第23話 進展
約2週間かかり完成した、蜂の巣部屋の罠。ここを目指して頑張っていたんだ。
可能性は前々から見えてはいたんだけど、ニードルビーの検証結果によって罠の仕掛けが変わってしまうので、なかなか突き進めなかった。
だが、これで毎日何もしなくても40万円ぐらいは入ってくるようになるはずだ。
捕らぬ狸の皮算用か、まだしばらくは様子見だな。
新しく作ったコンパネの蓋を押していき通路に入れる。サイズはピッタリで上手く通路に入った。下にキャスターが付いているので押すのが楽ちんで良い。
通路に入れたらタイヤストッパーを置けばこれで動かなくなる。我ながら上手く出来たもんだ。
改札部屋に戻りハードシェルバッグを開いて床に置くと、思った通り、ゴルが鳴きながら出てきたのでミルクタイムとする。そろそろご飯の時間だと思ったので戻ってきたのだ。
もうゴルが産まれてから1か月ぐらい経ち、そろそろミルク以外にも興味を持つかとお湯を沸かしている間に、小さい猫用の柔らかい固形の餌も置いているのだがまったく興味を示さない。
ミルクは面倒なのでなるべく早く固形の餌に切り替えて欲しいところだが、こればっかりは無理やり決められるものじゃないから、しょうがないね。ゴルのペースにまかせる事にしよう。
ミルクを作り終えると一目散に哺乳瓶に齧り付き、美味しそうに飲んでいた。
ミルクを飲み終わったので哺乳瓶の片付けをして、それからふとゴルを見たら、何故か小さな水溜りの上にペタンと座っていた。お尻を濡らし、耳をへにゃりとさせながら微妙な表情で敬太を見ている。
何してるんだか、と一瞬呆れたが、あれオシッコだ。オシッコしてお尻を濡らして困っているのか。
敬太は笑いながらゴルを抱え上げタオルで濡れたお尻を拭き、頭を撫でた。
「一人で出来たなぁ。よしよし。」
「ミー。」
今までは敬太が股をテッシュで軽く擦って刺激を与えて、オシッコを促していたのだが、とうとう自分で出来たようだ。
床にあったオシッコの水溜りもタオルで拭き取りながら、成長しているなぁと少し感動してしまった。
後始末を終えてから猫のトイレ買わないとと思い、リクライニングチェアに腰掛けひじ掛けにあるタブレットを見る。
すると画面に「レベルが上がっているのでダンジョン端末機ヨシオの前までお越しください」と表示されていた。
ススイカの決済ぐらいならタブレットでも出来たのだが、さすがにレベル云々は無理なようだ。
「よいしょ」っと掛け声とともに立ち上がりATMまで行って画面をのぞき込む。
『レベルアップおめでとうございます。』
『レベルアップボーナス』
自動マッピング
椅子➡テーブル➡ベッド
ヨシオ音声
トイレ
出たなレベルアップボーナス。ふむふむベッドか。微妙だな。一応矢印の先だからいい物かも知れないけど、改札部屋で寝るような予定は無いしいらんよな。
そうすると、う~ん。ゴルにも買うしトイレにしておこうかな。
「ピン」
『カードを置いて下さい。』
ススイカを取り出して、いつもの場所に置く。
『登録が完了しました。カードのお取り忘れにご注意下さい。』
後ろの方で何かが現れた。
ATM前から振り返ると部屋の隅の方の壁にドアが出来ていた。もうこの突然現れる現象に、敬太も慣れているので「トイレだな」と迷うことなくドアを開けに行く。
中は畳一畳ぐらいのスペースに洋式のトイレと、何故か青い大きなポリバケツが1個置いてあった。
狭いトイレのスペースに大きなポリバケツは邪魔なので、外に出そうと持ち上げると中身が空らしく軽かった。
新しく出来たトイレのスペースに謎のポリバケツ。とりあえずトイレを見てみたが何の変哲もない普通のトイレ。レバーを捻れば水が流れ、明かりは天井に開いている丸い穴から差し込んできていて明るい。落ち着いた良いトイレだ。
トイレのドアを閉め、部屋に戻りトイレの外に出したポリバケツを見る。軽かったので中身は入ってないと思うけど、念の為に蓋を外し中を覗き込む。
やっぱり何も入っていなかった。何なんだろう?・・・。
そう言えば、最近買い物とか食事とかを改札部屋でよくするので、ゴミが出てしまう。
一応ゴミ袋にまとめてはいるのだけど、ゴミ箱が無かったからこのポリバケツは丁度良いかもしれない。
さっそく新しいゴミ袋を広げポリバケツに被せておく。デカいけど誰に見せる訳じゃないから、まぁいいだろう。
ポリバケツはゴミ箱になり、適当にテーブルの近くに置いておく事にした。
忘れないうちにリクライニングチェアに腰掛けタブレットを手に取りネットショップを開く。ゴルのトイレを準備しておかないとね。
トイレと砂と、はいポチっとな。
『カードをかざして下さい。』
「ピピッ」
物置の方から音がした。取っ手の黒い四角の上が点滅する。
立ち上がり物置の前に行く。
「ピッ」
ススイカをかざし物置の戸を開けると、さっき頼んだゴルのトイレと猫の砂が押し入れの中に置かれていた。
これこれ、この早さ、楽しいな。
トイレは組み立てて、砂を適当に入れておく。それからさっきオシッコを拭いたタオルも入れておく。なんか匂いを付けておくとトイレを覚えやすいらしい。
気が早いかもしれないが準備だけはしておいた方がいいだろう。
ゴルのトイレの梱包のゴミとかをポリバケツに入れたり、増えてきた荷物を整理したりしてから、装備を付け直しゴルをハードシェルバッグに入れる。
ゴルのご飯の為に帰ってきたけど、まだやる事がたくさんあるのだ。
蜂の巣部屋の通路に突っ込んである新しいコンパネの蓋に、移動させやすいように押し引き出来る取っ手を付けたり、十字路部屋に置いてある電動丸ノコギリとかの道具類を改札部屋に戻したりしていたら、あっという間に時間が経ち、朝7時のアラームと共にダンジョンを後にした。
それからは1週間は残高確認と、細かい作業だけをして過ごした。
改札部屋の扉の前にあるドラムをスチール製の電気ボックスに入れる。この辺にもブレイドラビットが来る時があるので、いたずらされたり、壊されたりしたら面倒なので、きちんと対策としてやっておかないといけない。
それから罠を仕掛けた蜂の巣部屋の様子を見に行く。
ニードルビーの取りこぼしが無いか、罠はきちんと動いているかとか点検かな。
後は改札部屋の道具が多いので棚をネットショップで買って備え付けた。道具の数が増えてきて、もはやDIYの域を超えてる気がする。
残高の方は毎日42万円づつ増えていき、すでに2千万円を超えていた。
順調に増えている。1週間ニードルビーが毎日リポップするのも確認出来た。
そろそろ頃合いだろう。次の段階に移る時が来たようだ。
週末、「退職願い」を持ち職場に向かった。
内心ドキドキしながらも勤務時間が終わってから現場の責任者に辞めたいと伝えると「人手不足だから何とかならんか?」と言ってきた。だが、敬太は「すいません」と一言だけ返すに留めた。
本当はたくさん言いたい文句はあるのだが、全て飲み込んだ。飛ぶ鳥跡を濁さずだな。
その後話し合いで、残っていた有給を使い来週一杯顔を出せば、後は有給消化で締め日まで休めるようになったので、その形でお願いしてきた。
その日家に帰ると、仕事を辞める事が出来た解放感からずっとニヤけてしまっていた。
普段は飲まないが、帰りに買って来た冷えたビールがやけに美味しく感じた。
休日にはダンジョンはそこそこにして、介護施設を探し回った。
費用は少しぐらい高くてもいいので、清潔でちゃんと面倒を見てくれそうな所をネットで探しては、実際に現地に行って様子を見たりした。
だが空いているところは、空いている理由があるらしく、なかなか思う様なところには巡り合えなかった。
そんな時、いつも家に来てくれていたデイサービスのおばちゃんの口利きで、やっといい所が見つかった。
最後までデイサービスのおばちゃんには世話になってしまったな。親身に話を聞いてくれたり、かと言って人の家の話には突っ込んでこずに、いい距離感を保ったプロの仕事人って感じだった。
父親の入る施設が決まってから、必要な書類を作るのに役場を何往復もしたり、パジャマやオムツとか施設で持ってきてくれと書かれている物を買い集めたりして、なかなか忙しくしていた。
日は流れ、最後の仕事日となった。
特に送別会とかそういう類のものの話は無く、いつも通りに職場を後にした。
それぐらい希薄な仕事の同僚との関係だったので気が楽だった。
家に戻ると今度は、父親の入居となる。
デイサービスのおばちゃんの言葉に甘え、施設まで車で送っていってもらえる事になっている。個人的にではなく、デイサービスの仕事としてだけどね。
それでも声をかけてくれたのが、ありがたかった。
時間になるとデイサービスの車が家に来た。父親と荷物を車に乗せて敬太も同乗する。もちろんハードシェルバッグには静かにしているゴルもいる。
道中はたわいもない世間話をおばちゃんとして過ごした。
父親が入居する施設に着きデイサービスのおばちゃんと別れる時に、心付けとして封筒に3万円入れて渡した。「そんなつもりじゃなかったのよ」と、受け取るのを拒否しようとしたが、本当に世話になり恩を感じていたので、少し強引になってしまったが受け取ってもらった。
「本当にお世話になったので、気持ちですから。」
「なんか悪いわねぇ。うん、ありがとね。」
「また何かあったらお願いします。」
「そうね、いつでも言ってくれていいからね。」
社交辞令を口にして最後は別れた。
また「何か」あった時は、それは父親の葬式だろうな。
施設に入り、職員さんに色々と説明を受ける。
面会の日、時間とか別途料金についてとか。だいたい事前に調べていた通りで特に聞きたいような事はなかった。
説明が一通り終わり、最後に父親の元へと施設の職員さんに案内されて向かう。
小さな個室で病院のような部屋。備え付けの棚の傍には敬太が家から持ってきたパジャマなどの荷物が置いてあって棚の上にはテレビが置いてある。
大きな窓からは暖かな日差しが差し込んできていて、なかなか過ごしやすそうだった。
施設の職員さんは忙しく去って行ったので、敬太は荷物を棚に入れたりしてから、ベッドの傍に置いてある椅子に腰かけた。
父親は脳梗塞で倒れてから体に麻痺が出てしまい、言語障害もある。
ご飯は食べさせれば食べるが、時間がずれても訴えてくるような事はない。
話しかけても返事はないし、話が聞こえているのかさえ分からない。
たまに頷くようにして頭を動かすことがあるけど、本当にたまになので分からない。
うんこ、オシッコは垂れ流し、目は虚ろで何処を見ているか分からない事が多い。
最近はそんな感じになっていた。
「前に話した通り、しばらくココで世話してもらうことになったから。」
「・・・。」
「ちゃんとご飯も食べさせてくれるから心配ないよ。お風呂だって2日に1回は入れるし、家にいる時より快適だよ。」
「・・・。」
「お金はなんとかするから、心配しないでゆっくりしてていいからね。」
「・・・。」
「たまには様子見に来るからさ。兄ちゃんにも言ってあるから来てくれると思うよ。」
敬太の兄と父親は、喧嘩別れのような形になってしまい疎遠になっていた。
兄の方も2人の子供がいるし、忙しいのだろう。
敬太に預けてしまっている後ろめたさがあるのかもしれないが世界で唯一の家族だ。たまには会いに来てやって欲しいと思ってしまう。
家では無く、このような施設ならば会いに来やすいのではないかな。
まぁこれも無理強いするような事じゃないので、兄に任せるしかないのだが・・・。
「んじゃ、行くね。」
「・・・。」
ゆっくりと父親は頷いた。
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