第22話 熊用=強い

 ようやく、次の作業に進める。

 文章にすると「改札部屋から十字路部屋まで蛍光灯を付け電気コードを通す」この1行で済んでしまう作業に、11日間も費やしてしまったのだ。おかげで十字路部屋までの道中は少し明るくなったのだけど、ちょっと蛍光灯から離れるとダンジョンン内はまだまだ暗い。


 さて今日は休日で、父親の世話を済ませ、ゴルを連れて午後20時半にダンジョンにやって来た。

 すでに必要な物、道具は十字路部屋まで運搬してあるので、段取りは済んでいる。ここからは新しい作業だ。


 まずは11日もの長い間、封印してしまっていた十字路部屋の左手側にある蜂の巣部屋の掃除をしなくてはならない。 

 敬太の予想だと、中にいるニードルビーの数は数百匹は居るんじゃないかと思っている。

 確認して殲滅だ。諸々の準備は整っている。



 封印の杭を抜き、通路にはまっているコンパネの蓋を引っ張り出す。それからハンディライトで通路を照らし進んでいく。


ブーーーンブーーーンブーーーンブーーーン


 もの凄い数の羽音が聞こえた。数十匹所じゃない音の大きさ。

 ライトが奥まで届く位置まで進むと、大量のニードルビーが飛んでいるのが見えた。あれは木刀で叩き落しきれるような数じゃない、間違いなく数百匹クラスは居るだろう。


 敬太は急いで回れ右して通路を戻って行く。

 ニードルビーは敬太の予想通りに増えていた、また例のタイヤ作戦でやるしかないだろう。

 抜かりなく、ちゃんとタイヤ等の準備はしてきてあるので問題は無い。想定内ってやつだな。


 十字路部屋まで戻ると、一旦コンパネの蓋を通路に戻しニードルビーを逃がさないようにしてから準備を始める。


 邪魔にならない所に薪ストーブ用の薪を組み上げ、着火剤に火をつけ薪にくべる。

 着火剤の火は瞬く間に薪に燃え移り、組み上げた薪は大きな火に包まれていく。

 前回の失敗から学び、タイヤを置くポジションやら焚火の位置やら少し考えてタイヤを投げやすくしてある。

 本数は減らさず4本で再チャレンジするつもりだ。今度は失敗はしないようにしよう。


 薪に火が付きいい感じになってきたので、コンパネの蓋を通路から取り出し、タイヤを投げ込む準備をする。

 ゴミ取りトングを使いタイヤの内側に火のついた薪を入れていく。


 ここからはスピード勝負だ。


 薪を入れつつタイヤの燃え具合をちゃんと見ておく。しっかりと燃えた薪をタイヤの内側に詰め込まないと、タイヤが燃え残るかもしれないので、ちゃんと詰めないとけないのだが、あまりしっかりと詰めていると今度はこの場でタイヤを燃え上がらせてしまい、投げられなくなってしまう。

 前回の失敗が正にそれだったので、今回は見極めなくてはならない。


 大丈夫だ、まだ・・・もう行くか。

 燃え盛かる全部の薪をタイヤに詰められなかったが、タイヤが燃えてきてしまっているので順次、通路に投げ込んでいく事にした。

 ゴムの焼けた匂いが鼻を突き顔を顰めながらも投げ込み続ける。2本目、3本目。

 コロコロと通路の奥に転がって行っているのが、タイヤから上がる火で分かる。


 すると十字路部屋に居るのに羽音が聞こえてきた。どうやらニードルビーが通路から溢れてきているようだ。

 しかし、ここで焦ってはいけない。4本目投入だ。

 数十匹のニードルビーがブンブンと羽音を鳴らし十字路部屋に溢れ敬太に突撃してくる。 

 ニードルビーに集られながら、急いでコンパネの蓋を通路に押し込んだ。煙たい蜂の巣部屋から逃げ出ようとして、コンパネの蓋にぶち当たってくるニードルビーの激しい抵抗が続く中、なんとか所定の位置まで蓋を押し込む事が出来たので、しっかりと杭も打っておく。1本、2本。


 それから敬太の周りでブンブンと飛び回るニードルビーが鬱陶しいので、背中から木刀を取り出し片っ端から叩き落した。



 ふぅ、上手くいったようだ。十字路部屋に溢れてきたニードルビーを全て叩き落して一息つく。

 今回はタイヤを全部入れられたので、十字路部屋の方はちょっと煙たいぐらいで全然耐えられる範囲だ。

 逃げ出そうとしたニードルビーも全部倒せたし、大成功と言って良いだろう。



 周辺の荷物を片付け、角材、コンパネを作業できる様な開いてる場所に並べていく。

 今からはコンパネの蓋の作り直しをしようと思う。何度も出し入りさせていたので、今使っている蓋は痛んでいるし、なによりチカラづくで地面に引きずって移動させてるので面倒なのだ。ここはこれから何度も開け閉めする予定だし、もっとスマートな蓋にしたいと思っていたのだ。


 考えているのは台車のように下にキャスターが付いた機能性を高めた物だ。それならば移動させるのが楽になるだろうし、なにより毎回杭を打って蓋が外れないようにしていたのを、キャスターの下にタイヤストッパーを置けば動かなくする事が出来るだろう。



 まずはコンパネを通路の形に切るところからだ。なるべく正確に鉛筆で形をなぞって行く。

 出来たら電動丸ノコギリの出番だ。なんせここまで電気は通してあるのだ、使わない手はないだろう。

 電ノコのコードを電源に差し、角材の上に寝かせているコンパネに向かう。するとシュイイイイと良い音を立てて、あっという間に切り終えてしまった。文明の利器恐るべし。

 続けてコンパネを何枚か寸法通りに切り、終わった時には床がおがくずだらけになっていた。

 切り終えたコンパネを一応通路に当ててみてサイズを確認したが問題は無いようだ。


 次は組み立てに入る。今回は箱型にする。四角い箱に通路サイズのコンパネを張り付ける感じだ。

 角材を骨組みにして強度を高めた箱を作る。下にキャスターを付けるので、その分も考慮した通路より小さな箱だ。


 ここで活躍したのが電動ドライバー。ウイイインと手元を照らしながらあっという間にビスを打ち込んでいく。DIYには欠かせない存在だよね。


 大した時間も掛からずに、キャスターが付いた四角い箱が出来た。コロコロとそれほどチカラを使わずに移動できる物だ。

 そこに通路の形に切り取ったコンパネを高さを合わせて張り付ける。


 大きな作業が終わり、一段落ついたのでスマホの時計を確認すると午前0時40分になっていた。

 しまった、弁当を買って来てない事を思い出した。


 後片付けもせずに、床を散らかしたまま改札部屋へと急いで戻った。


 扉を開け、近くにあるリクライニングチェアのタブレットを手に取りデリバリーを開く。あまり迷っている時間は無いので、最初に思いついたラーメン、餃子、ミニチャーハンのラーメンセットをタップする。


『カードをかざして下さい。』

「ピピッ」 カチッ


 テーブルの上の白い箱が開きだし、横の部分がゆっくりと倒れていって、中からトレーに乗ったラーメンセットが押し出されてくる。

 湯気を立てて登場するラーメンセット、ザーサイが一つまみ小皿で付いている。マジでどうなってるんだろう?不思議な箱だ。

 とりあえず麺が伸びてしまうので急いで装備を外していると、ATMと改札の電源が落ちた。ギリギリセーフ、間に合って良かった。


 ラーメンを食べている途中で「ミャーミャー」ゴルもご飯ーっと鳴きだしたので、食べながらミルクを作り、その後はゴルと一緒に食事を楽しんだ。


 そういえば、ラーメンの器はどうするの?と思っていたのだが、チャーハンをかき込んでいると、お皿の底に文字が見えてきて「器は箱に戻してください」って書いてあったので、テーブルについている謎の白い箱に戻しておいた。

 マジで謎すぎないかい、この箱は。


 食休みでゴルと遊ぼうかと思ったが、ゴルが眠たそうにしてたので、柔らかい茶色と黒の縞模様の毛並みを堪能させてもらいながら、まったりとした食休みを過ごした。


 十分に休憩をとったので作業に戻る事にしよう。

 すっかり眠ってしまっているゴルを、そっとハードシェルバッグに入れて、静かに持っていく。


 十字路部屋に着いたらさっきの続きだ。と言っても新しいコンパネの蓋はほぼ完成している。後は押し引き出来るような取っ手を付けようかなってぐらいだ。

 そういえば、ご飯前までは通路に押し込んだ蓋の隙間から

黒い煙が漏れ出ていたのだが、今見てみると何も出てない。もうタイヤが燃え尽きたのだろうか?

 火をつけてから3時間ちょっと、もう燃え尽きていてもいい頃合いかもしれないな。

 そうなると中が気になってくるので覗いて見る事にした。

 杭を外しコンパネの蓋を引きずり出す。内側に面したコンパネがモクモクと煙を上げている。

 急にコンパネが燃え出しても困るので、燃え出しても大丈夫な様に、何もない所まで引きずっていった。


 改めて通路の中の様子を伺う。

 まだ少し煙があるが、進めないほど濃くはない。奥にも火が見えないので、とりあえずは鎮火したのだろう。

 ハンディライトで通路を照らし奥へと進んだ。

 もともとあちこち真っ黒だったので特に変化は感じない。

 蜂の巣部屋の近くまで近づくが、ニードルビーの羽音は聞こえて来ない。その代わり、むわっっとした熱気が出迎えてくれた。

 ぐるりと部屋中を照らすが、あれだけ居たニードルビーは1匹も見当たら無かった。殲滅は成功した様だ。


 よしよしとニヤけた顔で通路を戻り、十字路部屋に戻る。


 これで終わった訳ではない。むしろここからが始まりと言っても過言ではないだろう。

 何の為に11日もかけてここまで電気を通してきたのか。

 そう、今から仕掛ける熊用電気柵の為だ。92,600円もする1級品。蜂の巣部屋の中に隙間もない程、電線を張り巡らせて、ニードルビーがリポップした瞬間に感電死させるのだ。

 これが上手くいけば今の状態何て比じゃないほど、うはうは状態になれるはずなのだ。


 設置は難しくない。地面に支柱を立てて電線を通して電撃装置につなぐだけ。電線は9000m分あるので、お互いが接触しない範囲でびっしりと張り巡らせよう。


 早速、必要な荷物を運びこみ準備をする。細かい事は置いといていい、罠の設置が一番優先順位が高いのだ。


 まずは支柱を地面と天井にぶっ刺す。何処に電線を通していくか考えながら、ぐるりとジグザクに張り巡らす。

 部屋の出入り口は完全に網目の様にしたい。通路の天井と壁を使えば出来るはずだ。


 だいたい15m×15mぐらい、コンビニぐらいの広さの部屋を電線で埋め尽くしていく。一筆書きの様にグルグルしていく。

 最初の1段目の設置に時間がかかってしまったが、後は1段目をなぞっていくだけでいい。



 途中で休憩を挟みながら2段目、3段目と電線で柵を作って行く。



 3段目が終わった時なんとなく天井の方に目がいった。なんか紫っぽい霧がかっている気がする・・・。訳も分からず気になるので眺め続けていると、どんどんと霧が濃くなってきた。

 これには、あまりいい予感はせず、作業中だったのだが張っていた電線を飛び越え、通路を走り十字路部屋に戻った。木刀を置いてきてしまっていたのだ。

 木刀「赤樫 小次郎」を手に取ると、再び通路に入って行く。


 電線を張っていた蜂の巣部屋まで戻るとニードルビーが数十匹飛び回っていた。やっぱり・・・あの霧はリポップの前兆だったようだな。

 ジャンプして電線を飛び越え部屋の入って、手にした木刀を振り回す。罠作りの途中だ、今は邪魔にしかならない。


 10分もしないうちに、柵に被害を出す事無く、ニードルビーを全部叩き落すことが出来た。

 そこでふと気になったので、スマホを取り出して時間を確認すると、午前4時14分だった。

 なるほど、リポップは朝の4時か。改札部屋のATMの営業時間と同じ時間か。何かしら関係があるんだろうけど、それ以上の事は分からないので、頭の片隅に留めておいた。


 気を取り直し、木刀を壁に立てかけて作業を続けようと思ったが、背中のゴルが「ご飯ー」っと鳴き出した。今のニードルビー退治で起きてしまったんだろう。悪い事をしたね。

 壁に置きかけた木刀を拾い直し通路を戻り、ゴルのミルクを作りに改札部屋へ戻っていった。



 その後も、黙々と蜂の巣部屋で棚を作る作業をしていたのだが、この日には終わらす事が出来ず完成は持ち越しとなった。




 翌日午前3時58分。

 先程どうにか熊用電気柵の設置が終わり、熊用電撃装置と電線をつなぎ電源を入れた。電源はもちろん改札機から引っ張ってきたもので、午前4時にならないと作動しない。なので設置したのが上手く作動するか見守る為に、この時間にここに居るのだ。


 スマホを見ると午前4時ジャスト。熊用電撃装置に目をやると電源ランプが光っており、作動している事を示している。

 本当ならばこの時に、テスターとかで電線にきている電圧なんかを計って確認するのだが、ココならばそんなことしなくても調べがつく。


バチッバチッバチッバチッ


 突如何かがはじけ飛ぶような音が響き渡った。

 見ると沢山のニードルビーがリポップするや否や地面に落ちていて、ひっくり返りながら煙を吹き出していた。どうやら設置は上手くいったようだ。


バチッバチッバチッ


 その後も、不思議な光景をしばらく眺めていたが、今日の分のリポップは打ち止めなのかニードルビーは現れなくなった。






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 電気柵について。


 本物の電気柵にはこれ程の威力はなく、ビリッとさせて追い返すぐらいだそうです。本当に殺傷能力があるような電気柵も作れるのですが、日本でやると法に触れる場合もあるらしいので詳しく書くのもどうかなと思い、適当に「熊用=強い」にしました。

電気柵にこんなに威力あるか?と思った皆さん、ご都合主義ですみません。

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