通常のススイカの機能も使える。それなのにチャージはダンジョンのモンスターを倒せばいいだけ、もちろん現金でチャージも出来るが、そこまで残高が減る事はまず無い。ダンジョンの罠のおかげで、一日に数百万の残高が増えていくのだ。 

 2万円という通常のチャージの上限などは突破していて、先日は10億まで残高は増えて行っていたのだ。今は「亜空間庫」を買ったのでそこまでないけど・・・。


 残高を気にせずチャージしないで、バシバシ使える。魔法のカードだよ。



 病院のエレベーターを使い3階にある父親の個室に向かう。大部屋に比べると1日当たり3,000円ぐらい高くなってしまう個室だが、それぐらい払えるぐらいは稼いでるので、贅沢とは言わず使って欲しい。まぁ半分は敬太の都合で押し付けてるんだけどね。

 ポーション、ハイポーションを使う時に人目が無い方が良い。それに大部屋だと音とか丸聞こえだから、ポーション飲んでからのうめき声とか駄々洩れになってしまうと、色々問題がありそうなのでね・・・。


「ゴホッゴホッ。」


 廊下に居ても父親のものだと分かる、苦しそうな咳が聞こえた。どうやらちゃんとそこの個室に居る様で、集中治療室みたいな場所に移動されてはいないようだ。

 生きていて良かったと思う反面、苦しそうな咳で胸が締め付けられる。


 引き戸を開き病室に入る。するとプラスチックのマスクを付けられ、苦しそうに顔を歪めながら呼吸をしている父親が目に入った。


「ヒューヒュー。」


 すっかり細くなってしまった腕に点滴の管が巻き付き、ベッドの端には黄色いオシッコが入った袋がぶら下がっている。


「親父。敬太だ。」

「ヒューヒュー。」


 父親はぎゅっと目を瞑ったままで、敬太の呼びかけに反応は無い。

 父親の呼吸の音と、マスクから伸びる管の先にある装置の中の水が、ゴボゴボという音だけが病室を支配している。


「苦しいかもしれないけど、これ飲んでくれ。」


 敬太は「亜空間庫」からハイポーションを取り出し、父親のマスクをずらして口の中に流し込んだ。

 リップクリームぐらいの容器の中は、ポーションよりも色が濃く深い赤色をしていて、パッと見だと見分けが付かなそうだなと、どうでもいい事を考えていた。


 父親は口をモゴモゴ動かしていたが、どうにか飲み込んでくれたようで、口を開いた途端に大きく咳き込んでいた。

 

「ヒューヒューヒッ・・・。」


 様子を見ていると、酸素を求める様にしていた大きな呼吸音が急に止まり、体も一切動かさなくなった。

 一瞬死んでしまったのかと焦ったが、父親の口から小さく「ググッ」っとりきむ声が聞こえて来たので、ハイポーションが効いてきたのだと分かった。


「ふは~~~。」


 しばらくすると、水の中から上がって来た人のように大きく息を吸い込み、軽やかな呼吸をし始めた。


「親父!親父!」


 敬太は気が急いで、父親の肩を軽く叩きながら呼びかけた。すると父親はゆっくりと目を開け、寝ぼけたような顔で敬太を見て来た。


「親父!分かるか?敬太だぞ。」

「・・・。」

「おい親父!分かる?」

「あー。」


 敬太の呼びかけに父親は反応を見せたが、その瞳は知らない物を見るような目になっていて、意味の成さない声を上げるだけだった。

 ただ、先程まで苦しそうに「ヒューヒュー」いっていた呼吸音は、まったく聞こえなくなり、表情も苦しそうな物では無くなっていた。


「親父・・・。」

「・・・。」


 ダメだ・・・。とても言葉が届いてる感じがしない。

 ハイポーションだからと色々期待してしまっていたが、傷ついた脳を治すまでには至らないようで、そこには少し元気になったボケた父親がいるだけだった。

 大腿骨の骨折が治ったのかは敬太には確認出来ないが、苦しそうな呼吸が良くなっただけで良しとしよう。これで父親がいきなり死んでしまう可能性は大きく下がったはずなのだから。


 死滅してしまった脳細胞を元に戻すには、失った四肢を元に戻すぐらい強力な物が必要なのだろう。ハイポーションでも足らないなら、その上の何ポーションかは知らないが、回復(大)と付く物ならば可能性はあるのだろうか?


「親父・・・。」

「・・・。」

「そんじゃあ、また来るね・・・。」

「・・・。」


 父親が助かり良かったという気持ちと、完全回復はしなかったのでガッカリした気持ちが鬩ぎ合い、微妙な気持ちのまま病室を後にした。



 「肺炎治ったよ」なんて誰にも言える訳ないので、誰にも連絡は入れずに、そのままこっそりとダンジョンへ戻った。




「おーい。夜ご飯にするよー。」

「はーい。」

「は~い。」

「モーブはまだ外かな?」

「うん。呼んでくる?」

「くる~?」

「いや大丈夫、私が行ってくるよ。クルルンとテンシンは、先に部屋で待ってて。」

「はーい。」

「は~い。」


 病院の帰りは帰宅ラッシュにぶち当たり、駅に戻ってくるまで倍の時間がかかってしまったが、何とか夜ご飯の時間には間に合ったようなので、みんなで食べようと声を掛けている。


 本当は音もなく手軽に乗れる電動バイクが楽なのだが、マシュハドの街で取られてしまったので、代わりにモトクロスバイクを取り出しエンジンをかけモーブがいる地上まで、ダンジョンの中を駆けていく。


「おーい、モーブ!」


 現実世界ではないので、ヘルメットは被らず、作業着だけというラフな格好でモトクロスバイクに跨り地上まで上がってくると、青いトラクターが土を掘り返しながら進んでいるのを見つけた。


「モーブ、夜ご飯の時間だから皆で食べましょう。」

「うむ。そうじゃな、ではこのまま戻るとするか。」


 モーブがレバーを操作するとトラクターのロータリーが持ち上がり、土を掘り返す作業が中断された。

 敬太は先にダンジョンの入口まで先回りして、自分で作った門を閉めるのに待ち構えた。しばらくトラクターを待ち、トラクターがダンジョン内に入って行ったら門を閉め閂を掛けた。

 モトクロスバイクは「亜空間庫」にしまって、トラクターの後を走って追いかけ、後ろに飛び乗り、一緒に改札部屋まで戻って行った。



 改札部屋に入ると、クルルンとテンシンがタブレットをいじっていて、ゴルは自分のエサ入れの前にちょこんと座っていた。


「おっちゃん、オレこれがいい。」

「これがいい~。」

「ニャー。」


 どうやら子供達は既に夜ご飯のメニューを自分で決めていたようだ。


 敬太はモーブ達に改札部屋を全て開放している。

 最初の頃はちょっと警戒していたので、改札部屋には入れないようにしていたのだが、ダンジョン内と地上に水場が無いので、トイレ、洗濯、お風呂なんかが困ってしまい、なし崩し的に部屋の出入りが自由になっていったのだ。

 だからと言って全てを許している訳ではない。ススイカだけは自由に使わせていない。なので敬太が不在の時はデリバリーが使えず、レトルト食品や簡単な自炊料理しか食べられない。1回デリバリーの味を覚えてしまった子供達には、それがどうも辛かったようで、敬太が帰って来た今、早くデリバリーで食べたくてこんな状態になっているようだ。



 子供達のリクエストがハンバーガーだったので全員それにし、ポテトや飲み物なんかも頼んで、久しぶりのご馳走を皆で楽しんだのだった。


 ちなみにゴルはいつものカリカリでした。

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