第16話 面接試験

 基地に帰ると、少佐は荷物を降ろして、さっさとどこかに行ってしまった。


 私はジェレミーとマイカに、ありったけの狙撃銃を探してくれるように頼んだ。


「倉庫にあるのは、これだけなんだ。」


「少佐は……今日はあの調子じゃダメだと思うけど、明日以降に聞いてみて欲しいな。軍全体から、探せるものなら探して欲しい」


「一体、何をしているのですか?」


 マイカがたずねた。ジェレミーが少しあせった様子だった。


 私は首を振った。


「なんだかわからないよ。教えてくれないんだ。言われたことを、するしかないよ」


 マイカは何も言わなかった。ジェレミーもだ。





 その晩、オーツ中佐から呼び出しがかかった。

 会議室へ来いというのだ。


 制服をきちんと着込んで、1ミリたりとも目立ったり、おかしかったりする点が無いよう細かく気を配った上で、指定された時間の10分前きっかりに付いた。


 ドアの前では、当番兵が(実際には文官だったが)待ち構えていた。


「ノルライド少尉ですね?」


 私がそうですと答えると、彼は時計を確認してから細めにドアを開け、誰かの目線を捕らえてするりと中に入り、しばらくしてから出てきて私を中に招き入れた。


 どうも嫌な気分だった。


 中へ入ると、幹部らしい知らない面々がずらりと並んでいて、末席にオーツ中佐と、さらに部外者席のようなところにバルク少佐が恐ろしく疲れた顔をして座っていた。


「ここへ掛けたまえ、少尉」


 オーツ中佐が、神経質そうな声で命じた。私は一礼してから、示された席へ着席し、誰が誰だかさっぱりわからないので、とりあえず真正面を見ていた。


「まあ、君に活躍してもらうかもしれないので、君の顔を見ておいてもらうために呼んだのだよ」


 こんな説明では、全然要領を得ないが、要するに私に説明するつもりではなくて、多分、私を説明するために呼んだのだろう。私の容貌はどう考えても、屈強なスナイパー風ではないので、彼らの顔には自然と不審そうな表情が浮かんだ。


 かなり年配の平服の男性が声をかけてきた。


「少尉、身長と体重は?」


 答えると、みんなが、ますます心配そうな顔つきになった。おそらくその場にいた全員が、私より身長、体重ともに上回っていたに違いない。


 どんな仕事なのかわからないので、私も自分が適任なのかどうか判断がつかなかった。そのせいで、不安そうな顔をしていたかもしれない。


「君、自信はあるのかね?」


 ヒゲ面で恰幅のよい、相当年配と見受けられる男がめがねをずらしながら、私の顔に見入って尋ねた。


 ここで、隣の席の者がひそひそと何か質問者の耳にささやいた。つまり、私には何も説明していないのだということを注意したらしい。


「……そうか。では、君は、七百メートルの距離で狙撃は可能と考えているかね?」


「好天の場合は、可能だと思います。」


「こうてん?」


「光学スコープを充分に機能させることが出来るだけの光がある天候の場合は、可能です」


 昔、競技会で何度も優勝したことがあるという、頭がすっかり禿げ上がって脂ぎった男が、どの銃を使うつもりだ、とかライフル射撃の成績など散々聞いてきた。

 中佐と少佐の表情がだんだん曇ってきた。とにかく競技成績はあまりよくないのだ。

 私だって、そんなことを聞かれても、あまり得点にならないことはわかっていた。実際の結果の方を聞いて欲しかったのだが、質問に割り込もうとする中佐の努力は、邪魔者扱いされて潰えていった。


「軍内部にこんな人材しかいないならば、外部から優勝経験者をスカウトしてきたら、もっとよいのではなかろうか?」


 結論としては、そう言ったところらしかった。


 私は、一礼して出て行った。


 こういう仕事には、女性より男性の方がいいに決まっている。少なくとも体重と骨格、筋力の問題は非常に大きい。

 本来、たとえば体重が九十キロをオーバーし、身長も二メートル近くある体躯のギルあたりがする仕事である。


 もちろん、実力を評価してもらえなかったことは残念だった。


 もっと適任者を探すと言っていたが、おそらく誰を引っ張っていっても同じだろうと思った。

 この問題は、銃の性能の問題でも射撃の腕の問題でもない(射程と威力が充分な銃でありさえすれば。また、もちろん素人ではダメだろうが)。

 問題は七百メートルの距離から狙いをつけられるだけの光、光学スコープが充分に機能できるだけの光が確保できるかどうかという点だけなのだ。


 競技会は屋内で行われるので、人間に合わせて十分な量の光が確保されるが、実戦はそうはいかない。


 このエリアは暗い。


 太陽はいつでもぼんやりとしたオレンジ色で、輪郭のはっきりしない灰色の荒野をかろうじて照らしている。

 光の量が少なすぎて、人間の目では、色の区別すら付かないときもある。その代わり、日が暮れても、大して暗くならない。


  ちなみにギルはどこかの大会で優勝したことがあると言っていたが、私の足元くらいにしか及ばないぞ。


 だけど、全然それは認められなかった。口惜しくないと言えばウソになる。でも、仕方がない。


 軍の上層部は、私の顔を見た途端、不信感でいっぱいになっていた。

 



 中佐と少佐のいわゆる狙撃任務とやらが、どんなものなのかは、わからずじまいだった。ちょっと複雑で、悔しい思いが残った。


 そうだ。ギルを誘って飲みに出かけよう。いや、それより、射撃場へ行こう。あの皓々と明るい射撃場で、どこまで当てられるかいっぺんやってみよう。


 基地へ戻ると、ジェレミーが私服のまま仕事をしていた。


「ずっとやってたのかい?」


 ちょっとびっくりして私が聞くと、いったん帰って出直したのだということだった。


「だって、気になってね。何の任務だか知らないが、結局、あんたが引き受けることになったのかい?」


「いや、認めてもらえなかったのは残念だけど、なにしろ女性だし、あまりにも頼りなさそうなので、不適格と言われたよ。やっぱり体格の問題は大きいよね」


 私は正直なところを言った。ジェレミーは、眼鏡越しに私の顔を見た。ちなみにジェレミーより私の方が大きいのだが。


「お偉方は見る目が無いな。君の実戦の成績は充分なんだ。オレは長いこと、ここで、みんなの成績を見てきている。あんたは成績だけの人じゃない。図太いくらいのその神経だ。普段の物事を気にする細かさと、撃つ時の神経の太さは別物みたいだ。状況が悪くても、あせっていても、コンスタンスに成績が出せる人なんだ。少佐も中佐も、よくわかっているだろうに」


「お褒めに預かって恐縮だけど、少佐と中佐にしても、お偉方に対してそこまで強く言えないだろ。変わった任務らしいから、この際、助かったとでも思っておくよ」


「あんたが助かっても、おれたち全体が助からないよ」


 ジェレミーが陰気そうにつぶやいた。


「ジェレミー、だが、私たちに何が出来る。勝手に行動する訳は行かないよ。

 それに、私自身は、この話はきっと忘れたほうがいいんじゃないかと思っている。私がウワサでも広めたら、作戦部は、さぞ迷惑すると思うんだ。違うかな?」


 ジェレミーは、陰気そうな目つきのまま、返事をしなかった。


「君のほうが私より事情をよく知っているんだろ。知ってるやつが少ないほうがいいんだろう。違うかな?」


 ジェレミーは悩んでいる様子だった。

 事情を洗いざらい、ぶちまけたくなったのに違いない。そうすれば、私がスナイパー役に強力に立候補するとでも思ったのかもしれない。確かにさっきはアピール不足だったかもしれないが、仕事の中身がわからないので、あまり強く言えなかった。



「あ、ところでギルを見なかった? ギルを探しに来たんだけど。ちょっと誘おうかと思って


「えっ? どこへ?」


「ちょっと憂さ晴らしに射撃場へ」


「まだ撃つの」


「そうだ、ごめん、昼間に頼んだ狙撃銃、いらないな。明日、マイカに会ったら言っといてよ。明日からいつもどおりの作戦でいいんだよな?」


「そうだ。こないだの続きだよ。ギルなら、ハンスの店だと思うよ。」


「OK。サンキュー、ジェレミー」

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