第8話 昇進しました

 そのあと、全員が予定外の休暇に入った。

 

 私も、同様に休みに入った。でも、私は女性だから昨日みたいな肉体労働には、あまり役に立っていないかもしれなかった。いないよりましかな。


 ほとんどの人は軍の施設の中に、住まいがあった。施設の敷地はかなり広かったが、中に住むとやはりプライバシーの問題が出てくるので、誰がどこに住んでいるかは、あまりお互いに知らないようにされていた。がんじがらめにしないようにという配慮からだ。

 もちろん、仲が良かったら話は別だ。結構行き来している。

 ただ、私はあまりそういうことが好きでなかったので、たいてい一人で過ごしていた。


 オスカーは結婚しているが、まだ新婚で子供がいないので、軍の中のどこかに部屋があるはずだ。ジェレミーは家庭もちだったので、軍の施設外に家を持っていた。彼はよき夫であり、子煩悩なよい父親だった。

 うちのチームのほかの連中は、私と同じく独身部屋をどこかにあてがわれて、勝手な暮らしをしているはずだった。


 休暇一日目は、ひたすらに寝ていたが、翌日は、何かおいしいものを食べたくなって出かけることにした。


 施設内にカフェテリアなどは多く、なかなか雰囲気のいい店もあった。

 そのうちの何軒かは部外者も利用でき、軍は意外にマニアや若い連中に人気があったので、結構はやっていた。

 レストランとはいえ、軍の内部に入れるわけだし、軍関係のいろんなものが直接見れるのが面白いらしく、軍の人間より外部の利用者の方が多いくらいだった。


 軍は印象をよくするため、こういった店への民間人の出入りを許可し、むしろ歓迎していた。そのかわり、逆に酒癖の悪い兵隊の出入りを制限していた。


 私たちは、部外者を眺めることは、閉塞感をなくすために歓迎だった。

 私服で行けば、軍の仲間同士ならとにかく、誰が誰だかわかるはずがなかった。

 ナオハラなどは、がんばってここへやってきては、一生懸命、女性に声をかけていた。成果があったかどうかは知らない。やりすぎると、そのうち、出入り禁止になるはずだ。


 満席だったが、知り合いがいなくてほっとした。

 独り者はカウンターへ押しやられた。

 顔見知りのハンスが、私に気がついて、走るようにやってきた。彼は店長である。


「ハロー、曹長、こないだの作戦では大活躍だったんですってね」


 聞こえる範囲の部外者連中の頭が、興味深げに揺れるのがわかった。

 曹長と呼びかけるのは止めて欲しい。


「私は成り行きで参加しただけで……」


「オーツ中佐が、さっき大声で、バルク大尉に説明して帰りましたよ。みんなに聞こえるように」


 ハンスは、声をひそめて、しかし顔は満面に笑みを浮かべたまま教えてくれた。


「オーツ中佐はおしゃべりなんだ」


 作戦中に響いた甲高い声を思い出して、私は思わず言った。


「大声じゃなくて、あれはよく響く声って言うんだ」


「おかげで大助かりですよ。なにしろここにくれば、おもしろい話が聞けるって言うんで、私の店が満員になる……」


 今の軍は、人殺しはほんとにやってなくって、私だって荒野で単にグラクイ狩りを楽しんでいるだけだ。

 ここへ来る人たちのご期待に添えなくて申し訳ないが、妙な化け物の首をかっ飛ばすというのは、特におもしろい話じゃないと思う。


「ライフルで命中させる、かっ飛ばすって、楽しそうじゃないですか。銃を実際に使えるのはここだけで、ほかは武器使用禁止法でがんじがらめだから、猟も出来ない。昔の軍の尻尾を引きずってるここは人気なんですよ。いつだって若者は、そんなのが好きなんですよ」


 別に、若者に限らず、中高年も好きな人は好きだと思うけど……


 ハンスは、中年の愛想のよい口数の多い男で、抜け目のない商売人だった。ミリオタの気持ちなんか、彼には興味はなかったが、商売となると話は別だ。

 ライフルを実際に使用する話はウケがよいそうで、実戦部隊の私は、彼にとっては、よいえさだった。


「それで、中佐がちょこっと言ってた、とんでもない発見ってなんだったんです? 大尉はご存知のとおり口が堅いし、中佐もぴたっと黙るんだもん。曹長が見つけたと言ってましたよ?」


 ああ、あの卵のことか……まあ、とんでもないものに違いないけど……


 グラクイの卵の発見が何を意味するのか、私は首をひねった。彼らが卵生だという表面上の意味以上に、なんだかもっと大きなものが隠されているような気がする。

 それがなんなのか、わからないけれど、妙なひっかかりみたいな感じが忘れられなかった。あの気持ちの悪いてらてらした卵。


「中佐や大尉が何も話さないなら、私がしゃべっちゃまずいよ」


 ハンスは仕方ないなと言った様子をして見せた。なにか新しいネタを探していたのだろう。軍を人気者にしたい点では、彼と広報担当のオーツ中佐は運命共同体だった。


 そのとき、新しい客が入ってきた。見るとブルー隊の連中だった。ナオハラとギルがいた。もうとっくに食べ終わっていた私は、退散の用意を始めた。


「あなたのところのブルー隊の新しい隊員って、あの大きな若い人ですか?」


「そう。ギル・カービンだ」


「大きな人ですね。なかなかハンサムですね」


 そのとおりだった。私は笑った。


「ライフルの腕も格闘技にも強いらしい。すばらしい体格だね」


 ハンスはギルを見て、なにか新しい客寄せの手段でも思いついたのかもしれなかった。興味しんしんで、彼のことを観察していた。


 私は、ハンスに支払いをして、彼らに見つからないように外へ出た。せっかく遊んでいるところへ、私なんかいたらダメだろう。私の方が相当年上だ。少々けむいかもしれない。



 残りの時間はできるだけ人を避けるように暮らして、ゲームをしてた。

 いろいろなところへ出張っていくと、いろいろ人と会わなきゃならなくなる。人と話をするのは苦手だった。

 そこがダメ人間なのは知ってる。

 仕事の時は、全然平気なんだけど、自分から話しかけに行くのはめんどくさかった。




 休暇最終日の三時ごろ、おそい昼食をカフェでとっていると人影が私のそばでとまった。

 見上げると、バルク大尉だった。


「やあ。久しぶり」


 私は立ち上がった。


「先日はお世話になりました」


「いや、立たなくていいよ。私の方こそ、お世話になりました。今頃、お昼なの? ぼくもコーヒーをもらおうかな?」


 彼は私服でも襟章を留めているので、ボーイが走ってきた。


 昼下がりのカフェは空いていてほとんど誰もいなかった。


「休暇だったよね。なにかしてたの?」


「何もしてませんでしたよ」


 そう言いながら私は微笑んだ。襟に階級のバッジを留めつけて休暇をとるなんて真似は私にはできない。エリートは違う。


「ぼくは、娘と会っていた」


「お嬢さん?」


「そう。もう学校も卒業なんだ。妻とはずいぶん前に離婚したのでね」


 変な男である。ほぼ初対面に等しいくらいの人間に私生活を説明して歩くのか。


「今度、君のブルーの部隊とレッドの部隊、ブラックとシルバー、この4つの部隊をぼくが見ることになったんだよ」


 私はまともにバルク大尉の顔を見た。新しい上司か。バッジをよく見ると少佐になっていた。


「少佐になられたのですか。気がつかず、大変失礼しました。おめでとうございます」


「君こそおめでとう。こないだの件で君のほうは少尉に昇進したよ」


 私はだいぶ驚いた。早すぎる。入隊してからそんなに時間がたっているわけでない。ありがたいが、私にはふさわしくないとかなんとか、そんなことを言ってみた。


「君は、レベルが違うからね」


 少佐は薄ら笑いを見せた。


 これは実は困った問題だった。軍の入隊システム上、私は学歴と年齢をあわせると、士官クラスで入隊ということに自動的になってしまうのだ。

 たまたまライフルが出来たので、それなりに一目置かれていたからいいようなものの、そうでなかったら必ずねたまれる。必ずしも、いいことだけの話ではない気がする。


「ところで、あの卵だけどね」


「はい。」


「黙ってて欲しいな」


「? 誰にもなんにも言ったことは無いですが?」


「今後の話だけど」


「はあ、それはもう」


「あれ、意外に大事なことになってきててね」


 意外も何も非常に大事な話だと思う。

 あんな数で増殖し続けられたら、我々は負けてしまう。


「つぶれない。こわせない。加熱してもダメ。冷やしてもダメなんだ」 


「孵化させたらどうですか? 一度、成長過程を研究して弱点を見つけ出す。成体は簡単に殺せます」


「たぶん、それしかないかもしれない。そして斬る。あるいは撃つ」


 私は、荒野に出るのが気に入っていた。私はバルク少佐の顔を見つめた。お願いがあるのだ。


「また、作戦は続けられますよね? 掃討作戦」


「え? ああ」


「あなたが、我々の新しいボスなら、私は作戦に出たいです」


 ボスは首をかしげた。


「君の経歴は見せてもらったよ。腕はこないだ見せてもらった」


 私は、一人が好きなのだ。たった一人の緊張感。敵をおびき寄せ、誰にもまねのできない距離からレーザーやガンを撃つ。命中させる。殺す。


「無謀なくらい、たった一人の作戦が多いな、君は」


 私は頭を下げた。


「成果はダントツだ。君を見ると敵はいきり立つのか、すぐにおびき寄せられる」


 バルク少佐の目は、緑と灰色と茶色の入り混じった複雑な色と模様の目だった。


「それとも、ほかになにか要因があるんだろうか」


 少佐の目を観察しながら、私も考えるふりをした。でも、もちろん理由なんかわからなかった。どうでもよかった。灰色の吹きすさぶ風が好きなだけなのだ。

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