第14話 別な話が始まる
オーツ中佐は、この上なく上機嫌だったが、あまりにもたくさんの人が熱心に彼を見つめるものだから、少々上がり気味でとちりながら挨拶した。
だが、最後の乾杯の部分を聞くとバルク隊だけでなく、満員の客席も一緒になって、乾杯して一緒に酒を乾した。
なんだかよくわからない成り行きだった。
兵士も学校の生徒もごちゃごちゃにまざりあって、それぞれが問われるままにしゃべり始めた。聞き手が熱心なものだから、みないろいろな話をしていた。たとえば、首飛ばしの話とか。それはそれで、まあ面白かった。
気になるのは、まだ全てが終了したわけではないことだった。
ここから十数キロしか離れていないところで、パレット中佐の部隊は今でもライフルとレーザーガンで武装して作業員を護衛しているのだろう。
まあ、パレット中佐が姿を見せているところを見ると、もう目鼻はついてしまっているに違いなかったが。
終わりの頃になって少将も来て、なかなか楽しい雰囲気の中で、この飲み会は終わった。
みんなは英雄扱いされて、さぞ満足だったろう。
私も贅沢な食事にありつけて満足だった。いけるワインもあったし、マイカと楽しくしゃべっていた。
ゼミーとシェリが恋人同士だったことを発見して、私はびっくりした。マイカも驚いていた。そのうち、酔っ払ったシルバー隊の誰かが、マイカを引っ張っていってしまった。
かわりに出来上がったオスカーが、嫌がるギルを引きずってきた。
ナオハラがかわいい女の子をしっかりと抱きかかえて、へらへらしながら付いてきた。あれはハンスが調達した民間のボランティアの女の子だ。ハンスのことだ、ハンサムでかっこいい軍の誰かと知り合いになれるとか何とかうまいこと言って、調達して来たに違いない。
「なあ、ノッチ、ギルはあんたのことが好きなんだ。気に入ってるんだ。かまってやってくれよ」
いっぱい機嫌のオスカーが、真っ赤になっているギルを引きずって、私の隣に無理やり座らせた。
「オスカー、止めてくださいよ」
オスカーはギルより頭ひとつ小さいが鍛えた筋肉質で、このふたりの肉団子はとても私の手に負えなかった。仕方ないから、ギルを受け取っておいた。
「まあ、たまには言ってやれよ。好きだって。うちの隊長は、ものすごいスナイパーだ。実戦で腕を磨いたんだ。とにかくすごいぜ、ノルライド少尉の首飛ばしだ」
「えーっ、ノルライド少尉って、女の人だったの?」
ナオハラの女の子が叫んだ。ナオハラが注釈をつけた。
「女の人なんだ。とてもそうは見えないけどね」
ナオハラ……。思ったままを言うのは大人じゃないんだよ?
「あの、ノルライド少尉? すごーい。かっこいいー」
かっこいい?
「サインしてください」
女の子が言った。目が真剣だった。
「……サインて……そんなこと、したことないです……」
「こらこら、ナオハラくん、女性に向かってそんなことを言うのはよろしくないな。それから、ノルライド少尉、ぜひサインして差し上げなさい。ご所望なんだから」
オーツ中佐が、酔いながらも弁舌さわやかに登場した。
彼はバルク少佐を従えて、会場をくるくると回りながら、隊のみんなとその観衆に声をかけていたのだ。
私はうれしそうなその女の子に、仕方ないからサインした。ハンスが後ろからさっとサイン色紙とサインペンを差し出したのだ。この瞬間を待っていたのではないかと思われた。
「ああ、君の名前はアイリスというの」
後ろから覗き込んだバルク少佐が言った。
「スナイパー・アイリスだな」
「ノルライドです」
うっかり憮然として言ってしまった。
「うーむ、いいかもしれないな。美人スナイパーと。売り込めそうだ。入隊志願者が増えるかもしれない」
「いいですね。女性にも男性にもアピールしそうですね」
少佐が同意した。
その間に、サインをもらった女の子はきゃあきゃあ言いながら、仲間のほうへ駈けて行った。私は横目でそれを見ていた。嫌な予感がする。
案の定、次の瞬間、ハンスが何事かささやきながら、彼女たちの間を縫って歩いていくのが見えた。その手にちらりと色紙が見える。色紙を配ってるのか、売って歩いているのかわからないが、最初から仕組んでいたに違いない。
誰が一番人気だったかというと、「首飛ばしのノルライド少尉」。次点以降は、どうも顔の順だったような気がする。「ノルライド少尉」が、どうして枚数を稼いだかと言うと、その場には男性客の方が多かったのだ。当たり前の話だった。
年配の少佐と中佐には、サイン希望者は出なかったが、ハンスがしきりと機嫌をとっていた。
「オスカー、結局何枚書いた?」
オスカーは苦笑して答えた。
「ゼロ」
ギルは3枚書いていた。彼は、最初のチャンスをつかんで、私の隣から脱出していた。ナオハラは1枚。ゼロよりましらしかった。
「大変だったね、ノルライド少尉。」
中佐が、それはもう上機嫌で話しかけてきた。
「戦場でも、ここでも大活躍だ。君は実に使えるな。今度、軍の広告塔にいいな」
「中佐……それは、あの……」
懇願するようにバルク少佐の顔を見たが、こちらは知らん顔だ。
「なになに、心配するな。悪いようにはせんよ」
非常に心配な気がする。
悪くないつもりで、とんでもないことを仕出かしそうな気がする。
そのまま中佐は、行ってしまった。かなり飲み過ぎていたので、足元が怪しげだったが、おそらく本人のつもりとしては、イケてる将校として颯爽と立ち去ったつもりかもしれない。なんとなく、そんな感じを受けた。
周りは、それぞれ飲んだり騒いだり、議論に夢中になったりしていた。
気が付くと、横にバルク少佐が来ていて、ほかには誰もいなかった。
バルク少佐は、全然、酔っているように見えなかった。
彼は長い足を組んで、黙って座っていた。
「あまり歓迎されないことはわかっているけど、そして、今日、しかもこんな場所で無粋だけど、仕事の話をしてもいいかな」
私はぐるりと振り返って少佐の顔を見た。
何の話だろう。
「君の狙撃の腕を使いたいんだ。今までのような歩兵としての腕じゃない。狙撃手としての腕を使いたいんだ。今まで、そっちのほうの腕を披露する機会があまり無かったんじゃないかと思うがね」
意外な言葉に驚いた。狙撃?
「ライフル競技での記録はよくありません」
私は慎重に答えた。
「それは知っている。君は優勝したことは一度も無い」
少佐は体を回して、ハンスが調達した女の子の盆から、グレープフルーツジュースでジンを割ったものに手を出した。
「君はなにか飲まないか?」
私が首を振ると、
「そう、では、勝手にひとつ取っておこう。まあ、気楽に聞いてくれ。」
無理やりジンフィズを押し付けて寄越した。そして、続けた。
「それなのに、実戦だとダントツだ。私も目の前で見せてもらった。今回とその前と。なぜ、レーザーを使うのかな? ライフルで充分じゃないかな?」
「それは、実戦のほとんどが夜間だからです。人間は夜目が利かない。赤外線のロックオン機能を使わないと当たりません。」
「昼間、出てきてくれれば、ライフルが有用ということだな?」
「赤外線スコープをライフルに付けても同じ射程距離までしか、カバーできません。同じ射程で撃つなら、軽くて静かなレーザーガンの方が実用向きです。今回の射程は、ほぼあのライフルの限界でした」
バルク少佐が、いきなり笑った。
「うん、限界だな。私も実地で、あの距離を命中させるのを始めて見た。それも連射だ。しかも全部当てている」
私も、正直なところを言った。
「バルク少佐、少佐のあのときの即断はかっこよかったです」
「うん、お互いを褒めあうって、友好的かつ平和的でいいね。君は、専用の狙撃銃なら、どれくらいの距離まで命中させられる?」
「わかりません」
私は、正直に答えて、少佐の顔を見た。
「七百メートルでどうだ?」
「いい銃を選ばせてください。当日の気象条件に大幅に左右されます。標的はやつらですか?」
「標的は……」
少佐は言葉を切った。何気なさそうな顔をしていたが、その言葉は怖かった。
「標的は人間だ。そして誰にも言ってはならない」
一気に酔いがさめた。何をする気なのだろう。
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