第51話 シルバーランク
アイン鉱山の麓の森の中に入り「探索」を使うと何個か反応があり、放った「偵察部隊」からも位置を知らせる「通信」が入って来る。順番に伝わって来たイメージを見ていくと、どれもが先日倒したフォレストウルフだったのでそれらの討伐は「実働部隊」に任せる事にした。
「亜空間庫」から右腕がランスに改造してあるアイアンゴーレム、通称「実働部隊」を10体で1グループとし30体程出して、頭の中の地図にある赤い光点1つにつき1グループを向かわせる。
「頼んだよ。」
敬太が声をかけるとシュタっと敬礼のポーズをしてから「実働部隊」が、それぞれの方向に進んで行った。
フォレストウルフはカッパーランクの討伐依頼なので、ストレスを発散するのに敬太が戦っても良かったのだが、先日倒した時の事を考えるとあまり期待出来ない気がしたのでゴーレム達に任せる事にしたのだ。
敬太はもう少し歯ごたえがある様なモンスターを探しに、止まることなく森の奥深くへズンズンと進んで行った。
今の所「探索」に引っかかるのは全てフォレストウルフだったので、その度に「亜空間庫」から「実働部隊」を取り出して10体1グループで向かわせるだけで、敬太自体が歩みを止める事は無い。
カチッカチッ
不意にゴーさんから合図が来た。どうやら敬太の「探索」の範囲外に進んでいる「偵察部隊」が何かを見つけた様だ。すぐに「通信」でイメージを伝えてもらうと、代読少年から教えてもらった通り、シルバーランクの討伐依頼対象のイノシシが見えてきた。
「さて、シルバーランクの討伐依頼なら、憂さ晴らしになるかな~。」
これまでのフィールドモンスターの手応えの無さからも、期待半分って所で、ゴーレムからイメージで伝わった場所に進んで行く。
「プギープギー」
森の中を歩き、既にモンスターの鳴き声やガサガサと何かしている音が聞こえる位置にまで近づいていた。木々の間からチラリと見える姿はイノシシそのままなのだが、大きさが知っているそれより遥かに大きい。多分ワンボックスカーぐらいはあるんではなかろうか。
『鑑定』
ラッシュボア
短い脚と寸胴に似た体形に見合わない優れた運動能力を持ち、45km/hの速さで走る事が可能である。
弱点 真っすぐにしか進めない。
ラッシュボア。相変わらず名前には捻りが無いようだ。結構なスピードで突っ込んでくる猪突猛進タイプのようで、口元には大きく鋭い牙が見える。あれで突き上げてくるのだろう。
とりあえずはお手並み拝見と行こうかね。
「ゴーさん。」
バングルの状態から素早く鉄の籠手に変形してもらい、ラッシュボアの前に躍り出た。そこから一気に先制攻撃をぶちかまそうかと思ったが、素早く反応してきたラッシュボアに睨まれてしまった。
なかなか強そうじゃないか、さすがシルバーランクの依頼対象だ。
すぐに不意打ちしようと思って飛び出したので、この後の事を何も考えていなかった。おかげで、ばっちりお互い目を合わせたまま、ラッシュボアとお見合い状態になってしまっている。
さて、どうしようかと考えていると、先に動き出したのはラッシュボアだった。まるで考えは不要とでも言わんばかりに、猪突猛進に突っ込んで来る。落ちている枝や生えている草を物ともせず、ガサガサバキバキと音をたてながら一直線だ。
体の大きさがワンボックスカーぐらいあるので、迫力が凄い。なんだか今から交通事故に遭うんじゃないかと思えてしまう。
チラリと周りに目をやり、周辺の地形を把握してから開いているスペースに体を飛び込ませた。ぐるんと地面を転がり、立ち上がりながら、敬太のすぐ横を通り過ぎていくラッシュボアを見る。まあまあのスピードだが避けるのは容易い。
ドスン!メキメキ
走り出したら止まれないのか、ラッシュボアは人の胴体ぐらいの太さがある木にぶつかって止まった。その際、軽く地響きがし、ぶつかられた木の悲鳴が聞こえた。あれは真面に喰らったらヤバそうだな。
ラッシュボアを見ると脳震盪でも起こしたのか、敬太にお尻を向けたまま動かないでいる。これをチャンスとみた敬太は、すぐさま走り出し距離を詰める。
「強打」
ベチンっと音を立てながら鉄の籠手をはめた拳が、がら空きの横っ腹に刺さる。
「プギー」
ラッシュボアは痛かったのか、すぐに体を回転させ牙を突き上げてきた。しかし、この反撃は想定内だったので、ちょこんとバックステップをして距離をとって簡単に躱した。
ドスン!
が、次の瞬間視界に変化が起こり、何かが地面に落ちた音がした。ラッシュボアと対峙していたのだが、あまりの音に無視する事が出来ず、一旦視線を切って何かが動いた方をチラリと見た。すると、さっきまであったラッシュボアが激突した木が倒れているのが目に入った。どうやら時間差で木が折れて倒れた様だ。
あんなに太い木を突進でへし折ってしまうなんて、思っていたよりラッシュボアは強いのかもしれない。敬太は警戒レベルをひとつ引き上げ視線を元に戻した。
「プギー」
ラッシュボアは考え無しなのか、また真っ直ぐに突っ込んできた。敬太はすぐさまスキルの「見切り」を使い最小限の動きで突進を躱す。すると、自転車に乗っている時に後ろからトラックに抜かされた時の様な、引き付ける風を作りながら、ラッシュボアの巨体が目の前を通り過ぎて行く。
「剛打」
しかし、敬太も負けてられない。通り過ぎようとしているラッシュボアの体の横っ面にバスン!と打撃系スキルを使って拳を叩き込む。
「プギー」
走っている時に体の軸をずらす程の衝撃が走った為、ラッシュボアは足をよろめかせ、近くの木に体でぶつかって止まった。
300万円で覚えた打撃系の2番目のスキル「剛打」だったのだが、どうやら一撃で倒すまでには至らなかったようだ。
「いいねえ。」
ラッシュボアの思った以上の耐久力に、敬太は薄笑いを浮かべ、次の手を繰り出した。
「ゴル!」
背負っていたハードシェルバッグを空中に放り投げながら名前を呼んでやると、それに反応したゴルが自らバッグの外に飛び出し地面に着地する。
「危ないから離れてて。」
「ニャー。」
ゴルが大きな木の陰に移動するのを見ながら「亜空間庫」を開きノーマルのアイアンゴーレムを3体取り出す。
だがここで、攻撃の準備をしている途中なのだが、ラッシュボアが敬太の声に反応しノソリと起き上がり、懲りずに突進しようと身構え始めてしまった。
「セット!」
しかし、敬太はそんなラッシュボアには構わず、自分の準備を進めた。右腕で1体のアイアンゴーレムの腕を掴み、掛け声で残り2体のアイアンゴーレムが敬太の足に抱き着いてくる。
「プギー」
「ゴーさん。」
早くもラッシュボアが突進をし始めたが、敬太は落ち着いたままゴーさんに指示を出す。すると敬太に触れられていた3体のアイアンゴーレムが溶ける様に崩れ落ち、そこから敬太の体に纏わりつくように伸びてきた。足全体から腰辺りまで、右腕全体を覆い胸の辺りまで。それぞれプレートアーマーの様な感じに変形していた。
「剛力」
もうすでにラッシュボアは眼前に迫り、鋭い牙が手の届く距離にあったが、まだ、身体強化のスキルを使う。
「連刃剛打」
ベゴン!ベゴン!
そこから目の前にいるラッシュボアの鼻っ面に、スキルによる高速左右コンビネーションパンチを叩き込んだ。アイアンゴーレムに包み込まれた右の拳、ゴーさんが変形して籠手の様になっている左の拳。それらを放つのに必要な頑丈な土台となる足もアイアンゴーレムで補われ、余すことなく威力が拳に注がれた。
「プッ・・・」
結果的にラッシュボアの突進がカウンターとなり、ダメージの上乗せになった様で、ラッシュボアは足のチカラが抜けたように地面に崩れ落ちた。
敬太はすぐに生死確認の為に「亜空間庫」にしまってみると、横たわっていたラッシュボアの姿が目の前から消えて無くなった。鼻を潰したのか、脳にダメージがあったのか、首をやったのか分からないが、どうやら力尽きていたようだ。
「ふ~。ゴルもういいよ。」
息を吐き、心を静める。それから木の陰に隠れていたゴルに終わったことを知らせる。するとゴルがガサガサと音を立てながら敬太の傍にやってきて、口に咥えていたハードシェルバッグを足元に落としてくれた。
「ニャー。」
持って来たよ!褒めて!っと言っているのが分かったので、ゴーさんに変形を解いてもらってから、足元にスリスリしているゴルを抱え上げて、胸元で抱きしめながら撫でてやった。
「偉いね~。ゴーさんも、ありがとね~。」
ゴルを抱えているので、手首に付いているバングルは見えなかったのだが、ゴーさんはカチッっと音を鳴らし返事をしてくれた。
思ったよりも強い相手との戦闘だったので、少し休憩を入れる事にした。
ゴルの器と水を「亜空間庫」から取り出し、水を注いで下に置く。ついでに敬太も水分補給を済ませる。
「ニャー。」
「うん。美味しいね。」
ぺろぺろと水を飲んでいる途中で、敬太の方を見て一鳴きしてきたので、返事を返しておいた。ゴルの言いたい事がそれで合っているか分からなかったが、敬太の返事を聞いてから満足そうにしてまた水を飲み始めたので、多分言いたい事は合っていたのだろう。
一つ上のランク、シルバーランクの討伐依頼だったのだが、問題なく倒す事が出来た。この程度ならゴーレムでも対応可能だろうし、敬太が倒せば良い運動になる感じだ。
休憩を終えたが、時間的にはまだお昼前。奴隷の女の子からあまり目を離していても、何かあってはいけないので、コンテナハウスで様子を見ながらお昼を取ろうと考えた。ここから東に移動しながらもう2~3戦やっていけば丁度いい時間になるだろう。
頭の中の地図を見ながら移動を始めた。
「ゴル行くよ。」
「ニャー。」
ハードシェルバッグを背負ってからゴルに声をかけたのだが、いつもの様に敬太に飛びついてバッグに入ってこなかった。
最近ずっとバッグに入っていたから飽きたのかもしれないな。まだまだ好奇心旺盛な年頃だし、人目に付かない場所ぐらいは自由にさせてあげようか。
「はぐれちゃダメだよ。」
「ニャー。」
はーいって感じの返事だったので、まぁ大丈夫だろう。
ゴルを引き連れ、アイン鉱山の麓の森を横断する形で進んでいく。
ソフト川上流の岩場に隠して置いてあるコンテナハウスに到着するまでに、2匹のラッシュボアに出くわしたが、敬太が運動がてら仕留め「亜空間庫」に放りこんでおいた。おかげで、ここまでの移動を含め良い運動になり、溜まっていた鬱憤が少し晴れた気がした。
コンテナハウスに近づくと、見張りとして残しておいた「実働部隊」のアイアンゴーレムがシュタっと敬礼ポーズで出迎えてくれた。
「ただいま。」
「ニャー。」
ゴーレム達と軽く挨拶を交わした後、コンテナハウスに足を踏み入れる。中にも看病するのに1体、アイアンゴーレムがいるので、こいつには奴隷の女の子の様子を聞く。
「どう?何か変わりはあったかな?」
アイアンゴーレムを見ると静かに首を横に振るだけだった。どうやら目覚めもせず、変化は無かった様だった。
一応、敬太もベッドに近づき、奴隷の女の子の顔を覗き込んで自分で確認してみたが、朝と変わりは無い様だ。
まだ「生きている」のを確認出来たので、ホッと息を吐いてから踵を返しコンテナハウスを出た。
なるべく早くハイポーションを手に入れなくちゃ。
敬太は誓いを新たにし、お昼ご飯の準備に取り掛かった。
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