(株)ダンジョン
にくだるま
1章 一人遊び
第1話 最終電車
「あーぎもぢ悪い・・・」
会社の忘年会でしこたま飲んで、完全に出来上がっていた。日々の生活でストレスが溜まっているからなのだろうか。普段、家飲みはしないが、たまに外に飲みに出かけるとついつい深酒してしまう。
千鳥足ながらも帰宅する為になんとか駅まで歩いてきた。時計を見ると・・・うぅ視界がぼやけているが、えぇ~0時35分ぐらいかな。なんとか終電の時間には間に合ったようだ。
普段は自転車で生活しているのだが、忘年会でお酒を飲むので今日は電車を使って来ていた。
改札を抜け階段をヨタヨタと降りてホームにたどり着くと同時に、最終電車が滑り込んでくる。暖かい車内は、思いのほか空いており空席はすぐに見つかった。
会社指定の作業ズボンに、今年新しくワープマンで奮発して買ったイーダスの上着。外にいても寒くないように防寒をしっかりとしているので、少し暑く感じるが
上着の前を開け温度調整をすると、とても心地よく落ち着けた。
酔っているせいで座るとすぐに睡魔が襲ってきたが、ギリギリで戦っているとあっという間に最寄り駅に到着したようだ。電車が完全に止まる前には立ち上がり、忘れ物が無いか座っていた席を確認する。
この確認作業は毎回やっている習慣だ。たとえ酔っていたとしても忘れない
すると立ち上がった後の席にICカードのススイカが落ちていた。だらしない姿勢で座っていたせいかポケットからこぼれてしまっていたようだ。
手早くススイカを拾いポケットにしまい込み電車を降りた。
改札の手前でICカードを取り出そうと、ポケットに手を入れると何故かカードが2枚ある感触がした。入っているはずの無い2枚のカード。
少し脇にそれ立ち止まりポケットの中を確認すると、同じススイカが2枚出てきた。1枚は間違いなく自分の物だが、もう1枚はさっき拾ったものだのうか。
う~ん、やっちまったなぁ。どうしたもんだろうかねぇ、2枚あるカードをぼんやり眺める。どうやらさっきの電車の座席に落ちていたカードは、自分の物では無かったようだ。素直に駅員さんに届けるか、それともネコババしちゃおうか・・・
事情を話して駅員さんに届け出れば上手い事やってくれるんだろうけど、時間をとられそうだし面倒臭いし、酔っていて眠いし。
しばらく悩んだが「面倒臭い」って考えが勝ってしまい改札へと歩き出した。
「ピピッ」
通っていいよ、の電子音は鳴ったが残高表示が『----円』と表示されなかった。改札の扉が閉まるようなことは無かったけど、少し焦った。
多分、今使った方が拾ったカードだったのだなと思っていた時、いきなり周りが薄暗くなった。
何事かと、ちょっと驚きながら顔を上げると、先程まで改札の先にあった券売機やコインロッカーなどは見当たらず、その代わりに10mぐらい先に飾りっけのない防火扉のような頑丈そうな扉があった。
右を見ると壁、左を見ても壁。コンビニぐらいの広さで、何もない空間に居る。
現実味が無く、頭が回らない。
後ろを振り返ってみると、後ろにも壁があった。今歩いてきたはずの改札の通り道に、壁が出来ていて、ぐるりと壁に囲まれている部屋のいるようだ。
何もない部屋に改札口が一つだけ、壁に向かって設置されている。そんな不思議な空間。
天井を見上げると丸い穴が等間隔で開いていて、そこから明かりが差しているようだ。壁は全面クリーム色と言うのだろうか、落ち着いた明るさ。床もツルツル仕様でクリーム色。
先程まではワイワイガヤガヤと聞こえていた生活音などが一切しなくて「シーン」って音が聞こえてきそうなぐらい静かだ。なんだが知らない世界に弾き飛ばされたような気分になった。
しばらくの間、ぼんやりと部屋中を眺めていたが、あるのは前方の扉と側にある行き止まりの改札だけ。
出入り口になりそうなのは前方の防火扉だけなので、ノブを回してみる。鍵が掛かっているような事は無く、すんなり扉は開いたのだが、扉の先を覗き込むと真っ暗闇だった。
「くらっ!」
何にも見えない。急いでスマホを取り出しライトをつけた。小さいライトが懸命に暗闇を照らそうとするが、所詮はスマホの簡易機能。暗闇全体を照らし出すことは出来ず、どのような所なのか分からなかった。
改札のある部屋から漏れる明かりとスマホのライトが、扉の先の地面は土っぽいという情報だけを与えてくれた。
「誰かいますか~・・・」
我ながら情けない声で反応をうかがったが、返答は無い。弱ったなぁ・・・
一度扉を閉め部屋に戻り、改めて部屋の中を見回すがやっぱり何もない。壁を叩き誰かに知らせようと、ぐるりと部屋の中を1周叩き回ってみたが、音の響かない凄く厚みのある硬い壁なのが分かっただけだった。
改札がポツンと壁に向かって置いてあるだけで他に扉や出入り口は無い。
あの暗闇の中を進んでいくしかないのかぁ。諦めにも似た覚悟をして再び扉を開けた。ゆっくりと扉の向こうに移動して扉のノブから手を放し、左手を壁につける。するとザラリとした岩のような感触が伝わってきた。
ガチャンと金属扉が閉まる音がすると、改札の部屋から漏れていた明かりが無くなり真っ暗になった。頼りになるのは左手の壁の感触とスマホのライトだけ。照らさないと足元すら見えない程に暗いので一歩ずつ一歩ずつ、腰が引けながらではあるが進んで行く。
普段の生活では夜中だろうがなんだろうが、街灯はあるしコンビニはあるし、自動販売機の明かりもあるしで、本当の暗闇ってはの数える程度しか経験していない。そのせいなのか凄く怖いし、なんだか閉塞感がある。
広い場所を歩いているはずなのだが、スマホのライトが照らし出す場所しか
存在していないかのように感じてしまう。必死になって右、左、下と照らして頑張っているが閉塞感は拭えなかった。
どれぐらいだろう10分~15分かそれ以上か分からないが、すり足の速度で進んでいくと、進行方向に壁があるのがライトに照らされて見えてきた。どうやら、この部屋の隅まで進んできたらしい。
こんな訳の分からない所は脱出して、早く家に帰って寝たいなぁなんて考えていたのだが、薄っすらと壁の隅に白い物があるのが見えた。
何だろう?
抱えられるぐらいの大きさで毛布が丸めて置いてある感じだ。ライトを集中させ正体を探っていると、突然その物体が動き出した。その時ライトに反射する二つの輝きが見えた。犬とか猫みたいに暗闇でキラリと光っていたのだ。それで、その物体が犬だか羊だか山羊だか分からないが、何かしらの生き物なのが分かった。
「なんでこんなトコロに?」という疑問が頭に浮かんだが、それ以上に正体不明で恐ろしかった。
「うぐぐ・・・」
恐怖のあまり叫び声を上げそうになるが、なんとか堪えた。
だが正体不明の動物はこちらの「来ないで」って思いなど知った事かと、かなりのスピードで迫ってきていた。
暗闇の中での急な出来事に動けないでいると、右の太もも辺りにドシンと何かがぶつかってきた。
「いたっ!」
太ももに痛みが走り声を上げてしまう。なんかぶつかった打撃系の痛みではなく、刺さった感じの痛みがして「噛まれた」と瞬時に理解できた。
すぐに体を捻り、空いている左手で払うように腕を振るった。ドシっと左手に重さのある衝撃が伝わと、動物は太ももから離れていった。多分ビンタをかましたような感じになったと思う。
動物は逃げ出すようなことは無く、フガフガ息づかいが聞こえる距離でこちらの様子を伺っている。
怖い・・・背筋に寒気が走り、膝が震えてくる。ジンジンと疼く太ももからは肉が抉られるような強烈な痛みがした。血が出てそうなので傷を確認したいのは、やまやまなのだが、この動物から目が離せない。目を離した瞬間にまた噛みつかれるかもしれないという恐怖が、体を動けなくしていた。
犬とかが甘噛みしてじゃれてくる事は日常でもあったが、強烈な痛みがするほど強く噛み付かれる事なんて初めての経験で、自分に危害を加えようとする相手が目の前に居るってだけでもの凄く緊張してくる。
どうしよう、どうしたらいいのだ。
逃げ出したいけれど・・・そんな思いから後ずさるように距離をとろうとしたが
その前に再び動物が飛びついてきた。
動物はピョコンとジャンプして、首辺りに飛びついて来た。その瞬間に色々なものが見えて、動物の顔や容姿が良く分かった。長い耳があり、ヒクヒクしている鼻。白いモフモフそうな毛並み。こいつウサギだろ。中型犬ぐらいの大きさがある俊敏なウサギ。
知らない知らない。こんな大きなウサギ見た事も聞いた事もないよ。なんなんだこいつ。
必死に防御しようと、肘を前に付き出し首を守る姿勢を取り、飛びつかれる衝撃に備えた。
「いだぁ!」
まただ、また噛まれたよ。防寒の為にそこそこ厚みのある上着を着ているのに、それを貫通して左腕の前腕に抉られるような熱い痛みが走った。
反射的に腕を払うとウサギは投げられたように離れていった。痛みにこらえながらスマホのライトで照らしウサギの位置だけは把握しておく。暗闇で見失うのは痛みよりも怖いのだ。
着地したウサギは2~3m先で鼻をヒクヒク動かしながら、赤い目をしてこちらの様子を伺うように見ている。
くそぅ・・・怖いし、痛いし、なんなんだよ。
ウサギと目を合わせながら、左手を壁につけてゆっくりと後ずさる。噛まれた2か所はジンジンと痛みを訴えているが、それよりも離れる方が優先だ。ジリジリと下がって行く。
少しウサギと距離がとれたので、すごく痛い傷の具合を確認する。噛まれた太ももに手をやるとヌルッと濡れていた。え・・・、嫌な感じがする。
パッと素早くライトをウサギから傷を触った手に当てると、照らされた手は真っ赤に染まっていた。そのまま太ももを見ると、太ももから膝の辺りまでズボンが濡れていた。なんだか急に噛まれた場所の痛みが増してきた気がした。
スマホのライトをウサギに戻し後ずさる。これはヤバいかもしれん。命の危険を感じつつ距離を取る。ウサギはこちらを見ているが、すぐに動き出す感じではない。
これは逃げられるかもしれない。
ダッシュで改札があった最初のあの部屋まで戻れば、出入口の扉でウサギを防ぐこともできるし、部屋の中に入って来られても、明かりがあれば何とか対処できるかもしれない。とりあえず、この暗闇は危険すぎる。
ジリジリとウサギと距離を取りながら様子を見る。まだウサギは動かない。スマホを右手から左手に持ち替え半身になってタイミングを計る。
今だ!
右手を壁にそえダッシュする。暗くて正確には分からないが、扉までの距離はそう遠くない。逃げ切ってやる。
久々の、超全力!。社会に出てから全速力で走った事なんてなかったが、足元も見えない暗闇の中を全速力ダッシュする。
タッタッタッと自分の足音だけが暗闇の中から聞こえる。我武者羅に走っていると、何かに踵が当たってしまい足が絡まる。すると凄い勢いで地面が近づいてきて、エビぞりの恰好で転んでしまった。
ズサッッ
転んですぐに気が付いたが、左手に握りしめていたスマホを思いっきり犠牲にしてしまっていた。恐る恐るスマホの画面を覗き見ると画面が割れているじゃないか。先週修理に出してキレイに直してもらったばかりなのに・・・
転んだままのうつ伏せの状態で、怒りに肩を震わせていたら背中に刺さるような痛みと重みがのしかかってきた。ビクリと背中を反る。追いかけて来たウサギに乗っかられてしまったようだ。
「おのれ・・・」
ウサギの白い体が視界の隅に写り込む。スマホから手を放し地面に置き去りにして
素早く立ち上がる。その際ウサギが爪を立てたのか、背中に刺すような痛みがし、生地が破れるような音がしたが構ってる場合じゃない。「気を付け」の姿勢のように背筋を伸ばすと、ポスンとウサギが地面に落ちたのが分かった。
素早く振り返り、大きく足を振り上げる。
もういい、もう頭来た。
もし、このウサギの飼い主がいたとして損害賠償請求されても構わない。こっちだって噛みつかれ、血だらけになり、あげくスマホを壊されたんだ。こんな事するやつは害獣だ。害獣は駆除だ~!
「スマホの怨みーーー!!」
ウサギの胴体に怒りのキックが炸裂し、勢いそのままウサギは吹き飛んでいった。
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