第5話 分岐点

 ママゾンから届いた荷物を開封する。

安全靴6,800円、脛の中ぐらいまでの長さがあるロングブーツ。

草刈り防護ズボン5,800円、生地が厚めの合羽だ。

防刃ベスト4,980円、思っていたより軽い。

防刃アームカバー1,460円、切れにくい素材らしい厚手の靴下みたい。

防刃手袋1,180円、灰色のゴム手袋。

防刃ネックガード4,550円、中に板が入ってるコルセットみたい。

ヘッドライト2,300円、明かりが強そうなやつ。


 後は駅まで裸で持ち歩くのも嫌だったのでバットケースとヘルメットの袋を買った。全部で28,960円。なかなかの買い物だった。


 とりあえず家の中で一度試着してみる。袋を開けて中身を出して、安全靴の靴紐を通してと・・・。



 ちょっと時間がかかったが全て装備して、鏡の前でチェックする。あ~。ベストと腕に付けるアームカバーだから、肩が丸出しだわ。これは後々だな、防刃シャツってのもあったのだが3万円ぐらいするので、手が出なかったんだよ。とりあえずは厚手の上着でカバーするとしよう。


 動きに支障はないし、こんなものだろう。2,3度バットを振り回し装備の具合を確かめた。


 この日は荷物が届くのを待っていたので時間がなく、本番は翌日として、細かい作業をしておく。フルフェイスのヘルメットの曇り止めを塗ったり。何か物を拾った時にと、ウエストポーチを探したり。


 後は防刃の具合を確かめる為にカッターで切り付けてみて試したりもした。特にアームカバーがただの厚手の生地にしか見えないので不安だったが、結果としては切れなったので良しとした。



 翌日、仕事を終え、家に帰る。敬太的には晩御飯だけど時間的には朝ご飯を食べて、父親の世話をし、装備を身に着け、備品はリュックに詰め準備万端で家を出る。


 午前8時30分。

リュックを背負い、バットケースを小脇に抱え、ヘルメットを持ったおじさんが改札の側に立っていた。そう、敬太です。


 ウエストポーチからススイカを取り出し改札を抜け・・・


「ピピッ」


 何もない改札部屋に到着した。一通り見渡すが変わりは無かったので、最終準備にとりかかる。ヘルメットにヘッドライトを取り付けたり、金属バットを出したりした。


 準備が終わると緊張してくるが、ともにワクワクもしてきていた。過剰とも言える装備に身を包むと、なんだか無敵になった気がしてくるから不思議なもんだ。


「よし」


 ひとり大きめの声で気合いを入れ扉を開ける。扉の先は真っ暗闇。自分を鼓舞しながら進む。


 扉が閉まり真の闇が訪れた時、早くも問題が浮き彫りになった。「暗い」のだ。いかに光が強いライトを持ち込んだ所で、そのライトが照らしている部分は明るいが、その他の部分が真っ暗で、とても視界が狭くなる。もちろんスマホのライトなどとは段違いの明るさだが、想像していたより遥かに明かりが足りない。これは早急に改善しなくてはならないな。


 今日のところはしょうがないので、このまま進む。前と同様に左手の壁伝いに行くことにした。フルフェイスを被ると自分の息づかいが大きく聞こえ周りの音が聞き取りづらい。慣れないせいもあるのだろうが、やはり実際に使ってみると問題点が色々見えてくる。頭の中で考えていたのとは違うなと改めて思った。


ブーーーン


 きた、この音はあのデカイ蜂だろう。音がする方向を見ると、見えた!居やがった。ここで考えていた作戦のひとつを実行する。



『鑑定』

ニードルビー

その巨体を飛ばすのに精いっぱいで、方向転換が下手

刺されると痛いが毒は無い



 おぉ鑑定出来た。針蜂でニードルビーね。なんか説明が、すでに弱そうだな。とりあえず刺されても毒が無いのを確認できたので良かった。


 さてと、ライトで照らし、近づいてくる大きな蜂を金属バットで迎え撃つとしよう。


キン


 素人丸出しの大根切りで金属バットを当てる事が出来た。蜂が飛んで行った方向にライトを向け行方を探す。見つけたと思った時にはすでに、紫黒の煙に包まれていて煙が消えると、やはり1万円札が落ちていた。


 よしよし。油断せずに周りを見ながら1万円札を拾いウエストポーチにしまいこんだ。まずは1匹!


 現在地を見失わないように、壁際に戻りそのまま壁沿いに進んでいくと、前回も見た部屋の隅に着いた。しかし不思議だな、ぱっと見で「隅っこ」って分かるような直線の壁と直線の壁が直角に重なり合っている隅。洞窟だか地下道なのかは分からないけど、ここは人が手を加え作った場所なのだろうか?


 こうして、また新しい謎を増やしつつ進んでいく。

 

 不思議な隅っこを通過して、そのまま壁沿いにしばらく進むと壁に大きな穴が開いている場所に出た。奥を見ると道があるようだ。入って探索するか、それとも一旦スルーするか。


 悩んでいるとライトが照らす穴の中から白い奴が現れた。



『鑑定』

ブレイドラビット

歯が鋭く「刃」の名前を持つが、名前負け感が否めない



 か、辛口な鑑定だな。刃ウサギか。結構安易な名前だった。鑑定結果を面白がっていると、それに気が付いたのかウサギが突っ込んできた。


 敬太も負けじと迎撃してやろうと金属バットを構えたが、動物に攻撃を加えるという事と、前回の怪我を思い出して躊躇してしまい、構えたまま固まってしまった。


 敬太の事情など知る由もない、中型犬ぐらいの大きさのウサギは鋭い突っ込みで足元に迫ってくる。慌てて片足を上げて躱そうとしたが、上げていない方の軸足に突撃され勢いで倒されてしまった。


 仰向けで倒れるとウサギがのしかかって顔の方に迫ってくる。それに慌てて、やられてなるものかと、ウサギを払いのけようと手を出した。その時カプリと手を噛まれて、締め付けられるような鈍い痛みがした。これでは噛み切られなくても、噛み付く圧力で骨が折れてしまいそうだ。


「いたたたたた」


 これはまずいと、空いている手でバットを握りしめ、チカラ一杯ウサギに叩きつける。


「放せこの野郎ー!」


 ボクッとウサギの腹にバットが当たると噛んでいた手を放し、敬太から離れた。そこで急いで立ち上がり手の様子を見る、噛まれた場所は少し凹んでいるが切れてはないようだ。ゆっくりと握ったり開いたりするが骨も大丈夫そうだった。


 気を取り直し、バットを両手で握りウサギを見ると、ウサギも敬太を見ていた。


 ここだ、ここが分岐点だ。殺れるか、殺れないか。


 前回やられた事を思い出せ、傷の痛みを思い出すんだ。奥歯を噛みしめ、気合いを入れる。大きく息を吸う。


「あああああああああぁぁぁぁ!」


 一歩踏み出しゴルフのようなアッパースイングを放った。


コッ


 バットが硬いものに当たりジンジンと手がしびれた。上手い事バットの先がウサギの顔に当たり吹き飛ばす事が出来た。手応え的には殺った感じがするがどうだろうか。


 ウサギを見ると倒れているが、立ち上がってきても反応出来るように身構えた。数秒間、時間が止まったように様子を見ていると、ウサギから紫黒の煙が噴き出してきて、ウサギの体を包み込んでいった。


 やがて煙が無くなるとそこには1万円札が落ちていた。


 敬太は大きく息を吐きチカラを抜いた。やはり殺生には慣れない。お前肉食ってんのに何言ってんだよ、と言われればぐうの音も出ない。どうせヘタレ野郎ですよ。


 トボトボと歩き、しゃがみ込む。


「1,2,3万円っと」


 やはりこのウサギは3万円落とすらしい。お金はウエストポーチにしまっておく。今回は小瓶は出なかった。ランダムなのだろうか?分からない事だらけだ。


 防刃手袋を外し、噛まれたところを見るがちょっと赤くなっているぐらいで問題はなさそうだった。


 しかし、決意し臨んだつもりだったのだが、いざ目の当たりにすると躊躇してしまった。そんな自分が情けなく少し落ち込んでしまう。



 結局みつけた穴?道には行かずその穴を通り越して、また壁沿いに歩くことにした。


 ちょっと行くと正面に壁が見え始め、2個目の隅になっていた。隅は壁と壁があるので警戒する面積が半分に減る。そこでちょっと休憩しよう。


 リュックを下ろし中からペットボトルのお茶を取り出す。それからふたを開けて、あ、ヘルメットどうしよう。・・・誰も来ませんように。祈りを込め急いでヘルメットを脱ぎ、お茶をゴクゴクと一気に煽り、すぐに被りなおした。


 緊張やら何やらで喉が渇いていたので美味しかった。



 気持ちを新たに先に進む。壁沿いにテクテクテク・・・壁に手をつけ、あちこちに首をふり明かりで照らし警戒する。歩みは遅いが着実に前に進んでいった。


 何も起こらずに3個目の隅に着く。真っ暗な中、ライトの光を目で追いかけ続けてるので、地味に目が疲れている。しばらく立ち止まり息を吐いた。


 3個目の隅から少し進むと、上に向かう階段があった。10段、20段ぐらい登った先には踊り場があり、そこで折り返しになっているようで、そこから先は見えなかった。ただ微かだが蜂のブーーーンという羽音が聞こえてくる。多分その先にいるんだろう。


 うん、今日は辞めておこう。後日ライトをどうにかしてから挑戦することにする。


 階段を通り過ぎ、壁沿いに歩き続け4個目の隅。それから少し行くと改札がある部屋の扉に戻ってきていた。


 扉を開け、中に入ると何もない改札部屋。ふ~、やはり明るい場所は気が休まる。


 これで扉の前の部屋をぐるりと1周してきた事になる。4つ隅がある長方形で、扉を背に左手に穴。右手に階段があるのが今日で分かった。


 とりあえず明かりが圧倒的に足りないので、今日の探索はこれで終了としておく。


 2度目の探索は約一時間で4万円の稼ぎになった。



 ヘルメットやらの装備を外し、街歩き仕様に変身する。

 ATMの画面を覗き込み変化が無いか確認するが何もなかった。改札も動いているようなので、ススイカをかざし駅に戻る。


「ピピッ」


 時間的にはたいして入ってなかったが、戻ってくると、戻れた~っと安心する。暗闇の中を歩くのは意外と緊張し、なかなかに疲れるものだった。さて帰りますか。荷物を抱え駐輪場へと歩き出す。




 家に戻って風呂に入って、父親の世話をして寝床に入る。そして眠る前にママゾンを漁る。今日不便に感じたライトを見ておくのだ。ふむふむ、ライトにも色々あるようで、首にかけるネックライトとか、胴体につけるランニングライト。広範囲を照らす作業灯、ランタン。


 とりあえず目に付いたものは全てポチる。ふふふ・・・ライト系10個で27,000円。先行投資だよ。今日は怪我もせずに、簡単に稼いでしまったから財布の紐がガバガバになってるようだ。



 2日後

ママゾンから荷物が届いた。今日の夜と明日の夜は、仕事が休みなのでゆっくりと探索が出来る。今は眠る前に届いたライトのセッティングをしてしまおう。


 最近のライトはとても軽く、おもちゃのようだった。一昔前だとヘッドライトに単三電池4本とかで、電池がクソ重くて使い勝手が悪かったもんだが。

 

 ライトの進化に驚きつつ、付ける位置を決め細工していく。

頭には3個、横並びにして照らす範囲を広げる。

首には2個、重なり合わないようにクリップで固定。

ウエストポーチのベルトにも2個、左右に付けて広範囲を照らせるようにする。

リュックにも1個。軽いのでキーホルダーのように気にならない。

胴体にもランニングライトを2個。

最後は手持ちで頑丈なものをひとつ。


 これだけ持っていけば大丈夫だろう。今は昼間で部屋が明るいから威力の程は確認できないけど、十分な明るさが確保できたと思う。



 着々と装備が整いつつある。近々の目標はポーション。父親の床ずれを治してあげたい。それから余裕があればデイサービスを週2のところを週3にして2日に1回ぐらいは風呂に入れてあげたい。


 小さなことからコツコツとやっていこうと思う。

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