第21話 後悔先に立たず

 数年ぶりのピザはとても美味しくてMサイズを1人でペロリと平らげてしまった。冷たいコーラもスーパーで買えば88円で買えるのに、160円払ってもう1本飲むぐらい我を忘れて食事を楽しんだ。

 敬太の父親が倒れるよりも前、敬太が会社員で一人暮らししていて人並みの生活を送っていた頃、それ以来の味だった。


 ちょっと食べすぎて動けない・・・。少し羽目を外し過ぎた様だ。しばらくリクライニングチェアで横になり食休みをしよう。






「ミャーミャー。」


 ん?ご飯かい・・・あ、あぁ。いつの間にか眠ってしまっていたようで、ゴルに起こされたようだ。


「今作るから待っててね。」

「ミャー。」


 寝惚け眼でカセットコンロに火をつけてミルクの準備をする。スマホの時計を見ると午前3時、がっつり3時間ぐらい眠ってしまっていたようだ。まぁ特に急いでやる用事もないから、いいんだけどね。


 いい物食べて、たっぷりと寝る。なかなか出来ない贅沢な時間の過ごし方だな。

 たまにはゆったりとした時間も必要か。



 ゴルにミルクをあげてから、口の周りを拭いたりオシッコさせたりして一通りお世話をして、ちょっと撫でてスキンシップをとったらダンボールに入ってもらう。


「またちょっと、うるさくなるけど大丈夫だからね。」

「ミャー。」


 意味は分かってないんだろうけど、良い返事をしてくれるのでついつい話しかけてしまう。

 仮眠をとったのでお腹の具合はもう大丈夫。早速作業に取り掛かるとしよう。



 さて、電動ドライバーのバッテリーの充電は終わっているはずだ。今の時間は電気が来ていないので充電のランプが光ってないのだが、急速充電タイプにしたので短時間でも充電出来ている。


 充電器からバッテリーを抜き電動ドライバーにセットして、スイッチを入れるとウイイインウイイインと勢いよく回転した。大丈夫そうだね。


 先端は金属用のドリル。改札部屋からダンジョンに通じる唯一の扉を、少し開き下の端の方の、扉の枠を削っていく。

 電動ドライバーのウイイインって音と金属が削れるシャギギーって音が室内に響く。

 電気のコードを外に出すぐらいの溝、指が入るぐらいの大きさでいいので溝を掘り進め、枠を貫通させた。

 扉の枠は室内の床から3cmぐらい上がっているので、枠を削っただけでコードを通すぐらいなら問題ないだろう。


 ドラムのコードを削った溝に嵌め込み外に出す。それから扉を開け閉めしてコードが当たっていないか確認する。いい塩梅に溝が削れていたようで扉の開閉には支障がなさそうだった。


 見てくれが少し悪いので後でコーキングでもして、上から玄関マットでも被せておけば目立たなくなるだろう。



 次は、扉の外に出て蛍光灯の取り付けをする。1mぐらいの直管タイプで連結コードが付いてるから素人でも取り付け簡単だ。

 付属のフックをコンクリート釘で壁に打ち付ける。そしたらそのフックに蛍光灯本体を引っ掛けてコンセントに差せば設置完了。


 扉の上に1本、そこを中心に左右両脇に1本ずつ。計3本付けた。

 蛍光灯のスイッチを入れると、LED特有のまぶしい光が降り注ぎ辺りを照らす。

 真っ暗闇だったダンジョンに明かりが灯り、扉付近だけではあるが、違う世界のような雰囲気を出している。

 

 しばらく明かりを眺め、満足してから部屋に戻るとゴルが「ミーミー」と鳴いていた。敬太の姿が見えなくなって不安になってしまったのだろう。

 ダンボールからゴルを抱え上げ声をかけながら撫でまわしてやると、不安が取り除かれたのか鳴き止んでくれた。

 生後2週間、目は開いているのだが少し濁った感じの黒目なのでまだ見えていないと思っていたが、こうやって敬太を探す仕草をしてくるので、もう見えているのかもしれないな。

 あんなATMから出てきた卵から孵った時は、どうなるものかと思っていたが、順調に成長していってくれてるようで嬉しい限りだ。



 時刻は午前4時40分。

 今日は途中、食休みに昼寝をしてしまったので、もう一仕事しようと思う。


「よし、ゴル行こうか。」

「ミー。」


 ゴルを伴い体育館部屋を掃除する。1匹残らず皆殺しじゃあぁ。


「強打。」


 久々にピルバグ退治。つるはしで潰しまくった。


ピルバグ×21匹  ニードルビー×14匹





 

 翌日。

 仕事を終え父親の世話をして、デイサービスが来るまでの間の短い時間だがダンジョンにやって来た。

 昨日作った蜂の巣部屋の密室状況の確認だけしようと思ったからだ。


 装備を整え改札部屋から体育館部屋へ。

 昨日、この体育館部屋はキレイに全部倒しておいたのだけれども、ピルバグは普通に転がっていた。だが、いつも漂っているニードルビーは見当たらなかった。


 1つ目の部屋、2つ目の部屋、3つ目の部屋と体育館ぐらいの大きさの部屋を全部通ってきたが、やっぱりニードルビーは見かけなかった。

 なるほど、面白い結果になっているなぁ。


 階段を上り十字路部屋に着き部屋の中を見回す。

 この部屋も昨日と同じくニードルビーは居なないようだ。


 左手側の蜂の巣部屋に繋がる通路を、敬太お手製のコンパネの蓋で塞いでいる。角材の杭が効いているのか昨日と蓋の位置は変わってない。

 地面に突き刺さっている杭を抜き、コンパネの蓋を通路から引きずり出す。さあ、昨日の検証の結果はどうなっているのだろうか?


 ハンディライトで通路の奥を照らしながら進んでいくと、羽音が聞こえてきた。


「ビンゴ!」


 通路から蜂の巣部屋をハンディライトで照らし出すと、数十匹のニードルビーが飛んでいるのが見えた。

 昨日、蜂の巣部屋の中は全部片付けてから蓋をして、密室にしてあったのに、ニードルビーが出現していた。すなわち、この部屋がニードルビーのリポップ場所なのだろう。そう考えると体育館部屋にニードルビーが居なかった事も説明がつくし、全ての辻褄が合う。

 敬太が予想していたリポップの形の中で一番いい形かもしれない。


 とりあえず、今日は時間が無いので1匹も倒さないで引き返す。

 通路の蓋はまた閉じておく事にする。これも検証になるからね。

 コンパネの蓋を通路に押し込み角材の杭を打ち込んだ。



 さらに翌日。

 今日も仕事を終えて父親の世話をしてから、ダンジョンにやって来た。

 いつものように扉を出たら右手側に行って階段を上る。

 体育館部屋に着いたので、ハンディライトで部屋の中を照らすと、ピルバグは転がっているが、ニードルビーは居ない。

 よしよし、敬太の考えは間違いではないようだ。


 真っ直ぐに続く2個目の体育館部屋も、3個目の体育館部屋もニードルビーは居なかった。


 階段を上り十字路部屋へ。

 この部屋も、思った通りでニードルビーはいなかった。

 左手側にある蜂の巣部屋に続く通路に押し込んであるコンパネの蓋を、引きずり出し通路に入る。

 通路の中程まで来ると羽音が聞こえてきて、ハンディライトで照らすとたくさんのニードルビーが飛んでいるのが見えた。

 部屋の方に進みながらニードルビーを観察するとやっぱり昨日より数が多い。倍ぐらいの数がいる。日に日に増えていく感じなのか。

 1日でどれぐらいの数かは分からないけど数十匹ぐらい、ここでリポップしていってるって事が確認できた。

 そして他の部屋にニードルビーが居ない事から、この部屋でリポップして、この部屋から流れ出ていってるってのが、可能性として一番高いと思う。

 これならば次の作戦に移せる。


 敬太はしばらくニードルビーの動きを観察してから、木刀「赤樫 小次郎」を抜き部屋に飛び込んでいく。



 息が上がり肩で息をし、汗が流れ落ちる頃にはブンブンと飛び回っていたニードルビー達は全て煙に変わっていた。別に今倒さなければいけない訳じゃなかったけど、これ以上増えられても大変になるからね。

 荒い息を繰り返しながら部屋の中を見回して生き残りがいないか確認してから、木刀を背中にしまい部屋を後にした。


 煤で真っ黒になっている通路を歩き手前の十字路部屋まで戻り、コンパネの蓋を通路に押し込み杭を打った。

 それからゆっくり息を整えながら改札部屋へと戻って行った。



 改札部屋と戻ると装備を軽く外し、ペットボトルのお茶を飲みながらタオルで汗を拭った。

 ハードシェルバッグを開けて床に置くと、ゴルが何ですか?と顔を出してきたので頭を撫でてからリクライニングチェアに腰掛けた。

 それから、ひじ掛けにあるタブレットを手に取りネットショップを開き、思い付く物から検索してタップしていく。


 配電用ケーブル100m×3、差し込みプラグとプラグ受け、ケーブルステップル、延長コード、コーキング材、電気ボックス、熊用電気柵、玄関マット、コンパネ、角材、キャスター、タイヤストッパー、脚立、電動丸のこ。


 今思いつくのはこれぐらいかな?


『カードをかざして下さい。』

「ピピッ」


 物置の方から物音がして黒い四角の上が点滅する。

 リクライニングチェアから立ち上がって物置の黒い四角にススイカをかざす。


「ピッ」


 戸を開くと今さっきポチった物が、物置の中に置かれていた。

 なかなか大量の荷物を置いた部屋の片隅が、工務店化してきているのは気のせいではない。今度この工具類を置くのに棚でも作った方がいいのかもしれないな。


 これからしばらくは作業の日々になりそうだった。


 さて、お昼も近いし、あそこでハードシェルバッグに頭を突っ込んでお尻丸出しの子を連れて帰りますか。


「おーい、ゴル帰るよ。」

「ミャー。」


 


 それからは時間が出来たらダンジョンに籠って作業、仕事、作業の日々が続いた。






 11日後。

 長かった・・・想像以上に時間がかかってしまった。

 頭の中ではすぐに終わる作業だと思っていたんだけど、そう上手くはいかないもんだ。


 最初は、改札機から取っている電気を引いて、改札部屋の扉の所にあるドラムから、蜂の巣部屋までケーブルを1本壁に這わせていって電気を通そうと思っていたのだ。

 目の高さ辺りにケーブルステップルをハンマーで壁に打ち込んで、それにケーブルを引っ掛けるだけ。簡単でしょ?


 でも、体育館ぐらいの大きさの部屋で作業を終えてから改札部屋に戻った時に、改札部屋の扉の所に3本付けた蛍光灯が遠くからでも明るく見え、暖かく出迎えてくれた。それで、その明かりが安心出来て「いいな~」って思った。

 あの蛍光灯の取り付けはすごく簡単だから、これだけ心が休まるならば蜂の巣部屋前までずっと付けていっちゃおうと考えてしまった。たぶん10本とかそれぐらい付ければダンジョンが明るくなっていいかなって、軽く考えていた。


 次の日にはネットショップで蛍光灯を頼んで付け始めたのだが、明かりって上から照らさないと眩しいのだ。なので、脚立に乗って高さ2mぐらいの位置に取り付け始めた。

 そうすると、今まで目の高さの位置に付けてきていたケーブルが何となく目立ってしまって、気に入らなくなってしまった。

 ケーブルは既に途中まで付けていたけど、全部外してやり直し。蛍光灯と同じ高さに付けていく事にした。

 ここでも余計な時間使ってしまった。



 脚立に上ってケーブルステップルを打ち込んでケーブルを引っ掛けて、蛍光灯の付属のフックをコンクリート釘で打ち付けて、脚立を1回下りてから蛍光灯本体を持って脚立に上って引っ掛ける。また脚立から下りて脚立を移動させてから脚立に上って蛍光灯の連結コードを隣の蛍光灯から延長コードを挟んで繋げていく。この延長コードもそのままだと、だらんとしちゃうのでケーブルステップルを打ち込んで引っ掛ける。


 これが1か所の作業。


 ケーブルステップルは1mおき打ち付け、引っ掛ける。

 蛍光灯は10mおきに設置する。その度に脚立を上り下りしていた。

 途中で蛍光灯を付けていくのは面倒だなって事に気が付いてしまったんだけど、もう引き返せない位置まで来てしまっていたので、やっていくしかなかった。


 ずっと腕を上げての作業だから、腕は筋肉痛になるし、コンクリート釘とかケーブルステップルとか細かい物があまりにも多いから、腰袋まで買ってしまった。

 腰袋のベルトにハンマーとスケールを引っ掛けて、歩くと腰袋の中の釘とかがジャラジャラ音立てるし。もう電気工事のおじさんだ。


 最終的には蛍光灯27本付けていた。1本3,200円だから、なかなかのお値段になっている。後悔先に立たずだ。


 でも、そんな作業も昨日には終わりにする事が出来て、どうにかこうにか体育館部屋を抜け十字路部屋まで電気のコードを引いてくる事が出来た。


 そして今日は休日、やっと本命の作業に取り掛かれるって訳だ。

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