第3話 帰宅

「ジリリリリリリーーーーン」


 けたたましいアラーム音が鳴り響く。体は重く全然寝足りないが、耳障りな爆音を止めるべく、もそもそとスマホの位置を探る。目を閉じたまま腕を動かしていると、小さく何かが裂けるようなパリッっと音がして腕に痛みが走った。


「いっ!!」


 どうやら塞ぎかけていた傷口が開いてしまったようだ。あぁ・・・と、ぼんやりと昨晩の出来事を思い出しながら、スマホのアラームを止めた。


 体を起こし周りを見る。昨晩の出来事を思い出し、今いる状況を把握する。殺風景な何もない、いや改札だけがある部屋か・・・


「ん?!」


 ある。改札の横にATMのような券売機のような物がある。おかしい。眠りにつく前までは何もなかったはずなのに。いや?あったのか・・・寝起きのせいなのか、少し記憶が混乱しているようで、なかなかはっきりして来ない。


 いやいや、うん、絶対になかった。いつの間に?


 何とか頭の中の記憶を整理して、そんな物無かったと結論を出した。そうすると、何か知らないけど不意に現れたATMのような奴。それを使えばここから出られるかもしれないと希望が見え、それに興奮し急に立ち上がろうとしてしまった。


「いだ!!」


 だが足に襲い掛かった痛みにより、ふくらはぎに大怪我を負っていたのを思い出した。くそう・・・


 一旦、床に座り直し体制を整えて立ち上がろうとした時に、改札が視界に入った。するとそこには昨晩はなかった緑色の↑矢印が光っているじゃないか。目を凝らし見るが間違いない。光ってるね。


「あれ?動いてるのか・・・」


 昨晩と違うところが、あっちにもこっちにもあって嬉しくなる。


「いよいしょっと」


 怪我しているふくらはぎに負担をかけないように立ち上がった。まだ頭が重くぼんやりするが、脱出出来るかもしれないという希望が強く、改札とATMらしき物を観察し始める。


 改札は正面に見える緑の矢印と金額が表示される液晶が光っている。正常に稼働しているように見えた。いつも見ている、見慣れた改札の状態だ。


 ATMの方はパネルに何やら文字らしきものが出ているのが見えた。とても気になるので、まずはATMの方にケンケンしながら向かう。


『レベルアップおめでとうございます』


 何の事やら?・・・意味が分からないが他に情報が無いか、とりあえずATMのパネルに触ってみる。すると画面が切り替わり


『初レベルアップボーナス』


鑑定

自動マッピング

椅子

ロッカー


 と、選択肢が出てきた。益々持って謎が深まり、どうしていいのか途方に暮れてしまう。画面には「戻る」とか「やり直す」とかの項目は見当たらず、何かしら選ばないと先に進まないような感じがする。



 しばらく何も押さずに考え、眺めていたが画面が切り替わり元に戻るような事は無く、ずっと選択肢が画面に表示されたままだった。


 仕方がない。適当に選んでみるか「ボーナス」とあるのだから、押したら爆発するとか、そんな危険性はないように思う。


 一見関係性が見えない言葉の並び。何を選択させたいのだろう。「マッピング」だの「椅子」だの、両者が結び付く何かがあるのだろうか?


 分からん。


 大体こんな風に選択肢が表示してある場合は、需要が高いものが上にくるのが定石だ。自動販売機とか飲食店の券売機なんかは、迷ったら左上を選べば間違いない。おしるこが出てきたり、得体のしれない発酵料理なんかは絶対に出てこないから安心だ。


 それを踏まえれば一番上に来ている「鑑定」とやらを選んでやれば、可もなく不可もなく、変な風になるような事だけはないだろう。我ながら名推理だ。自信満々で選択肢を選んだ。


「ピン」

『カードを置いてください』


 「鑑定」を押すと高い電子音が鳴り、次の指示が来た。カードとな?・・・考えられるのはススイカだろうか。この得体の知れない部屋に飛ばしてくれた張本人だからね。ここは素直にススイカで挑戦するとしよう。


「ピピーーーピピーーーピピーーー」

『本人確認が出来ませんでした。もう一度カードを置いてください』


 あれ?こっちが拾ったカードだと思ったんだが逆だったかな、と置いてあるススイカと持っているススイカを交換してみる。すると画面が切り替わりパワーゲージのようなものが現れ「しばらくお待ちください」の文字が点滅し、ぐんぐんとゲージが埋まって行く。


 処理時間待ちのゲージを眺めていたら「何か」が体にまとわりついてきた。柔らかいスポンジケーキに前と後ろから体全体が挟まれているような、心地いいような不思議な感覚がしばらく続いた。不快ではなかったので、なんだろうか?と放っておくと、フッっとスポンジケーキのような感覚は消えた。それからすぐに


『登録が完了しました。カードのお取り忘れにご注意ください』


 と、アナウンスされた。不思議だなあと、ぼんやりカードを手に取った。その瞬間「鑑定」の意味や使い方が、全て理解できたのが理解できた。


 それは元々知っていた知識のように違和感なく、記憶が上書きされているような感じだが、不快感はない。


「なるほど・・・」


 「鑑定」っていうのは言葉の通りで意識させると、その物の名前、使い方、効果などが知る事が出来るらしい。なかなか便利そうだ。さっそく使ってみようか。

  

 ボロボロになってしまった上着に意識を向けて「鑑定」するぞと集中する。



『鑑定』

上着

ワープマンで6,800円で買った上着

ワープマンのプライベートブランド「イーダス」のひとつ

雨に強く高機能だが、今は穴が開き機能の大部分を失っている



 うん。どーでもいいわ。知ってるし・・・


 まぁミスって誰でもあるじゃん。気を取り直して、ここは脱出するのにキーになりそうなススイカを見てみよう。



『鑑定』

ススイカ(改)

魔改造されダンジョンに入る為の通行手形の役割も付いている

森田敬太もりたけいた専用 

もちろん従来のICカードとしての機能も損なわれていないのでご安心を



『鑑定』

改札(改)

魔改造されダンジョンに入る為のゲートとしての役割も付いている

ゲート稼働後は認識阻害をさせる機能が付いているので

人が突然消えたり、現れたりを認識出来ないようになっている

もちろん従来の改札としての機能も損なわれていないのでご安心を



『鑑定』

ダンジョン端末機ヨシオ

一見するとATMのようだが実はレベルアップやスキル授与などなど

ダンジョン生活を向上させる為に大いに役に立つ優れもの

一家に一台ダンジョン端末機はいかがでしょうか



「ふ~ん名前あるんだ・・・」


 色々情報が溢れてきて処理が追い付かない。ススイカに改札でヨシオ・・・



 大まかにまとめると、拾ったススイカ(改)でダンジョンなる場所に迷い込んできてしまった感じなんだろうなと、自分なりに話をまとめた。


 拾った物をネコババしようとした罰なんだろうか、ひどい怪我もしてしまったし、この場所から出られるならさっさと出て病院に行きたい。


 改札まで移動しススイカ(改)をかざしてみる。


「ピピッ」


 電子音が鳴ると一瞬、目が回り、グッと瞬きをすると、いつもの最寄り駅の改札に戻ってきていた。


「あ、戻ったぞ・・・戻った・・・」


 辺りからは喧騒が聞こえ、見回しても知っている景色だった。そこで間違いなく戻ってこれた事を確信し、心底安心して半泣きになりながら、忌まわしい改札から離れていった。




 ゾンビのように足を引きずり歩く。身なりは爆発でもあったかのようにボロボロ。肌が見えるところはドス黒く変色し、血のりでは出せないリアリティーがあった。


 時刻は午前7時26分。昨日は忘年会だったので今日は12月30日になるはずだ。正に年の瀬の朝少し早い時間だとは言え、ひとりハロウィンはあまりにも目立ってしまう。すれ違う人々が奇異の目を向けて来る。中にはスマホを向けている奴がいるが、気にしたら負けだ。だって着替えようもないし・・・

 

 戻ってこれた事に頭の大半を占められ、ついつい、いつものクセでぼんやりと駐輪場に向かっていたのだが、はたしてこの怪我をしている足で自転車を漕げるのだろうか?という疑問が生まれて立ち止まった。


 自転車に乗りバランスを崩して、おっとっとパックリって映像が簡単に想像出来たので回れ右してバス乗り場へと足を向けた。

 


 バスの発着場があるロータリーに着き、バスの時刻表を確認すると、次のバスは7時58分発のようだ。今は7時42分なので少し待つ事になる。周りを見て後ろにベンチが空いているのを見つけたので座って待つことにした。


 冬の朝は寒く、ボロボロになっている上着の通気性が憎らしい。寒いのでポケットに手を入れるとグシャリと何かが入っていた。一瞬何かと考えたが、すぐに答えは出た。ダンジョンとやらで拾ったお金だ。


 取り出してお金を見ると、ちょこちょこ血が付いていて汚れてしまっていた。これって使える本物のお金なのだろうか?・・・


 拾った時から思っていたのだ。あんな暗い得体の知れない所に、お金が落ちている事があるんだろうか?8万円。結構大金だぞ。質の悪い、いたずらだとしか考えられなかった。もし偽札だとしたら、使ってしまった時の罪は最上級に重い。なので、おいそれと使える物じゃなかった。


 だけれども・・・


 はたしてコレにも「鑑定」は通用するのか?さっそく見てみた。



『鑑定』

日本銀行券

本物です。使えますよ



 なんという・・・これは嬉しい。じゃあついでにお金と一緒にポケットに入っていた、拾った小瓶も見てみる。



『鑑定』

ポーション

回復(小)

飲み薬です。


 へぇ~。お薬だったんだ。回復って事だから「青まむし」とか「ユンゲル」とか「レッドブルー」みたいなものかな。丁度、寝不足だし疲れていたんだよねと、お金が本物だった嬉しさから、今度は疑いもせずに一気に小瓶の中身を飲み干した。


 味は甘いシロップ薬みたいで嫌いじゃないのだが・・・熱い。度数が高いお酒を飲んだ時のように、喉そして食道から胃にかけて通って行くのが分かるぐらいに熱い。


「くぅぅううううう」


 っと、しばらく悶えていた。



 気が付くとロータリーにバスが入ってきて、バス停の前にやってきていた。「プシーーー」っとバスの扉が開くと、並んでいた人達が乗り込んでいく。敬太も遅れまいとベンチから立ち上がると、スッっと体が異様に軽かった。そして2~3歩進むと足に痛みが無いのに気が付いた。


 どうしたのだろうと、太ももにある傷に手を触れようとしてみたが、傷口が無く手が傷に触れる事は無かった。あれ?っと思いズボンに開いている穴から自分の太ももを弄る。血が固まった後や、血が渇いてボロボロとしているところはあったのだが、傷を見つける事が出来なかった。


 ならばと、一番酷かったふくらはぎをズボンを捲り上げ見てみた。だが、こちらも同じで、傷があった場所は血の固まり方で分かるのだが、傷はうっすらと赤い線を残し消え去っていた。



 そうやって敬太がひとりで自分の体を撫でまわしている間に、待っていたバスは行ってしまったが、とり残されてもまだ自分の体を撫でまわしていた。


 ようやく正気に戻り、再びベンチに座り腕を組み考える。あれは夢だったのか?怪我などしていなかったのか?しかしポケットにある1万円札がそれらを否定している。う~む。


 しばらくバス停で一人でうんうん唸っていたが、答えなど出るはずもなく諦める事にした。分からない物は分からない。


 ベンチから立ち上がると颯爽と歩き、駐輪場から自転車を引っ張り出して家へと帰って行った。

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