第2話 泣きっ面に蜂

「ズサッ」


 少し離れた暗闇から落下音が聞こえた。まあまあの飛距離だったようだ。これで恐れをなして逃げ出してくれればいいのだが。画面が割れた悲しみのスマホを地面から拾い上げ、ウサギの気配を探る


 しばらくするとテッテッテッと足音が聞こえてきた。まだ向かってくるのか。素早くスマホのライトを向けると白い悪魔が2匹、列を成して走ってきているのが見えた。


 えぇ?2匹?蹴り飛ばすと増えるのか?


 いや、よく見ると後ろのやつは足を引きずっている。蹴りつけたダメージが見えた。1匹はさっきの1匹なのだろうが、仲間を連れてきたんだな。う~ん、やばくない?


 また噛みつかれたら堪らん。


 ここはカウンターでキックを叩き込んでやる。スルリと足を振り上げ構えた。すると、そんな動きを見切っているのか、前を走るウサギがピョコンとジャンプして、顔めがけて突っ込んできた。眼前に鋭いウサギの前歯が迫り、白く光っている。慌てて尻餅をつくように地面に座り込んで、ウサギの攻撃を躱す。


 危なかったなと冷や汗をかいていたら、足を引きずっているウサギが、地面に座り込み足を伸ばしている状態のふくらはぎに、波状攻撃の第二波として噛みつこうとしていた。


 慌てて足を引っ込め噛みつきを躱し、引っ込めた反動を利用して足を突き出して

蹴とばす。たいした威力は無いだろうがウサギと少し距離を取る事が出来た。


 しかし、蹴とばすのに集中し過ぎていたのだろう。さっき飛びつき攻撃を躱し後ろの方に行っていたはずウサギが、もう戻ってきているのに気が付かなった。


 チクリと肩に刺すような痛みがして、続けざまに頭にガッと衝撃がきた。後ろから背中に乗しかかられ頭を齧られたようだ。頭はまずいと、急いで頭を抱え地面を転がる。ゴロゴロと転がり距離を取り、ウサギの位置を確認しようと頭を上げると、ツツーと汗が垂れてくるので、袖で拭いながらゆっくりと立ち上がった。


 すぐそこに頭を齧ってきたウサギは見えているのだが、蹴とばしたもう1匹の方が見当たらない。頭を齧ってきたウサギから目を離さないように辺りを見渡すが、蹴とばした方の1匹は見つからなかった。


 また汗が垂れてきた。ちょっと普段では考えられない汗の量・・・違う。これは血だ。頭を齧られ血が噴き出してしまっているんだ。先程拭った袖を見ると、赤く染まっている。


「いっ!」


 不意にふくらはぎに激痛、堪らずにひっくり返ってしまう。後ろから噛まれたようだ。


「いいいっ!」


 時間差で肩に痛みが走る。フゴフゴと鼻息荒く噛みついている、白い毛並みが視界に入った。あちこち連続で噛まれ、対応が追い付かずに軽くパニックになってしまう。


「わああああ」


 悲鳴を上げ、カメのように丸くなり地面に突っ伏した。それでもウサギの噛み付きコンビネーション波状攻撃は止むことなく、執拗に喰らい付いてくる。


 頭、肩、腕、尻、腿。あらゆる所に噛みついてくる。ヤバイヤバイ・・・このままでは出血多量で死んでしまう。怖い、怖いよ。


 なんなんだココは。


 なんなんだ。


 オレはただ家に帰ろうとしていただけなのに、変な部屋に閉じ込められるし、スマホの画面は割られるし、お気に入りの上着はビリビリだ。その上、見たこともない凶暴な大きなウサギに噛み殺されようとしている。


 理不尽だ・・・


 沸々と怒りが込み上げてくる。なんで、どうしてこんな目にあっているんだ。もう嫌だ。クソ、クソ、クソ・・・


 クソったれ。


 分かったよ、上等だ!命のやり取りしてやろうじゃねーか。ここでこのまま嬲り殺しにされるのならば贖ってやるぞ。道連れじゃぁ。もう、どうにでもなーれだ。


 パニックになり、心が折れた後の開き直りだった。


 ちらりと腕の隙間から周りの様子を伺うと、丁度、頭に齧りつこうとしているウサギが見えた。ゴリっと頭を齧られたが怯まない。気合いを入れたからなのか、アドレナリンが出ているからなのか、先程までの痛みは感じ無い。


 頭に齧りついているウサギを両腕で抱きかかえる。中型犬ぐらいの大きさのウサギがジタバタ暴れて、顔やら胸やら引っかいているが離しはしない。鯖折りをするように腕に力を込めて、ゆっくりと立ち上がる。そこから素早く抱え直し、ウサギの頭が下になるように抱き替えて、パワーボムの体制に持っていった。


 肩に担ぎあげるようにして持ち上げ、後頭部から地面に叩きつけるんだ。上まで掲げ、そこから勢いをつけ体重を乗せ地面に投げつける。


ドスン


 受け身の取れないウサギには効果覿面だろう。パワーボムで叩きつけられたままの体制で後ろ脚を痙攣させている。まるで夢の中で走り回っているように見えた。


 ジロっと振り返ると、丁度飛びつこうとしていたもう1匹のウサギがいた。素早く立派な長い耳を鷲掴みにして、ウサギの動きを制する。そのまま耳を持って持ち上げようとすると、耳が痛いのか、たいして暴れなかった。


 大きさが中型犬ぐらいあるので、片腕だけでは重くて持ち上げきれないので、空いている手でウサギの尻も鷲掴みにする。そこから一気にバンザイするように、頭の上まで持ち上げた。火事場のクソ力じゃい!


 ウサギはされるがままに、掴まれた状態で上を向いて固まっている。


 上まで持ち上げた後は同じだ。後頭部から地面に叩きつけるようにして、高いところから投げ下ろす。


ドスン


 耳が持ちやすかったので、さっきより勢いがついたと思う。ウサギは叩きつけられたまま、まったく動かない。多分、死んだのだろう。チラリと先の痙攣していた方のウサギを見ると、そっちも動かなくなっていた。




 落としていたスマホを拾い、動かなくなった白い物を見つめると、段々と冷静になり罪悪感を感じてくる。何も殺すことは・・・器物破損でいくら取られるか。いやいや危なかったから仕方が無かった・・・正当防衛じゃ。だからと言って・・・何も殺すことは・・・。


 自問自答が始まってしまった。



 気が付くとウサギが黒い、紫がかった煙に巻かれていた。どうしたんだと見ていると煙は薄れウサギが忽然と消えてしまった。その代わりにウサギが倒れていた所には1万円札が数枚落ちていた。


 ライトで周りを照らして確認するがウサギは消え去り見当たらず、間違いなく1万円札の福沢諭吉がある。


「1、2、3・・・」


 拾い上げ枚数を数えると3万円、そこにも3万円。2匹分合わせて6万円落ちていた。あとリップクリームぐらいの中に液体が入っている小瓶が落ちていた。どう言う事なのか、さっぱり分からないが貰えるものは貰っておこう。


 まだ破れていないポケットを探し、お金と小瓶をねじ込んだ。



ブーーーン


 不意に暗闇の奥の方からハエだかハチだかアブだかの大きな羽音が聞こえてきた。


ブーーーン


 近づいてくる。傷だらけで動きたくないが、音がもう鬱陶しいので逃げる事にする。壁に手をつけ改札部屋の方に歩きだしたが、あちこち噛まれたり齧られたりしたので体中痛い。我慢、我慢だ。


ブーーーン


 近いし音が大きい。スマホのライトを音がする方に向けるが何も見えない。気持ち悪いが、とりあえず改札部屋に急ごう。


ブーーーン


 近い!って言うか纏わりつかれている気がする。


ブーーーンブーーーン


 音がヤバイ怖いキモイ。腕を振り回し、来ないでアピールするが通じず、何か大きな物があちこち飛んでる気配が感じ取れる距離にいる。


 闇雲に腕を振り回し続けているとバシッっと何かが手に当たり地面に落ちた。ライトで照らすと、黄色と黒のストライプのお尻、黒光りする羽、黄色い頭に、頑丈そうなアゴ。体の大きさは鳩ぐらいある巨大蜂っぽい物だった。


 こんな大物に刺されたら堪らんだろうと急いで踏みつぶし止めを刺した。


グシャリ ブーーーン


 まだ他にもいるようだ。


「いでっ!」


 右腕の肘の少し上辺りに刺された痛みがした。反射的に手で払うとバシっと手ごたえがあった。急いでライトで照らすと地面の上でひっくり返っている大きな蜂がいたので、逃げられる前に止めを刺す。この野郎、この野郎。


ストンピング、ストンピング


グシャリ


 大きいからなのか、普段知っている蜂より鈍くさく簡単に仕留める事が出来た。まだ他にいるかと、周囲の音を探るが周りにはもう、あの大きな羽音は聞こえなかった。


 息を吐く。ふ~~。


 しかし大きな蜂だった。刺されたけど毒とか大丈夫な種類なのだろうかと、踏み潰した蜂を観察していると、蜂達もまた紫黒の煙に巻かれだした。


 蜂の姿が掻き消えて、後に残ったのはまたもや1万円札。各1枚づつなのか2匹仕留めたので2万円落ちていた。


 なんか不思議な光景だ。地面にお金が落ちていたのではなくて、煙が消えるとお金が現れるのだ。気持ち悪いけど、嬉しいような、複雑な気分だ。まぁ、お金に善悪は無い、拾っておこう。先程のポケットにねじ込んだ。



 刺された場所をさすりながら、改札部屋に向かう。変な毒とか無ければいいのだけど・・・


 歩くのにチカラを入れると、あちこち痛むのでちょこちょことしか進めないが、どうにかこうにか扉まで辿り着いた。


 扉を開けると、まぶしい光が飛び込んでくる。明るいだけで、こんなにも心強いとは・・・


 扉を閉めると気が抜けたのか、チカラも抜けて座り込んでしまった。扉に背を預け、明るい場所で自分の手を見る。手のひらは血と泥に汚れ、赤黒く染まっており、

ズボンはビリビリ、いたるところから素肌が見えており、その素肌は血に染まり、所々血が渇き赤黒くカピカピしている。上着もボロボロで色々なところが切り裂かれており、通気性は抜群だ。


 満身創痍だな・・・


一時は「死」をも覚悟したが、どうにか安全と言えるところに戻ってこれた。


 


 数分間、虚空を見つめていたが不意に寒くなってきたので現実に帰った。寒いなぁと、部屋の中を見渡すが着る物も、羽織るような物も、寒さをしのぐのに役に立ちそうな物も無い。何もない部屋なので、何もある訳がなかった。


 とりあえず床に直に座っているのも冷たいなと思い、立ち上がろうとしたが、左ふくらはぎに激痛が走りひっくり返ってしまった。


 この痛みはヤバそうだと、ズボンの裾を捲り上げ、傷の状態を見る。するとふくらはぎは、人差し指の長さぐらいに一直線に切れていた。深さも結構ありそうで、普段お目にかかれない赤ピンクのお肉や、黄色い脂肪が見えていた。


 一直線に開いた傷からは、血が一定のリズムで血が溢れ出している。紺色の靴下は大量の血を吸ったらしく、全体的に黒っぽく変色し、スニーカーにまで血は流れてしまっている。


 傷口を見て、改めてマズいと思い、そこで初めてスマホから外部に連絡するという考えに辿り着いた。随分と焦ってしまっていたようだ。


 スマホを取り出し画面をタップする。画面が割れてしまうと反応しなくなってしまう事が良くあるが、今回は大丈夫だったようで「119」と押せた。


「ツーツーツー」


 繋がらない・・・もう一度かけるが、同じく繋がらなかった。料金は払っているから大丈夫だよな・・・。どうして繋がらないのか理由が浮かんでこず、しばらく考えてやっと圏外なのではと思いつき画面を見ると、電波の所に「圏外」との表示があった。


「このご時世に圏外かよ・・・」


 悪態をつきながら、足に負担をかけないように片足で立ち上がり、ケンケンしながら部屋中の電波を探し回ったが、どの場所にも反応はなかった。そうやって動きまわったのが良くなかったのか、次第に寒気は増していき、なんだか体も重くなってきてしまった。


 しだいに立っているのも辛くなってきてしまい、床に腰を下ろしてしまった。スマホを覗き込むと午前3時2分とだけ読めたが、目が回ってきているのか視界がボヤけていた。


 何も出来ない・・・


 どうしたらいいんだろうか・・・


 考えがまとまらない・・・


 座っているのも辛くなってきてしまったので横になり、瞼を閉じるとそのまま意識は闇の中に落ちていってしまった。

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