第7話 グラクイは卵生だった
バルク大尉は、ちょっと驚いたようだった。
「どうした?」
彼はまだGPSで会話中だったが、走ってきた。
だが、レーザーの指す先を見つめて、彼も押し黙った。
『どうした、大尉。なにがあった?』
甲高い声がGPSから響いてきた。まだ話し中だったらしい。
私は、剣の切っ先で、その緑色のてらてらした部分を、少し切り裂いてみた。
すると、緑色のてらてらは実は半透明の皮のようなもので、その下に、黄色味を帯びた卵がぎっしり詰まっていた。
「卵を見つけましたよ」
大尉が落ちついた普通の声で言った。
『卵?』
「やつらの卵です。グラクイの卵……」
『ジェレミー!』
GPSの向こうで甲高い声が一層甲高くなっていた。
大尉と私は、目の前の黄色い卵をじっと見つめていた。
数が多い。三~四十個ほどあるようだ。こいつらが全部孵化するとしたら、天文学的に数が増える。
もしかしたら、グラクイの数は、我々が思っているよりはるかに多いのかもしれないと、初めて気付いた。
いっぺんにこれだけの数の卵を産み、そのほとんどが育っていくのだとしたら、知らない間に、地中はグラクイで埋め尽くされている可能性がある。
グラクイが空を暗くしてるんじゃないかと言う疑問はいつもあった。
でも、グラクイの数は、わからなかった。
見かけることが少ない、従って、おそらくは数の少ないグラクイに、そんな影響力はないだろうとタカを括っていたのだ。
だが、彼らの繁殖能力は、我々の想像を超えているのではないだろうか。
グラクイの見た目は、まるで背を伸ばしたチンパンジーだった。瞳孔がなく、目が白いことを除けば。だから、私達は、みんな胎生だと勝手に信じていたのだ。なにかの種類の哺乳類で、親が数匹の子を産み、育てるのだと……。
やつらが胎生なのか卵生なのか、これまで我々は知らなかった。やつらの生態は謎に満ちている。私は漠然と胎生だと思い込んでいた。また、考えてみれば子供のやつらを見かけたことは無かった。
だが、これは違う。
この生き物はなんなのだろう。
「卵のサンプルを採りましょう。孵化の条件はあるんでしょうか。これが全部孵ったらたまりませんね。ひとつ残らず回収して、処分しないと」
私は、言ってみた。
ほんとは、もっといろいろ言いたかったが、何を言えばいいのか、整理がつかなかった。
私は、再び連中を殺す仕事に取り掛かった。今できることはこれだけだ。
連絡は大尉に任せておけばいい。今は時間が無い。
それから、みっちり、私たちは殺して殺して殺しまくった。
ようやく援軍が着いたので(レッドの連中だった)、私と大尉は、黙って(私の)糧食を取ると勝手に温め、がつがつ食べた。そのまま、二人ともテントにもぐって爆睡した。
私は、たっぷり四時間寝てしまった。
大尉は私より前に起きていて、私がテントの縁から顔を出すと、すぐに気がついて、にやにやしながらコーヒーを入れてくれた。
こちらは赤面ものである。
「起こしてください、大尉。申し訳ございません」
「いいさ、君は私より寝てなかったからね。作業は、だいぶはかどったようだよ。今はビニールの袋に卵を詰めてる」
大尉は自分もコーヒーを入れた。
テントの外に出ると、気分が悪くなるような光景が広がっていた。
一方に、ビニール詰めにされた卵が山積みされていて、反対側には卵を抜かれてカラになった死体が適当に並べられていた。
三十人以上が駆り出されていて、そこらじゅうをうろうろしていた。兵だけでなく作業員も混ざっていた。
やつらから出る体液には触れないようにお達しが出ているそうで、全員、使い捨ての白い手袋をはめていた。
「あの汁がなんなのか分析していない。我々は間抜けだ。ごく簡単な分析をしたのみで安全だと信じてきた」
大尉は、不快そうに鼻の頭にしわを寄せながらそう言った。大尉は、髪と目の色のわりに肌の色は濃かった。
「さあ、飯を食おう。俺はあれから食ってない。腹が減った。喰ったら、ビニールに卵を詰めるんだ」
こんな中で飯を食うのは、全く気が進まなかったが、大尉は、またもや私の荷物をかき回して、自分はソーセージシチューを取り出し、私にはトマトソースのパスタを寄越した。
「あとは、ブルーの連中で腹の減ったやつらが食っちまった。糧食を持ってくる時間が無かったんだ。後発隊が出て行く時に、やっとマイカが気づいて、水とコーヒーとジュースは持たせてくれたんだが、食べるものが無くてね。ソーセージのシチューの方がよかった?」
私はどうでもよかったので、どちらでもいいと答えた。大尉は明らかに腹が減っている様子で、シチューに夢中になっていた。彼は私が寝ている間も、ほとんど起きて働いていたらしかった。
「ビスケットは分けて食おう。スプレッドとジャムがそこにある。ありがとう」
私は大尉にスプレッドとジャムを渡した。
オスカーが通りかかって、気がついた。
「ノッチ、起きたか?」
彼は、うれしそうに走り寄ってきたが、危ういところで大尉に気づいて挨拶した。
「失礼しました」
「オスカー、結局何匹いた?」
大尉は、食べ物から目を逸らさないで尋ねた。
「おおむね三五〇です」
「そのうち腹に卵がいたのは?」
「正確な数はわかりませんが、約三分の一です」
「回収作業は、あとどれくらいかかりそうだ」
「あと五時間程度でしょう。このペースで行くと」
「よし。君は作業を手伝いたまえ。私たちも食い終わり次第、すぐ参加する」
私は、ちょっと目を丸くして、ちらりと大尉を眺めた。セリフだけではわからないが、言い方がどことなく冷たかった。オスカーは、あっという間に姿を消した。
オスカーの答えは申し分ない。明瞭だ。全体をよく把握している。それなのに大尉はオスカーを追い払わんばかりだ。
我々は食べ終わったので、入れ物のアルミを規定どおりに片付け、作業に参加した。
「曹長、じゃあ、肉体労働に従事するとするか」
うめき声を上げるように大尉はそう言い、私は思わず少し笑った。文字通り肉体労働である。
その後は別に話すでもなく、白の手袋をはめたまま、ひたすらに気味の悪い卵をつぶさぬよう袋詰めする作業に従事していた。
つぶさぬようといったが、それは最初のうちだけで、徐々にこの卵が、そんなやわなものではないことに嫌でも気づかされた。
絶対につぶれないし、実はかさかさなのだ。ぬれていない。てらてらしていたのは、親の体の中のあの緑色を帯びた膜だけだった。
周りの連中もほとんど会話が無かった。我々の敵たちは出現しそうもなかったが、GPSを確認しながら、ひたすらに背中を曲げ、慎重に卵を袋に入れ、死体を分別してこれまた袋に入れるという嫌な単調な作業を汗みずくでやり続けた。
私は、内心、大尉に感心した。この男は、忍耐の労働に黙って参加している。彼の手際は、慎重で正確だ。大きな体をかがめて、黙って働き続けている。
しまいに食い物も飲み物も底を尽き、腕も上がらなくなった頃、全てが片付いた。疲労困憊したレッドとブルーは、汗で縞になった顔を見合わせた。
『オッケー。お疲れ様』
ジェレミーの声も心なしか弱々しかった。気のせいかしわがれていた。
『みんな、基地へ帰ろう』
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