第6話 代打
起きてから父親の世話をして、夜なのだが敬太的には朝ご飯を食べる。今日は仕事が休みだけど探索に行くので、身に着けられるものは身に着け、増えてきた装備品を持って、仕事の時よりは遅く家を出た。
仕事の時にも毎回寄っているスーパーにいき、いつものように半額弁当と飲み物を多めに買っておく。
自転車移動だとギリギリの量の荷物を載せて駅へと向かう。
リュックにウエストポーチ、バットケースとヘルメットを抱え、スーパーの袋を持ち改札に向かうおじさん。はい、敬太です。
もたもたと、ススイカを取り出し改札を通ると
「ピピッ」
改札の部屋に到着する。さっそくフリーマーケットのように荷物を広げ、装備品を装着していく。防刃手袋、ネックガード、フルフェイスヘルメット・・・。
買ってきた弁当と余分な飲み物は、この部屋に置いていく。
次は扉の外に出てライトの最終調整だ。
ヘッドライト3個よし。
ネックライト2個よし。
ランニングライト2個よし。
ウエストポーチに付けた作業灯、左右共によし。
リュックに付けたランタンよし。
最後に懐中電灯、もといハンディライト最強軍用仕様をオン!
「まぶし~」
凄い、あんなに暗かったが嘘のように明るくなった。少し嵩張るのはしょうがない。この明るさと安心感を引き換えなら安いもんだ。作業灯が照らす範囲の広さ、軍用ハンディライトの光が届く距離。これらは驚きものだ。明るいと前回とは違う所にいるような気さえしてくる。
とりあえず今日は、右手側の階段を攻めよう。迷子にならないように右手に壁が見える範囲で移動していく。いや~。地面まで照らしてくれているので歩きやすい。
サクサクと階段までやってこれた。右手に軍用ハンディライトを持ち、だいぶ先の方を照らし進んでいく。
前回見えた踊り場まで登ってくると、例の羽音が聞こえてきた。
ブーーーン
ふっ見えているぞ。今日の私は先日までとは違うのだよ。見よ!全部で11個のライト群。精鋭たちの雄叫びを!
明るい環境で見るニードルビーは遅かった。鳩ぐらいの大きな体なのに、心許ない控えめな羽。本当にギリギリで飛んでいるんだなと思わせる移動速度。あっ危ないよ。そっちの壁にぶつかっちゃうよ。そうそう方向転換が下手なんだから気を付けないとね。
「じゃねーよ!!」
キンと甲高く金属バットが音を鳴らすと、ニードルビーは地面でひっくり返り、紫黒の煙を吐き出していた。
何であんなのに刺されたのか。逆にあの動きでどうやって刺してきたのか不思議でしょうがない。
落ちている1万円札を拾い先に進む。
階段は踊り場から折り返すようになっており、上り終えた先は開けた場所だった。ハンディライトで照らすと50mぐらい先には壁があり、その壁には人が通れそうな穴が開いているのが見える。部屋の横幅もライトが届く距離で、広さ的には体育館ぐらいあるだろうか。
地面にはダンプカーのタイヤのような物が何個か落ちている。
羽音が聞こえたので探ると、部屋には2匹ニードルビーがいた。無造作に近寄り、ノックをするようにニードルビーを煙に変えていく。
お金を回収し終えると、地面に横たわるタイヤのような物に近づく。直径で120cmぐらいで厚みは50cmぐらい足を乗せると硬い感触がした。
これと似たような物が部屋に5~6個転がっている。何なんだろうと首をかしげながら金属バットで小突くと、タイヤ形の内側からワラワラと、棒状の枝のような物が無数に現れた。
「わああああああああ」
驚きの声を上げて距離を取り様子を見る。ワラワラ、ワキワキ動いていた枝は、よく見ると見覚えがある。大きいが昆虫の足のように見える。タイヤの外側もキャタピラのような形状をしている。あれってでかいダンゴムシなのか?
『鑑定』
ピルバグ
硬い。
説明短っ!どうやらこの地面に転がっているタイヤのような物は、でかいダンゴムシでピルバグって名前らしく倒せるみたいだ。説明文は短いのだが、コイツは倒すと煙になるって事は、なんとなく分かった。これも鑑定の能力なのだろう。
それならばと、先程小突いて足をワラワラ動かしていたダンゴムシを、7割ぐらいのチカラで叩いた。こういう昆虫系なら容赦なく殺せる。
パカン
「いてててて。」
ダンゴムシの外殻は硬くバットが弾き返されてしまった。この野郎!と今度は目一杯のチカラで金属バットを振る。
パカン
「ぐあああああ。」
バットを手放し手を振る。ジンジンするー。なんだこれ硬すぎる。ダンゴムシは足をワラワラ動かすだけで、まだ煙になるような気配はない。
弱ったなぁと思っていたがダンゴムシをよく見ると、金属バットを当てた所が少し凹んでいた。これ、攻撃している方がダメージ的には大きい気がするんだけど。そもそも金属バットでいけるんか?
リュックの中からタオルを取り出し、バットの持ち手の所にぐるっと巻き付けて、そのタオルの上からバットを握りしめ狙いをつける。
パカン
手の痛みが、だいぶ改善できた。ダンゴムシは・・・変化なし。
パカン、パカン、パカン、パカン・・・
ふーふーふー。息が切れる。ダンゴムシは・・・さっきより凹んでる。もう少しでぶち破れそうだ。
パカン、パカン、グボッ
手応えあり!やったか?ダンゴムシは・・・凹んでるけど。あれ?そこで金属バットを見て気が付いた。「く」の字に曲がっちゃってる。
あぁ・・・中学生の頃、父親に買ってくれと言えなくて、お年玉を握りしめ近所のホームセンターで買った3,980円の金属バット。野球部だったのでグローブは買ってもらったのだがバットは別扱い。バッティングセンターに野球部のみんなで行くと、金持ちの家の子が自慢気にマイバットを見せびらかせていて、うらやましかった。だから買った時は嬉しくて、その日から毎日100回と決めて素振りをした青春の日々・・・。
そんな苦楽を共にしてきた相棒が無残な姿に・・・。ダンゴムシはそれを嘲笑うように足をワラワラ動かしていた。
この恨みはらさでおくべきか・・・
「く」の字に折れ曲がったバットを抱きかかえ、上ってきた階段を飛ぶようにして下りてきて、勢いそのまま改札部屋までダッシュで帰って来た。
ちくしょう。オレの大事な相棒を・・・。あのダンゴムシ野郎だけはぶっ倒さなければ気が済まない。
スマホの時計を見ると20時40分だ。まずい。私の記憶が確かならばホームセンターの営業時間は21時までだったはずだ。
いそいで装備を外しススイカを使い駅に戻る。駐輪場まで駆け足で向かい、競輪選手のようなケイデンスで爆走する。
ホームセンターに飛び込んた時、店内には既に「蛍の光」が流れていた。しかし慌ててはいけない、既にプランは練ってあるのだ。
ダンゴムシ、あのクソダンゴムシ野郎の外殻をぶち破るのには、1mぐらいの柄がついたハンマー、そう大ハンマークラスの攻撃力が必要だろうと当たりをつけていたのだ。
すなわち向かう場所は「工具売り場」だ。迷っている時間などない。小走りで店内を移動する。
ドライバー、のこぎり色々な物が目に入ってくる。バール。うわぁそそられる。ちょっとキープ。電動のこぎり、電気があったら強そうだ。チェーンソー、どうなんだろう今は吟味している時間がないからまた今度。
壁際まで来ると大物コーナーだ。あった、大ハンマー3,800円のお手頃価格。手に取り具合を確かめる。これならば、あのダンゴムシの外殻を潰せるだろう。よしよし、と一人ニヤけていると大ハンマーの隣の隣に鎮座する幻の一品と出会った。
その名は「つるはし」
今はもう日本国内では作られていないと噂される、消えゆく定めの名将だ。
恐る恐る手を伸ばし柄を掴む。重さは大ハンマーよりちょっと重い。柄の長さは1mぐらい。先端のその凶悪なフォルムは他の追随を許さない。雪山登山に使うピッケルの巨大版だ。尖っていない方は何に使うか知らないけど。
とにかく一目惚れだった。
大ハンマーを棚に戻し、つるはしを持ちレジへと向かう。
「5,270円になります」
スッと拾った1万円札を出し会計を済ませると、つるはしの柄にホームセンターのシールが張られた。
いい買い物が出来たと気分よく店の外に出て駐輪場に向かい、自転車の鍵を開けてから気が付いた。
つるはしを担ぎながら自転車に乗るおじさん。
何その画。通報するよね。慌てて店に戻り、閉店作業で自動ドアのカギを閉めようとしていた店員さんに事情を話して、何とかダンボールを貰うことが出来た。
それから駐輪場でダンボールと格闘する事10分。なんとかつるはしの先の凶悪な部分を隠すように出来たので、駅へと向かった。
何とか誰にも声を掛けられる事なく改札部屋に戻ってこれた。静かに「く」の字に曲がった金属バットが出迎えてくれる。大丈夫だ、仇はとってやる。
ヘルメットやらライトやらを身に着け、しっかり装備し直し扉を出る。肩につるはしを担ぎ階段を上り、ダンゴムシがいた部屋に辿り着く。部屋の様子は先程と変わりない。
背中が少し凹んでいるダンゴムシも変わらない場所にいた。
代打「金属バット」に代わりまして「つるはし」
背中が少し凹んでいるダンゴムシの前につるはしを構えて立つ。足を開き腰を落とす、つるはしの柄を握りしめ大きく振りかぶる。
「バットの仇じゃああああ!」
パスッ
つるはしの尖った先がダンゴムシの外殻を突き破る。それでも勢いは止まらず、つるはしの先の半分ぐらいがダンゴムシの中に入っていた。
つるはしが突き刺さるとダンゴムシの足がワラワラと激しく動き出した。敬太はもう一発ぶち込んでやろうと必死につるはしを抜こうとするが、まったくもって抜けない。あーでもない、こーでもないと、引き抜こうと試していると、紫黒の煙が出てきてダンゴムシを包んでいった。
敬太はちょっと驚き、つるはしから手を放して2~3歩後ずさり、煙の様子を眺めた。
煙が薄くなると、カランと音をたてつるはしが地面に落ちてきた。そこにいたはずのダンゴムシは跡形もなくなり、代わりに1万円札が落ちていた。
「仇はとったぞ・・・」
ひとり呟き、つるはしと1万円札を拾った。ダンゴムシは2万円落としていた。この硬さ、倒し辛さで2万円とは、と思ったが、よく考えるとダンゴムシは、何の攻撃もして来なかった事を思い出し納得した。ウサギのように噛み付いてきたり、蜂のように刺してくるわけでもなく、ただただ硬く、そこにいるだけで、強いて言えばワラワラと動く足が多くて、気持ち悪いってだけだった。
周りを見渡してダンゴムシ以外いない事を確認して、ヘルメットを脱いだ。リュックからペットボトルを取り出し小休止。ホームセンター往復からのダンゴムシ退治でバタバタしてしまった。
お茶で喉を潤しながらハンディライトで部屋を照らし、残っているダンゴムシの数を数えると、この部屋には後5匹残っていた。多くもなく少なくもなく、丁度いいかもしれない。取り敢えずダンゴムシは殲滅させることが決定した。
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