第50話 急がば回れ
「早速で申し訳ないのですが、質問があります。」
話は終わったとばかりに、ソファーから腰を浮かしかけたサイドテールの女職員アイナだったが、敬太が声をかけると再び座り直し、話を聞く体勢に戻ってくれた。
「構いませんよ~。何でも聞いて下さい~。」
「すいません。では、私はハイポーションを手に入れる為に冒険者ギルドに登録したのですが、昨日、早急に必要な事態となってしまいました。ですが、私は購入出来る程まだ稼げていません。なのでアイナさんのお力添えで、何とか手に入れる事は出来ないでしょうか?」
「そっちの話ね。ん~あまり褒められた話じゃないけどいいですよ~。将来有望な冒険者になると信じて、少しぐらいなら融通しましょう~。」
「本当ですか!」
「出来る範囲はあるけれども~・・・ちなみに後どれぐらい足りないのですか~?」
「どれぐらいと言うか・・・。」
「ん~?ハイポーションは冒険者ギルドだと金貨33枚ですよね。なので後何枚金貨が必要なのでしょうか~?」
「はい、33枚です。」
「えっ~!?」
どうやら少し足らない分ぐらいなら融通しようと言う考えの様だったが、無い物は無い。先日稼いだ銀貨1枚、大銅貨2枚が敬太の全財産になるのだから。
「ごめんなさい。流石にそれは無理です~。せめてシルバーランクであれば何とか出来たかもしれないけど、カッパーに上がったばかりでは難しいですね~。」
未だに金貨1枚がどれぐらいの価値なのか分からないけれど、冒険者になりたてのぺーぺーではどうにもならない大金であるらしい事は分かった気がする。
「そうですよね、無理を言ってすいませんでした。」
「ううん。ごめんね~。」
ダメ元で、どうにかならないかと聞いてみたのだが、そう簡単にはいかない様だ。
もう少しアイナには異世界の事を色々と聞いてみたかったのだが、そんな空気じゃなくなってしまったので個室を出る事にした。折角のチャンスだったかもしれないのに、話す順番を間違えてしまったようだ・・・。
個室を出てから廊下をぼんやりしながら歩き、失敗したなと反省した。ちょっと焦り過ぎていた様だ。
カウンターがあるホールまで戻ってくると、朝のラッシュが過ぎたのか先程より冒険者の数が減っていた。
「肉のおっさん!」
不意に聞き覚えがある声に呼びかけられたので、振り向くと代読の少年が笑顔で手を挙げていた。
そうだな、結局ハイポーションを手に入れるには、地道に稼ぐしかないのが分かったのだ。気合いを入れてやらねば、間に合わず全てが無駄に終わってしまう可能性があるのだ。だったらやれる事をやるしかないだろう。
気持ちを入れ替えて、声を掛けてきた少年に敬太も手を挙げ答えた。
「今日も代読する?」
「そうだな。お願いするよ。」
「へへっ。そんじゃ肉頂戴!」
このやり取りも慣れてきた気がする。ハードシェルバックを経由して「亜空間庫」からハムを取り出して少年に渡す。
「どうぞ。」
「ありがと~。」
少年は小脇にハムを抱え、ニコニコしながら依頼書が張られている壁の前に移動して行く。
「今日はどんな依頼がいいの?」
「そうだなぁ・・・。」
「あっ!カッパーになってる。」
先日と同じく、アイアンの依頼書が張ってあるであろう場所まで来ていたのだが、少年が振り向き敬太を見たとたん声を上げ、いち早く敬太のランクアップに気が付いた様だ。なかなか賢く、注意深い子のようだ。
「それじゃこっちだね~。」
「いや。今日もここでいいよ。」
「え?カッパーに上がったのにいいの?」
本当ならばランクが高い方から、良い依頼を探していくのが定石なのだが、今日は違う。
異世界の街に来てから数日経つが、その間、異世界のルールに振り回され、決まり事に右往左往させられた。それは早急にハイポーションが必要になっても変わらなかった。あそこならどうだろう?ここなら大丈夫かな?異世界のルールに乗っ取り、考え付いた様々な方法を試してきていたのだが、何処に行っても空振り。何を言ってもダメだった。
異世界のルールが厳格だったのか、敬太の考え方が甘かったのか。
何が言いたいかというと、要するに最近何をやっても上手くいかないので、むしゃくしゃしてるのだ。金貨32枚か33枚、日本円にすればいくらぐらいなのだろう?30万円?300万円?3千万円?3億円?。今の敬太ならば3億円でもちゃんと払えるぐらいダンジョンの探索は上手くいっているのだ。それなのに、この街に来てからは振り回されてばかりで、何も上手くいってない。そんなフラストレーションが溜まってしまっていたのだ。
なので、少し運動でもして気を紛らわせる必要があると考えた訳だ。
「いいんだ。今日は討伐依頼を読んでくれ。」
「ふ~ん。いいよー。」
代読少年は元気よく返事をすると、壁に向き直り視線を走らせている。
「えっとね。南の街道に出るゴブリン退治、5匹で銀貨1枚だって。」
「それはアイアンの依頼?」
「そうだよー。」
敬太は持って来ていたメモ帳に「南街道ゴブリン×5、銀1」と書き込んだ。
「アイアンで他に討伐依頼はある?」
「ううん。アイアンには無いよー。」
「なるほど。良し、じゃあ次に採集依頼の方も見て欲しいんだけど、いいかい?」
「うん。あっ、ええーっと。う~んとさ、あんまりあちこち読むのはダメなんだってさー。あ~でも肉美味いしなー。う~んう~ん。」
なんだろう。これもまた何か決まり事があるのだろうか?
代読少年を見ると、ハムと敬太を交互に見て唸っている。
何かに迷っているような、困っているような。
敬太もどうしていいのか分からずに、代読少年を眺めていたが、段々何を悩んでいるかが分かって来た。
「これでいいかな?」
「えぇー。いいのー?」
「これで読んでくれるかい?」
「うん。いいよー。」
思った通りだった。代読少年に大銅貨1枚を握らせてみると問題が解決したようだった。多分、依頼書1枚で銅貨1枚という形で代読をやっていて、それ以上読まされそうになったら断れとか、何処かの大人にでも釘を刺されたのだろう。
「じゃあ、次はカッパーね~・・・。」
それから、代読少年にどんどん依頼書を読んでいってもらい、それらを全てメモ帳に書いていった。代読少年の代読はしっかりしていて、依頼とそれに関連して知っている情報なんかも教えてくれるので、冒険初心者の敬太にとってはありがたいものとなっていた。
冒険者ギルドを出ると南門に向かって歩き出し、メモ帳に認めた依頼書の情報を整理していった。どうやってやるか、順番はどうするか。こうやって計画を立てていくのは嫌いではない。
すんなりと南門を抜けて街道に出てきた。依頼書によるとこの街道にゴブリンが出るらしいので、辺りを探りながら道沿いに南下して行こうと思う。
街の門から少し離れ、人の目が少なくなってきたら「亜空間庫」から拳大のストーンゴーレム、名付けて「偵察部隊」を解き放つ。もちろん「探索」の範囲外のモンスターの位置や、薬草なんかの採取物を探らせる為だ。
「頼んだよ!」
敬太が声を掛けると、石ころに擬態したストーンゴーレム達がワラワラと転がるようにして散って行った。
マシュハドの街から南へと延びる街道は、北側にある街道と比べるとかなり手抜きで、地面は土が剥き出しになっていた。それに馬車が通った後の轍で地面はボコボコしているし、歩きにくい。単に下草が生えていないと言うだけの道だった。
ただこの道はソフト川沿いにずっと続いていて、川が海に流れ込む所にある港町まで繋がっているらしく、また道の途中にはソフト川を渡る大きな橋があって、それを渡ると首都方面に行けると言う、結構重要な街道らしい。
カチッカチッ
のんびりと出来の悪い街道を歩いていると、早くもゴーさんから反応があった。
すぐにスキル「通信」を使ってもらいイメージを伝えてもらう。すると敬太の頭の中に映像が浮かんできて「偵察部隊」が見てる景色を見る事が出来た。
どうやら目当てのゴブリンを発見したようだ。
場所はここから遠くないようなので、すぐに走って移動する。
現場に着くと、緑色の皮膚で小学生ぐらいの大きさ、顔はブサイクでハゲた奴がいた。
『鑑定』
ゴブリン
雑魚モンスターの代表格。弱いが繫殖力は強い。
弱点 頭が弱い
思った通りゴブリンだったようだ。1匹で歩いていて、突然走り寄って来た敬太に慌てたような反応を見せている。頭が弱いのが致命的なように感じる。
「ゴーさん。行くよ。」
ゴブリンとの距離を詰めつつ敬太が声をかけると、バングルに擬態していたゴーさんが伸びる様に変形し始め、左前腕に部分に広がり「籠手」の様になった。
「強打!」
その状態で素早くスキルを使うと、バチンという重い物がぶつかった様な音がして、ゴブリンが地面に転がる。先制攻撃は成功したようだ。
「強打」という打撃系スキルで殴られたゴブリンは、地面に転がったまま動く様子はない。アイアンゴーレムのゴーさんが変形し、鉄の籠手となり、それを武器として叩きつけたのだ。かなりのダメージを与えられただろう。
ダンジョンでの戦闘だと、モンスターの生死は紫黒の煙が噴き出してくるかどうかで見極めていたので、それが起こらないフィールドでは対処に困ってしまう。
いつまでも動かないゴブリンを見下ろしながら観察するが、特に武器になりそうな物は身に着けておらず、強いて言えば尖った爪、頑丈そうな歯とか原始的な物が武器になるだろうか。
敬太は油断せずに気を張ったまま、ゆっくりと倒れているゴブリンに近づいた。地面を蹴って土を飛ばし、ゴブリンに当ててみて反応を見たが、ピクリとも動かない。
もしかしてと思い「亜空間庫」にしまってみると、ゴブリンの姿がパッと消えた。
どうやら1発殴っただけで死んでしまっていたようだ。
「弱っ!」
おもわず口にしてしまうぐらい雑魚だった。「鑑定」で弱いと出ていたが、まさかこれ程弱いとは思わなかった。まるでダンジョンにいた蜂型モンスターのニードルビーの様だ。こんな弱さでは生きていくのが大変だろうと、同情めいたものを抱いてしまう。
ゴーさんにはバングルの姿に戻ってもらい「亜空間庫」から普通のストーンゴーレム30体を取り出し指示を出す。
「この辺のゴブリンはまかせたよ。」
こんな雑魚ではストレス発散にはならないので、ゴブリンの討伐はゴーレム達に任せる事にした。
ストーンゴーレム達はシュタっと敬礼ポーズをしてから、ばらばらに散って行った。
「探索」
周りに人の目が無いのを確認してから「亜空間庫」を開き、モトクロスバイクを取り出すと場所を移動した。
マシュハドの街の西側を突っ走り、しばらく北西の方向に進むと、大きな森が見えてくる。アイン鉱山の麓の森だ。ここには先日倒したフォレストウルフがいるのだが、その他にも違うモンスターも巣くっているらしく討伐依頼が出ていたのだ。
木々が目立つようになって来た辺りでバイクを降り、「偵察部隊」を放つ。
「偵察部隊」には、魔法草と毒消し草の採集もお願いしていた。石ころにちょこんと手足が生えているようなストーンゴーレムの偵察部隊。採集依頼を受ける際に、どんな草なのか見本として見せてもらっていたので、手のひらサイズの草木ならば問題なく採集して来てくれるだろう。
ワラワラと敬太の元から森の中に散って行く「偵察部隊」を見送りながら、敬太も「探索」を使い森の中へと入って行った。
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いつも読んでくれてありがとうございます。
初めて話を作り、初めて投稿。自分なりに何度も読み返して納得がいってから公開しているので、かなり筆のスピードが遅いのですが、どうにかこうにか50話まで出来ました。
何度か自分の文章の下手さに嫌気がさし、辞めてしまおうかとも思いましたが
ゴールデンウイーク明けから急激にPV数が上がり、ハートの数も伸び、コメントも頂けるようになり、それらを励みに頑張っています。
5月26日 31,497PV 73☆ 8コメント 240フォロー
週間ランキング 44位
ありがたい事です。
正直言うと、チラシの裏感覚でやっていたので、こんなに評価されるとは思っていませんでした。とても嬉しく、驚いています。ありがとうございます。
最後に、作品と同じ様に話が長くなってしまいましたが、これかも遅筆ながらコツコツと頑張って行きたいと思いますので、よければまた読んでもらえれば嬉しいです。
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