第9話 ブレイドラビット

「しんどいわー。」


 がっつりSAN値が削られた。屠殺場の人はいつもこんな思いをしているのかねぇ・・・。何事もやってみないと分からないなぁ。


 利益の為に他の命を奪う。人間がいつもやっている事、大丈夫。人間は慣れる。慣れるまでが大変なだけ。うむむ・・・くじけそうだ。


 しかし、煙になって消えてくれるのは助かるなぁ。どんな原理でそうなってるのか知らんけど、いや、逆に肉として残っていた方が・・・。


「あはは・・・。」


 精神的にやられて一人でしばらく逃避行。


「はぁ、行こか・・・。」


 もう戻ろうかと随分と長い時間迷ったが、もう少しだけ先に進んでみる事にした。


 トンネルのような穴は10mぐらい先で大きく右に曲がっている。その為それ以上先は、今いる入り口からは見えない。


 敬太がトンネル内に入ると、トンネルの中は明るくなる。身に付けているライトの数々が壁や天井に反射して、より明るくなるのだろう。大きく右に曲がって行くと、先に開けた場所があるようだ。歩きながら先の部屋の様子を探る。


 あ、部屋の隅にウサギ2匹発見。うわっ逆の隅にも2匹いる、どうしよう・・・。


 部屋はバスケットのコートぐらいの大きさで、右と左にトンネルがあった。正面は壁。ウサギは全部で4匹、思わず部屋に入るのを躊躇ってしまう。


「12万円・・・12万円・・・。」


 魔法の言葉を唱え、意を決して部屋に入る。左奥の隅にいる、背中を向けている2匹のウサギに狙いを付けて音を立てないように、忍び足で向かっていく。

 

 ウサギに近づいていくと、後ろを向いていたクセに気配に気が付いたのか、敬太の方にパッと顔を向けてきた。耳を立て鼻をヒクヒクさせているのが見える。「ちくしょう!」と呪詛を呟きながら、敬太は地面を蹴り一気に迫った。顔を向けて来た1匹は、察したのか壁際を走ってササッっと逃げていく。しかし後ろを向いていたもう1匹のウサギは、隅にいたのが悪かったのか、逃げ場を探しおたおたしているのが見てとれた。


 その隙に敬太は木刀を振り下ろす。


コッ


 背後から首の辺りに、しっかりとした一撃。苦しむような時間は無かったと思う。打たれたウサギは倒れこんだまま動かなかった。

 

 横を抜け逃げたウサギを探すと敬太の後ろ5~6mのところでこちらをじっと見ていた。目が合ってしまったので何となく目をそらす事が出来ずにいたら、視界の端に白い塊が映った。まさかと思いそっちを見ると、部屋の逆の隅に居たはずのウサギ2匹が、走って敬太に近づいてきていた。


 やはり仲間を呼ぶ機能でも付いているのだろうか?


 敬太が余計な事を考えていると、その隙を突き、目の前に居たウサギが低い体勢で突っ込んできた。少し反応が遅れてしまったが、腰を落としウサギの低さに対応して、そのまま突っ込んでくるウサギの頭に木刀を振り下ろした。体重が乗った木刀は威力充分、辺りに鈍い音を響かせた。

 

 先程見えた逆の隅から走って来ていたウサギはと言うと、敬太の顔に向かって飛んで突っ込んで来ていた。


ギリリッ


 ヘルメットを爪で引っかきながら敬太の顔に体当たり。突然、中型犬程の大きさの物が顔に突っ込んできた衝撃に、敬太は吹き飛ばされていた。ゴロっと地面に転ると、すぐにウサギに体の上に乗られてしまった。


 敬太は仕留めたウサギに目をやっていたので、頭に突っ込んで来たウサギを見ておらず、突然の突撃に一瞬何が起きたか分からずに驚いていたが、体にのしかかるウサギの姿が見えたので、やられたのだと理解が追い付いた。


 その時、リュックを体の下敷きにしてしまっているのに気が付き焦った。リュックの中にはペットの卵が入れてあるからだ。もちろん宝箱型の小箱に入れて緩衝材を詰めてあるから大丈夫だと思うが、気持ちがいいものではない。


 敬太の下半身に齧り付いている、ウサギの耳をつかみ放り投げ素早く立ち上るが、すぐにウサギは戻ってきて足元に歯を立ててくる。相手との距離が無いと木刀を振る事が出来ないので、安全靴で蹴とばして距離を取る。


「キー」


 っと痛がった声を上げたが、そう長くは鳴かせなかった。木刀を振り下ろし静かにさせたからだ。残り1匹。


 残ったウサギは、ちょうどいい高さで突っ込んできたので野球のスイングで打ち抜いてやった。


 とりあえず最初に見た4匹を殺れたので、見落としは無いか部屋を確認した。ぐるっと見渡したが何もいなかったので、急いでリュックを下ろしペットの卵を確認する。恐る恐る小箱を開け中を見てみたが、卵は割れていなかった。緩衝材を詰めたのが良かったのだろうか、意外と大丈夫そうなので安心した。


 部屋の中にパラパラと落ちている1万円札を拾い回収して、ちょっと小休止する。お茶を口に含み、何となく草刈り防護ズボンを見ると何本か線状の筋が入っており、切れてはいないがダメージは受けていた。生地が厚いだけのシャカシャカ音が出ちゃう雨具の丈夫なやつって感じなので、ちょっと心配になってしまった。


 まぁズボンの話は置いといて、もう少し先に進もうと思う。だってあれだけ攻撃されたのにも関わらず、怪我ひとつ負ってない事実に気が付いてしまったから。それで1匹3万円だよ3万円。ようは考えようだ、考えよう。

 ウサギの鳴き声聞くと、ごっそりと精神力を持っていかれるが、利益の為に命を奪うなんて、人間の得意技じゃないか。連続で戦い、慣れたのもあるかもしれないが、なんとなく行けそうな気がしていた。




 この部屋に入ってきたトンネルを背に、右と左に穴が開いている。なのでどちらに進むかは「赤樫 小次郎」に聞いてみようと思う。


「たのむぞ小次郎。」


 小次郎の先端を地面に付け、パッっと手を離すとカランと音を立てて、道を示しながら地面に転がった。


「右か~。」


 小次郎を信じて右の穴に入る。この穴も天井がアーチ型をしており、広さも車が通れるぐらい。まさにトンネルだった。先を見ると、10mぐらい先から左に曲がっておりその先は見えない。


 ゆっくりと左に曲がりながら進んでいく。ハンディライトで曲がった先を照らすと、トンネルの先は地面が白く見えた。一面に広がる白い地面。なんだか絨毯の様にフサフサしているようで、それが部屋の奥の方まで続いている。


 ぼんやりと歩きトンネルの様子なんかを眺めていたので、気が付くのが遅れて随分と近づいてしまった。先に見える部屋の中、床一面に敷き詰められている白いフサフサは絨毯ではなく、ウサギの群れだったのだ。


 まさかと思い目を凝らしよく見るが、ウサギの毛皮の敷物ではなく生きている何匹、何十匹、何百匹のウサギの集まりだった。どうしてこれだけの数でかたまっているのか謎すぎるが、そんな事は今はどうでも良くて、兎に角逃げるべきだと思う。


 1匹1匹は大したことないウサギだが、見た感じでは200~300匹ぐらいの大集団だ。そんな集団に襲われたら身動きも取れずに、体の端から全て齧られていってしまうだろう。


 ゆっくりと回れ右をして静かに歩き出す。数歩進んだだけだが怖さで後ろが気になり振り返ると、白い絨毯の一部が分離してこっちに向かってくるのが見えた。パッと見ただけだったのでちゃんとした数は分からないが10匹以上は居たように見えた。


「ですよね~。」


 追いつかれてなるものかと敬太は走り出す。トンネルが大きく右に曲がり部屋が見え・・・。ドン!


 急に背中を突き飛ばすような衝撃があり、思い切りつんのめり前に転がってしまう。もう追いつかれたらしい。敬太の勢いは止まらず転がったまま部屋に入った。


 ここで、部屋の隅っこに陣取れば何とかなるかもしれないと考えが浮かび、よろめきながらも立ち上がり部屋の隅を目指した。


 途中で後ろから足に突っ込まれ転びそうになったが、なんとか踏ん張り部屋の隅にまでやってこれた。そこで振り返り壁を背にし、注意するのは前方の90度だけ。多少、木刀は振り回しにくいけど、それ以上に安全地帯だと思う。足を開き腰を落とし素早く反応出来るようにして、ウサギを迎え撃つ態勢を整えた。


 敬太を追ってきたウサギは10匹以上だ。正確な数は数えられていない。向かって来るウサギに夢中で木刀を振る。足に噛みついて来れば、足を振り上げ突き放し、腕や肩に噛みついてきたら体を捩じり振りほどく。

 

 すぐ後ろが壁の為、木刀を大きく振りかぶれないからなのか致命傷を与えらなくて、ウサギの数がなかなか減らず、かなり苦戦している。懸命に木刀を振り下ろし、叩きつけどうにか倒してはいるが、数が減っていっているのかは分からない。なんせさっきのトンネルから時々追加でウサギがやって来るのが見えるからね。




 ウサギの数は10匹倒した所までしか数えてない。そこからは無心になった。


 息が上がりヘルメットの中が曇って行く。うしろの壁にもたれかかり、どうにか木刀を振り下ろす。ダメだ曇っていて前が良く見えない。ヘルメットのシールドを上げようとしたが、ヘルメットの上にヘッドライトを付けているので、邪魔になりシールドが上がらない。前から分かっていた問題点、改善しておけば良かった・・・。

 

 諦めてヘルメットを脱ぎ捨てた。ヘルメットは転がり、ウサギはそれを避けている。コロコロとしばらく転がっていたが、やがて止まりヘルメットについているヘッドライトは明後日の方向を照らしていた。


 ズボンは既に破れ防具の意味を成していない。足に噛みつかれる度に痛みが走る。草刈り防護ズボン、お金が無いので安い物で済ませようと思ったのが、悪く出てしまった。所詮、草刈りの時に履くようなズボンだったようだ。


 腕のアームカバーも破れているが、その下に着ている防刃ロングTシャツが仕事をしているのだろう、切られるような痛みは襲ってきていない。


 足元には1万円札が乱雑に散らばっており、中途半端に打たれたウサギが痛みに転げまわっている。キーキーとあちこちから鳴き声が響きSAN値がガリガリと削られていく。

 


 

 どれぐらい時間が経ったのだろうか。気が付くと敬太を取り囲むウサギの層が薄くなっていた。先程までは目の前の90度の空間に7~8匹のウサギが詰め仕掛けて来ていたのだが、今は目の前に4匹しかいない。その後ろには2匹控えているだけで、それ以外部屋の中には見当たらない。


 終わりが見えた。敬太は最後のチカラを振り絞りウサギを蹴散らす。後ろに控えていた2匹のウサギは一度木刀を喰らっているのか、動きが遅かった。

 

 最後の1匹が煙に変わると、敬太の息遣いだけが辺りに響いた。足はボロボロでクソ痛く、すぐにでも座り込んでしまいたいが、あの白い絨毯の様に密集している部屋のウサギの数はこんなもんじゃないので、急いでここから逃げ出さなくてはならない。また追加が来てしまったら、今度は倒しきる事は出来ないだろう。


 近くに落ちているヘルメットを拾い、その中に落ちている1万円札を詰め込む。トンネルの向こうを気にしながらせっせと手を動かしていると、何かが手に当たり転がった。ふとそれを見たら、見た事がある小瓶だった。



『鑑定』

ポーション

回復(小)

飲み薬です。



 はい、きたあああああ。


 他にもポーションが落ちていないか探す。地面には1万円札が散乱していて、手探りで探さないと見つけられない状態だ。


 あった、2本目。これで飲めるな。足のダメージはひどく一部骨が見えているような傷さえあったので、出来れば敬太も飲みたかったのだ。


ゴクリ


 きたああああ。強いお酒のような熱い感じ。お腹の中が燃えてくる。しばらく悶えていたが、それを通り越すと凄くさっぱりした気持ちが押し寄せてきた。落ち着いたので、ふと足を見ると。


「治ってる・・・」


 敬太、2度目の経験。相変わらず摩訶不思議だ。骨が見えてしまうぐらい深い傷も、あっという間に治ってしまっている。少し後は残っているが、もう痛くないのだ。ポーション恐るべし。


 しばらく余韻に浸っていたが、ハッと気が付き静かに残りの1万円札の回収を再開した。



 その後はウサギが襲ってくる様な事は無く、全ての1万円札を回収でき、さらに幸いなことにポーションをもう1本拾う事が出来た。

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