第15話 暗殺者、募集中

 その夜は終わり、少佐は結局べろべろに酔った中佐を送って帰った。



 部屋に戻りひとりになってから、今日の少佐の言葉を繰り返した。


 

 一体、誰を殺す気なのか。


 まさか軍の内部抗争じゃないよね。



 聞いてしまった以上、私は、どうなるのだろう。その晩はなかなか寝られなかった。


 その日から三日間は休暇だったが、休んだ気がしなかった。

 ゆっくり寝て、以前に読んだ本を繰り返し読んだりしたが、どうも落ち着かなかった。

 出来るだけ、人に会わないようにしてしまった。誰にも会う予定はなかったが、基地は狭い。通りすがりに誰かに出会うことさえ避けたい気分だった。


 軍はどうやら例の卵と死体を全部片付けてしまったらしかった。

 軍のHPでそれは読んだ。尉階級以上宛に送られてくるメールマガジンにも、結構、詳細に事情が載っていた。知っておけということなのだろう。きっと、今頃、研究部は、例の気持ちの悪い卵の山に埋もれているのだろう。処分がなかなか難しいと、少佐が言っていたのを思い出した。


 三日目にようやく基地に行く気になった。


 明日から何かが始まるはずだ。情報を知りたい。準備もある。


 ジェレミーが私服でいつもの席に座っていた。マイカはもう制服で、兵站の人間と一緒に倉庫に詰め込む物品のチェックをしていた。


 レッドの何人かが暇そうに私服でたまっていて、ここでアルコールを飲むことは禁止されているので、ジュースとスナックをかじっていた。


 そして、真ん中にはバルク少佐が退屈そうに、長い足を組んで座っていた。寝ているように見えた。


 私は、目立たないように手でジェレミーに合図を送り、誰もいないブルーのデスクに近寄っていこうとした。


「ノッチ、こっちへ来てくれ」


 明確なジェレミーの声が飛んだ。

 バルク少佐は寝ていなかった。彼の目は、ずっと私を捉えていたのだ。


「少佐、おはようございます」


 私は礼儀正しく挨拶した。


「では、少尉、ジェレミーと私とで今度の作戦を説明しよう」


 少佐はだるそうに言った。


「今度、第三の作戦がスタートする。そして、うまくいけば、それが最終の作戦となる予定だ」


「やつらを皆殺しにすることが、そんなに簡単なことでしょうか?」


「うん、皆殺しになんかしない。殺すのは、別のヤツだ。ジェレミー」


 ジェレミーが足元の箱を開けて見せた。


 狙撃銃が何本か入っていた。


 私は思わずにやりとした。安心したのだ。ジェレミーが噛んでいるなら、軍内部の要人暗殺ではない。それでさえなければ、何でも出来る。


 私が微笑んだのを見て、ジェレミーもつられて笑った。


「ノッチ、やる気か。これを見て笑うとは怖いな、あんたは」


「いや、使ってみないとわからない。試射できるかな?」


「ここではだめだ。外へ出よう」


 少佐が物憂げに言った。


「少佐は疲れているのじゃありませんか?」


 私は気になった。


「疲れていても、君の腕を検分させてもらうさ。」


「少佐はずっと会議だったのだ」


 ジェレミーが説明した。


「少将にいじめられてたのさ。今度の計画のことでね」


 バルク少佐がゆっくり言った。


「私は一人で遂行するのですか?」


「いや、違う。荷物持ちと行くんだ。君は華奢すぎる」


「荷物持ち?」


 一緒に誰が行くのだろう。一人だといいなと思ってた。でも、ふつうは二人かな。


「荷物だけの問題なら、これなんか、今、使っているライフルと重量は代わらないはずですが」


「だめだ。危険だ」


「誰と行くんですか?」


 ギルかな? オスカーかな?


「私だ。その箱は全部持ってやる。どこまで射程が延ばせるかテストだ。その結果で実行日を決める」


 2時間後、準備を全部整えて、GPSで、目的地に着いた。


 こんなひどいライフル射撃のテストはしたことが無かった。次から次から休みなしだ。少佐にはなにか目的があるらしい。


 三時間試射して、計十四本の銃の癖は、大体飲み込めた。だめなヤツはすぐ捨てた。ダメというか私に合わないやつだ。精度の悪いものも混ざっていた。私は伝説のスナイパーなんかじゃない。それに暗いのだ。光が足りない。実戦と同じ光度でと少佐は条件をつけた。むろん照明の設備があるのだが、少佐は使わせてくれなかった。


「一撃必殺ですか?」


「あたり前だ。」


「連射は必要なしですか?」


「外す気か?」


「どういう状況の下で狙撃するんですか。」


 少佐は私を見た。


「七百メートルだと何発か外してるじゃないか。」


「……………」


「もちっと当てられんか?」


 私は、銃を一本選んだ。


 きっちり置く。光学スコープをのぞく。的を狙う。七百メートル先なのだ。風の具合、空気のゆらめき、そんなもので状況が変わってしまう。そして撃つ。


「OK」


 少佐が確認した。


 もう一度、弾を詰める。撃つ。


「OK」


 少佐がスコープを覗いて判定を下す。これを繰り返した。


 五発全部を当てた。


 少佐はスコープをおろした。


「よし」


少佐の声が満足そうだった。


「五百メートルにしてください」


「ダメだ。七百だ」


「確実ではありません」


「七百を確実に当てろ」


「ほかの人にしてください」


「だめだ」


 彼は簡単に答えた。全然妥協の余地がなかった。


「少尉で五人目なんだ。軍内部でスナイパーを探しまくっているんだ。もう二ヶ月だ。七百メートルを当てられたのは、たった一人、つまりあんただけなんだ。絶対に、絶対に必要なんだ」


「口径をでかくしましょう。パワーがあれば弾が安定する」


「そして、お前が吹っ飛ぶ。こんな華奢なスナイパーは避けたかったのだ。本来は、ギルくらいの体格が欲しい。君が腕がいいのは知っていた。だけど、華奢すぎるのだ」


「地面に固定するんだから、吹っ飛びっこないですよ」


「だめだ。ライフルしか使えないんだ。標的が丘の上に出てきたら、瞬時に我々も移動して狙い定めて一発で射止める」


「七百メートルって、決まっているのですか」


「相手が持っているGPSの守備範囲が、どうやら七百メートルらしいのだ。その範囲外から撃たないと、感づかれ逃げられてしまうだろうし、二度と地上に出て来なくなってしまうだろう。ワンチャンスなんだ」


 私は持っていた銃を置いた。


「この天候では無理がある。まあ、口径をどんなにでかくしても、おそらくこの光の量だと、七百メートルは限界を超えていると思います。確認することが光学スコープでもできない。うんと天気のいい日を選んでください。真昼間を。昼間なら当てられる」


「おれたちの都合なんてきいてくれない」


「その日を待つしかない。天気さえよければ、一発で当てられます」


「待つのか。待つのはつらいぞ。ずっと待機だ」


「それと、もう少し銃の研究をさせてください」


「何をするつもりだ?」


「精度の高い銃とスコープを探します」


 少佐は目をつぶってため息をついた。


「よし。しかたない」

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