第9話 パーティーも場合による。あと、バッジは売れるらしい
休暇は終わり、私は隊に戻った。
オーツ中佐がいかにも喜ぶだろうといった調子で少尉に昇進させてくれた。あんまりうれしくなかった。
オスカーは、曹長になった。こちらは給与が増えるのでうれしそうだった。妻子がいればお金の問題は重要だ。もちろん、すっかり忘れていたが、私だって給与の件は大歓迎だ。
「少佐が言うには、ノルライド、君はものすごい腕らしいね」
中佐は前回の作戦がまれに見る快挙に終わったことを祝して、小隊全員をハンスのレストランへ連れて行った。私は中佐と少佐の間に挟まれて着席させられた。仕組んだのはもちろん少佐である。
バルク少佐はいささかわずらわしい存在だった。
昇進したことで、自分が、オーツ中佐にとって、いささかわずらわしい存在になったと感じているらしく、私をオーツ中佐と自分の間に座らせるという妙案を思いついたらしい。緩衝材扱いだ。死ぬほど迷惑だって。
「うん、ビールはどうだ? 百メートルの距離から、首を飛ばしたって?」
例のごとく外野が詰め掛けていた。なにか面白いことを期待して、軍を見に来る連中である。中佐もバカではないから、こういう戦勝祝いは外野にとってよい見世物だと感じていたのだ。
卵の件が引っかかって、あまり大々的に祝えないのがつらいところらしかったが。グラクイの繁殖能力が予想をはるかに上回るものだったなんて、うれしいニュースではない。
「中佐、百メートルは言いすぎです」
「でも、首は飛ばしたろう」
「飛ばさないと、ちゃんと死んだか確認できないんですよ」
「聞いたか、ユージン。飛ばさないと確認できないくらいの距離から撃ってるんだ、この人は」
中佐はうれしそうだった。外野もひどくうれしそうだった。ライフルで首を飛ばす話なんか、実においしいらしい。
「飛ばすのが一番確実なんですよ」
だんだん言い訳めいて来た。隣のバルク少佐はまるで知らん顔をしている。
外野はなんだかうれしそうにさざめいて、こちらを指さしている連中もいる。私は出来る限り、彼らに背中を向ける姿勢をとった。
「それより、中佐のお話を伺いたいですね」
もう、こうなったらお追従でもなんでもしてやる気分になってきた。
中佐は親切で人がよかったが、彼の話についていくのはなかなか大変だった。とにかく気の利いた返事を思いつかなきゃならない。ところが、私は中佐について何も知らないのだ。
人はなぜ、宴会とか飲み会を開催するのだろう。
明日からは灰色の大地に戻れる。もう、太陽光も海の飛沫も、風に波打つ大樹の葉もどうでもよくなってきた。
中佐と少佐の間に挟まれて三時間飲み続けるくらいなら、灰色の大地の方がよっぽどましだ。ずっと灰色のままでいい。
「それは………たまらん」
翌朝、基地でブルーに割り当てられたエリアで、ジェレミーに愚痴ると、気の良い彼は同情してくれた。
「昇進した以上は欠席できないしな。しかたないな。オーツ中佐はお人よしだけど、年齢が違いすぎるしな。バルク少佐は若いけど、いろんな意味で有能すぎる。冷徹だって言われてる。ふたりとも作戦部の中でも認められている人物だ。でも、あの二人の間に挟まれて座るのは、ぼくだっていやだよ」
「荒野で狩りに出るほうがいいな。気楽だ」
「あたり前だ、ノッチ」
オスカーがやってきた。ブルーのエリアといっても、机がいくつか寄せられて記録用のパソコンが数台設置されているくらいのところだ。
隣には倉庫があり出撃の準備ができる。こうるさい経理の担当者がやってきてはこまごまと物品のチェックを入れていて、数が合わないと理由の確認に回ってきた。
私達は、彼を嫌って影で悪口を言っていたが、それくらいはやらないと、マニアが欲しがる銃や糧食などがこっそり持ち出されて、販売ルートに乗せられる可能性は大いにあった。
私だって、軍の施設の外へ出るときは、できるだけ私服を心がけていた。
好奇の目で見られるのがいやだったというのが、一番大きな理由だったが、そのほかにそばによって来て制服を売らないかとか、バッジを売ってくれないかと持ちかける輩がいるからだった。
特に、いま私が属している隊は、今や数少ない実戦部隊ということで、そのバッジは高値で取引されているらしかった。
マニアたちは私たちが身につけているいろいろな品について、私たち自身よりよく知っていた。
グラクイ退治は軍本来の仕事から考えればお遊びのような気がしたが、ライフルを乱射する仕事そのものが、今やこの世に存在しなかった。実際にライフルを使う部隊のバッジというだけで人気が出るらしい。使用済みの軍服も高値で売れるらしかった。自分的には、ちょっとイヤかもだった。
ブルー隊のエリア周りには、ごたごたそれぞれの荷物が積み上げられていたり、ゲーム機がポンと箱の上に乗っけられたりしていた。
同じフロアーの真ん中に、でかい通信関係の機器とジェレミーの整然とした机と相棒のマイカの机が配置されている。
これを中心にブルー、レッド、ブラック、シルバーのエリアがあり、それぞれのチームのメンバーが集まっていた。今度、ジェレミーの机のそばにバルク少佐用に大きな机が運び込まれた。
入ったばかりのギルがこまめなところを発揮して、倒した敵の数を頻数表につけていた。彼は実戦に出てみると、みんなが予想したとおり一匹たりとも逃さずに倒していた。優秀な戦士である。
先週の三五六匹という記録は、作戦部の誇る大成功だった。
私には、彼らがあんなにたくさん集まってきた理由がどうもわからなかった。
まあ、それは、どうでもいいことなんだろう。やはり結果が全てだ。
この方法が、今週も使えるかと言うと、そうは行かないだろう。
そもそも、この地域には、グラクイが本当は何匹くらい生息してるんだろう。全然わからない。
相当数が、いなくなってしまったんじゃないか。
数が減ったというなら、もう何回か同じことを繰り返せば、壊滅できるかもしれなかった。
「イヤだね」
オスカーが、にべもなく答えた。
「あの作業をまたしろっていうのか。オーバーワークだ。人間はそんなに働けません!」
オスカーの言うとおりだった。体制的に無理がある。
ここしばらくは、普段通り、だらだらと散開していくしかないだろう。
この前、我々は、彼らが持っていた武器も回収した。
あんな不気味で訳の分からない生き物に、レーザーガンみたいな飛び道具を持たせておくなんて、正気の沙汰じゃない。
当然、取り上げた。
こっちにしてみりゃ、ガラクタが増えただけだが、彼らの戦力的な脅威は、かなり減ったはずだ。これは、大いに結構な話だった。
しかし、ガラクタの山を見ながら、みんなは、少しばかり悩んだ。
奴らの持っていた武器は、安物の中古品や組立品だった。それでも、タダなわけがない。
たとえ中古部品の組立品だったとしても、どこかから部品は買っているはずだ。ある程度は盗むか拾ってくるかするにしても、それ以外はお金が必要だ。
こうなると、さっぱり訳が分からなかった。
「どうやって稼いでるんだろうな」
「武器を取り上げたことはよかったよ。卵の数から行くと、ものすごい勢いであいつら自身は増えまくるかもしれないけど、お金は増えないだろう。武器ナシなら、人間の圧勝だからな」
グラクイは、本当にわからない生き物だった。
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