第39話 夢

 敬太は何もない所に立っていた。足元を見ると喉を貫かれた男が転がっている。

 男は苦しさを訴える表情をしているが目に光は無く、虚空を見つめている。

 敬太は動かない男をジッと観察した。呼吸は止まっていて瞬きもせずピクリとも動かない。喉に開いている大きな穴を見ても、血は流れ出ておらず赤い肉が顔を覗かせているだけだ。手が触れるような距離に居るのだが何の気配も感じ取る事が出来ず、転がっている男が作り物の様に見えてくる。これが「死」と言う物なのだろう。

 

 人間の死体は、父方の祖父、祖母の葬式で2度見た事があったが、見ず知らずの人の死体をまじまじと見るのは初めての事だったので、興味深く結構な時間が過ぎていた。

 ふと我に返り、その場を去ろうと踵を返すと不意に足が絡まり転んでしまった。

 何だと足元を見ると、足首の辺りをグッと掴まれているのが目に入り、それが喉を貫かれ転がっている男の手だと認識すると、強烈な恐怖に襲われた。


「くぅぅ・・・。」


 咄嗟に叫び声を上げようとしたのだが思い通りに声が出せずに、くぐもった声になってしまった。兎に角逃れようと、足を掴んでいる手を蹴り飛ばそうとしたが、思うようにチカラが入らず、明後日の方向に蹴りを繰り出してしまう。

 諦めずに2度3度と蹴りを放つが狙いが定まらず、足を掴んでいる手に当てる事が出来ない。やろうとしている事は何も難しい事では無く、ただ足を掴んでいる手を蹴とばそうとしているだけなのに・・・。


 気が付くと足を掴む手が2個3個と増えてきて、足が抑え込まれ、ふくらはぎ、腿、腰と足元から敬太の体を男が這い上がって来ていた。

 男の人数は増え3人がかりで圧し掛かってきている。恐怖と気持ち悪さで、必死になり腕を振るい跳ねのけようとするのだが、喉を貫かれた男達はジリジリと体を這い上がってくる。抵抗して振り回していた腕をガッチリと掴まれ、胸の上に体重が掛けられ息が出来なくなってしまう。

 敬太は涙目になりながら「何故こんな目に」と男達を睨みつけると、男達もまた敬太の目を覗き込んできていた。光が無く焦点が合っていないチカラ無い目で。



 


 ハッと気が付き周りを見ると、先程のゾンビのような男達は近くに見当たらず、敬太は改札部屋の寝室のベッドの上で大量の寝汗をかいて寝ていた。ここでやっと意識がはっきりし始めた。


 どうやら夢だったようだ。


 息を吐き、気が抜け、起こしかけた体を、再びベッドに投げうって天井を見つめた。


 先日の追っ手達の夢だった。敬太が木刀で昏倒させモーブがいつの間にか短槍で首を貫き、止めを刺した奴等だ。

 生まれて初めて「殺人」に加担し、男達の装備を剥ぎ取りぞんざいに扱った。

 良心の呵責からか、はたまた男達の怨念が見せたのか。現実味のある嫌な夢だった。

 モーブ達を奴隷として扱い、子供を殺し、剣や短槍で襲ってきたのだ、殺してしまっても正当防衛の範疇だろう。しかし、何も殺す事は無かったのではないかと考えたのも、また事実だった。


 現実世界の基準で考えれば、あそこで殺してしまったのはやりすぎに感じる。昏倒させ拘束出来たのならば、警察にでも突き出せば・・・。


 まてよ、異世界に警察ってあるのだろうか?

 あんな森の中からの通報で、迅速に駆けつけてくれるような機関はあるのだろうか。

 大きな生き物を叩き殺すと現金が落ちるような世界の常識が分からない。

 あれは、逃亡者を手助けしてしまった事になるのか、か弱き者を助け出す事が出来たのか。殺人者になってしまったのか、正当防衛に当てはまるのか。


 

 ベッドの上で腕を組みしばらくの間考え込んだが、小さなヤムチャルとチャオズンの無念の表情で転がる首が思い出され、敵討ちになったのではないかという答えに落ち着いた。

 ここは日本ではないのだ。降りかかる火の粉は自ら払わなければならない。何かあれば「通報するぞ」「警察呼ぶぞ」と他人任せではいけないのかもしれない。追っ手の手には剣や短槍が握られていたのだ、アメリカの様な銃社会の国ならば容赦なく発砲するのが正解だろう。


 初めての殺人現場を経験したおかげで、夢にうなされてしまったが、あそこでモーブ達を見捨てるよりかは良かったのではないかという考えで落ち着いた。




 部屋から出ると、お昼の時間になっていた。

 さすがに37歳の徹夜は堪えたようで、夢を見るほど長い時間眠っていたようだ。

 眠い中、頑張ったおかげでダンジョン入口の門は完成し、追っ手の脅威に怯えないで眠れたのだ。良しとしよう。

 気分を入れ替え、身支度を整え扉からモーブ達がいる外に出る。


「おはようございます。」

「あ~ゴルベのおっちゃんだ。」

「おっちゃんだ~。」

「うむ。起きたか。」


 モーブ達は既に起きていて、敬太を出迎えてくれた。

 知り合って間もないが、こうやって歓迎してくれる人達を守れたのだ。それでいいではないか。胸につかえるモヤモヤが晴れた気がした。


 ご飯は食べたのかと聞くと、まだとの事なので、それならばリクエストはあるかと聞いたが「何でもいい」と答えてきた。なのでまたもや敬太の独断と偏見でサンドイッチにする事にした。

 いつものようにデリバリーで頼み、テーブルの白い箱から出てきたサンドイッチを持って外にあるダイニングテーブルの上に並べていく。

 みんなで席に着くと、朝食兼昼食を食べ始めた。さすがにパンは知っている物なのでモーブ達もすぐに食べ始めた。


「モーブ。体調はどうですか?」

「うむ。こうやって飯も食えてるし、悪くないぞ。」


 モーブはきっと昨晩もモンスターを警戒してあまり眠れてないはずなのに、本当に元気そうに答えた。今までが如何に過酷な日常だったのは想像に難しくないが、実際に目の当たりにすると凄いな、タフだなと感心した。

 子供を守りながら孤立無援で当てのない生活。とても敬太には真似出来そうにもなかった。


 そんなモーブの為に、身を守り眠れる家とまでいかないけど小屋の様な物を作ってあげたい。

 折角、助ける事が出来たのだ、目途が立つまではしっかり守ってあげたい。


 そんな訳で今日もタブレットで資材を注文している。

 「ピピッ」っとススイカで決済を済ませて、ゴーさん達に手伝ってもらう。


「ゴーさん。物置から運んでくれるかい。」


 声をかけるといつものようにシュタっと敬礼ポーズをして答えてくれた。

 運搬はゴーさん達にまかせて、敬太はモーブにどんな小屋がいいか聞いてみたが、返ってきた答えは「いらない」だった。

 先日出したウレタンボードと布団を指差し、あれがあれば十分との事だ。健気なものだ。

 それならば敬太が勝手に考え勝手に作ればいいかと、完成予定図を考えた。

 広さは大人1人に子供2人が寝るのを考え、6畳~8畳ぐらいあればいいだろう。


 改札部屋の扉からそう遠くない壁際の地面に足で線を引き、部屋の大きさを決めゴーさん達に作業を指示する。先日ダンジョンの入口に門を作った時のコンクリートレンガを積んでいく作業なので、指示しただけで分かってくれたようだ。

 運搬班、モルタルを作る班、コンクリートレンガを積み上げる班。

 わらわらと集まって来たゴーレム達が効率よく動き出した。


「うわーいっぱいいる。」

「いっぱいいる~。」


 子供達が集まって来たゴーレムの数に歓声を上げている。

 そう言われてみると確かにゴーさん達増えたなぁ。ひぃふぅみぃ・・・。

 何となく数えてみると、土ゴーレム29体、石ゴーレム22体もいた。MPが許す限り「土玉」を使って増やしてきていたが、敬太が思っている以上にゴーレムの数は多かったようだ。


「うむ。これだけの数のゴーレムを扱えるとは、ケイタの魔法の腕はなかなかの様じゃな。」

「どうなんですかね?」


 モーブに褒められたようだが、社交辞令の様な気がしたので返事は適当に流した。

 この異世界の強さの基準が分からないし、土魔法の中の「土玉LV2」ってだけなのだ。強い部類には入らないだろう。


「モーブは魔法使えるんですか?」

「いや、わしはからっきしじゃ。」

「子供達は?」

「うむ。奴らも何も使えん。」


 なるほど。元戦闘奴隷だったモーブならば何か使えるのかと思って聞いてみたのだが、子供達を含めみんな何も使えないらしい。


「じゃが、ケイタも使っていた『スキル』ならば少々扱えるぞ。」


 スキル。「強打」とか「剛力」とかあの辺の事だろう。なるほどなるほど。

 モーブ達の事は「鑑定」で見せてもらっているのだが、敬太の「鑑定LV1」では名前と種族ぐらいしか覗けなかったので、いい事が聞けた。


「『転牙』辺りも使えるんですか?」

「うむ。それぐらいまでなら使えるぞ。」


 元戦闘奴隷だ。スキルが使えて当然なのかもしれない。

 突き系スキルの「転牙」。100万円の「通牙」の次に来るのが300万円の「転牙」だ。

 敬太の様にお金を払って覚えたのだろうか。奴隷という身分の扱いについては詳しく知らないが、それだけのお金を使って覚えさせてもらったのだろうか?


「覚えさせてもらったんですか?」

「いや、鍛錬して自分で取得したものじゃ。」


 ふむ。どうやら敬太とは覚え方が違うらしい。

 スキルと言うのは技能なので、モーブの様に鍛錬し、身に着けていくのが正しいような気がするが、どうなんだろう?


「うむ。戦いの中で閃き、覚える事もあるらしいが、大体は強い人の形を見よう見真似で自分の物にしていくものじゃ。ケイタもそうじゃろ。」

「そ、そうですね・・・。」


 モーブが詳しく説明してくれた。敬太がおかしいとさ。

 対象がモーブだけなので何とも言えないが、モーブとは違う覚え方なのは分かった。

 なんとなく敬太が「ずる」をしている気分になってしまったので、こっちから「お金で解決しました」なんて言える訳も無く、口を噤んでしまった。


「そ、そういえば、ポーションより強い回復薬って何処にあるんですか?」


 敬太は軽い罪悪感から話の流れをぶった切り、方向転換を図った。

 この質問は森で餌付けをしている時にもしたのだが、その時は「うむ。」としか答えてくれず、強いポーションがあるという確認しか出来なかった。だが、椅子に腰掛けお茶をすすりながら談笑している今ならば、もっと具体的に教えてくれるのではないかと思い、もう一度聞いてみた。


「うむ。街に行けば商店で売っているらしいの。切り飛ばされた腕なんかもくっつけてしまうぐらい強いらしいのじゃが、その分値段も高く金貨30枚はくだらないらしいぞ。」


 モーブが欠損している肘から先が無い右腕を摩りながら答えてくれた。

 腕が無くなった時に調べたのだろうか。


「モーブは使わなかったのですか?」

「うむ。これが無くなったのは、わしがまだ戦闘奴隷だった頃の話じゃ。チカラのある者は主人からポーションを与えられ戦場に戻って行ったが、わしはそこまでのチカラがなかったようでの『お前に使うぐらいなら新しく奴隷を買った方がいい』と言われてしまったのじゃ。」

「そうでしたか・・・。」

「うむ。わしの命より金貨30枚の方が重かったようでの、使って貰えなかったんじゃ。」


 金貨1枚の価値がどれ程なのかは知らないけれど、命よりお金の方が重いと言う厳しい世界なのが分かった。


 話してくれたモーブの作り笑いが印象に残った。

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